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閑話 目が覚めて

 目が覚めると周りが騒がしい事に気が付きました。

 どうしたのかと周りを見る為に首を動かそうと思ったら上手く動かせません。そうだ、私は病気になって身体が動かせなくなってしまったんでした。

 白い部屋に連れて来られてからどれくらい経ったのでしょう。このまま私は、もう二度とナギさんの顔を見れないまま死んでしまうのでしょうか。

 嫌です。もう一度ナギさんの顔が見たいです。

 涙が出そうになった所で私の顔を見た事のない白い鳥のような覆面を被った人が覗き込んできました。

 怖くて声を上げそうになりました。


「具合はどう? 苦しい所とかない?」


 それは覆面の所為で聞き取りにくい声でしたけれど、女性のような声でした。

 女性の言葉に私はようやく息苦しさも、身体中の痛みと痒さもなくなっている事に気が付きました。頭はまだ少し痛いですけれど。まるで私が倒れた直後の時のような感じです。


「はい……」


 試してみたけれどやっぱり身体は力が入りません。


「貴方のお友達がね、魔法で病気を治してくれたのよ。もっとも、本人の病気が治っていなかったからまたフェアチャイルドちゃんに移っちゃったみたいだけれど」

「ナギさん……ですか?」

「そう」


 ナギさんが、治してくれた?


「ナギさんは……?」

「今は自分の病気を治してから魔力(マナ)を回復させながら症状が重い人から順に治してもらっているの」

「ああ……」


 やっぱりナギさんはそういう人なんだ。人を助けられる優しい人。

 素敵です。感動です。最高です。

 きっとナギさんは神様が遣わした天の使いなんです。ナギさん自身も神様の導きによってこの世界に産まれたと言っていました

 ああ、大好きですナギさん。尊敬していますナギさん。ナギさんの横に居るのに相応しい様に私も……私も……。

 ……初めての都市外授業の時に占って貰った結果は私は誕生日の前に死ぬという物でした。

 絶対だとか、運命という言葉は出てきませんでした。この五年間で何が変わったのかは分かりませんでしたが、私の死は絶対な物ではなくなっていました。

 だから私は、どんなに低い可能性だろうとこの一年間ナギさんと一緒に居られるように頑張ってきました。

 ナギさん大好きです。大好きです。

 約束を覚えていてくれたナギさん。優しいナギさんの想いに答えなくちゃと私は頑張ったんです。そして、これからも私は大大大好きなナギさんの傍にいるために頑張るんです。

 生きたいんです。ナギさんと一緒に……ずっとずっと。


「フェアチャイルドさん」


 ああ、ナギさんの声だ。大好きなナギさんの声です。

 私は精一杯の力を込めて首を動かしナギさんを視界に入れる事が出来ました。ナギさんは周りの人達と同じ様にくちばしの長い覆面を被っていました。

 ナギさんは私が自分を見ているのに気付くと手を取ってくれました。


「待たせてごめんね。『ピュアルミナ』」


 ナギさんが魔法の名前を唱えると頭の痛みが大分収まりました。身体の力は……まったく戻っていません。


「身体に入った悪い物を消すだけの魔法だから体力は元に戻らないんだ」


 大好きです。ナギさんは申し訳なさそうに謝ってきますが、ナギさんは全然悪くありません。

 私に可能性をくれたのはナギさんなのです。そうに違いありません。ですからナギさんが謝るのは筋違いなんです。

 でも……ナギさんは神聖魔法がシエル様のだという事を隠していたはずです。大丈夫なのでしょうか。

 私の心配をよそにナギさんは休みたいと言って他の人達を部屋の外に出て欲しいとお願いをしています。

 念の為にと私を見ていた人が『解析(アナライズ)』の魔法を私に掛け状態を調べました。異常がない事が分かるとナギさんにねぎらいの言葉をかけてから私にナギさんたちと同じ覆面をかぶせてから部屋を出て行きました。

 何か刺激のある匂いですが、どうやら消毒効果のある薬草がくちばしの所に入っていて、病気の空気感染を予防しているらしいです。


「『インパートヴァイタリティ』」


 ナギさんが何かを呟いたと思ったら、握られた手から何か温かい物が身体中に染み込んでくる不思議な感覚を覚えました。


「これで少しは楽になったと思うよ」

「あ……」


 確かに私の身体に力が戻ってきました。すごいです。素敵です。大好きですナギさん。


「これは……」

「シエル様の神聖魔法。皆には内緒にしておいてね」

「……まだ、ばれていないんですか?」

「何とか誤魔化した。神聖魔法って初級から上級まで順番通りに覚えるわけじゃないみたいだから、ルゥネイト様の魔法使えなくても何とか怪しまれずにすんだよ」

「それはよかったですね。でも、順番通りではないというのは……?」

「特定の魔法が使いたいって強く願って思いが届けば時々融通してくれるんだって。シエル様とラーラ様の神父様が言ってた」


 強く……ナギさんはそのお陰で魔法を覚えたのでしょうか。ひたすらに感謝の気持ちで一杯です。


「ピュアルミナは本当の本当にぎりぎりで及第点貰えたみたい。おかげで最初の頃は一回使うだけで魔力(マナ)の殆どを使っちゃったんだ。今は慣れて半分くらいに消費を抑えられてるけど」

「慣れて……私はどれくらい寝ていたんですか?」

「ここに運ばれてからなら五日。僕が最初に魔法を使って治した時からなら一日だよ」


 まだ誕生日は過ぎていない……という事ですね。気を抜かないでおきましょう。もしかしたら突然ぽっくり逝く病気にかかるかもしれませんし、事故で死んでしまうかもしれません。

 ここまで来てナギさんのいる今世から離れたくありません。大好きですから。


「治した人はとりあえず様子見で三日間ここにいる事になってるんだ。僕はまだまだ帰れないけど」

「どうしてですか?」


 ナギさんと離れ離れになってしまう? そんなの寂しすぎます!


「今ね、薬師の人が今回の病気に効き目のある薬を作っている最中なんだ。その作った薬の効果を確かめる為に症状の軽い子はわざと治していない子もいる。ベルナデットさんとかそうだよ」


 マリアベルさんの症状が軽いと聞いて少し、安心しました。


「フィラーナさんは、治したんですか?」

「うん。第二症状……皮膚に赤いぶつぶつが出来た子は皆治したよ。……でね、その薬を与えた時どんな効果が出るか、悪い効果が出ないか経過を見なきゃいけないんだ。それで、何か問題があった時に僕がすぐに治せるようにここに残らないといけないんだ」

「マリアベルさんは……実験体って事ですか?」

「勿論その前に動物実験を行うんだ。それが終わってから人間に……」


 ナギさんの私の手を握る手が痛いくらいに締め付けてきました。これは、これはきっとナギさんの心の痛みなのでしょう。私の心も手の痛みに連動し、まるで締め付けられているようです。


「あっ、ごめん。痛かった?」


 力を込めていた事に気付いたのかナギさんは私から慌てて手を離してしまいました。残念です。


「大丈夫です」


 むしろ離された事の方が痛いです。

 ナギさんは私の手を取り強く握られた所を優しく摩ってもう一度謝ってきました。


「ごめんね。えと……それでね、実験の為だけじゃなくて、運ばれてくる人を治すように頼まれてもいるんだ」

「まだ、病気の人がいるんですか?」

「聞いた話だとね、今回の病気……えと、名前はパナスミ病って言うんだ。パナスミっていう遠くの村で最初の感染者を確認したからそう名付けられたんだって。

 発見されたのが一週間前で、僕以外にピュアルミナを使える人がパナスミ村を拠点にして病人を治してるんだ。

 けど……一人しかいないから全然手が足りないらしいんだ。しかもパナスミ村を中心に広がっているからこっちの方までは手が回らないんだって」

「それで、ここに病人を連れてくるんですか?」

「ううん。都市の中には入れないんだ。グランエルの外に魔法を使って仮の施設を作ってそこで治す予定らしいよ。

 薬の精製と実験は器具とかの問題でさすがに外じゃできないらしくて僕は往復する事になるんだ」

「そう……なんですか」

「心配しないで、フェアチャイルドさん。すぐに皆治して戻って来るよ。ああ、それにね、今回の事で僕一杯お金貰える事になってるんだ。いやぁやりがいが出るってもんだよ。あははー」


 ナギさんは笑って誤魔化そうとしていますが、無理やり笑っている事が誰にだってわかるような笑い方でした。

 何かあるんでしょうか? 少しでも私が力に……。


「ナギさん。私……私にできる事はありますか?」

「……うん。あるよ」

「それは何ですか?」

「元気になって、待っててほしい」

「え……?」

「フェアチャイルドさんの誕生日までには絶対に戻るよ。プレゼント渡したいからね」

「……はい」


 私には、やれる事はないんですね。待っている事しかできないんですね。

 悔しいです。私にもっと出来る事があればもっともっと……一緒に居られるのに。

 ……悔しいです。

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