エウネイラ その6
ハックスに到着してから三日目にようやく晴れの日が来た。
到着してからの二日間は雨が降ったりやんだりを繰り返していたが、今日は多少は小さな白い雲がある位で晴天が広がっている。
これならきれいな鏡面湖が見られるだろうとシャイリーさんが太鼓判を押してくれた。
道中、ようやく見られるエウレ湖にカナデさんははたから見ても分かるほど浮かれていた。
エウレ湖までの道のりは森からハックスまでと同じ岩石地帯で緑が無い。
それというのもここら辺の土は塩分を大量に含んでいるらしい。
試しに近くにあった岩を一部削って味見してみるがとてつもなく苦く不味いがたしかに岩塩だった。
シャイリーさんによるとここら辺の土石は苦みが強すぎて食用としては使えないようだ。先に教えて欲しかった。
どうやら山の方に美味しい岩塩があるようだが、そちらの方は密猟防止の為一般人は立ち入り禁止になっているらしい。
緩い坂道を長時間かけて登り天辺についたのは太陽が一番高い位置に到達する少し前だった。
そして、その天辺の先には僕達が求めていたエウレ湖があった。
今経っている場所は丘になっているようで行く先は急な下り坂になっている。しかし、高低差はあまりなく慎重に下りても一分程度で下りきれる程度の差だ。
降り切った先は浜辺のような白い砂が広がっていて、さらにその先に……水平線の向こうまで覆う大空を写す鏡があった。
「すごいな……」
「なんだか地面に空があるみたいですね」
レナスさんの言葉に僕は頷いた。
「夜の光景も見たくなるね」
「一泊しますか?」
本来は日帰りの予定だったけど。
「それもいいかもね」
ここに一番来たがっていたカナデさんは一体どんな様子だろうと思いカナデさんを見てみる。
カナデさんは口をぽかんと開け微動だにせず湖を見ていた。
きっと感動して見入っているんだろう。
「ねーちゃん。どーしてこの湖は他の湖と違ってこんなに空をきれいに写してんの?」
アイネがそんな疑問を聞いてきた。
「水面が揺れてないからだと思うよ。水面がまったいらになってて日差しも強いからよく写るんだよ。
ほら、表面がデコボコで出来の悪い鏡は写りも悪くなるでしょ? あれと同じじゃないかな」
「なるほどー」
「それを言うのならば風が無いのも要因の一つかもしれませんね」
「うん。でも最大の理由は地面が白い事と浅いって事だよ」
「あさい?」
「レナスさんは前に海が黒く見える理由を話したよね」
「はい。光の反射のせいだと……ああ、そういう事ですか」
理解が早い。
「どゆこと?」
「つまり水深が浅いと光が反射して帰ってきやすいという事ですね」
「うん。後地面の色が白いから空の色も分かりやすくなってるんだろうね。地面が光を吸収する黒だったらこんなにきれいに映らないと思う」
「白が一番光を反射しやすいんでしたっけ」
「でもさー、なんで地面白いの?」
「多分塩が表面に出てるんじゃないかな」
「塩? って白いの?」
アイネが首をかしげる。
そうか。色のついた岩塩しか見た事無いとそう思うか。
「塩は本来白い物だよ。余分な物を取り除くと白くなるんだ」
「へー。じゃーエウレ湖もしょっぱいんだ」
「たぶんね。でももしかしたら白いだけで塩とは全然関係ないものかもしれないよ。だから気を付けてね?」
「もしかして舐めて確かめると思ってる?」
「うん」
「やんないよ!」
「やらないかー」
「あたしを何だと思ってるんだ!」
「あははっ、ごめんごめん」
「まったくもー」
「ところで下まで行っていいのでしょうか?」
「シャイリーさんに聞いてみようか」
シャイリーさんは今離れた場所にある岩に腰掛けている
湖に見入っていた僕達と違って見慣れた光景なんだろう。退屈そうにしている。
シャイリーさんに降りていいのかどうかを聞いてみると、どうやら降りてもいいが地面が白くなっている所には足を踏み入れてはいけないらしい。
そう言えばそんな話を昔カナデさんから聞いたなと思いだした。
本の内容の話の途中でさらりと出て流されていたのであまり印象になかったようだ。
レナスさんも思い出したようでああ、と声に出していた。
しかし理由までは知らない。本には書いてなかったようで流されたのもそれが理由だ。
シャイリーさんに理由を聞いてみるとどうやらエウレ湖は国が挙げる観光名所として保護されていて、環境を壊さないように人が踏み入れる範囲を限定しているようだ。
下に降りれば看板があってそこに書いてあるとシャイリーさんが看板のある所を指差し教えてくれた。
湖に目がいってて気がつかなかった……。
そして、いまだに呆けているカナデさんに声を掛け皆で下に降りる事にした。
その途中カナデさんに声を掛けて感想を聞いてみる。
「エウレ湖はどうですか? カナデさん」
「いやぁすごいですね~。この世の物とは思えない絶景ですよ~」
「レナスさんと夜の光景も見たいから今日はここで一泊しようかって話が出たんですけどどう思います?」
「うわぁ。いいですね~。賛成です~」
他の皆にも確認を取った後シャイリーさんに確認を取ろう。
夜になると湖には満天の星空が写し出された。
といっても暗いから星空というよりはまるで湖に深い穴が開いたようだ。
その穴のような暗闇に星の光が瞬いている。
「あっ、流星だ」
運がいい。湖に写った流星が見られた。
「月もきれいですね」
「うん」
レナスさんの髪の色に似た薄水色の月が空と地上と二つある。
「なんだか地上の方は本当に月に手が届いてしまいそうですね」
「僕の隣には月の精霊かと思う様なきれいな人がいるけどね」
「それ私の事ですか?」
「うん。こっちで見る月の色は本当にレナスさんの髪の色に似てるよ」
「……そ、それにしても不思議ですね。アーク王国とこちらでは月の色が変わるなんて」
「不思議って程でもないよ。魔素の濃さが全然違うからね。その所為で見える月の色が変わってるんだよ」
「なるほど。グランエル都市内よりも魔素が薄いですからね……こちらの人は生活魔法使うのにも苦労していそうですね」
「そうだね。そういう意味じゃ三ヶ国同盟は恵まれてるのかもね」
「魔法は便利ですからね。そう言えばナギさんがミサさんの家族に送った魔法陣はどうなったのですか?」
「ん? 二年前にミサさんがようやく届いたって教えてくれたよ。最初の年は暖かい空気の所為で雪崩が多くなったそうだけど今年は上手く調整出来て感謝してたってミサさんが言ってた」
「ならナギさんはヴェレスについたら歓待されるかもしれませんね」
「その準備してるって言われてるよ……」
「やっぱり」
「僕としてはレナスさんの目的の方が大事だからないがしろにされないか心配だよ」
「下手に注目されるよりはましだと思います」
「僕の所為で下手に注目されると思うよ」
「……その時はナギさん頑張ってください」
「いやぁ死んだと思っていた子供が長い年月をかけて両親の故郷にやって来るんでしょ? そっちも話題性抜群だと思うよ」
「なら二人で頑張りましょう」
「んふふ。そうだね。どうせだから他の皆も巻き込みたいね」
「魔獣達にも目が行くでしょうから多少はましかもしれません」
「たしかにそうだ」
いつもは魔獣達が注目を集めるがヴェレスでは僕とレナスさんが注目を集める可能性が高い。
魔獣達が少しでも注目を割いてくれればいいんだけど。
「それで、最初の年の雪崩というのは被害はどれくらい?」
「倉庫が何件か壊れたくらいで他人に被害はなかったそうだよ」
「それなら幸いですね」
「うん。一応ミサさんから魔法陣により弊害の注意喚起を出してもらっててよかったよ」
しかし、これでヴェレス周辺の自然環境が変わるかもしれないんだよな。どう変わっていくのか……気軽に魔法陣を教えたのは間違いだったかな。
でも毎年凍死者が出るって聞くとなぁ……。




