フソウ その12
世界樹が生えている山の麓は水に囲まれていた。
どうやら観光客が足を踏み入れる事が出来るのは山を囲っている湖までらしい。
だがそれでも世界樹を見学するのには十分な距離だった。それ位世界樹が大きいのだ。今でさえ見上げたり頭を横に動かしても全貌を視界に入れることは出来ない。
「おっきいねー」
世界樹を見上げているアールスが僕の、恐らくは僕ら全員の思っている事を代弁してくれた。
「いや、しかし……この風景は予想外だったね」
「こんなの文献にも載っていませんでしたよ」
「すごいですねぇ」
「あっ、虹だ」
山を囲う水。これがどこから来ている? 山? そこからも流れ出ているかもしれない。
だがきっとこの光景を見れば誰もが水がどこから来ているのか分かるだろう。
答えは空だ。
もっと正確に言えば世界樹の枝葉から水が流れ落ちてきているのだ。
それも一本や二本ではない。数えきれないほどの滝が落ちてきている。
まさしくファンタジー世界な光景だ。ここまで幻想的な光景をこの目で見られるとは思ってもみなかった。
今はアロエが水が落ちた音を遮断してくれているが、それをしていなかったら話なんて出来ないほどの轟音を発している。
「これって一年中水が落ちてくるんですか?」
レナスさんがミサさんに聞く。
「そんな事はないはずですヨ。ワタシが前来た時は水は落ちていませんでしタ」
「じゃあ僕達は丁度いい時に来たのかもしれませんね」
「ってゆーかきのーは水落ちてたっけ?」
「どうだろう?」
たしか水は落ちていなかったと思うが街から世界樹までは遠いので自信はない。
首をかしげるとアールスが代わりに答えてくれた。
「落ちてないよ。いくら街から遠いって言ってもこの量の水が落ちてたら分かるよ」
「そうですねぇ。昨日は落ちていなかったと私も断言できますよぉ。見えるようになったのはここへ来る途中でしたね~」
「なるほど」
カナデさんの目は信用できる。思えば道中最初に滝に気づいたのもカナデさんだ。
「なら今日僕達が来る途中で水が落ちて来るようになったんだ。本当に運が良かったのかもね」
「もしかしたら世界樹の木の上に積もっていた雪が解けているのかもしれませんね」
「なるほど。暖かくなってきたおかげか。そう考えると文献に乗っていなかったのも滅多に見れない物だからかもしれないね」
幻想的な風景を楽しんだ後、僕達は近くで開いていた屋台で早めの昼食を取る事に決めた。
売っている物は肉まんに似た見た目の食べ物で、肉まんと違う点は中身が肉ではなく味の辛いあんこのような食感の餡が詰まっていた。
味は大味だったがお陰で食べやすかった。
しかし、フソウの料理は辛い物が多いからちょっと飽きてきたな。
食事が終わると世界樹見学もお終いという空気になり街へ戻る事になった。
本当にいい物が見れたとみんな満足をした顔で街へ戻るとそのまま街のお土産屋を覗く事になった。
ただしさすがにアースとヘレンは連れて見て回るという訳にもいかない。
しかしだからと言ってここでアースとヘレンだけ倉庫行きというのはやはり寂しい。僕とレナスさん、それと精霊達でしばしアース達の泊まっている倉庫でアースとヘレンの相手をする事になった。
本当は僕だけでも良かったのだが、レナスさんがサラサ達も誘って一緒に来てくれたのだ。
本当にレナスさんの優しさには参るね。
アースはフソウに来てから魔素が少ない所為で元気がなかったが今日は世界樹を見てから機嫌がいい。
今も世界樹の事を思い返してヘレンとお喋りをしている。普段寝て過ごすアースとは様子が違う。
そんなアースと世界樹の感想を皆で一時間程語り合った。
一時間たった所でアースは疲れてしまったのか眠ってしまったので僕とレナスさん、それに精霊達は後をヘレンに任せ街へ繰り出す事にした。
目的は以前屋台で紹介してもらった呉服屋。ルゥへのお土産の反物を探しに行かなくてはいけないのだ。
紙に記録した通りの場所に行くとそこには周りと比べても大きな呉服屋があった。
あまりに立派なたたずまいに気後れして立ち止まってしまった。
その背中を押してくれたのはライチーだった。さっさと入ろうと言いながら僕の頭を叩いてきたのだ。
我に返った僕は早速お店の中に入る……前に身だしなみを確認しておく。
今は町中という事もあって武具は身に纏っていない。
そして、着ている服はアーク王国からずっと着ている服だが汚れていない。
少しよれよれになってしまっているが長旅をしていればこれぐらいはよれている内には入らないだろう。
それでも高級そうなお店に入るには緊張してしまう。
「高そうなお店だけど服大丈夫かな」
「フソウから見たら外国の服ですから汚れていなければ大丈夫だと思いますけど」
レナスさんはフード付きのローブで全身を隠しているが、防具にもなる頑丈な物なので結構重量感のあるローブになっている。
対する僕は普通のシャツの上にベストを着て下にズボンという庶民が良く着ている服装だ。
「怒られたら素直に出ればいいんですからとりあえず入ってみましょう」
「わ、分かったよ」
レナスさんの図太さが羨ましい。
でも確かに悩んでも仕方ない。別に高級店というのも初めてじゃないんだ。何の準備もしないのはさすがに初めてだけど……。
お店の中に入ると意外と明るい。ちゃんと魔法で店内を明るくしているようだ。
店内で一番最初に目につくのは既製品のすでに出来上がっているフソウの流行りの服だった。
服の上下と靴を纏めて天井から釣り下げて飾り、合わせて着た時にどんな風に見えるのか分かりやすくしている。
フソウの服は上は着物、下は袴にベルトで締める。そして靴は編み上げブーツという何とも大正的な服装となっている。
反物から一から作るとなると時間がかかるが既製品があるのなら買ってみるのも悪くないかもしれない。
幸い着物を締めるのは帯や紐ではなくベルトなので着やすいだろう。
レナスさんなら良く似合いそうだ。
「レナスさんこの服よく似合いそうだよね」
「私よりもナギさんの方が似合うと思いますよ?」
一瞬小さい方が着物を着る場合は形が崩れなくて良いという知識が蘇ったが口に出さずにすんだ。
「いくらくらいかな……一式で銀貨一枚か」
微妙に迷う値段だ。一式とはいえ服にかける値段としては少々高い。あまり無駄遣いの出来ない異国の旅行中と考えると購入を考えてしまう。
しかし、異国文化を楽しみつつ旅行中の予備の服として考えたら悪くはないか。
だが、高級店として見たらかなり安い。
……もしかして店構えは立派だけれど別に高級店ではない? 老舗かも知れないけれど購買対象は一般層なのかもしれない。
「何にしても反物を見てからだな」
「そうですね」
勘定台にいる店員さんの所へ行き前貰った見本の反物を見せた。
すると物珍しそうにこちらを見ていた店員さんがすぐに合点がいったような表情をした後、勘定台から離れ棚にある反物を一つ手に取って持ってきた。
店内はまだ薄暗いので店員さんに許可を貰ってからライトを使い明るくしてから反物をよく観察する。
ちゃんと持ってきた見本と同じ柄だ。
「この反物は木綿ですか?」
「その通り木綿です。当店では絹の物もありますがそちらは店頭には置いておらず奥の方で保管しております。いくつか持ってまいりましょうか?」
お土産としては絹の方がいいかもしれないが。
「絹は高いんですよね?」
「はい。一反金貨一枚からです」
「ぐっ」
さすがに金貨一枚は無理だ。僕の貯金からすれば楽に払えるが、さすがにまだ旅行中だ。この先で盗まれたり紛失する可能性を考えたら手を出せる値段ではない。
「ナギさん。帰りに寄ってその時に購入するというのはどうでしょう?」
「確かにその方が良いかもね」
僕が何で悩んでいるかをすぐに見抜き助言をくれる。さすがレナスさんだ。
「この反物触ってみてもいいですか?」
腰に下げた子袋から布を取り出し手を拭いてから聞く。
「いいですよ」
店員さんが反物を差し出してきたので触ってみる。
押し込んだ感じは割としっかりとしているようで厚く硬く感じる。しかし手触りは軟らかい。
「ふむふむ」
今までアーク王国で触って来た木綿よりもいい物だと思う。アーク王国の木綿はこの反物よりも少しざらついている。
「この紫いい色ですよね」
「ええ、フソウの象徴とされる色ですので拘っているんですよ」
そう言ってほほ笑む店員さんの瞳の色は確かにルゥと同じ色をしている。
「フソウでは瞳の色が紫の人が多いんですよね」
「ええ、不思議と他の国よりも圧倒的に紫の瞳を持った人の割合が多いと聞きます」
「黒髪も多いと聞きますが、黒は象徴の色にはなっていないんですか?」
「黒は黒ももちろん象徴の色となっています。しかし、紫と合わせると暗くなりすぎるから一つの着物の柄ではあまり合せない色ですね。合わせるとしたら着物と袴それぞれ分けるようにしています」
「こちらでは暗い色同士は柄に使う時に避けているんですね」
アーク王国では気にせず使っている。色の使い方も国によって違うんだな。
「とりあえずこの反物は買います。いくらですか?」
「フソウ銀貨一枚です」
銀貨一枚を払い反物を受け取る。
「さて、レナスさんはどうする? もう少し見てみる?」
「そうですね、私は本屋を見たいですね」
レナスさんは反物や服には興味がないらしい。着物と袴をはいたレナスさんを見たかったな。




