フソウ その11
ついにやってきました首都サンケイ。
サンケイは世界樹の麓にあるのではなく世界樹から南に三時間ほどかかる位置に存在している。
首都とは呼ばれているが政治の中枢は世界樹の中にあるというお城にある。
なので正確には城下町と呼んだ方が正しいのだろう。アーク語の翻訳の関係上首都と呼ばれているだけだ。
僕達はまず世界樹を拝もうとそのまま東進しようとしたが残念ながら途中に検問がありそれ以上進む事は出来なかった。
どうやらサンケイで観光用の手続きをしないと近づけないようだ。残念。
そんな訳で僕達は先に南進し、途中野宿しつつサンケイに向かったのだ。
サンケイの町の大きさは大体グランエルと同じくらいだと昔学校で習った。
今はどれくらいの広さなのかは分からないが、道中木の家があちこちに生えていたので広げようと思えばいくらでも広げられそうに思えた。
町に入るのに検問所があり、中に入れるようになるまで時間がかかった。
数の多い交易目的の商人とは別の観光客用の審査をされたのだが魔獣達の審査に時間がかかってしまったのだ。
審査を無事終えて僕達はサンケイに入る事が出来た。
検問所から出た僕達の視界に真っ先に出てきたのはまっすぐ北へ続く大通りの先にある威容を誇る世界樹の姿だった。
世界樹の上部の枝と葉は山のように上の方が狭く、下の方が広がっている形をしている。
一体どんな風に山のような葉や枝を支えているのだろう。
「すごいな……道中は森でよく見えなかったけどここからだとはっきりと見えるね」
「はい。よく見ると世界樹は山の上にあるみたいですね」
レナスさんの言う通り世界樹の下三分の一は山のように広がっている。
まるで山の上にまた山が浮いているようだ。
「御覧の通り世界樹は山の上に生えているんですヨ。もっとも地表面は根っこで埋め尽くされていますガ」
「なるほどねぇ。高さの三分の一は山が補ってるんだ」
「それでも世界樹本体は三分の二を占めているんですから十分大きいですけどね」
さて、いつまでもここで世界樹を眺めていると他の人達の邪魔になる。
検問所で魔獣達を預けられそうな所は聞いているのでまずはそこに行こう。
大通りには馬車が多い。きっと交易目的の商人だろう。
「あっ、人力車」
一人乗り用位の大きさの雨よけの覆いを付けた台座に車輪が二つ付いた人力車を人が曳いている。
「え、なんで人が人乗せた荷台曳いてんの?」
アイネが通り過ぎる人力車を見て驚きの声を上げた。
「あれは馬車代わりの人力車デス。馬ではなく人が曳いているのは馬車よりも小回りが利くからだそうですヨ」
「フソウじゃ人力車が普通なんですか?」
「ワタシが昔やって来た時にはまだこの国にはありませんでしたヨ」
「そうなんですか? 詳しいから乗った事あるのかと思いましたけど、他の国で乗ったんですか?」
「その通りデス。人力車は東の方から伝わってきたんですヨ。フソウの東の国でワタシは乗りましタ」
東……フソウとエウネイラに挟まれている、次に僕達が向かう予定の国エンソウか。
「エンソウもどんな国なのか今から楽しみですよ」
「フソウとあまり変わらない文化だと文献で読みましたけど、ミサさんはあまり話に出さないですよね?」
「本当にフソウと変わらないですからネ。元々はフソウの一部でしたガ、反乱を起こし独立して出来た国なんデス」
「けど反乱を起こしたはいいけれど何故かフソウと同時にエウネイラにも喧嘩を売ってすぐに鎮圧されたんですよね?」
「その通りデス。詳しい事情は全く知りませんガ、その後何故かエンソウはフソウに戻る事は無く放置されたまま一つの国として今も存在しているんデス」
「不思議ですね。何があったのでしょう」
「エンソウの土地自体はどういう所なんですか?」
「山谷が多いわりに土地は痩せてる上文化的にも発達していなくテ、首都でも田舎のような様相でしたヨ。
景色も特別見られるような所はないので観光にも不向きデス」
「なんと言うか……改めて確保する価値が無いから放置されているように思えますね」
「そうかもしれませんネ……ああ、でも世界樹よりも標高の高い山が多いのでそこは見ものかも知れませんネ」
エウネイラとの緩衝地帯にされてるんじゃないだろうな。
「そんな山ばかりだと通り抜けるのが大変そうですね」
「エウネイラへ通る分には山を通らなくて済むので楽ですヨ」
別に山が防波堤になる訳でもないのか。道路……いや、止めておこう。
二時間後、馬車用の倉庫の管理をしている商業組合と交渉をして魔獣達の宿を確保する事が出来た。
ちょっと高くついてしまったが仕方がない。
このサンケイには預かり施設は無く、あるのは商業組合が管理している馬車用の倉庫と馬を泊める為の厩舎だけだ。
普通の倉庫もあるそうだがこちらは街の商人用であり、短期の借用には対応していないそうだ。
荷物を預かり安全を管理するのはこの街では銀行の役割らしい。
こういう分担は東方国家群では普通らしく、倉庫を短期から貸す預かり施設がある方が珍しいんだとか。
魔獣達には倉庫で休んでもらい、僕達は今晩の宿を決める為に街に繰り出した。
と言っても倉庫は宿場に近い。
食事処もあり昼時を少し過ぎた今の時間でも美味しそうな匂いが漂っている。
早く宿を決めよう。
適当に良さそうな宿を決めた後遅い昼食を取る為に食事する場所を選ぶ事にした。
この街では分かりやすく品書きが店頭に張り出されているのでどんな料理があるのか分かりやすくなっていた。
もっとも読んだとしても僕達にはどんな料理なのかほとんど分からないのだけれど。
しかし、グダグダ考えても時間が過ぎるだけだ。とりあえず大きな建物の大衆食堂に入る。
そして、その大衆食堂に入って気づいた事があった。
「あれは……」
どんぶりに入った白く太い麺を啜っている客がいた。麺料理は話には聞いていたが今までお目にかかった事が無かった。
ようやく会えた。これはもう頼むしかないだろう。
席に付きお品書きを見て目的の料理を探す。
文字だけで分かるか心配だったがそれっぽい料理を見つける事が出来た。
どうやら三種類あるようだ。具体的にどういう料理なのかは今まで旅してきた中で何となく理解できるようになった。
最初だから辛くない物を選ぼう。
注文し、しばらく待って出てきた麺料理は一見すると僕の知っているうどんのようだった。
暖かく湯気の出ている汁の色は濃く底の方は見えない。さらに香りは嗅いだ事のない香ばしい香りがする。
麺は太く白くやはりうどんっぽい。
うどん以外の具材は鳥肉に山菜、それに見た事のない練り物だ。
練り物は薄茶色で中に細く切られた野菜のような物が練り込まれている。
一体どんな味なのだろう。一番気になる練り物から食べてみる。
練り物にまとわりついている汁はしょっぱい。塩のしょっぱさというよりは本当に麺つゆのしょっぱさだ。
肝心の練り物の方はというと汁を吸っていておいしいのだが、練り込まれている野菜の甘さとシャキシャキ感がまた汁と調和して美味しさを増している。
タケノコに似ているかもしれないがフソウには竹は無かったはず。一体何の野菜だろうか?
続いて鶏肉野菜と食べて味を確かめた後うどんに似た麺と向き合う。
麺はつるつるとしていて掴みにくかったが何とか口に運ぶ。
そして咀嚼してみると麺は弾力があって少し固い。こしがあるとはこの事だっただろうか?
なんにせよ美味しい固さだ。噛むのが楽しくなってくる。
汁のしょっぱさと麺のほのかな甘みがこれまた良く合うのだ。
「……ナギさん美味しいですか?」
何故かアルカイックスマイルを浮かべているレナスさんがそう聞いてきたので大きく頷いて応える。
「すっごく美味しい」
「ふふっ、そうだと思いました。ナギさん食べている間とても嬉しそうでしたよ」
「え、見てたの? 恥ずかしいな……」
「そのお料理も思い出の物なんですか?」
「そこまで分かるの?」
「そういう顔をしていました」
「レナスさんは何でもお見通しだな」
「それでどうなんですか?」
「うん。よく似てると思う。だからまた懐かしくなっちゃったかな」
「ナギさんが懐かしいと思うお料理気になりますね。私も夕飯はそれを食べてみましょうか」
「うん。味は食べやすいからおすすめだよ。ただ箸で食べるのは慣れてないと難しいと思う」
「なら私が食べる時は串を頼みましょう」
「うん。そうした方が良いかも」
レナスさんとの会話を一区切りして麺を食べる。
本当においしい。




