フソウ その10
ついに首都サンケイまで残り三日という所までやって来た。
行く手には丘がありまだ世界樹は見えないが、ミサさんは丘を越えれば見えてくると教えてくれた。
しかしこの丘、山と呼べるほど勾配はきつくないが今まで通って来たどの丘よりも坂道が長い。
それと言うのも岩や森が邪魔をして真っ直ぐ直進して丘を越える事が出来ないのだ。……アーク王国なら自然破壊してでも直進できるようにしていただろう。
アースとヘレンの負担を考えるとなるべくなら丘は避けたいが避けて通れないので行くしかない。
幸い交易路という事もあって沢山の馬車が通っているので勾配がきつくて通れないという事はないだろう。
アースとヘレンの英気を養うという意味を込めて丘に挑む前にまだ日が高いが一晩休む事にした。
とはいえ丘の前には村などの泊まれる施設は無く野宿する事になる。道を通る人達の邪魔にならないようにひらけた草原を見つけそこに馬車を停めた。
そうして一晩野宿した翌日、僕達は丘に挑んだ。
丘に生えている草などの地面から生えてきている植物は冬明けという事もあってかまだまだ若々しい。
さらに所々に地面から世界樹の根っこがむき出しになっている。
全ての根っこにある訳ではないが瘤の出来ている根っこがあり、成長途中なのか大きさは人間と同じくらいの瘤が見られた。
これまでの道中でも時々成長途中の瘤を見る事が出来たので珍しい物ではない。
根っこの周りの地面には不思議な事に他の所よりも植物の成長が若干良い。
こんな大きな根っこだと地面の栄養が大漁に取られてしまうのではないかと疑問に思う所だろう。
恐らくこの根っこは栄養を取るどころかむしろ逆。地面に栄養を与えているのではないだろうか?
僕には科学なんて分からない。だけど僕にはわかる事が一つだけある。
世界樹の根っこの周囲のマナは根っこに吸収されている。
吸い取られる量は大くない。多分一時間当たりでもステータスに書かれている数字に換算すると一ぐらいだろう。
その僅かでも吸収されたマナが栄養に変換され地面に還元されているんだと思う。
栄養は生活魔法で生み出したとしても大したマナの消費ににならない。それこそ多分一日に必要な栄養素を生み出そうとしたとしても数字にして五十も消費しないだろう。
僕じゃなくても何も食べずに一生生きていけるに違いない。
それをしないのは食べる事を捨てたくない以上に必要な栄養素が分からないからだ。
この世界の化学は残念ながらそれが分かるほど進んでいない。
そして、前世で学んだ栄養の情報なんて今世の身体でどれだけ役に立つだろう。
むしろ今の身体では毒になるかもしれない栄養があるかもしれないと考えると試す気にもならない。
この根っこはそんなマナの消費の少ない栄養をマナを変換し大地に与えているのかもしれない。
そうすれば神聖魔法を使わずとも広範囲の土地を肥やす事が出来るのかもしれない。
ただどんな理由でマナを吸収するにしろ問題なのは本来植物にはマナは宿らないという事だろう。
そもそも宿ったとしても考える頭を持たない植物は魔法なんて使えない。
そうなると植物がマナを吸収する理由はなにかというと、やはり精霊が利用しているとしか考えられない。
世界樹に宿り根を通してマナを国中に広げ土地に豊穣をもたらしている。
そう考えるのが自然だろう。そして、この仮説で困るのが僕だ。
根を通して精霊が自分のマナを広げてるとなると、精霊はその広げたマナを介して情報を得る事が出来るという事だ。
この国の首脳に直結していそうな精霊に聞かれたくない事が僕にはある。
一応精霊達に僕の仮説を話して意見を聞いてみると、僕の懸念は正しくはある。しかし、広範囲に広がっている時点で情報量が多すぎて処理しきれるのかどうかという疑問があるようだ。
千年近く生きているアロエからすると僕達の会話だけを聞き取るのは難しいのではないかと言いつつ、気になる会話があったらそこに集中する事が出来るかもしれないというどっちつかずな回答が返ってきた。
念の為に他の皆にはマナで書いた文字で僕の前世やシエル様との事、ついでに治療士である事は根っこの前どころか国を出るまで口にしないようお願いしておいた。
最悪の場合手遅れかも知れないが何もしないよりはましだろう。
世界樹の根っこ以外にも丘には見られる物がある。
それは丘に広がる森そのものだ。
見た事のない針葉樹の木は杉に似ているような気もする。
道に沿って生えている低木には黄色い花弁の蕾がついている。一体どんな花が咲くのだろう。
植物以外にも動物が道を横切る事があった。すぐに森の中へ消えてしまったが恐らくは鹿だ。
ヘレンとは違い脚と首が細く、身体も小さいが立派な角の生えた鹿だ。
体毛の色が緑だったのは驚いたが、この世界の人間の髪の毛の色は千差万別十人十色だという事を考えれば驚くような事ではないのだ。
犬猫だって桃色だったり赤青黄色の三色を組み合わせた模様をしていたりするのだ。まぁさすがに目立つ色だと野生で生き残るのは難しいだろうが。
そして、休みを挟みつつ登り始めて三時間。ようやく丘の頂上に辿り着いた。
丘の頂上には森があり、森が視界を阻んでいるので世界樹はまだ見えない。
開けた所を精霊達に探してもらいその場所へ案内してもらう。
アイネなんかはよほど楽しみなのか速足で先に行ってしまった。
しかし、アース達には急がなくていいからと言って僕達は歩く速さを変える事はしなかった。
そして、少しの間歩いていると先に行ったアイネがミサさんを呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやらどれが世界樹なのか教えて欲しいらしい。
苦笑しつつミサさんにどうするかと聞くと仕方ないのでアイネの所に行くと答えた後速足でアイネの所へ向かった。
仕方のない子だ。
僕達がアイネ達に追いつくとアイネが遅いと言ってきたので頭をわしゃわしゃと撫でて黙らせる。
精霊達が案内してくれた場所は崖になっているお陰で木が邪魔にならず遠くまで景色が望める絶好の展望台となっていた。
ただ柵はないので気を付けなければいけない。
なるべく崖っぷちには近寄らず遠くの景色を眺めて世界樹を探すと、それらしき山の形をした山影ならぬ木陰……樹影? を見つける事が出来た。
ミサさんに確認を取るとあれだと答えてくれた。
樹影は今の場所でも十分大きく見え、樹影の南北に見える山脈と思わしき山影よりも頂点が高い所にあるように見える。
その大きさの所為か頂点近くは白く雪が積もっているのではないだろうか?
標高うん千はありそうだ。精霊の力だろうがそんな高さまで育てられるというのはやっぱり信じがたい。実は遠くからだと樹に見える山なのではないかと疑いたくなる。
しかし、ミサさんはあれは山ではないと言っている。
早く確かめたい。実際に近くで見られるのが今から待ち遠しい。




