フソウ その8
「ねーちゃん。この虫を食べた魚をあたし達が食べるんだよね」
アイネが針に幼虫に取り付けながら聞いてくる。
「そうだね。気になるならはらわたは取り除くよ」
僕は取り除く。何故なら前世では好きではなかったから。
「……お願い」
「あっ、私もお願いします~」
「って僕に頼まれてもさばき方知らないんだけどね」
「そーなの?」
「そーなの。だから後で教えてもらいます」
「それで後は焼くんだっけ?」
「そうそう。塩を振りかけてね」
「よーし。釣るぞー! ねーちゃんどっちが先に釣れるかしょーぶだ!」
「んふふ。いいよ」
アイネ、可愛そうな子だ。僕はすでに魚がどこにいるか把握している。勝負はもう決まったような物だろう。
しかし手加減はしない。日頃訓練でぼこされている借りをここで返そうではないか。
「あっ、こゆーのーりょくは禁止だかんね」
「いいよ」
固有能力は使わないさ。固有能力はな。くくくっ。
というか固有能力が使ったら釣り竿すらいらない。魚の周りの水を動かせる程度に固めるだけでいい。
そこまでやったら本当に勝負にならなくなる。
「もちろん魔法も禁止だよね」
「!? 当たり前じゃん。でも……マナを使う事自体禁止にしたほーがいーかな」
気づいたようだな。僕がすでに湖の中をすでに把握している可能性に。
しかしアイネ、君はそれを指摘できない。むしろ不利な状況になっているかもしれない可能性があるこの状況を面白いと感じているはずだ。
感知を止めてマナを水中から引きあげる。
「うんうん。そうだね」
「……ねーちゃん悪い顔してる」
「そう?」
「むー。まーいーや」
アイネが不敵に笑う。
「んふふ。じゃあ始めようか」
あらかじめ決めていた位置に付き、魚がいるはずの位置に向けて針を投げる。
狙い通りの場所に落とせた。
アイネが遅れて針を飛ばした。……偶然か必然かそこは魚が溜まっている水域に近い所だった。
まさかアイネもあらかじめ調べていたのか? 僕よりも先に?
……まぁなんでもいい。場所の有利が無くなってしまったが僕にはまだ経験者という有利所がある。僕の方がまだ一歩先に行っているはずだ。
魚がかかるのを待っているとナスが僕の横に座った。そして僕の脚にくっつきつつ水面を覗き込む。
「落ちないように気を付けてね」
「ぴー」
……そう言えばヒビキはどうした?
アールスも釣りをする気だったからナスとゲイルに託したはずだが。
周囲を見渡してみると桟橋には乗らず岸でゲイルと戯れていた。
ほっとしたその時糸が引かれるのを感じた。
慌てて意識を竿の方に戻し手に力を込める。すると魚が糸から離れようと暴れ始めた。間一髪だ。
暴れる魚に糸を切られないように加減しつつ竿を引く。
手応えとしてはそう手強い物ではない。慎重にやれれば糸を切られる事無く釣り上げられそうだ。
「きたきたー!」
横からアイネの歓喜の声が聞こえてくる。どうやらアイネの方もかかったようだ。先に吊り上げられた方の勝ち。負けられないな。
店員さんがやっていたように糸が切れないように左右に振りながら竿をさらに引く。店員さんは言っていなかったが確かこうすれば魚の体力も消費させられるんだったか。
魚との勝負は案外早く決まった。
不意に竿に伝わってくる魚の感触が一瞬弱まったのだ。
ほぼ反射だった。弱まった一瞬に力を入れ竿を思いっきり引いた。
意識してやったわけではないのだが、それが功を奏したのだろう。僕は魚を一気に吊り上げる事が出来た。
大きさは大体僕の指の根元からひじの辺りくらいの大きさ。どれくらいが平均なのかは分からないが店員さんが釣った魚よりは小さかった。という事はこれは小さい部類に入るんだろう。
魚の口から針を抜いて水の張った桶に入れる。
初めて僕だけの力で釣った魚だ。身体は黒く艶のある体をしている。
体長は大きくはないが体高は高く体幅も厚くてなかなか食べ応えのありそうな見た目をしている。
ナスも興味があるのか桶の中を覗き込んできた。
「ぴー」
「ナスも食べてみる?」
「ぴー!」
「じゃあもう一匹狙ってみるか」
だがもう一度挑戦する前にアイネの方を見てみる。アイネはまだ魚と格闘中だ。
「ふふふふ、アイネ、僕は釣れたよ」
「くっそー」
悔しそうにしているアイネを見るのもいいものですな。
他の皆の様子を見るとアールス以外の皆は魚がかかるのを待っているようだ。
そして、アールスだけは先ほどの僕と同じように桶の中を見ている。
「アールスも釣れたんだ」
「うん。魚って変わった形してるね。手足は無いけど蛇とは全然違う。何で水の中で生きていけるのかも分かんないし変な生き物だねー」
「あははっ、そうだね。初めて見たら疑問ばかりだよね」
「ナギはなんで水の中で生きて行けるのか分かる?」
「たしか水に溶けてる酸素を取り込んでるんだよ。顔の横に切れ目があるでしょ? えらっていうんだけどそこで酸素と二酸化炭素を交換してる……はず」
「へー。ちゃんと呼吸できるようになってるんだ。手足が無いのはなんで?」
「んふふ。それはね、逆なんだ」
「逆?」
「話すと長くなるんだけどね」
この星でそうだったのかどうかは分からないと前置きした上で僕が知っている限りの進化論をアールスに説明した。
「なんか壮大だねー。長い長い年月をかけて私達はお魚から進化してきたんだ」
「んふふ。さて、遅くなったけど僕はナスの分のお魚を釣らなきゃ」
「あっ、私もやるよ。ゲイル達も食べるかもしれないし」
「うん。釣れるよう頑張らないとね」
桶から離れ振り返ると頬を膨らませたアイネが桶を持って立っていた。
「……僕の勝ちだね」
「あたしのこと忘れてたでしょ」
「そんな事無いよ」
「目ぇ合わせていーな」
「……はい。ごめんなさい。僕はアイネの事を一時忘れていました」
「はんせーしてね?」
「反省します」
「よし。でね、しょーぶは負けたけど釣り上げた魚には自信あんだよ」
「ほほう?」
「見てみて」
アイネが桶の中身を僕に見せてくる。
アイネが釣った魚は確かに大きかった。一・五倍くらいの大きさだ。
「すごいね。こんな大きなの釣ったんだ」
「ふふん」
「えー見せて見せて」
アールスも見たがったので場所を譲る。
「本当だ! おっきい! こんな大きいのもいるんだね」
「ふふーん」
「んふふ。アイネはすごいね。じゃあ僕はナスの分も釣るからね」
店員さんからもう一度餌を買い再度釣りに挑んだ。
夜になると店員さんに魚のはらわたの取り除き方を教わり、焼き魚を用意する事が出来た。
釣果は全員魚を釣れたので大漁と言っていいのではないだろうか?
久しぶりの焼き魚はとてもおいしかった。岩塩をたっぷり振りかけ焼いた魚は肉が柔らかく脂と塩の旨味が沁みている。
ご飯が欲しくなったが残念米は無い。
次魚を食べる時はぜひともご飯と一緒に食べたい物だ。
他の皆もミサさん以外は初めての食感に戸惑ってはいたが結果は好評な物だった。
本当に来てよかった。




