フソウ その3
魔獣達と馬車を預かり所に預けた後エクレアがミサさん達が宿を見つけ部屋を取ってくれた事を伝えてくれた。
早速宿に向かいレナスさん達と合流をする。
レナスさん達が取った宿はごくごく普通の平屋の建物だった。
屋根は瓦ではなく木製のようで、一見するとアーク王国にもありそうな見た目の木造建築だ。
値段が安めの宿らしいのだけれど、ここよりも上等な宿は全て空きがなかったらしい。
宿の中に入ってみるとどうやら靴を脱ぐ必要は無いようで靴を脱ぐための段差はなかった。
フソウにも靴を脱ぐ文化があると聞いていたがこの宿は違う様だ。
アーク王国との玄関口だから異邦人にも配慮しているのだろうか?
取った部屋は二つで二手に分かれる必要がある。
とりあえず内装を見ようと部屋の中に入ってみると、天井にはライトの込められた魔法石が埋め込まれているようで僕が入った瞬間に明るくなった。
最初の部屋は四人部屋で結構広い。
明るく照らされた値段の割に部屋の中はきれいでしっかりと居心地の良いフソウ様式の内装となっていた。
土足で過ごせるという事もあって床に敷く布団ではなく寝台が四つ用意されている。
もう一つの部屋も確認してみるとそこは二人部屋だった。
内装に関してはどちらも大差なくフソウ様式だ。
フソウ様式とは赤い家具や塗料が多く使われており僕にはぱっと見たかぎりでは和風というより大陸風に見える。
内装は大陸風で外観は和風っぽくて脳がバグりそうになる。フソウの料理は味の濃い物や油を多く使った物なのでやはりフソウは大陸成分の方が多いのかもしれない。
その食事はどうやらこの宿では出ない様だ。食堂すらないらしい。なので食事をするなら外の食事処でする事になる。
さらにお風呂もないから入りたかったらそちらも外で済ませる必要がある。
部屋割りを決める為のくじをし、僕とレナスさんが二人部屋に泊まる事が決った。
そして、部屋割りが決まった後僕達は食事の為に再び町に繰り出した。
夕食にはまだ早い時間だが身体を洗ってから食事処を探していれば丁度いい時間になるだろう。
お風呂屋は宿のすぐそばにありすぐに見つかった中継基地には満足なお風呂屋はなかったためゆっくりと身体を休める事が出来た。
お風呂を出た後夜風で火照った身体を冷ましつつ食事処が集まっているという通りへ赴いた。
僕達と同じ方向に道を歩く人は多い。
人の流れと見て、いい匂いがしてくる方へ向かって歩いて行けば食事処が集まっている通りへたどり着く事が出来た。
お店の看板は当然のごとくフソウ文字ばかりだ。勉強してきたので一応読めはするが、どんなお店なのかまでは看板からは分からない。
どこに入ったものか悩みはするがこういう時は賑わっているお店に入れば外れはないのだ。
適当にお店に入ってみる。入ったお店は中々賑わっていて席待ちをしている人もいるほどだ。
席は四人掛けや二人掛けというような机は無く二十人位同時に座り食事が取れるほど長い長机が四つ並んでいて、店員と思わしき人が両手に料理を持って忙しそうに動き回っている。
大衆食堂なのだろうか? 厨房も部屋で別れているのではなく食事をする同じ部屋の隅で料理を作っているようだ。
こういうお店はアーク王国とグライオンでは見かけなかったから新鮮だ。
「ここは庶民向けの安い食事処ですネ。美味い、早い、安いの三拍子が揃ってるお店は旅人も利用するのでご飯時は混むんですヨ」
「安くない……なんというか普通の値段の食事処もあるんでしょうか?」
「ありますヨ。そういう所はここよりもお店が小さいか厨房が分かれていて机が少ないですネ。食べられる料理の種類はこういう所よりは多いですがその分料理が出てくるのに時間がかかりますヨ」
「うーん。僕としてはせっかくフソウでの最初の食事ですし時間がかかっても料理の種類が多い所に行ってみたいかな」
「さんせー。あたしもそっちがいー」
アイネが賛成してくれ、他の皆にも確認を取るとみんな僕の案に賛成してくれた。
やはり初めての国の現地で食べる最初の食事はそれなりにしっかりした所で食べたい様だ。
大衆食堂を出て他のお店を探す。次の目安はお店の大きさだ。
そして、一度意識して周囲を見渡してみれば求めるお店は結構見つけられた。
大衆食堂っぽい大きな建物の食事処は最初に入った所を含めても二件しかない。
そしてその二件が賑わっていてよく目立つ。
とはいえ他のお店に人が入っていないわけでもなくちらほらと人が入っていくのが見える。
「よく見ると沢山お店あるね」
「ミサさんは前来た時はどこで食べたんですか?」
「宿で出たので外では食べていませんネ」
「そっかー」
「でも中にはお酒を主に出す酒場のようなお店もあるようですから気を付けてくださいネ」
居酒屋ような物だろうか? それならお店の多さも納得がいく。
もしかしたらアーク王国のお酒を出すお店もあるかもしれないな。
「アーク文字で書かれているお店ってもしかしてアーク料理を出すところですかねぇ~」
「そうかもしれませんね」
こっちではどんな風に味付けされてるかも気になるな。
「いっぱいあるから迷っちゃうね~。レナスちゃんはどこがいいと思う?」
「一番近い所でいいんじゃないですか? どこのお店がいいかなんて分からないんですから。
それにいつまでも迷ってたらお店が閉まっちゃいますよ」
「それもそうだね。ナギ、あそこのお店にしよう」
アールスが指差したお店は僕達がいる場所から一番近いお店で、看板の文字がきちんとフソウ文字で書かれたお店だ。
入り口には暖簾が掛けられている。ちょっと期待度が上がってしまうではないか。
しかし、暖簾を初めて見た皆の反応は予想外の物だった。
「入り口に布かかってるけどやってんのかな?」
「あっ、たしかに」
「多分大丈夫ではないでしょうか? 他のお店にも同じような物がありますが人が入っています」
「あれは暖簾という飾りで店名やお店独自の印が描かれているんですヨ。店を開く時に掲げ締める時は逆に外すんデス」
「へー」
前世の知識と同じ暖簾だった事に少し安堵したのと同時に危機感を覚えた。
一応フソウについて勉強してきてはいるがアーク王国に伝わっているフソウの風俗に関しての一般に出回っている情報は多くない。
今回はたまたま違いが無かったけれど前世の知識があると先入観で物を見てしまい、結果間違った行いをしてしまうという事があるかもしれない。気を付け一歩引いた慎重な姿勢でいないといけないな。
お店の中に入るといらっしゃいませの掛け声がしてきた。
中は混んでいるようで一人だけいる店員さんが忙しそうに動き回っている。
その店員さんが動き回りながら開いている席へどうぞと勧めてきたので空いている席へ座る事にした。
残念ながら六人掛けの席は無く、四人と二人用の席があったので分かれて座る事にした。
フソウ語が話せて文字も読める僕とレナスさんは分かれて座る事になった。
ミサさんはフソウに来た事があるとは言っても実は別に流ちょうに話せるわけでも文字をすらすらと読める訳でもない。そこら辺は大体レナスさんと同じくらいの練度だ。
なのである程度料理の内容が分かるミサさんには人数の多い四人掛けの席に来てもらい注文する際に助けてもらう事にした。
アールスも文字を読めるし話したり聞き取る方も出来るがレナスさんとミサさんほどではない。なのでアールスにはレナスさんといい所に座ってもらうのがいいだろう。
カナデさんは話せないが聞き取れるし文字は読めるが……読み取り速度が遅いので僕かミサさんが助けた方が良い。
問題なのはアイネだ。アイネは簡単な単語なら読める程度で聞き取りも話す方も単語しか分からない。カナデさん以上に助けた方が良いだろう。
席に付いて注文表を探すと壁に掛けられた木札に書かれている事に気づいた。
書かれている文字を読むとここはどうやら肉料理を主に取り扱っているようだ。
「ここはお肉が多いみたいだね」
「何の肉?」
「えと、鳥と牛とラオスーのお肉だね」
「牛とラオスーってなに?」
「牛はこっちで主に食用になっている家畜だね。アライサスみたいな物かな。ラオスーも牛と同じ家畜だけど肉としてより乳を取る為に飼育されてるんだったかな。見た目は牛に似てるんだって」
「へー。味違うのかな」
「多分ラオスーの方が値段が安いから食用としてはそんなになのかもね」
「じゃーあたし牛食べたい」
「鳥は何の鳥か分かりますかぁ?」
「えと、雀ですね。手の平に乗せられる位の小さな鳥ですよ」
「はえ~あまり食いでがなさそうですねぇ。私も牛にしましょうか~」
「実はワタシ昔ラオスーを食べた事がありマス」
「おっ、どうでしたか?」
「固くて血の味が濃いお肉が好きならおすすめしマス。ワタシも牛にしマス」
「血の味自体はアーク王国にもそう言う料理があるので大丈夫なんですけどね。僕も牛にしよう。
でだ、その牛にも色々料理があるみたいだね。焼肉、野菜と一緒に炒めた物、揚げ物、鍋物、煮込み料理、煮物……色々あるよ」
「おー。あたし焼肉がいい!」
「私は野菜炒めですかねぇ」
「ワタシは煮込み料理にしマス」
「僕は……揚げ物かな」
牛カツだろうか? 牛カツだったらうれしいな。
「他にも主食としてご飯かパンを選べるみたいだよ」
「あたしご飯!」
「私もです~」
「ワタシもご一緒させていただきまショウ」
「じゃあみんなご飯って事でいいんだね。後僕は汁物も頼もうかな」
「あたしもねーちゃんと同じ奴頼むー」
「はいはい。これで皆決まったかな?」
「あたしは決まった」
「私もですぅ」
「決まりましたヨー」
「じゃあ頼もうか」
店員さんを呼び注文を告げるとアーク王国からの人かと聞かれた。
その通りだと肯定すると希望すれば箸の代わりに串と匙を出すと言われた。
僕は両方頼んでおいて他の皆は串と匙を頼んだ。
久しぶりの箸だ。上手く使えるだろうか?
やがて注文が来ると料理の全貌が明らかになった。
ミサさんの煮込み料理はビーフシチューのような赤みととろみのある汁が白い湯気を立たせて食欲を誘う美味しそうな匂いをさせていた。
カナデさんの牛肉と野菜炒めは割と予想通りの物が出て来た。白菜のような白っぽい葉野菜とピーマンのような皮側がつやつやとした野菜、それに牛肉が茶色い液体調味料を絡めて良く炒められていていい匂いがする。こちらもおいしそうだ。
アイネの頼んだ焼肉は予め焼かれていて千切りにされた葉野菜と一緒にお皿に盛られて出て来た。
お椀に入れられ出て来た汁物は赤茶の汁に千切りにされた白い根野菜といちょう切りされた黒っぽい野菜らしき物が入っている。黒っぽい物はなんだろうか?
僕が頼んだ揚げ物はどう見ても牛カツだ。衣がキメ細かくふんにゃりとしていて柔らかいが見た目はどう見ても牛カツだ。
食べる前から期待値が上がりっぱなしだ。
そして、このためにやって来たといっても過言ではないご飯。
お茶碗に盛られたご飯は残念ながら白米ではなくちょっと茶色く、形もちょっと細長い。
なんと言うか肥え損なったお米という印象がぴったりだ。
一緒に付いてきたお箸に手を伸ばす。二十年以上触っていなかったが扱えるだろうか?
箸はごく普通の木で出来た箸だ。ちゃんと漆っぽい何かが塗られていて表面はつやつやしている。手に持ち具合を確かめてみる。
使える。使えるが……手に全く馴染んだ感触が無い。少し動かしてみるけれどぎこちなく指が箸を扱うのに全く慣れていない事が分かる。
これでは大豆一つ掴む事が出来ないだろう。
「それどーやってんの?」
「どうってこうだけど」
箸を持った手をアイネの目の前に近づけてから動かしてみる。
「はー。ねーちゃんちょっと貸して。あたしもやってみたい」
「だったら最初っから頼みなよ。はい」
アイネに箸を渡してみるとアイネはすぐに正しい持ち方をしてみせたけれど動きはやはりぎこちない。
「慣れてないせーか指が動かしにくい」
「アイネもそうか。まぁそこは仕方ないよ」
箸を返してもらう。
「じゃあいただきます」
最初は汁物。これは果たして何なのか。お椀を手に取り箸でかき混ぜてからふちに口を付けて飲んでみる。
「く、口付けていいんですかぁ!?」
しまった! つい前世の習慣で口を付けてしまった! フ、フソウじゃどうなんだこれ!?
「お箸だけだとそうしないと飲めませんヨ」
「たしかに。でも匙で飲むもんじゃないの?」
「一応違いますヨ。ワタシも最初知った時は驚きましタ」
よかったよかった。間違いではなかったようだ。驚きの所為で最初の味が吹っ飛んでしまった。もう一度飲もう。
……うん。味噌汁だこれ。赤いからちょっとは辛味があるのかと思ったけれどそんな事は無く出汁の利いた美味しい味噌汁だ。何の出汁かは分からないが。
味噌汁の味が濃いのだけどしょっぱさを出汁が和らげている……ような気がする。
白い根菜はやはり大根のような物だろうか? 黒い方は……よく分からない。食べた事のない野菜だ。何となく食感はコリコリとしていてきくらげに似ていると思うがキノコのような味ではないと思う。
次にお茶碗を持ってご飯に挑む。
一体どんな味なのか。これを口にした時僕は何を感じるだろう。失望でない事を願いたい。
ご飯を口の中に入れる。すると心配していた気持ちは吹っ飛んでしまった。
たしかに前世で食べていたお米よりも固くボソボソしているし味も甘さが薄く比べてしまったら美味しいとは言えないかもしれない。
けどそれはひょっとしたらただ単に白米と玄米の違いというだけかもしれない。
僕は今お米を食べている。これはお米だ。
口の中に満足感が広がっていく。これを僕は求めていたんだ。
「ねーちゃんどーお?」
「僕は今とても満足している」
「うふふ~。それは良かったですねぇ」
「ふふふ、次は牛を確かめさせてもらおうかな」
確かめさせてもらおうかフソウの牛カツという物を!
均等に切られている牛カツの一切れを掴む。箸から伝わる感触は衣は軟らかいが肉は硬い。
たれのような物は無い。これだけで食えという事だろう。口の中に入れ噛みしめる。すると口の中に物が入っているのに自然と言葉が漏れ出てしまった。
「うっま」
衣に味がついている。しかも見た目に反して結構味が濃い? いや、少し違う。衣と肉の間に味の濃い物が挟まれているんだ。感触としては湯葉? だろうか? これがたれの変わりという事か。
ただ料理の工夫には驚くがやはり肉が固い。美味しくするという工夫は感じるがそれでもこの肉では足りてないような気がする。
「おー、ねーちゃん。あたしのと一個こーかんしない?」
「厚さが違うからアイネの肉一切れじゃ足りないよ」
「くっ……しかたないな。このお野菜も付けとくよ」
「肉は肉と交換すべし。聖書にも書かれている」
「ルゥネイト様のお言葉ですネ」
「いや書かれてないよね?」
「でもルゥネイト様なら言いそうだよね」
実際に書かれていたら肉の取引について論争が起こって肉をお金で買えなくなっていたかもしれないが。
豆知識
フソウというか東の国々ではブリザベーションを使える人がほとんどいないので新鮮な野菜は食べられません。
なので野菜は季節の物で近場で採れた物以外は濃い味付けにして味を誤魔化しています。




