フソウ欲
マハードに着いた翌日、僕はカナデさんと一緒に二台目の馬車を買う為に商人組合へ行く事になった。
他の皆は魔の平野を渡る為の最後の買い出しに行って貰う。
カナデさんと一緒に行くのは単純にカナデさんに商会まで道案内をしてもらう為だ。
カナデさんとミサさんは前もってマハードに来ていただけあってそれなりにどこに何があるか位は把握している。
それに馬車を買う為商会に用があるという事は精霊を通して伝えてあったのできちんと調べてくれていたのだ。
商会の一般向けの受付が始まる十時に間に合うようにカナデさんと一緒に宿を出る。
時間的には朝の時間だが宿を一歩出ただけで人の賑わいが活発だという事に気づいた。
「朝から随分と賑わってますね。いつもこうなんですか?」
「そうですよぉ。主に商人達が交易目的で朝早くから働いてるみたいですぅ」
「冒険者はどうなんです? 仕事多そうだけど」
「仕事は多いですけど土木作業は主ですからねぇ。現場は都市の外ですから仕事をしている冒険者はこの辺りにはあまりいないでしょうねぇ」
「その土木作業って何のためにやってるかって分かります?」
「結界の拡張の為の魔法石埋めらしいですよぉ。丁寧にやらないと割れる危険があるので魔法でパパッとは出来ないそうですよぉ」
「カナデさん達もその仕事やってたんですか?」
「ですですぅ。運搬の仕事もしましたよ~」
「なるほどねぇ。お疲れ様です。結界が出来たら下水処理用の堀も作らないといけないんですよね」
「ですねぇ。でもそれはさすがに精霊さんに頼むのではないでしょうかぁ?」
「まぁ人には不可能な大規模工事ですからね」
「あっ、あと役所で働く人も募集してましたね~」
「手伝いじゃなくて?」
「就職でしたねぇ」
「人手不足なのかな」
「朝張り出されたけど夕方には百人の募集定員を満たしていましたから人気はあるみたいですよぉ」
「さすがに人気あるのか。カナデさんは公務員とか興味ありますか?」
「ん~、ないですねぇ。やっぱり私はいろんな所に行きたいので一つの所に留まる職に就く気は無いですよぉ」
「カナデさんらしいな。でも気持ちはちょっと分かります。僕だって今フソウという未知の国に行く事が待ち遠しいですよ」
「うふふ~。東の国々がどんな所なのか楽しみですね~」
カナデさんと話をしながらマハードを歩いていると人の賑わい以外にも街の作りが他の都市と違う事に気が付いた。
他の都市は大きな十字の道を中心に円の枠内に碁盤の升目状に太い道と細い道が張り巡らされている。
マハードもその基本の形は変わっていない。違う所は本来細い道が太い道となって馬車が二台通れるようになっている。
カナデさんにその事を確認してみるとどうやら馬車が行き交う街だから交通の便をよくするため、まだ町だった頃からから広く取っているのだと教えてくれた。
道を広くすればその分人の居住面積が減ってしまう。そうなると都市の住める人の数も減ってしまうが……他の都市と比べたら近い距離にナチュルがあるから人口の問題は他の都市に比べて気にしなくて済むのか?
他の都市との違いをあれこれとカナデさんに教えてもらいながら歩いていると商人組合に着いたのは十時を大きく過ぎた頃だった。
組合の中は人が多く自分達の番が来るまで時間がかかりそうだと思って受付を見てみる。すると、一般向けの受付には職員さん以外誰もいない事に気が付いた。
どうやら一般客はいないようだ。早速一般向けの受付に向かい職員さんに話しかけた。
そして、僕達が冒険者である事と二台目の大型の馬車を購入したい事を伝える。
馬の仲介も申し出てきたがこれは断る。そして、代わりに大型の魔獣が引く事を伝えさらに馬車の改造の要望も出しておく。
その後もこまごまとした聞き取りは続いたがそれもつつがなく終わり、午後に馬車を売っているお店への案内の約束をもらった。
話が終わり商人組合を出るとお昼を食べに行こうと言う話になった。
「どこかおすすめのお店とかあります?」
「人気なのは開店したばかりのフソウ料理を扱ってるお店ですけどぉ、フソウ料理はフソウについてから食べたくありませんかぁ?」
「そうですね。まだ一ヵ月以上かかるとはいえ今食べるのはなんだか勿体ない気がしますね」
グライオンで食べただろうとかいう指摘は無しだ。僕達は今フソウへの期待感が高まっている最中であり、今ここでフソウ欲を発散させたくないのだ。
「カナデさんは何か食べたい物ってありますか?」
「そうですねぇ。私はもうすでにいろいろ回ってますからぁ、アリスさんが食べたい物優先しませんかぁ?」
「いいんですか? それなら煮込み料理が食べたいですね」
「煮込み料理ですかぁ。それでしたら良い所が三軒ほどありますね~。それぞれ種類は多いけれど出てくるのに時間がかかったり~、種類は少ないけど出てくるのが早かったり~、量が多くて安かったりと分かれてますけどどこにしますぅ? 味はどこも美味しいですよ~」
「じゃあ量が多いお店で」
カナデさんに案内してもらいお店に着くと昼時もあってか満員で入り口に並んでいる人もいた。
並んでいるのは三人なのでこれくらいなら待ってもいいだろう。
「そういえばマハードではフソウの食材とかって売ってるんですか?」
「ええ売っていますよぉ。たしかアリスさんが食べたいって言っていたお米もありましたぁ」
「えっ、本当ですか?」
「本当ですよぉ。他にもいろんなフソウの食材が出回っているんですよ~」
「気にはなるなー。お米ならフソウ料理にしなくても色々出来そうなんですよね」
例えば炒飯もしくは焼き飯ぐらいならお米とこっちにある食材と組み合わせて作ってもいいだろう。フソウの伝統的な味にはならないだろうからフソウ欲も刺激されないだろう。……多分。
「ふふふ~。試しに買ってみますぅ?」
「んー。詳しい調理方法が分からないから調べてみてからですかね」
かまどでの米の詳しい炊き方なんて僕は知らない。せいぜい知っているのははじめちょろちょろ中ぱっぱくらいだ。ちょろちょろとぱっぱってなんだっけ?
「難しいんですかぁ?」
「どうなんでしょうね? 釜が必要なのは確かだと思いますけど」
「かま?」
「鍋の仲間ですよ。僕も見た事が無いので具体的にどう違うのかはちょっと説明できませんが」
「そうなんですかぁ……あっ、ご飯食べて時間が余ったらちょっと見に行ってみますかぁ? お店の人なら作り方も知っているかもしれませんよ~」
「いいですね。時間があったら見に行きましょう」
お昼ご飯を食べた後時間が出来たので実際に輸入食材を販売している市場へ向かった。
ちょっと急いで食べた所為で口の中がでろんでろんになったがヒールがあるので事なきを得た。
市場には見た事のない野菜や果物が並べられていた。
肉もあるが……見本としてと店の横の檻に入れられているのはどう見ても猪だ。いや、体毛が黒く毛深いが牙が無いから豚か? 雌なら牙ないんだっけ? だとしたら猪と豚どっちだ?
「はえ~、犬でしょうかぁ? 随分と太っていますねぇ。お鼻もなんだか平べったいですぅ」
「いや、犬とは違いますよ。足先が蹄でしょう? 多分アライサスやシカの方が近いんじゃないかな」
「アースさんの親戚ですかぁ? 随分とちっちゃいんですねぇ」
「んふふ。そうですね。後でこのお肉買ってみましょうか」
「どんなお味するんでしょうね~」
とりあえず初手は焼肉で味の確認かな。
他にも鶏っぽい飛べない鳥や牛なんかも見る事が出来た。やはり前世とほぼ同じ姿形をした人間がいる星の環境だと動物も似るのだろうか?
物珍しい食材を見ながら市場を練り歩くと目的のお米はすぐに見つかった。
どうやら量り売りらしくお米が桶に山のように盛られている。
「たっか」
お店側で用意された容器で掬うのだが、その容器一杯で銅貨五十一枚もする。
「ど、銅貨五十枚はさすがに高いですねぇ」
アーク王国では基本的に高級食材でない限り食材は銅貨五枚もしない。その分塩や砂糖などの調味料が高い。
特に塩が高く小瓶で銅貨七十枚してもおかしくない。
塩は一応香草などで味を代用できるので変えなくてもそこまで困る事はない。
そんな塩に迫る値段を量り売りでされるとさすがに高いと感じてしまう。
「ううーん……お米ってフソウじゃ主食のはずなんですけどね。この値段は……」
「この値段では毎日出すのは難しいですねぇ」
「とりあえず買うのは止めておきましょうか……」
「いいんですかぁ?」
「上手く作れるか分かりませんしこの値段で買うならフソウについてからお店で堪能した方が良いでしょう」
「ですねぇ」
残念だが当初の予定通りフソウまでお預けだ。




