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初めての

今回は残酷表現があります。ご注意ください

 六月の半ば、僕は都市外授業でグランエルの西にある村、トニア村へとやってきた。

 今回の都市外授業は二泊三日の内の真ん中の日を使って、村の近くにある森でナビィを狩らなければならない。

 これを最初聞いた時僕のクラスでは非難の声が上がった。それはナスの存在が原因だ。

 ナスは魔獣になったとはいえナビィだ。愛らしいナスの仲間を狩らなければならない事に抵抗があるのは当然だろう。

 ついでに僕に対して同情の声も上がったけど、僕が皆を何とかたしなめて事なきを得た。

 それでも、同情的な視線は変わらなかったけれど。


 今回はナスもつれてきている。一応今回の授業は戦闘訓練の授業に入る為外に出す許可を得られたんだ。

 ナスは今嬉しそうに村の空き地でローランズさんや他の子供達と一緒に飛び跳ねて遊んでいる。

 他の子供達とは同級生の子達の事だ。今回は全てのチームが同じ村に来ている。

 宿屋や村長の家では全員泊まる事は出来ない為、宿屋に泊まらずに野営となった。これは先生から事前に受けていた指示でもある。


「ナスちゃん嬉しそうだね」


 ベルナデットさんは朝食を作っているためナスの方を見ていないけれど、楽しそうな声は十分に聞こえてくる。


「うん」

「ナスちゃん置いていくの?」

「いや、連れて行くよ。何があるかわからないし」


 ナス自身には同族意識はないらしい。

 本当は嫌だけどナスに一緒に行きたいと懇願され、結果絆されて連れてきてしまった。

 ここまで来て村に置いていくというのはナスに悪いし、そもそも魔獣を村に一匹で置いていくのはさすがにまずい。


「ナスちゃんにナビィ狩らせるの?」

「それはしないよ。ナスがそんな事したら消し炭になるか……」

「あの角で一突き?」

「うん。僕達の出る幕がなくなっちゃうよ」

「無い分にはいいと思うけどねー」

「それじゃあ授業にならないよ」


 調理が終わると遊んでいるローランズさんとナスを呼んだ。

 フェアチャイルドさんは僕達から少し離れた所で柔軟体操をしていた為すぐに気が付いてお鍋の周りに座った。




 食事が終わり、一時間ほど自由な時間を楽しんだ後、生徒達は先生に呼び集められた。

 これから授業が始まる。僕は先生の言葉を半分聞き流しながらこれからの事を考えた。

 森に行ってナビィを見つけるのは多分簡単だ。僕の魔力感知(マナパーセプション)で見つける事が出来るだろう。問題はその先だ。その先……。

 僕は早くなる鼓動を落ち着かせたくて何の意味もないのに手を強く握った。

 落ち着かない。落ち着くはずがない。

 頭では分かってるんだ。こういう時は深呼吸をすればいい。誰にもばれないように息を大きく吸う。そしてゆっくりと吐く。何度も同じ事をして、僕は誰かに肩を叩かれようやく我に返った。

 僕の肩を叩いたのはフェアチャイルドさんだった。


「大丈夫、ですか?」

「う、うん。大丈夫大丈夫。先生の話ちゃんと聞こう」

「もう終わっていますよ?」

「あれ?」


 気が付くと確かにもう先生の話は終わっていて、みんな散らばっている。

 僕の傍にいたのはチームメイトの皆だけだ。


「ナギさん、やっぱりナギさんはやめておいた方が……」


 フェアチャイルドさんが心配そうに僕の顔を見つめてくる。


「大丈夫だよ大丈夫」


 怖いなんて言ってられないんだ。僕は将来フソウへ行かないといけないんだ。

 剣は前と同じようにグランエルを出る時にすでに先生から貸し与えられ腰に下げている。

 僕はもういつでも行ける。


「……あっ、ナスは?」


 周りを見ると少し離れた場所でナスが地面に伏せている。

 急いで近寄ってみると、ナスは閉じていた瞼を開けて僕を見た。


「ナス、行くよ」

「ぴー」


 ナスは僕に近寄ってきて頭を僕の胸に擦り付けてきた。


「ナス、君は大丈夫?」

「ぴー!」


 ナスの返事は本当に、元同族に対して何の感情も感じさせない返事だった。

 ナスは見た目はかわいいけれどやっぱり獣という事なんだろう。

 そもそも、ナスはもう別種って言ってもいいくらいナビィとは違うんだよね。猿を狩られるからと言って猿に対して人間と同じような感情を持つ事はない、みたいなものなのだろうか。

 ナスを連れて僕達は森へ向かう。

 ナビィの住む森は本来村所有の森で、勝手に入る事は許されていない。

 今回はきちんと事前に学校が許可をもらっている為森へ入る事が出来る。

 森はリュート村の森と似ていて木々の間隔が開いており、葉や枝の合間から日の光が差し込み森の中は明るい。

 花は少ないが、代わりに草や果実を実らせた低木が森を迷路のようにしている。

 僕とベルナデットさんが先頭に立ちフェアチャイルドさんとローランズさんを挟むように後方にはナスにいてもらう。

 森のあちこちから物音や子供の声が聞こえてくる。誰かが狩りをしているような音は聞こえてこないとナスが教えてくれた。


「ベルナデットさん。静かに行こう」

「え?」

「ナビィは耳がいいから、物音立てたら僕達の事を教えるようなものだよ」

「それってもう手遅れなんじゃ」

「……」


 たしかにもう他の子達の所為で穴から出てこなさそうだ。

 その場合こちらから穴を見つけて狩らないといけないのだろうか。


「とりあえず他のチームがいない所に静かに移動しよう」


 ナスに周囲の音に対する警戒を頼み、僕は『蜘蛛の巣』を張り巡らせる。大体のチームの所在は把握できた。 

 誰もいない方へ歩き出す。

 ゆっくりと音を立てないように慎重に歩く事およそ三十分。蜘蛛の巣に完全に人の魔力(マナ)が引っかからない所までやってきた。


「ナスちゃん。ここでいいの?」

「ぴー」


 ナスは耳を動かし周囲の物音を探っている。


「私達も周囲をよく見ましょう」


 ローランズさんの言葉に全員が頷く。

 全員が黙り聞こえてくるのは衣擦れの音と腰に下げた剣の鞘とぶつかり出る金属音だけだ。

 何とか音が出ないようにと動こうとするけれど上手くいかない。

 やがて、一匹のナビィを見つけた。木の実を両手で持ってかじっている。どうやら食事中のようだ。

 ナビィは兎そっくりとはいえ中型犬位の大きさの兎で、前歯は鋭く人間の皮膚なんて容易く食いちぎられてしまう。

 けど、ナビィは基本的におとなしく臆病だ。こちらから襲い掛かっても反撃はせずの自慢の足で逃げてしまう。


「誰から行く?」


 ナビィはなるべくなら一人一匹ずつ取るように言われている。もちろんできなからといって罰とかがあるわけじゃない。


「……僕が行くよ」

「ナギさんは後にした方が」

「お願い。僕が行きたい」


 手が震えている。本当は行きたくなんかない。けど、僕はこの中で一番の年長者なんだ。自分がやりたくない事を自分よりも年下の子達に押し付けたくなかった。

 

「……わかりました」


 フェアチャイルドさんは僕に引く気がないのか分かったのか、僕が行くことを認めてくれた。他の二人も頷いてくれた。

 僕も頷き返す。

 改めてナビィを見る。

 ナビィはこちらに気付いているのか長い耳を世話しなく動かしている。けれど食事中の為かまだ動く気配はない。

 今回狩ったナビィは一部は生徒達に振る舞われ残りは村に売る事になっている。

 だから火の魔法で下手に焼いて炭化させるわけにはいかない。雷の魔法もそうだ。

 となると使える魔法は風と水と土か。

 僕はナビィの四方に水の壁を作り退路を絶った。四方を水の壁に囲まれ驚いたナビィは、水の壁に体当たりをして抜けようとするが無駄だ。

 ウォーターシールドの水の強度は魔力(マナ)を籠める量によってかわる。今は大体金属と同じ強度があるはずだ。

 僕は少しずつ近寄り鞘から剣を抜く。

 狙うのは首。でも僕にできるだろうか? 自分でも手に力が入っていないのが分かる。息も荒くなっている。

 ナビィは意を決したのか僕の方に向き直り威嚇をしてくる。

 水の壁の一部を解除する。すると、ナビィは一跳びで僕へ迫ってきた。

 身体が強張り上手く動かない。迫りくるナビィの歯から身を守るように剣で防御をする。

 ナビィの歯が剣に当たる。衝撃で僕は体勢を崩し尻餅をついてしまった。

 何となくナビィは追撃してくることなく逃げようとするのがわかった。姿勢に覇気を感じられなかったんだ。だけど、そのナビィは突然ビクンと動き倒れた。

 何があったのか? 混乱する頭でナビィを見ると胴体から赤い血が流れているのが見えた。


「大丈夫ですか!?」


 フェアチャイルドさんが珍しく大きな声を上げて駆け寄って来る。

 

「あ……うん」


 お尻の汚れを手で叩き落としつつ立ち上がる。

 ナビィの方を見ると、まだ苦しそうに動いている。そして、胴体に大きな赤黒い穴が開いてるのが分かった。


「……止めは僕が刺すよ」


 これ以上、子供達に手を出させたくない……いや、情けない所は見られたくない、か。利己的な感情だ。

 僕は剣を持ち直してナビィの首めがけて力強く振り落とした。気持ちの悪い手ごたえを感じる。けど、僕の剣じゃ一撃で骨を斬る事は出来なかった。

 吐き気をこらえて今度は剣の刃にひたすらに圧縮させた魔力マナを纏わせる。

 僕が持つ魔力(マナ)がほとんどなくなるくらい魔力(マナ)を籠めた所でナビィの首目掛けてもう一度剣を振り落とす。

 今度はまるで豆腐を切るかのような手応えで簡単に斬る事が出来た。


「……ごめん。僕ちょっとトイレ行ってくるね」


 誰とも顔を合わせずにそう言うと、返事も待たずに僕は一人で木陰へ向かった。

 誰も見ていないのを確認すると深くため息をついた。

 生き物を自分の意思で殺そうとするのはやっぱりきついものがあった。ナスの時はアールス達を助けようと夢中だったし、本気で殺す気もなかった。ただ時間を稼げればいいと思っていただけだ。

 致命傷を与えたのが誰かは分からない。けどとどめを刺したのは間違いなく僕だ。

 誰かのおかげで僕は少しだけ楽だ。だけど、同時に誰かにやらせてしまった事に自己嫌悪を感じる。

 僕は自分が命を奪ったらきっと泣くだろうなと思っていた。自分は小心者で臆病者だ。命の重さに耐えきれないだろうという事くらいは予想はついた。

 だから僕は助けられたんだ。

 大きく深呼吸して何とか気持ちを落ち着かせる。心臓の鼓動はまだ早いけど、大丈夫だ。

 しばらくして、気持ちを何とか落ち着かせてから皆の所に戻る。すると、ナビィの死体がない事に気付いた。そこで僕は後処理を皆に任せてしまった事に気付き僕は慌てて頭を下げて謝った。


「これぐらい大丈夫だよ」


 ベルナデットさんが朗らかに言う。けど、それじゃあ僕の気が済まない。


「ナビィ重いでしょ?僕が持つよ」


 そう言うとベルナデットさんは慌てて首を横に振ってナビィを渡してくれなかった。


「私の方が力持ちだし大丈夫!」

「でも……そういえば、援護してくれたのは誰?」

「レナスさんですよね?」


 フェアチャイルドさんは気まずそうに僕から目を背けた。かっこ悪い所を見せちゃったからだろうか。


「フェアチャイルドさん。ありがとう」


 フェアチャイルドさんの手を取りお礼を言う。


「あ、あの……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「余計な事を、してしまいました……」

「そんな、余計な事だなんて。危ないと思って助けてくれたんでしょう? もう一度言うよ。ありがとう。助かったよ」


 本当に助かったんだ。

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