聖人の心
朝食を終えた後ナスとゲイルに戦没者を埋葬している場所へ案内してもらう。
食料をくれた魔獣と精霊達も一緒だ。
その移動の途中、僕達を探しに来たアールス達と合流する事が出来た。
最初に上手くサラサと会えたようでサラサに案内された上で僕がサラサのマナに気づいた事で合流する事に成功した。
僕達を見つけ遠くから走って来たのでヒビキを降ろし待ち構える。そして予想通りアールスが叫びながら僕に飛びついてきた。
「ナギ無事でよかったーーー!!」
「アールス達も無事でよかったよ」
抱きしめ合い互いの無事を喜ぶ。
アイネもすぐにやって来て、アイネはナスへ抱き着いた。
「ナスー、ゲイルも怪我無かったー?」
「大丈夫だよ!」
「ここにいる奴らは全員元気だぜ!」
「よかった! って、ナスとゲイルいつもと声違わない? ってゆーかゲイルいつの間にひょーじゅん語話せるよーになったの?」
「ああ、話す時間がなかったけど僕の固有能力が進化して僕と魔獣達の固有能力を共有できるようになったんだ。だから僕と繋がってる魔獣は皆話せるようになったんだよ」
「ほんと!? じゃーアース喋ってみて!」
「あんまり騒がないの。他の魔獣達がびっくりしてるじゃない」
「ほんとだ。すげー」
「そう言えばナギ、この魔獣達は?」
「戦死した魔獣を埋葬した所にお参りに向かってる途中だったんだ」
「あっ、そうだったんだ」
いつまでも抱き着いている場合じゃない事に気が付いたのかアールスは僕から離れ大森林の魔獣達に挨拶をする。
遅れてミサさんが精霊達を連れてやってきた。
「アリスちゃん無事でよかったですヨー。でも連れている魔獣達はいったい?」
「戦死した魔獣を埋葬した所に向かう途中なんですよ」
「それは……とても悲しい事ですネ。ワタシもお祈りしに行っても大丈夫でしょうカ?」
「大丈夫だと思いますよ。僕だって部外者ですし」
念のために後で魔獣達に確認を取っておくか。
ミサさんにも魔獣達との固有能力の共有の事を話すとやっぱり驚かれた。
そしてミサさんは地面で暇そうにしているヒビキを抱きかかえて話しかける。
「ヒビキちゃん。お話しまショ~」
「おはなし?」
身体を傾け疑問を身体全身で表現する。
「ミサちゃんわたちの言葉分かるの?」
「分かりますよ~」
「ええー? なんで? どうちて分かるの?」
「ヒビキ……」
自動翻訳されている事に気づいてなかったのか……。
この後ヒビキに説明を試みたが結局理解させるよりも先に戦没者を埋葬した場所に着く方が早かった。
戦没者達へのお祈りを終えた後大森林の魔獣と精霊達と別れ森を出た。
これからとりあえずシエル様と会った後グランエルに帰る事になるだろう。どうせだから途中で放棄した荷物も残っているなら回収しておきたい。
そんな風に皆と話しているとシエル様からようやく用事が片付いたと連絡が来た。
すぐにでも僕の目の前に来られるがそれだと他の皆を驚かせてしまうので僕の方からあらかじめ来ることを伝えておいて欲しいとの事だった。
「皆、これからシエル様来るって」
「はーい」
「うわぁ、本当に会えるんだ……緊張するなぁ」
「アリスちゃん。ワタシ変なところないですカ?」
「大丈夫ですよ。ミサさんは今日もきれいですよ」
昨日お風呂に入っていない所為で髪に元気がないがそれは僕も同じ。むしろずっとヘレンにしがみ付いて汗だらけになって地面の上で寝ていた僕に比べたら比べるのもおこがましい程ましだろう。
「ナギー、私はー?」
「アールスもきれいだよ」
それから少しして皆が落ち着いた所でシエル様が現れた。
本当にどこから来ていつの間にかやって来たのか分からないほど自然に僕達の前にシエル様は現れた。
シエル様の姿は前に神託の時と同じ白いクジラのような尻尾を生やした白髪の女性の姿だ。
「シエル様!」
「こうして会うのは久しぶりですね那岐さん」
「はい。お久しぶりですシエル様。会えてうれしいです」
「私もですよ」
「それでは皆の事を紹介しますね」
そう言って皆に視線を移してみると魔獣達以外皆緊張しているのか固くなってしまっていた。
神様が目の前にいるから仕方ないか。
固くなっている皆は僕が紹介し、魔獣達は自分で紹介してもらった後にシエル様が自己紹介をした。
紹介が終わった後でも固さは抜けずにいるようだけれど構わずに話しを進める事にした。
「わざわざ会いに来てくださって嬉しいのですが忙しいのではないですか?」
「そうですね。実はあまり余裕はありませんが直に会い確認しておきたかったのですよ」
「確認ですか?」
「ええ。そろそろ良いかと思っていましたが、直に見て確信しました。那岐さんに第十階位の神聖魔法を授けましょう」
「え!?」
「以前は自信の無さから魂の輝きを曇らせていていましたが今の那岐さんからは自信を感じられ魂の輝きの曇りもましになっています。今なら条件は満たしていると見て良いでしょう」
「そ、そんなに変わっていますか?」
「元々惜しい所までは来ていましたが私から見たら授けて良いと思えるくらいには変わっていますよ」
「あまり実感が沸きませんが……十階位を授かるほど立派な人間になれたとはとても……」
「那岐さん。神聖魔法は本来生きとし生ける者達が魔物という脅威から生き残らせる為に授けている力です。
便利過ぎる力なので与えるのに条件を設けていますがそれは決して聖人や神の子になって欲しいからではありません。
悪用しないように善性の人間が授かりやすいようにはしていますがそれだけです。完全に悪用を防ぐようにするの容易いですがそうすると授かる条件が今よりはるかに難しくなります。
こうなると扱える者が奇跡的な確率となり、扱える者は神の子として扱われてしまうようになるでしょう。そうなった場合聖人と呼べる精神を持った神の子の生涯はどうなってしまうでしょうか?」
皆から愛されて幸せな人生を送るか、それとも大きな責任に潰されそうになりながらも人の為に苦しみながら人に尽くすか。
僕には聖人の心は分からない。なりたいとも思った事は無い。だからだろうか、幸せにな生き方が出来るとはどうしても思えない。
そう思うだけ僕には荷が重いのかもしれない。
「とはいえそれは十階位の習得者が少ない以上今とあまり変わらない状況ではあります。
十階位を授けたら那岐さんは十中八九聖人として扱われるでしょう。
聖人として見られるのが嫌なら那岐さんはこれを断る事も出来ます。どうしますか?」
「……ここで断ったらもう授けてくれないのですか?」
「そんな事はありません。一度習得条件を達成したら後でどんなに輝きを曇らせようといつでも授ける事が出来ますよ。
もっとも繋がりを維持できていたらの話ですが、そこは那岐さんは問題にはならないでしょう。
しかし、一度授けたものはよほどの事が無い限り取り上げません。そして取り上げられた場合は再度授けることは出来ません。
よほどの事とは……那岐さんなら分かるでしょう」
「はい」
僕は昔シエル様に第十階位の魔法があれば一時的にでも男になる事が出来ると教えられ、それから習得の為に地道に努力してきた。マナの量を増やしマナの操作技術を磨いた。
そうした上でシエル様の温情でピュアルミナを授かった。
その後は心を強くしろ、魂を輝かせろと言われどうすればいいのか分からないままできる事をやり旅をしてきた。
思えば確かに昔よりも物事に怯える事は少なくなったかもしれない。
けれどそれは後ろ向きな思考が消えたわけじゃなかった。
悪い未来を想像して怯える事が無くなったわけじゃない。
……けど、確かに前よりも悪い未来をどうにかしようという気概が生まれたのかもしれない。
(ここだけの話ですが魔法の性質上女性では無理ですが男性になれば子供を成す事も出来ますよ)
突如頭に流れてくるシエル様の言葉。僕はそれを聞いて反射で答えてしまった。
「下さい」
答えてしまった……。




