避難所
学校の子供達が避難の為にグランエルから離れる日が決まった。
軍に所属していない子供達の家族も一緒に避難するのでお父さんとお母さんも一緒にグランエルからいなくなる。
出発は明日だが今日を逃したらもう会えなくなるかもしれない。そう思い支部長さんに休暇と魔獣達を連れてルゥに会いに行く許可を貰った。
すんなりと許可を貰えたのは兵士の中にも避難民の中に家族がいる人がいる為元々許可は貰えるようになっていたらしい。
ただしアースとヘレンは大きすぎるため避難の準備の邪魔になると言って許可はもらえなかった。
避難所に親がいる子供達は前日に親の元へ送られる。なのでナスとヒビキとゲイルを連れて避難所へ向かった。
避難所は子供達の受け入れの準備で人が忙しく動き回っている。
とりあえず両親の住んでいる仮設住宅に着くといきなりお父さんに僕も手伝うよう言われた。
ナス達にはお父さん達の荷物を見張ってもらい僕も避難準備の手伝いに入った。
そうして子供達がやって来るはずの時間まで働いているとお父さんに今度はルゥが来てるはずなので迎えに行って欲しいと頼まれた。
僕よりもお母さんの方が良いのではないかと聞いたが、それは少しでも僕がルゥと一緒にいられる時間を長くしようというお父さんの思いやりだった。
お父さんに感謝をしつつ子供達がいるはずの避難所入り口へ向かう。
避難所の入り口に着いた時には僕と同じく子供を待っている親御さんらしき人達だけでまだ子供達はいなかった。けれど少し待てば子供達がやってきた。
寮にいる子供全員が順番にやって来ているようで最初にやって来たのは一年生だと思われる幼い子達とその引率をしている先生だった。
親御さんと一緒に避難所に入っていく子供達を横目で見送りつつ引率の先生方に挨拶をしておく。
先生達と子供を待っている親御さん達と情報交換しながら待つ。そして、三つ目の子供達の集団がやってた所でお暇させてもらった。
ルゥはすぐに見つかった。可愛らしいルゥを僕が見間違えるはずがないのだ。
ルゥも僕に気が付いたようで目が合う。かわいい。
目が合ったルゥは不思議そうな顔で首をこてんと傾げた。かわいい。
手を振ってみると小さく手を振り返してくれた。かわいい。
他の子供達が親御さんの元へ向かって動き始めるとルゥも僕の方へ背中の大きな背負い袋を揺らし駆けよって来る。かわいい。
「お姉ちゃん。こんにちは」
「はい。こんにちは」
なんとも他人行儀な挨拶だが礼儀正しいだけだろう。
「……お母さん達は?」
お母さん達が来てない事が不満なのかルゥの表情が少し優れない。
「お母さん達は避難所で避難する準備をしてるよ」
「そうなんだ……」
「……僕が迎えに来たのはお父さんがね、自分達とルゥとの時間を分けてくれたからなんだよ」
「分けた?」
「僕はこの都市に残るからね。ルゥとはまたしばらく会えなくなるんだ」
「どうして? なんで残るの? 一緒に行かないの?」
「グランエルを守る為だよ。ここは僕にとっても思い出がたくさん残ってる場所だからね」
「ナス達も?」
「うん。ナス達も」
「……やだ、お姉ちゃんも一緒に行こうよ。ここ危ないんでしょ?」
ルゥが僕の右手を握って来た。
小さくて暖かい手だ。
「大丈夫。危なくなる前にルゥに会いに行くから」
「やだ。一緒に行くの!」
ルゥの表情がだんだんと曇っていく。
ああ、悲しませてしまった……。
「……とりあえずお父さん達の所に行こうか」
「やだ。お姉ちゃんやだ」
僕が繋がれた手を引き歩き出そうとするとルゥは僕の右腕を抱えてきた。
「お姉ちゃん一緒がいい。一緒がいいの……」
「ごめんねルゥ。これはもう決めた事なんだ」
「やだ! 危ないの! お姉ちゃんも一緒に行かなきゃダメ!」
泣き出し駄々をこねるルゥの頭を空いている左手でゆっくり撫でる。
僕の事をこんなにも思ってくれているなんて、こんなに嬉しい事はそうはないだろう。
ルゥが泣き止むのを待ちたいが他の子達が不安そうな顔でこちらを見ている。
これ以上不安を伝搬させるわけにはいかない。
「ここにずっといたら邪魔になる。少し移動しよう」
どこに移動するのがいいだろう。しかし、今のルゥを避難所の中に入れるのは憚られる。
ざっと周囲を見渡してみても良さそうな場所はないが、とりあえず入り口付近から移動しよう。
右腕にしがみ付いたままのルゥを引きずって人のいない方へ移動する。
ついでにナスのマナを操り連絡をしておく。
そうして、ルゥが落ち着くよう宥めているとお母さんがやって来た。
「アリス、ルイス。こんな所でどうしたの。遅いから心配したのよ」
「ごめんお母さん」
事情を説明する。するとお母さんはまだしがみ付いているルゥの背中に自分の手を乗せた。
「ルイス、アリスが心配な気持ちはよく分かるわ。でもアリスを困らせたら駄目よ」
「だってぇ……」
「さっ、アリスの腕から離れなさい」
「う……」
お母さんのいう事にルゥは渋々と言った様子で従ってくれた。さすがはお母さんだ。
「お母さんはお姉ちゃんの事心配じゃないの……?」
「心配よ。でもアリスももう子供じゃない。自分の事は自分で決められるの。それにアリスは大丈夫だって、危なくなる前にルイスに会いに行くって言っているでしょう?」
「うー……」
「しっかりしなさい。ルイスももう三年生でしょ? 寮の中では下の子の面倒を見るお姉さんじゃない。泣いていたら下の子達が心配するわ」
お母さんがハンカチを取り出しルゥの目元の涙を拭き取る。
「今までと変わらないわ。今度の場合は私達が遠くに行く番なだけ。さっ、もう大丈夫ね?」
ルゥが頷く。
「じゃあお父さんに会いに行くわよ。ナスちゃん達も来てて待ってるのよ」
「ナスが?」
「そうよ」
「ん……行く」
あっという間にルゥを落ち着かせてしまった。やっぱりお母さんには敵わないんだな。
ルゥはお母さんと手を繋ぎ歩き出す。かわいい。
そうしてお母さん達が暮らしている仮設住宅へ戻るとナス達が出迎えてくれてルゥも何とか機嫌を良くしてくれた。
お父さんはいないようなので僕が呼びに行く事にする。
「ルイスは私が見ておくから、お父さんの事はよろしくね」
「うん。やっぱりルゥもお母さんがいると安心するみたいだね」
「そうね……でもアリスが前もって落ち着かせてくれていたおかげよ」
「僕が原因なんだけどね……じゃあ行ってくるよ」
お父さんは避難民用の食糧等の荷物の馬車への積み込みを行っている。
なので馬車のある所へ行けば簡単に見つかる。
荷物を運んでいる途中のお父さんを発見し、ルゥの事を話すと作業を僕と交代してルゥの所に行く事になった。
交代の際にお父さんは苦しそうに問いかけてきた。
「正直、ルイスの気持ちは分かる。なぁアリス。俺達と一緒に逃げられないか?」
「……ごめんなさい。ここから逃げるには僕の出来る事が大きすぎるんだ。全部を放り出して逃げられるほど……僕は強くない」
「そうか。そうか……そうだよなぁ」
お父さんは目を伏せた後僕の頭をポンポンと叩く。いつもの仕草だがいつもよりも力がない。
「無事でいてくれよ」
「……うん」




