ぐらつく心
魔物を抑え込んで半日ほど経ちすっかり日が暮れた頃にようやく兵士さんがゲイルに案内されやって来た。
と言ってもやって来た兵士さんはあくまでも情報の真偽を確かめる為の偵察兵だ。
今いる場所から前線基地までは歩きだと半日以上かかる距離だ。
博士達の移動時間も考えるとどれほど急いでやって来たのがよく分かる。
そして、ライチーの力で照らされた穴の中を見ると兵士さんは小さく悲鳴を上げてから連絡用に契約している精霊に連絡をしたようだ。
一応すでに討伐用の部隊は出発しているらしい。
博士が前もって軍にも魔物が出るかもしれないと根回しをしていたのが役に立ったようだとジーンさんが説明してくれた。
自棄に素直に部隊を回してくれたと思ったけれどそういう事だったか。
部隊の予想到着は今から三時間後だと兵士さんは教えてくれた。
それまで僕達が魔物達を抑えておく必要があるらしい。
ヘレンとヴェロニカさんに調子を聞いてみるとヘレンは平気と答えたけどヴェロニカさんが辛いかもと言った。
どうやら休憩を取っているとはいえ気疲れで集中力が落ちてきているようだ。
それも仕方ない事なのかもしれない。
いつ魔物が水の蓋を破って上がって来るかも分からない緊張感の中何時間も気を強く持つのは難しい事だろう。
口では平気と言ったヘレンはどうだろう? 心なしか普段よりアースとの距離が近いように見える。
この距離の近さがヘレ
ンの心労を現しているとしたら……。
「ヘレンとヴェロニカさんを休ませるために兵士さんの確認も終わりましたし一度穴を塞ぎましょうか」
「そうした方がいいかもしれないわね。でもその前に一度穴の中に思いっきり大量のフォースを叩き込みましょ」
「いいですね。そうしましょう」
ずっと穴の中に放っていたフォースは初級の魔物は倒せ、中級の魔物は核に当たっても倒せなかったけれど手に当たれば壁から落とす事が出来た。
もしかしたら大量に放って巨大な魔物に当たれば再生を遅らせる事が出来るかもしれない。
「水はどうしますか?」
「穴の中に入れちゃっていいでしょう。固定化解けば水を通り抜けて攻撃出来るんでしょ?」
「そのはずですけど……やる前に実験して確かめしょう。そう言えば泥って固定化出来るんですか?」
「泥の中の水分だけ固定化出来るわ。土の分重くなるし強度も別に上がる訳じゃないから動かなくていい状況じゃない限り土とは分離させた方がいいわね」
「なるほど……」
そして、実験の結果無事水中でも抵抗感はあったがフォースは使用できた。
その抵抗感も僕でようやく感じられたものでカナデさんとジーンさんは何も感じなかったみたいだ。
穴を埋めた後僕達は討伐部隊がやってくるまで食事を取った後仮眠を取る事になった。
僕達が眠っている間の警戒はライチーにアースとレベッカさんがやってくれた。
そして、討伐部隊がやって来たのは未明、月が地平線側に大分傾いてきた位置に到達した時の事だった。
先に起きたジーンさんに起こされてから部隊長さんにジーンさんと一緒に状況を話す。
そして、話し合いの結果穴を掘り返すのは朝明るくなってからにしてそれまでは軍が見張りを担当してくれるようだ。
とはいえ元々睡眠時間が短い僕はすっかり目が覚めてしまった。
警戒をしてくれていたライチー達をねぎらいアースとレベッカさんには休んでもらう。もちろんジーンさんの許可を貰ってだ。
ついでに起きてしまったヒビキも僕と一緒に起きていてもらう。
ジーンさんはもう一眠りするつもりのようで毛布にくるまって眠る態勢に入っている。
しかし、眠りにつく前にジーンさんが話しかけて来た。
「それにしてもナスちゃんはすごいわね。貴方達が逃げなかった理由がよく分かったわ」
「え?」
「あれだけ強いんだからそりゃ逃げる必要はないわよね」
「あー……いえ、確かに強さを信じてはいますがさすがにあそこまで出来るとは思いませんでしたよ」
さすがに巨大な魔物の頭部を破壊して腕を切り落とせるのはヒビキくらいだと思っていた。
「ヒビキの攻撃が届かなかった時は……覚悟を決める時かと思いましたよ」
「あら? 覚悟もって立ち向かったわけじゃないの?」
「そうですね……正直出来ているとは言えないですね。最後まで戦う覚悟は出来ています。けど、それとは違う僕の一生に関わる事に関する覚悟が、まだ出来ているとは言えないです」
「……深い事は聞かないわ。でも早く決めちゃわないと戦場での迷いは自分だけじゃなく身近な人まで巻き込むわよ」
「そうですね……」
「まっ、人からの受け売りだけどね。
私も今回みたいな事は初めてなのよ。魔の平野を渡った時も中級の魔物しか出なかったし。魔物との戦い経験という点ではアリスちゃんの方が上かもね。
でもこれだけは言えるわ。もっと魔獣達の事を信じなさい。魔獣は人間よりすっごく強いんだから。
ふぁ……そろそろ眠たくなってきちゃった。私はもう寝るわね」
ジーンさんは最後に笑ってそう語った後毛布を深くかぶり眠りについた。
「分かっているつもりではあるんだけどなぁ……」
今の目標と人の命。取るべきは人の命だと分かっているしいざとなったら神聖魔法を使うだろう。
だけど……その決意が必要かと思っても今まで大体何とかなってしまっていた。
だから、次も何とかなるんじゃないかと思い決意が先送りになる。
そうだ。そうやって先送りにしているから僕の気持ちがぐらついてしまうんだ。
思えば昨日どこか緊張感に欠けていてカナデさんに怒られたのもこれが原因なのだろうか?
とはいえ開き直って公表したら旅に支障が出るし絶対に使わないなんて決める事も出来ない。皆に危機が迫ったら絶対に使うから絶対に使わないなんて誓えないんだ。
……ジーンさんの言う通りナス達の力をもっと信じればこのぐらつく気持ちも落ち着くのだろうか?
「きゅー?」
抱いていたヒビキがどうしたの? と聞いてくる。
ちょっときつく抱きしめてしまっていたようだ。
ジーンさんの眠りの邪魔をしないように離れながらヒビキ謝る。
「力入れてごめんね。ヒビキ」
「きゅ?」
悩み事? と聞いてくる。ヒビキがこう聞いてくるのは珍しい。それほど心配させてしまったのだろうか。
「分かる?」
「きゅきゅーきゅっきゅきゅ」
どうやら僕がヒビキを抱っこしている最中に力を入れてしまうのは大抵何かある時らしい。
「そっか。いつもごめんね」
「きゅ~」
お詫びにとヒビキのくちばしの下辺りをくすぐるとヒビキは喜んでくれる。
こんなに可愛らしく無邪気なのにこの仔も僕よりも強いんだよな。
「きゅきゅ~」
ヒビキが僕の腕を叩き元気だしなと励ましてくれる。
「うん。ありがとう」
「きゅー」




