旧友
それはバロネというグランエルから西に向かって数えて二つ目にある都市を東に出発して三つ目の村へ向かう途中の道での事だった。
レナスさんに御者を任せカナデさんには後方のヘレンの面倒を見てもらい、僕は馬車を引いているアースと一緒に先頭を歩いていた。
すると前方から両手を振りおーいと声を上げながら近づいてくる人が気づいた。
誰だろうと首をひねりながら他に人がいないかをマナで確かめるが僕達以外に近くに人はいない。
けれどある程度近づいた所で相手が誰なのか分かった。
背が伸びてこじゃれた旅装をしていたが割と珍しい眼鏡をかけている。
眼鏡をかけている知り合いというのはそう多くない。きっとラット君だ。気づいたその場で手を振り返す。
そして話が出来る距離まで近づくと僕の方からもかけよる。
「ラット君久しぶり!」
「久しぶり! アースのお陰で遠くからでもすぐに分かったよ!」
「あははっ、アースはおっきいからね。ラット君は一人こんな所でどうしたの?」
「お店の用事で都市を回ってるんだ」
「歩きで?」
都市に用事があるなら馬車を使えばいいと思うのだけど。
「走った方が速いからね」
「え、そんな急ぎの用なら話してる暇ないんじゃ」
この世界の人間は基本的に体力が多いので大人なら村と村位の間なら自分で走った方が揺れを抑える為に速度を抑えている馬車よりも早く目的地に着ける。
「いやいや、僕が勝手に急いでるだけだから問題ないよ。時間を無駄にしたくないから走ってるけど友達と話す事は無駄じゃないからね」
「なるほど。でもそっか……運動が苦手だったラット君が走り回るようになったんだねぇ」
「運動自体は今も苦手だけどお店の修行で体力を鍛えられたからね」
「確か実家の稼業を継ぐために大きなお店に修行に出されたんだっけ?」
「そうそう。うちはそんなに大きくないのにどうせならでかい所に行けってさ」
「店を大きくしてくれっていう期待じゃない?」
「期待が重いよ」
困ったように言いつつもラット君の表情は口ぶりとは裏腹に自信に満ちているように見える。
「あっ、アース久しぶり」
「ぼふっ」
アースも追いついてきた。
ラット君はアースが止まるのを待ってから近づいて鼻先に手を伸ばし撫で始める。
「そうそう、今アースに馬車引いてもらってるんだよ。御者はレナスさんがやってるんだ」
「へぇ? 馬車買えるようになったんだ」
「グライオンで結構稼げたからね。あと魔獣も二匹仲間になったんだ。紹介するよ」
そして、馬車を一旦路肩に寄せてから停車させ改めて紹介と思い出話や近状について話し合う事にした。
「へぇ、それじゃあ急いでるのは彼女との時間を増やしたいからなんだ」
ラット君には修行が始まったばかりの頃からの付き合っている彼女がいて、その彼女との時間を増やす為に少しでも時間を節約しているようだ。
「今回の仕事は顔を繋ぐ意味もあるからやりがいはあるんだけどね、でもやっぱ彼女との時間も大切にしたいし」
「随分と情熱的ですね」
「ラット君には昔からそういう所あったよ」
「結婚はまだしないのですか?」
「修行が終わってからかなぁ。グランエルに行ったら同級生が皆結婚してて焦ったよ。結婚してないのは僕とナギさん達とカイルぐらいかな」
「カイル君か。連絡は取り合ってるの?」
「一応ね。カイルは今グランエル東の前線基地にいるんだけど内容は退屈だっていう愚痴ばっかだね」
「魔物の襲撃はない方がいいけど前線基地には娯楽もないだろうからねぇ」
「その分だと恋人も出来ていないのでしょうか?」
「うーん。どうだろうね。その手の話題が出た時が無いからいないのかも」
それを知るには直接会うしかないか。しかし、カイル君とは僕の事を吹っ切れるまで会いに行かないと約束している。
「上手くやってる事を願おう。それで、話変えるけどグランエルに変わりはない?」
「僕が見た感じだと変わった所は特には無かったかな。でも変な噂は聞いたよ」
「変な噂?」
「どこかのお金持ちが木材を使って変な実験をグランエルの周辺の草原で行ってるっていう噂」
実験といえば……ユウナ様かなぁ。
「うちは木材扱ってないから直接接触はしなかったけど扱ってる所はそれなりに儲かってるみたいだったよ」
「木材を定期的にか大量にかは分かりませんが実際に購入している人がいるという事ですね」
「そうそう。後探ってたら木工組合の人達にやたらと警戒されてたなぁ。よっぽどの大物が関わってると見たね」
ユウナ様で決定でしょこれは。
今何の実験を行っているか分からないけど大方機械関係だろう。
金属は高価だし加工するにもお金がかかる。だから金属の代用品として木材を使っているのかもしれない。
ブリザベーションをかければ木材でも燃えたり劣化はしないから強度以外は問題ない。試作や動きの確認程度になら使えるだろう。
「後は……あっ、そうそう変わった魔獣使いの話もあったな」
「変わった魔獣使い?」
「そうそう。大きな蛇と狼、後はよく分からない三匹の魔獣を連れてるらしいよ。でも一番変わってるのは男なのに女の格好と化粧をしてるってことかな」
「ジーンさんだ」
僕には女性の格好をしている男の魔獣使いはジーンさん以外考えられない。
そしてそのジーンさんが連れていた魔獣達の事をよく覚えてる。すべすべと艶やかで美しい鱗を持った大蛇のレベッカさんに光の加減によって虹のように様々な色合いを見せる狼のヴィヴィアンさん。
フソウで出会ったというリスによく似たヒビキと同じくらいの大きさのジャンヌさんと孔雀と鶴を掛け合わせたようなクラウンさん。
そして体表を水で覆ったラサリザのヴェロニカさん。多分ヘレンと同じ固有能力を持っているんだろう。
みんな可愛かったなぁ。
「知り合い?」
「うん。昔一度グランエルで会ったんだ。多分ジーンさんだと思うけど……」
「魔獣って事で興味は持ったけど噂調べたおかげで調べる時間なくなっちゃったんだよね」
「そっか……また会えるかな」
会ったらゲイルとヘレンを紹介したいな。
「変わった話といえばこれぐらいかな。次はそっちのグライオンの話を聞きたいな」
「いいけど時間は大丈夫?」
「グライオンの話は聞きたいからね……そっちこそ大丈夫? 村までの道すがらに話を聞くでもいいけど」
「う~ん。とりあえずお昼にしようか。後片付けが終わっても終わらなかったラット君の提案通りにするって事で」
空を見上げてみれば太陽が天高い位置まで移動している。
少し長話をし過ぎてしまったかもしれないな。




