北の遺跡でⅢ その8
「偵察ご苦労様」
「ききっ」
偵察から戻ってきたゲイルを迎えるとゲイルは僕がかぶっている兜の上に乗っかる。
兜の重量もあるから重い。
「重いから肩にしてくれる?」
「きー? きー」
ゲイルは兜から降りて肩に乗る。
そして耳元で偵察の結果を教えてくれる。
今いる場所は壁まで後一日という場所で、只今足を止めての休憩中だ。
休憩の時間にゲイルを偵察に出したのは魔物が後ろから追ってきていないかどうかを探る為だ。
もちろん軍も斥候を出しているがこっちは主に進行方向とその左右の方向に送っている。
出発した最初の数日はウィタエやティタンがちょくちょく追いついて戦闘になっていた。
しかし、今は魔物が尽きたのか距離を離す事に成功したのか魔物が後方から現れる事は無くなった。
ゲイルの報告からも魔物の姿は確認されていない。
ゲイルの報告を軍の連絡係に伝える。
報告しているのは僕だけじゃない。斥候役のいる冒険者一団は全て偵察していて戻ってきた人が報告しに来ている。
戻る前に報告に来ていた冒険者と念の為に情報交換を行う。得られる情報はゲイルが持ち帰って来たものと大差ない。
けどもしかしたら見逃してしまった情報があるかもしれない。情報の齟齬を確認しておくのは重要だ。
情報交換を終えた後世間話を少ししてから皆の所へ戻る。
皆は各々思い思いの場所で休憩している。
そして、アースの鼻先を撫でていたアールスが僕達に気が付くと近寄って来た。
「おかえりー」
「ただいま」
「きー」
「何か変わった事あった?」
「他の人にも聞いたけど何もなかったよ」
「そっか。何もなくて助かるね。ティタンも三日前に倒したのが最後だったけど品切れかな?」
「こっちに移動してくる魔物が少ないだけかもよ」
魔物の探知能力もさすがに歩いて一日以上かかる距離を探知する能力は無いだろう。
生き物を探知できなければ魔物達に指標となる物がないのでどう動くかは分からなくなる。
追って来ていたように見える魔物もただ単に山から下りてきた時の進行方向を維持して僕達に追いついただけの事かもしれない。
「なんにしても皆無事に戻れそうで良かったね」
「うん。複数回ティタンと接触したのに死亡者が出なかった事に軍の人達も驚いてたよ」
「帰ったら少し休んでから家を引き払って出発するの?」
「うん。予定より早く出る事になるけどアイネが闘技場に出るし丁度良かったかもね」
「私変装してた方がいいかな」
「さすがにもうアールスの顔を絵姿以外で覚えてる人はいないんじゃない?」
出回った絵姿のアールスは化粧をし凛々しい大人の女性として描かれているので普段の可愛らしいアールスを見ても気づけないだろう。それにガルデに来てからアールスが闘技場で活躍したアールスだとは気づかれていない。
「それもそっか。そうだ、出発と言えば新しい馬車は結局どうするの?」
「長時間腹帯を着け続けるとヘレンの肌がちょっと心配だからね。当初の予定通り一台でいいかなって思ってる」
「元々アースだけに引っ張ってもらうつもりだったもんね」
「アールスはガルデで何かやり残した事ってないかな?」
「んー? ないと思うよ。ナギはある?」
「僕もないかな……グライオンでやり残した事は……まぁそれは家に帰ってから帰りの旅程を決める時に考えればいいか」
トラファルガーにもう一度会いたいけれどさすがにドサイドに着く頃には軍の演習はなくなってるだろうな。
「帰りにまた露天風呂皆で入りたいねー」
「僕の事皆に話したからさすがにもう僕と入りたくはないんじゃ」
「あははっ、そんな訳ないじゃん。そこ気にしてたら話した時に皆もっと怒ってるよ」
「それはそれで複雑なんだけど」
「いつもの事だね」
「はぁ……まぁいいや。とりあえずまた山に登るのね」
「うん! ……やり残した事といえばさ、今回の遠征は残念だったね」
「そうだね……レナスさん楽しみにしていたのに中止になるなんてね」
「私結局遺跡あんまり見れなかったなぁ。ナギやレナスちゃんと一緒に見たかったよ」
「うーん。そうなると心残りが出来てきたなぁ。帰って休んで疲れを取ったら一日二日くらい思いっきり遊ぼうか?」
「いいね。あー、でも遊びならドサイドまで行った方が遊ぶ場所多いしいいんじゃない?」
「ああ、それもそっか……でもガルデで最後の思い出を作りたいんだよね」
「ガルデでかぁ。んー……あっ、じゃあ誰かとデートするとか」
「どうしてそこでデート?」
「ナギって男の子扱いされたいんでしょ? だから男の子として女の子をデートに誘って楽しく遊べればいい思い出になると思うんだけどな」
「そうかな……というか」
「だからアイ……」
「話は聞かせてもらいました!」
突然横からレナスさんが割って入って来た。
「れ、レナスさん?」
「ナギさんとのデート、それは言い出しっぺであるアールスさんがするべきではないでしょうか?」
「えっ、わ、私?」
「世の中には言い出しっぺの法則がありましてね……」
こっちの世界にもあるんだ。
「え、ええー? でもナギとデートしたい人他にもいるかもしれないよ?」
「というかね、僕の意思も聞いてくれる?」
「ナギさんは誰と出かけたいのですか? アールスさんでしょう?」
「皆とだよ! 皆と思い出作りたいの!」
「皆とデートしたいの? そ、それはさすがにナギが大変だと思うよ?」
「複数の方と、というのは良くないと思います」
「二人とも分かってて言ってるんだよね?」
「あははっ、冗談だよ冗談。ね? レナスちゃん」
「少しからかい過ぎましたね。しかし、デートしたい訳ではなかったのですか?」
「それはアールスが言っただけ。僕はガルデで最後の思い出を何か作りたいねって話をしてたんだよ」
「そういう事でしたか……ですがガルデで出来る事は大体すでに体験していませんか?」
「そうなんだよね。ガルデって地方都市らしく娯楽が少ないから……」
「難しく考える必要ないんじゃない? 皆でお店回って美味しいご飯食べればいい思い出になると思うよ?」
「たしかにそれもそうだね」
二年過ごしたガルデだ。最後に街を周るのも悪くないかもしれない。
ガルデまでの行程は特に問題も起こる事無く順調な物だった。
壁を抜けた後は僕達を含む気が抜けた冒険者達の歩みが遅くなりもしたけれど、軍はそこで余った食料を使い宴会を開いてくれた。
どうやら学者さん達に疲労が溜まっていてその息抜きも兼ねているようだ。
お酒も振舞われていて僕とミサさん以外全員お酒を飲み楽しんでいる。
まぁアールスはお酒を、というより場の雰囲気を楽しんでいるようだが。
お酒を飲まない僕とミサさんは魔獣達のお世話をしつつお酒の代わりに食事を楽しむ。
そうして楽しんでいるとアイネが酔いつぶれた。
ふらふらとナスに近づくので僕が支えようかと動こうとした時アイネはナスに抱き着き、そのまま眠ってしまった。
離そうかと思ったがナスがこのままでいいと言ったのでしばらく放置しておく事にした。
そして、次に変化が現れたのはレナスさんだった。
「なぎしゃん。ちょっとこっちきれくらしゃい」
僕の腕を雑に引っ張りどこかへ連れて行こうとする。
こういう酔っ払いには下手に逆らわない方がいい。とりあえず僕に用があるみたいだし話を聞いてから対処すればいいだろう。
そして、僕達の馬車の中に連れ込まれるとレナスさんが唐突に抱き着いて来た。
「今回のえんしぇい中止になって傷心中なので慰めてくだしゃい」
「……」
やっぱり落ち込んでいたのかと思うと同時にこの酔っ払いどうしようかという思いがある。
「はぁ……仕方ないか」
とりあえずレナスさんの背中に手を回し背中をぽんぽんと叩く。
懐かしいな。昔はよくこうしていたっけ。
最近はしっかりしてきたと思っていたけれど酔っ払うと人は子供に戻ってしまうものなのか。
「ん……なぎしゃん」
「何かな?」
「幸せになってくだしゃい……」
「ん?」
どういう意味だ?
「あーるすしゃんとお幸せに……」
本当にどういう意味!?




