最新式
ついに……ついに買ってしまった。
皆と相談し購入を検討して共有資金を管理しているレナスさんと一緒に実物を何度も見に行き交渉相手とも何度も言葉を交わし遂に購入を決めた。
「ふ、ふふ……家の賃貸ほどではないけど中々のお金がかかったな」
手が勝手に震える。ついに買ってしまったんだ。
今住んでいる家と違って借り物じゃない正真正銘の僕達の所有物。共有資金から出ているとはいえ武具よりも高額なこの……。
「大型幌馬車。ついに手に入れてしまった!」
「ぼふー」
「くーくー」
「しかもこれは去年開発された新しい馬車で揺れを抑える為の最新式の緩衝装置が備え付けられてるんだ」
本当は遠征が終わってからにしようかと思ったのだけど今年は遠征は大所帯だから馬車があった方が便利だろうという事で購入した。
試しという事で一台だけだけど問題なさそうだったら二台目の購入も考えている。
敷地内に置かれた大型幌馬車の車高はアースとほぼ同じで幅はアースよりも拳二つ分位広く全長はアースよりも長い。
「馬車を使われている木材も新しい品種の物になっていて従来の物よりも頑丈になっているんだ。ただその分重量が増えちゃってるんだけど、アースとヘレンなら大丈夫だと思う」
「ぼふんぼふん!」
「くー」
アースは重くなった事に不満を持っているようだ。
「とりあえずふたり共試しに引いてもらっていいかな?」
「ぼふー?」
「くー!」
ヘレンは快く受けてくれるがアースは不満そうだ。
「じゃあ取り合ずアースからね」
「ぼふー」
馬車を引くための長柄を固定するために身に付けさせる腹帯はアースとヘレンで少し違う。
アースとヘレンは体格が違うのでそれぞれ専用の腹帯とを用意した。
アースとヘレンの胴回りを比べるとアースの方が太い。
同じ物を使いまわそうとすると胴回りの差で腹帯の長さが変わり長柄の固定位置が変わってしまう。
なので専用の物を用意しておいた。
「腹帯だ。カナデさんやりましょう」
「はい~」
「ぼふっ」
アースに腹帯をカナデさんと協力して装着させる。
装着させる事自体は簡単だ。ヘレンの水を操る力を借りて水を踏み場にし腹帯の位置調整をしながらしっかりと締める。
「苦しくない?」
「ぼふ」
「じゃあ馬車と連結するからちょっと馬車の前まで移動してくれる?」
馬車に当たらないように移動してもらい、止まった所で馬車を僕 とカナデさんが押して長柄の間にアースを入れる。
「これ、普通アースさんに下がってもらう物じゃないでしょうかぁ?」
「長柄踏まれたら困るし……」
「ぼふん」
失礼ね、とアースが尻尾を振るう。かわいい。
「紐の方が良かったんじゃないですかねぇ?」
「そっちもありますよ。ただ強度的に心配なので非常用ですかね」
「なるほど~。ヘレンさんの力で固定というのは駄目なんですかぁ?」
「……その手があったか」
「え」
「非常手段としてならありですよ。ただ常用するとなるとヘレンの負担がね」
「ああ、ヘレンさんの負担が増えちゃいますね~」
「なので基本的には頼らないという事で。ただでさえ馬車を引いてもらうんですからね……」
「そうですねぇ」
「くーくー。わっちなら平気」
「駄目だよヘレン。役に立ちたいっていう気持ちは分かるけど何でもかんでも背負い込もうとしちゃ駄目だよ」
「そうですよぉ。そんな事していたらいずれ疲れて潰れてしまいますよぉ」
「くー……」
「そういう手の抜き方が上手いのはアースだよね」
「ぼふっ」
アースがふふん、と偉そうに頭を上げる。
そんな話をしているうちに腹帯と長柄の連結が終わった。
「さて、そろそろ動かしてもらおうか。今は荷物を載せてないから実際に使う時とは感覚が違うかもしれないけどまずは腹帯と長柄の調整の為だからね。最初はゆっくり動いてね」
「ぼふ」
首元を撫でてから事故が起きないように離れる。
「よし。歩いていいよ」
アースが歩き出すと馬車も引かれて動き出す。
そして、数歩歩いた所でカナデさんから待ったがかかった。
「動かす時前輪の方がちょっと浮いちゃってますねぇ」
「え、本当ですか? ちょっとアースもう一度歩いてみて」
「ぼふ」
確認してみるとカナデさんの言う通り引く力が強いせいか前輪が少し浮いてしまっている。
「ああ、本当だ。位置が悪いのかな」
そうして確認と調整を何度もして問題を解決していく。
アースが終わるとヘレンの確認作業も同様に行う。
馬車の重さに関してはアースもヘレンも全く問題にならなかった。
荷物を積んだ場合どうなるかだが今日はやめておこう。
「よし。今日の所はここまでにして他の魔獣達も呼んで散歩に行こうか」
「くー!」
「ぼふー」
「うふふ~。私呼んできますね~」
「お願いします。ヘレンは僕と馬車を倉庫にしまってこようか」
「くー」
初めての車庫入れだ。
倉庫の前まで行き、入り口に対して後退で入れるように位置を調整してもらう。
「うーん。このまま後退してもらうとちょっと長柄とかの強度が心配かな」
少し下がってもらって試すが馬車が重い所為か動きが鈍くちょっと心配になる。
「しまう時は荷物降ろすだろうし……自分でやるか」
ヘレンの腹帯に連結してある長柄を外し馬車を押そうと近寄ろうとした所でスッとヘレンが鼻先を割り込ませてきた。
「くーくー」
自分に任せて欲しいらしい。
さっきあまり背負い込まないように言ったばかりだけど……。
「じゃあやってみる? ゆっくりとだからね」
「くー」
「あっ、そうだ。水を操って緩衝材にしようか。出来る?」
「くー!」
ヘレンが水を生み出して僕がその水を動かし倉庫の奥の方に配置する。
馬車が濡れないように流体操作で少し固めてもらい実際に触って確かめてみる。
丁度いい固さだ。
「よーし。じゃあ押してみようか」
「くー!」
ヘレンが鼻先で馬車を押し始める。
「……水で押してもいいんだよ?」
「くー」
僕が指摘するとヘレンは鼻を馬車から離し水を操り押し始める。
いい感じだ。
ヘレンの流体操作は硬さを変える場合は一部だけ柔らかくするというのはできない。
だから水を緩衝材にしたまま水で馬車を押す場合押している水も柔らかいままだ。
だけど馬車と接触している部分が潰れているだけで押す分には問題なさそうだ。
「ゆっくりゆっくりだよー」
そして水の緩衝材に当たりがくんと馬車の動きが止まった。
「うんうん。やっぱりヘレンは頼りになるな」
「くーくー」
僕が褒めるとヘレンは嬉しそうに鼻先を押し付けてくる。愛い奴め。
「おーよしよしよし」
「くーくー!」
わしゃわしゃと鼻を撫で返すとくすぐったそうにする。
「さあ次はお散歩だ。アースも待ってるよ」
「くー!」




