将来の夢
「そういう訳でレナスをもっと構ってほしいのよ」
「特別扱いは出来ないよ?」
部屋でくつろいでいるとサラサがなにやらレナスさんが僕がアイネと一緒のベッドで寝た事を嫉妬して落ち込んでいると伝えて来た。
レナスさんとはサラサの件でよく一緒に寝てたけどな?
「しなくていいわよ。ただね、レナスが勉強している時に私がナギに頼んでお茶を入れて貰ってナギに運んでもらう位は良いと思わない?」
「まぁ忙しくなければそれ位はするね」
というかしょっちゅうある事だ。精霊達は重い物を持てないから契約者にお茶を入れる事も出来ない。
そうしたい時は他の人に頼むしかないんだ。
「それで渡す時に優しい言葉をかけるだけでレナスの機嫌は直るわ」
「そんなもんかな……っていうか僕お母さんじゃないんだよ?」
「別にお母さんになって欲しい訳じゃないわよ。ただ他の子達よりちょっと多くレナスに気持ちを向けて欲しいっていうだけ」
「気持ち?」
ど、どういう意味だろうか。
「そうね、アー……アイネが発端なのだからアイネに向ける気持ちと同じ物をレナスに向ければいいんじゃないかしら?」
「アイネか……」
アイネは妹の様に思っているけれどそれでいいのだろうか?
レナスさんは僕の事をどう思っているのだろう?
レナスさんから好かれている事は確かだろう。だけどその感情は……僕としては友人として好かれていてほしい所だが何となくあの子は僕に依存している所があると言うか、保護者か何かと思っている節がある。まぁ僕がそういう風に振舞っていたというのは否定できないが。
はたしてサラサの言う通りにしてレナスさんの依存を増長するような事にはならないだろうか?
「駄目かしら?」
「レナスさんはどう考えているの?」
「あの子は抱え込むだけよ。だからナギにはあの子に優しくしてもらって素直にさせて欲しいんだけど」
「う、うーん……必要なのは僕から優しくする事じゃなくて気晴らしさせる方法を考える事じゃないかな。
気が紛れさせて気持ちに余裕を持たせられれば素直になると思う。
それでね、レナスさんの為に何かをしたいのはサラサなんだからまずは自分から出来る事をしないと」
そう伝えるとサラサは僕の顔をじっと見つめた後納得したように頷いた。
「……そうね、もちろん私達の方でもなんとかするわ。けれどナギにもレナスの事を今以上に気にかけて欲しいとも思っているわ」
「なんでそこまで」
「シンレイになったとはいえ私がレナス最優先なのは変わらないわ。だから多少強引でもレナスの為になる事なら手を尽くすつもりだから」
そうだ。精霊はそういう物だったんだ。神霊になったサラサもそこは変わらないか。
むしろ手段を選んでいる時点で理性的とも言える。
「分かった。気に掛けるよ。サラサ達にはお世話になってるしね」
「ありがとうね、ナギ」
「話は変わるけど神霊になってからどう? 変わった事とかある?」
「そうね、何となく考え方が変わったって思う時はあるわね。人で言う所の視界が広がったってこういう事なのかしら?」
「そっか。神聖魔法の方はどうなの?」
「ヒールは使えるんだけど誰を信仰するか迷ってるのよ」
「神聖魔法を一杯覚えたいなら興味があったり共感のもてる神様がいいよ」
「アイネの時と言ってる事違わない? アイネの時はツヴァイス様押してたじゃない」
「アイネはそもそも神様に興味なかったからね。興味ない人が神聖魔法を求めて信仰しようと思うなら割と授かりやすいツヴァイス様がいいんだよ」
「なるほどね。私はシエル様が興味あるんだけれど、ザースバイル様も気にはなっているのよね。ザースバイル様って転生を管理している神様なんでしょう?」
「そうらしいね」
記憶には無いけれど僕の魂がこの世界に渡った時にお世話になっていたのだろうか?
「誠心誠意信仰したらレナスと同じ場所に転生できるからしら?」
「ど、どうだろうね」
見返りを求めている時点で誠心誠意も何もない気がするが。
でも神様を信じるってそういうものかな? 前世の世界でも現世利益や死後の安寧を求めて宗教にすがっていた歴史があったはずだ。
この世界だって神聖魔法が実在し授けてくれるから信仰している人もいる。神霊が利益を求めてもいいだろう。
「とりあえずザースバイル様ならまずは聖書を読む事をすすめるよ」
「シエル様は?」
「僕が教えるしかないね」
「ザースバイル様の聖書って持ってる人いるの?」
「いないと思うよ。聖書ってかさ張るから僕だってルゥネイト様のしか持ってないんだ」
「律儀に持っているナギに感心するわね」
「ちゃんと時間がある時には読んでるよ」
「それぐらいしたほうがいいの?」
「しないよりかはした方が早く新しい魔法を授けられると思うよ。ただ年単位は覚悟した方がいいよ。僕だってシエル様の神聖魔法授かるのは時間かかったし」
「時間がかかったと言うのはナギが言っていい言葉ではないと思うわ」
「それは……うん。その通り」
九歳でピュアルミナス授かった人間の言う事じゃないね。
「でもまぁ一般論としてね? 理解度の他にマナの量と魔力感知と魔力操作の技量も関係するから高位の神聖魔法を授かりたいならそこら辺気を付けないとね」
「マナの量と感知はともかく操作ねぇ。一応シンレイになって技量は上がってると思うのだけど大丈夫かしら?」
「分からないけどサラサはマナの量が現世に留まるのに必要だからマナの消費を減らす為に魔力操作を鍛えた方がいいのは確かだね」
「そうね。今まで見たいに大雑把に使うのを改めようかしら。
たしか昔レナスに助言した時もそんな風な事を言っていたわよね?」
「そうだね。マナの消費を抑えるっていうのはマナの無駄な動きを減らすという事だから精密な動きを求められるんだ。その精密な動きを実現させる為に魔力感知も重要になってくるわけだね」
「感知は問題ないわね。元々マナで世界を感じ取っていたんだもの。多分あれね、精霊の時は世界を感じ取れていても興味を持てなかったから鈍感になっていてそこに何があるのか気にする事なかったから大雑把な動きになっていたのね。
ちょっと意識を向けてみたらマナの動きを阻害する物がこんなにも多いとは思わなかったわ」
「へえ? そういう理由だったんだ。じゃあそれを他の精霊達にも教えればうまくなるのかな」
「多分ね。ただ契約者に自分のマナを動かしてもらえる魅力には勝てないからそこまで熱心に魔力操作を鍛える事は無いと思うけど」
「ああ、そういうんだったね。サラサはもう動かしてもらう事が無くなったけど……」
「覚悟していたから大丈夫。だからそんなに憐れむような顔しないで?」
「ごめん」
「いいのよ。まぁ寂しいと思うのは確かだけれどね……話題変えましょう。
神聖魔法と言えば今年は遺跡の件で治療士の仕事は受けないのかしら?」
「悩んだけどね、アールスとアイネが行くならやっぱり全員一緒の方がいいかなって思って受けるのは止めたよ。共有資金の目標額もとっくに達成してるからどうしても受けたいって訳でもないし」
「初めて全員で壁の外に行くわけですものね。でも初めての中級の依頼が遠征で大丈夫かしら?」
「訓練はしてるとはいえそこはやっぱり心配だよね。だから今回は僕も冒険者として依頼を受ける事にしたんだけど。
それに今経験しておかないと次壁の外に出る予定があるのは魔の平野だからね」
「さすがに魔の平野の前に無理にでも経験しておきたい、か。でもそんなに急ぐ必要あるの? 一年ぐらい先延ばしにしてもいいんじゃ?」
「微妙な所なんだよね。無理をしないなら先延ばしをする、っていうほど僕達の戦力って低くないんだよ。魔獣五匹に精霊達がいる時点で魔の平野を渡るくらいなら問題なく出来ると思う」
「まぁたしかに」
「そこに旅の目的の他に将来の夢を持ってる人もいる」
「レナスはその筆頭ね。後はミサ、アイネ、アールス……後ナギ?」
「うん。カナデさんはどうするのか分からないけど。将来の夢に取り組むなら早い方がいい」
本当なら旅か夢かどっちかに絞るべきなんだろうけど、なまじ旅の目標を早く終わらせられそうだから欲が出てしまう。
とはいえ僕は旅の途中でやりたい事を見つけ、アイネは夢を叶える手段として僕達と旅をする事を選んだ。
レナスさんは孤児なので冒険者をやって学費を稼ぐ必要があった。
アールスは軍人になる前に治さないといけない所がある。
ミサさんはゼレ様の勉強という夢を叶えている途中だけれど、消息不明だったレナスさんの探索という目標を一つ叶え故郷の家族にレナスさんを合せるという目標の為に共に旅をしてくれている。
今の旅が夢の遠回りになっている人はいない。……ミサさんは微妙か? い、いや神聖魔法の階位も上がってるし遠回りって事は無いはずだ。
「カナデは旅が終わったらどうするのかしらね?」
「どうするんだろうね?」
また新しい目標を見つけて旅に出そうな気がする。




