十一月のある日
十一月の半ばになるとアールスとアイネに倦怠感が見え始める。
去年の様に食料に余裕が無い訳ではないし、体調を崩しているわけでもない。
けれどそれでも家の中にばかりいるのは気が滅入るようだ。
人生遊戯や幻想遊戯をやれば気がまぎれるみたいだけど、人生遊戯は毎日のようにやっているので飽きはじめてきて、幻想遊戯は次の話の調整が終わっていない為出来ない。
襲い来る倦怠感をはねのける為アールスとアイネはとある事を提案した。
「んー……カナデさんはお姉ちゃんって感じがするよね」
「うん。ナギねーちゃんみたいなほーよーりょくは無いけど暖かいよね」
「次はミサさんおねがいしまーす」
「はーい」
アールスに呼ばれたミサさんはアールスに近づくとアールスを抱き寄せ頭を撫で始めた。
「おお……」
アールスは感心したかのような声を出しミサさんに身体を預ける。
これ、何をしているかというと包容力品評会だ。
何かと思うかもしれないが僕にも分からない。
ただアールスとアイネは僕を基準に各々の包容力を評価しているようだ。
「ミサさんもういいよ。次はアイネちゃんに」
「いいですヨー。いらっしゃーう」
両手を広げるミサさんにアイネが飛び込む。
身長差があるせいで抱き着いてアイネの足が地面から完全に離れている。
ミサさん何でしゃがまないんだろう。
「おー。これは中々……」
「どうですカ? ワタシこういうのは結構自信あるんですヨー」
「いいね。カナデねーちゃんとは違って甘えさせてくれるって言うよりも安心させてくれる……」
なんと言うか不健全な光景だ。
「これ……私もするんですか?」
僕の隣で頬を引きつらせながらレナスさんが聞いてくる。
「皆って言うからそうなんじゃないかな」
「帰ります」
「おっと逃がさないよレナスちゃん」
踵を返して逃げ出そうとしたレナスさんをアールスが捕まえた。
「い、いやです! 離してください!」
「くくくっ、レナスちゃんの包容力はどんな物なのかな? 楽しみだなぁ」
「やめなさい」
アールスの額に軽くチョップを食らわせる。
「嫌がってるんだから無理強いしないの」
「えー」
「っていうか包容力品評会って何なの?」
「名前そのままだけど」
「なんでそんなもの開催したの」
「癒しが欲しくて?」
「癒しが欲しいのに人を嫌な気持ちにさせたら駄目でしょ」
「むー」
「ナ、ナギさんありがとうございます」
「レナスさんにまでやらせたいのはなんでなの?」
「人によって抱擁した時の癒され方が違うから目的に応じて甘え先を選べるようにしておきたいから」
「お、おう」
「ちなみにナギは万能だね。どんな目的でも優しく包んで癒してくれる」
「そうなの?」
「そうなの」
特別な事をしている自覚は無いのだけど。
「ナギっていつもそうだよね。自分の魅力に自覚もった方がいいよ?」
「特別な事してるわけじゃないから実感わかないんだよね」
「ナギさんの包容力は雰囲気的な所も大きいですからね」
「まぁそうだけどねー」
「魂が男性なのに包容力で負けてる人もいるんですよ~」
珍しくしかめっ面でカナデさんが割り込んできた。
「ちょっと女性として傷ついちゃいますよぉ」
「分かる」
アールスも神妙そうにうなずく。変な品評会開いた子が何を言ってるんだろう。
「ナギって本当に前世男の子だったの? お母さんじゃないの?」
「子供どころか恋人すら持った事ないよ」
「実は今世に転生する前に一回別の人生を挟んでるとか~」
「……ありそうな話ですけどさすがにないと思いますよ? 前世の記憶覚えていられるのは転生後の一回の人生だけっていう話でしたし」
前世子供に好かれていたっていう記憶も……特にないな。そもそも子供との接点がなかったけれど。
「あのー、アイネちゃん寝てしまいましター」
「その体勢で!?」
アイネはミサさんに抱きしめられ足が宙に浮いたままだ。
「ミサさんの包容力は種類が違うとはいえナギに匹敵する物があるからね。ナギがお母さんならミサさんはまさに学校の先生。安心感が違うよ安心感が」
「学校の先生ってそんなに安心感あるの?」
「グランエルではナギがいたから目立たなかったかもしれないけど親元から離れて寂しがってる子を慰めたりあやすのは普通先生の仕事だよ」
「……そういえばそうだね」
何故か子守の仕事依頼されてたけど。
「アイネちゃんお部屋に連れて行きますネー」
そう言ってミサさんはアイネを抱きしめたまま居間から出て行った。
「寝ちゃうなんてそれだけ疲れてたって事かな。レナスさんは去年体調崩してたけど大丈夫?」
「はい。大丈夫です。今年は勉強をして気晴らししていますしお腹も空いていませんから元気です」
「よかった。ヘレンも平気そうだしこのまま何事もなく過ぎて欲しいよね」
「そうですね」
「でも何もなかったらなかったで退屈なんだよね。幻想遊戯の続きまだー?」
「調整がね……どうせならアールスも話一個考えてみたら? その場合管理者やるのはアールスになるけど」
「え? そういうのやってもいいの?」
「もちろん。ただ新規で作るならともかく既存の登場人物を使う話なら僕と相談してほしいな。経験点が増えると調整が狂うからね」
「分かったー。ところでナギが考えてるお話って元とかあるの?」
「筋書きが一杯載ってる本から出してるんだよ。あくまでも見本だから話の整合性考えたり登場人物の強さ毎に難易度の調整しないといけないんだけど」
「大変そうだね」
「レナスさんも一緒に考えてくれてるから何とかなってるよ」
「じゃあ私も補佐役誰かに頼もうかなー」
「それがいいと思うよ」
「ミサさんに頼もうかなー」
「経験者であるナギさんに頼んだ方が頼もしいのではないでしょうか?」
「ナギとレナスちゃんには参加する側に回って欲しいんだ。二人がどんな遊び方するのか見てみたい」
「そういう事なら僕は参加する側に回るよ」
「なら私もそうします」
「レナスちゃんがいないから時代考証は甘くなっちゃうかもしれないけどそれは許してね? カナデさんは補佐やってみたい?」
「そうですねぇ。私も参加する方がいいですね~」
「それじゃあ精霊達で誰かやりたい人ー」
アロエとエクレアはミサさんについて行ったのでこの場にはいない。
三人の精霊は互いに顔を見合わせてからアールスに視線を合わせた。
「精霊は全員補佐に回した方がいいと思うわよ?」
「え? なんで?」
「初めてやるんだから参加人数は少ない方がいいけど、レナスが参加するのに私達が参加しないっていう選択肢はないわね」
「けどだからって駒を操る側に私達全員が入ると人数が多すぎると思う。ナギも最初に遊んだ時苦労してた」
『わたしはいけいがかりやりたーい』
「むむむ……じゃああとはミサさんかアイネちゃんかー」
「ワタシがどうかしましたカー?」
ちょうどよくミサさんが帰って来た。
「お帰りなさいミサさん。アイネどうでしたか?」
「ふふっ、よく眠ってマース。本当アイネちゃんはちっちゃくてかわいいですネー。妹の小さい頃を思い出しマース」
「アイネ来年でもう成人なんですけどね」
「それでも十五じゃないですカ。ワタシから見たらまだまだ子供デース。アリスちゃんはそう見えないですカ?」
「……そういえば年齢で考えた事ないな。アイネ自身は子供っぽい所があるな、とは思ってますけど会ったばかりの頃のカナデさん十五歳でしたけど頼りになりましたよ? ね? レナスさん」
「はい。カナデさんからは冒険者として必要な事や世情のような色々な事を教えてもらいましたから」
「えへへ~。なんだか照れますねぇ」
「ん~、その頃のカナデちゃん見てみたかったですネ~。それでアールスちゃんはワタシの名前を呼んでいましたが何か用でも?」
「あのね、私も幻想遊戯の管理者やろうかと思ってるんだけどミサさん補佐になってくれないかなーって」
「オゥ。もちろんいいですヨー。どんな事するか決まってるんですカ?」
「全然。さっきやろうって決めたばっかだもん」
「なら今から決めちゃいましょうカ」
「いいね! ナギとレナスちゃんとカナデさんには秘密だから私の部屋で相談しよ」
「見本用の筋書きが載ってる本持ってく?」
「んーん。それは遠慮しておく。ナギの考えるお話のネタバレしちゃったら悪いしね。それよりレナスちゃん。精霊達連れてってもいいかな?」
「いいですよ。サラサさん、ディアナさん、ライチーさん。アールスさんのお手伝いをしてきてください」
「分かったわ」
「ん」
『はーい!』
アールスがミサさんと精霊達を連れて今から出ていき僕とレナスさんとカナデさんの三人だけが残された。
「……あっ、この三人だけになるって相当久しぶりだよね」
「あ~、たしかにそうですね~」
「初めて会った時以来じゃないですか?」
「そうだね。後はナスとアースがいたし精霊達に会うまでの宿ぐらい?」
「懐かしいですね~。レナスさんの傍には常に誰かしら精霊がいるのでこの三人だけになるって事ないですからね~」
「そう考えるとレナスさんの傍に精霊が誰もいないっていうのもすごい久しぶりだね。
懐かしいなぁ。初めて会った頃と比べて二人共すごく大人びたよね」
「それはアリスさんも一緒ですよ~。でもレナスさんに身長を抜かれるとは思っていませんでしたねぇ」
「レナスさんってまだ身長伸びてる?」
「止まっていると思いますよ」
「じゃあカナデさんが特別伸びる時期が長かったのか。カナデさんって昔はそんなに背は高くなかったですよね」
「はい~。今のアリスさんと同じくらいでしたかねぇ?」
「羨ましいなぁ。僕もカナデさん位伸びる期間が欲しかったよ……もう完全に止まってるんだよね」
「女の子は身長の伸びが止まるの早いって言いますからね~」
一応この身体も魔素に侵されるんだから魔獣みたいに身体を変化させられないかなぁ。




