十一月に備えて
「ふぅ……こんなもんかな」
十月も終わりに近づいてきた頃、十一月の猛吹雪に備えて家の中の大掃除を行う事になり、まず手始めに自分の部屋を掃除をして一時間もしないうちに終わらせる事が出来た。
「午前中は後はアイネが帰って来るのを待つだけか」
アイネも宿を引き払って大掃除の為に帰って来る。
アイネの部屋は主がいない間も掃除をしていたので埃まみれにはなっていない。
だから今から帰って来てもアイネが自分の部屋の掃除に苦労する事はないだろう。
アイネが帰ってきたら倉庫の掃除をやって……と考えていると玄関の方から物音が聞こえて来た。
アイネが帰って来たのだろうか?
玄関まで行くと大荷物を床に置ているアイネとミサさんがいた。
「アイネ、お帰り」
「あっ、ねーちゃんただいま」
「悩みは解決した?」
「あたしはねーちゃんを鍛えるのがしめーだって気づいた」
「まだ武術大会の事気にしてるの?」
「だってねーちゃんだったらもっと勝てたもん! 最初の負けなんてねーちゃんの失敗で負けただけだし!」
「うっ……まぁそうなんだけど」
「ちゃんと動けるよーにあたしが訓練してあげなきゃ駄目だね!」
「はい……」
「ふふふ、訓練の事になるとアリスちゃんもアイネちゃんには頭が上がらないですネ」
「実際アイネって教えるの上手いですからね。意外と組合の指導員とかに向いてるかもしれません」
もちろん本当になるとしてもまだまだ勉強は必要だろうが。
しかし、冒険者見習いになった時は僕が主導してたのにあっという間に追い抜かれたな。
「むー。勝手にあたしのしょーらい決めないでよ。あたしはさいきょーの走り屋になるんだから」
「何それ初耳なんだけど」
「はしりや……ってなんですカ?」
「足が速い人の事」
「お、おう……。郵便配達員になるの?」
「とーしやりながらあたしの速さを世界に見せつけるの」
「……そうか」
スポーツ選手みたいな職業ってないからな。
「よく分かりませんが頑張ってくだサイ」
「ん」
何故か得意気な顔をして頷くアイネ。
「じゃーあたし部屋に戻るね」
「うん。午後からこの家全体の大掃除だからね」
「わかったー」
「それではそろそろワタシもお昼の材料の買い出しに行ってきますネ」
「あっ、はい。お気をつけて……って、レナスさんは一緒じゃないんですか?」
「レナスちゃんはお昼の仕込みを台所でしていますヨ。ワタシが買いに行くのは足りない材料デース」
「ああ、なるほど」
料理は当番の組が作りたい料理を決めるので材料を買い溜める事はあまりない。
けど材料が余る時もあり、その余った材料は自由に使っていい事になっている。
レナスさんはその余った材料を使っているんだろう。
ミサさんを見送ってから台所を覗くとレナスさんが精霊達とお喋りしながら料理をしていた。
邪魔をしたら悪いな。
台所から離れ他の二人の様子を見に行くと、アールスは掃除を終わらせていて武具の手入れをしていた。
少し話をしてから次にカナデさんの部屋へ行くとどうやらカナデさんはまだ掃除が終わっていないらしく部屋の外からでも物音が聞こえてくる。
邪魔しない方がいいだろうか?
とりあえず戸を叩き鳴らす。
「カナデさん。ナギです。お掃除終わりましたか?」
「あっ、まだですよぉ」
「手伝いましょうか?」
「大丈夫です~。今お薬の整理中ですから~」
「分かりました。何かあったら呼んでください。手伝いますから」
「ありがとうございます~」
とりあえずする事が無くなった。
部屋に戻って休んでるかそれとも魔獣達の元へ行くか……。
この後の事を悩んでいるとふいにサラサが僕の目の前に現れた。
「ナギ、今ちょっといいかしら?」
「うん? 大丈夫だけど長くなるなら僕の部屋で聞くよ?」
「……そうね、部屋の方がいいかも」
「じゃあ部屋に行こうか」
自分の部屋に戻り椅子に座ってサラサに改めて用件を聞く。
「それで何の用かな?」
「十二月に入ったらレナスの誕生日があるじゃない」
「うん」
「今年は高価な物を送ろうと思うの。その買い物にナギに付き合ってほしいのだけど」
「そういう事ならもちろんいいけど、もう選ぶんだね」
「十一月は外に出れないから」
「まぁそうだよね。じゃあ明後日でどうかな?」
「それでいいわ。でもこの都市でいい物あるかしら?」
「どうかな。ドサイドまで行ったらあると思うけど」
「さすがにそこまで行く余裕はないわね」
「だね。お金の使い道はレナスさんには話してるの?」
「本当はレナスには内緒にしておきたかったんだけどね」
精霊達のお給料は共有資金から出されていてそれぞれの契約者が管理している。
額は収入に応じて変わっていて、今の金額は月銀貨五枚だ。安いと思われるかもしれないが、実はそうでもない。軍の一兵卒で月銀貨十枚、僕の両親のような農民だと月銀貨三枚が相場だ。
農民は少ないがその分税金がかからないので贅沢をしたり嗜好品を買わなければ三人家族でも一ヵ月銅貨五十枚かけずに暮らしていける。
それに精霊達は余り買い物をしない。買うとしたら契約者に贈り物をしたい時くらいだ。
その贈り物も旅の邪魔になるような物は贈らないので必然と値段は抑えられる。
「それじゃあ私は戻るわね」
「うん」
サラサはスゥーっと姿を消す。
僕もレナスさんへの誕生日プレゼント考えないとな。この前のアールスの誕生日には果物一杯のケーキを作ったしレナスさんにも同じような物を用意しようか。
夜、寝る支度をしていると戸を叩く音がする。
「はーい」
「ナギさん。レナスです。少しよろしいでしょうか?」
「レナスさん? 入っていいよ」
「ありがとうございます」
レナスさんが入って来る。
レナスさんは寝間着を着て髪もまとめている。もう寝る支度が終わっているように見え、さらに抱き枕まで持っている。
「夜分にすみません」
「どうかしたの?」
「その……」
何故かもじもじし始めるレナスさん。かわいい。
「今日は一緒に寝ても良いですか?」
「……い、いいけどどうしたの急に?」
久しぶりの申し出に少し驚いた。そう、驚いただけだ。
「久しぶり……その、一緒に寝たい気分になりましたので」
「?」
一緒に寝たいと言うレナスさんの表情が何故か一瞬悲しさをこらえているように見えた。
どうしたんだろう……もしかして何か精霊達に悟られたくない事でもあるのだろうか?
精霊術士が精霊に聞かれないように人と話をするには相手のマナの範囲内で小さな声で相手に伝えられるよう密着するしかない。
もしも前もって精霊達を遠ざけてもそれは何かありますと言ってるようなものだ。
密着すると言うのも怪しいのだけど、僕とレナスさんならそこは大丈夫だ。アールス達と合流するまで一緒に寝ていたという実績があるからな。
「分かったよ。とりあえず髪纏めたら僕ももう寝るから先にベッドで寝ちゃってていいよ」
「ありがとうございます」
レナスさんはお辞儀をした後僕のベッドの端に腰掛けた。
仕度を早く終わらせてしまう。
手早く髪をまとめベッドに向かう。
「それじゃあ寝ようか」
「はい!」
これから寝るとは思えないほど元気な返事だ。
僕がベッドの上に上がるとレナスさんが僕に抱き着いてきた。
「れ、レナスさん」
「サラサさんとの……繋がりが弱まっているんです」
とても小さなかすれた声でそう言ったのが聞き取れた。
「ああ……」
繋がりが無くなる事を怖がっているんだこの子は。
レナスさんの背中に手を回し優しく叩く。
「とりあえず横になろうか」
抱き合った形のまま横になり、そのままだと頭の位置が合わないのでちょっと位置調整をしてから掛け布団を首元まで被る。
明かりを消すついでにマナを操り声が漏れないようにソリッド・ウォールの要領で精霊達にばれないように壁を作る。
「壁作ったから少しは大きな声でも大丈夫だよ」
落ち着いてからレナスさんが真っ暗闇の中ぽつりぽつりと話し始めた。
「サラサさんが今日私の誕生日の贈り物に高価な物を贈りたいから自分のお金が欲しいと頼んできたんです」
「うん。それは僕も聞いたよ」
「私にはそれが繋がりが弱くなっている事と合わせてお別れの準備をしているように思えて仕方ないんです」
「サラサは繋がりについて何か話してる?」
「春までは……持たせると言っていました」
「そっか……」
サラサはもう覚悟できているのか。
「今のレナスさんが出来る事は一つ。悲しい顔をサラサには見せない事だ。
レナスさんがそんな顔して過ごす事をサラサは望んでいないと思うよ。
でも泣きたいなら泣いた方がいい。サラサの前では笑顔でいられるように」
「はい……」
レナスさんが布団の中に潜り込み僕の胸元に顔を埋めて来た。
ちょっとくすぐったい。
でもこうしていると包み込んで守ってあげたくなる。
これも女性の身体の影響なんだろうか?
レナスさんを守りたいという想いが強くなっていく。




