武術大会剣術の部 後編
「いい加減動かないと引き分けになりますよ」
ずっと見合っていたら審判さんに怒られてしまった。
まぁたしかに守りに入ってから三十分くらいは経っていそうだ。長すぎたか。
しかし、動けと言われても下手に動いたら負けそうなんだよな。
……まぁいいか。僕は入賞するのが目的じゃなくて自分の力量を確かめる為に参加したんだ。
剣豪と呼ばれる人と一太刀も交えずに試合を終わらせてしまうのはもったいない。
僕の技量が剣豪にどこまで届くか試してみようじゃないか。
まずは間合いを詰めようか。
すり足で少しずつ近づくと首の辺りがひりひりしてくる。首狙ってるのか? 怖いな……。
後二歩……いけるか。
「……」
「ほう。ここまで近づけるか」
相手が感心したように声をかけてきた。ここが限界か? いや、あと半歩行ける。
「むっ」
相手の身体全身に力が込められたのを感じる。威圧感も強くなったが……まだ恐れる程じゃない。
昔の……実戦を経験する前までの僕ならここで怯えていたかもしれないな。
僕の最初の一手、どう対処する?
「はっ!」
剣を狙った一撃は簡単に受け止められる。こっちの方が都合がいい。受け流されていたらどうなっていたか。
このまま受け流されないように気を付けつつ競り合い次の一手を打つきっかけを待とう。
「む……意外とやるな、嬢ちゃん」
「競り合いはよくやってますから」
アールス相手に。
アールスはこういう鍔迫り合いなるとすぐに僕の剣を自分の剣で絡めとってから反撃してこようとするからな。そりゃ上手くもなる。
しかし、剣から伝わってくる力加減……アールスよりも弱いな。
老いかそれとも本気でないだけか。今のままなら押し切れる。
油断はしたくないけど……ここは押し切る!
「はあああっ!」
相手の剣を押し込んでからの胴を狙っての右切り上げ……は避けられた。
けど止めない。
「えい! せあ!」
「脇が甘い!」
「一本!」
左薙ぎからの突きを簡単に受け流されてしまい、その後の反撃で一撃を食らってしまった。
おかげで相手側の旗が二本上がっている。
「くっ……」
切り上げの後は小技で牽制しつつ体勢を治して技を繋げやすくするべきだったか。
もしくはカレイドさんの時と同じように少しずつ相手の体勢を崩すべきだったか?
失敗と言えば最初に負けた試合もそうだ。攻めを失敗して隙を突かれてしまった。
力が強い相手だってミサさんと沢山訓練したというのに全く生かせなかった。
反省の多い大会だったな。
閉会式を終えて入賞の商品を貰ったカナデさんと一緒に皆の元へ戻る。
すると真っ先にアールスが笑顔で迎えてくれた。
「カナデさん改めて入賞おめでとー。ナギは惜しかったね」
「ありがとうございます~」
「みんな訓練に付き合ってくれたのにごめん。上手く動けなかったよ。特にミサさんとの訓練の成果を生かせなかったのが心残りだ」
「次の大会……はないですネ。でもめげちゃダメですヨ。誰でも失敗はあるものなのですカラ」
「そーそー。失敗をはんせーして直していけばもっと強くなれるんだから」
「そうだね……」
「ま、負けた事はともかくナギさんとても格好良かったです!」
「あはは、ありがとう」
慰める為だろうがレナスさんに格好良いと言われるのは嬉しいな。我ながら現金な物だとも思うが少し元気が出てきた。
「それでカナデねーちゃんが貰ったしょーひんって何なの?」
「ガルデの高級食事処の割引券ですよぉ」
「わりびきけん?」
割引券。この国にはそういうのもあるのか。
「お買い物の時にその券を出すと値段を安くしてくれる券だよ。アーク王国でも大会の賞品として出すところあるよね」
そう説明してくれたのはアールスだった。
アーク王国でもあったのか!
「ダイソンでも時々お祭りの景品で出回ってるんですよぉ」
「へー。ミサさん。東の国々にもこういうのってあるんですか?」
「ないですヨ。偽造されて乱用されたら大変じゃないですカ?」
「あっ、そういう心配もあるのか」
「ですから不正無き契約がかかってるんですよぉ」
プロミスは使用の際に二人以上のマナが必要で、契約を交わす際に術者が契約の書かれた紙に触れながら参加者全員とマナを繋ぎ不正無き契約を唱えれば効果が発動する。
効果が発動すると魔法がかけられた物は参加者全員のマナに反応して光るようになる上に、術者が死に魔法が解けるまで破損する事も朽ちる事もなくなる。ある意味ブリザベーション以上の保存性能なのだ。
ただし、生き物には使えないし食物に使っても加工が出来なくなり食べられなくなるので使えないし、死ぬ以外に魔法を解除するには参加者全員のマナが無いと行えない。
「それはたしか転秤神ザースバイル様の第六階位神聖魔法でしたネ」
「ですです~。使う時には対象のお店の人に渡して確認してもらうんですぅ」
「その割引券って何人まで対象なんですか?」
「一応二人までなら一緒に連れて行けるみたいですよ~」
「割引はカナデさんを入れて三人までって事か」
「こーきゅー食事処かーカナデねーちゃん。あたし行きたいなー」
「いいですよぉ。他に行きたい人はいますかぁ?」
「ワタシも行きたいデース」
「私は別にいいかなー」
「私も別に……」
「僕もいいからもう決まったね」
「わーい!」
「うふふ~。行く日にちと場所を考えておかないといけませんね~」
「高級店という事はちゃんとした服着ていかないと駄目ですネー」
「えっ、そーなの? あたしふつーの服しかないよ」
「うふふ~。それでしたら一緒に買いに行きましょうか~」
「割引券の有効期限っていつまでなんですか?」
「一年後までだそうですぅ」
「随分と余裕あるんですね」
「ええ~。ですから焦る必要はないですよぉ」
「どんな服がいいんだろ」
「やはりこの土地に合わせた服装がいいと思いますヨ。旅先の文化を楽しむのも旅の醍醐味ですカラ」
「って言ってもこっちに来てもー一年経つけどね」
三人がわいわいと今後について話をし始めた所でゲイルがアイネの頭の上から僕の方へ移って来た。
「ききっ」
お疲れさまと言ってくれる。
「ありがとう。ゲイルもナスも応援ありがとうね」
「ぴー」
ちなみにヒビキは今アールスに抱かれて眠っている。ちょっと待たせ過ぎてしまっただろうか。
そしてゲイルが僕は何か貰ってないのかと聞いてくる。
「きーきー」
「僕が貰ったのはこの参加賞の手拭いぐらいだよ」
この都市の役所と商業組合の名前が縫われている以外は無地のよくある手拭いで、ありがたく試合後に使わせてもらったので使用済みだ。
「あっそうだナギ」
「ん? 何?」
アールスが何かを思い出したかのように僕を呼ぶ。
「今晩の夕食は打ち上げも兼ねてお店予約してあるからそのつもりでね」
「何それ聞いてない」
「言ってないもん。ナギとカナデさん以外の皆で相談して決めたんだよ。ねー? レナスちゃん」
「はい。割引券が使えるような高級料理店ではありませんがいいお店を見つけておきました」
「実は事前に私とミサさんで下調べもしといたからお店に関しては保証するよ」
「いつのまに……でもアールスとミサさんか。ちょっと意外な組み合わせだね」
アールスとミサさんは二人とも明るく元気が良く、神様を良く信仰しているが意外と二人一緒にいる事が無い。仲が悪い訳ではないと思うんだが。
アールスは誰かと一緒にいる場合はレナスさんかアイネの場合が多く、ミサさんの方はカナデさんかアイネが多い。
アールスはレナスさんとは親友同士だしミサさんとカナデさんは年長者同士だからか仲がいい。
そしてアイネはアイネ自身がアールスとミサさんによく懐いているため一緒にいる事が多いのだ。
「アイネちゃんは離れて暮らしてるから用事合わせにくいし、レナスちゃんはお勉強で忙しいみたいだからね。私とミサさんが率先して調べに行ったんだ」
「なるほどね。どんなお店か楽しみだな」




