武術大会剣術の部 前編
カナデさんの入賞の翌日、先日と同じ場所にやって来た。
「ナギねーちゃん、ちょーしはどう?」
「うん。絶好調だよ」
「ねーちゃんの強みは何?」
「相手の動きを予測しての守り」
「うん。守りに関してはねーちゃんはアールスねーちゃんにも負けてないよ! だから勝てる! ねーちゃんは勝てる!」
「勝てる……」
「声が小さい!」
「勝てる」
「もっと声を出して!」
「勝てる!」
「気持ちで負けてたら勝てるしょーぶも勝てなくなるよ! 競り合いになった時に大事なのはれーせーなしこーを保つためには勝てるってゆー自信を持つ事だよ! もー一度!」
「勝てる!!」
「よし行って来い!」
「はい!」
アイネの激励を受けて気合が高まる。今までにない感覚だ。壁の外での魔物との邂逅の時の様に高ぶってはいるが恐怖心は無い。むしろアイネの言うようにやれる気がする。
気合が入ったまま受付へ向かい登録を終わらせると控室に通された。
そして、その控室には八人の僕と同じ出場者だと思われる人達がいた。
僕が部屋の中に入ると一斉に僕を見てくる。
全員男性だが僕を見定めているのか圧を感じる。しかし、三人はすぐに興味を失ったように僕から視線を離した。
きっとこの三人は僕よりも格上なんだろう。僕が組み易しと見て興味を失ったに違いない。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
とりあえず軽く挨拶をする。
するとまだ見ていた人達が目を逸らし、四人が言葉少なく返事を返してきた。
今目を逸らした五人は明らかに緊張している。
先に目を逸らした三人、特に年老いた男性を意識しているように見えた。
この人がアールスの言っていたザラークという人だろうか?
とりあえず他の人達を刺激しないように距離を取って待機する事にした。
そうして開始を待っていると後から新しい選手が一人入って来た。
僕と同じ女性で顔見知りの女性だった。
「お久しぶりです。カレイドさん」
カレイドさんは北の遺跡で僕の護衛をしてくれたレスコンシアの一員だ。
あれからも時々情報収集の酒場で会ったり、甘味処で見かける事もあった。
「あら? 久しぶりやね治療士さん。治療士さんもこの大会出るん?」
「ええ、力試しに、と思って」
「そうなん? うちは賞品の肉取って来い言われてな、くじ引きで負けて出る事なったんや」
「目的は高級肉ですか。どんな味なんでしょうね」
「高級っちゅうてもこの都市で、っていうだけやからな。そんな大したもんじゃないで。
首都じゃ出回りすぎてちょっと高いくらいの肉や」
「へぇ。たしかカヤっていう爬虫類のお肉でしたよね。カレイドさんは食べた事あるんですか?」
「あるで。仕事で臨時収入が入った時にちょっといいとこ行って試しに食べてみたらもうおいしいのなんのって。油が少なくてさっぱりしてて食べやすかったわ」
「好印象みたいですね。でもその割に押し付けられたと言ってこの大会にはあまり乗り気ではないみたいですね?」
「ん……まぁさすがに取れるっちゅう自信がある訳やないからな」
そう言ってカレイドさんはザラークさんと思わしき老齢の男性を横で見た。
「……やはり強いんですか?」
「あん人はここらじゃ有名な剣豪ザラーク=グリトファーや。こっち来たばっかの頃に仲間と一緒に手合わせしてもらったんやけどまるで赤子扱いやったわ」
カレイドさんの正確な実力は分からないけれど僕よりも上だろう。
しかし、アールスはザラークさんは力が衰えて僕でも戦えると言っていたが本当だろうか?
カレイドさんや他の選手達の様子を見る限り不安になって来るな。
剣術の部の試合形式は複数同時試合の総当たりだ。
一番勝利した人が優勝で、同率一位が居たらその二人の試合の結果で優勝が決まる。それでも決まらなかったら最後に一試合をしそれで決める。それでもまだ引き分けで決まらなかった場合は同時優勝で優勝賞品は山分けだそうだ。
武術大会剣術の部開始の合図と共に選手は試合場に出る。
地面に正方形に描かれた枠が四つあり、その枠内で試合をする事になる。
選手はカレイドさんが最後だったので総勢十人だったので一組だけあぶれる事になるか。
それにしても結局道場の人達は出ないのか。ちょっと残念な気もする。
「ぴー!」
ナスの応援の声が良く聞こえてくる。
声のした方を見ると皆が手を振ってくれているので僕もそれに手を小さく振って応える。
僕の最初の相手は若い男性でだいたい二十歳前後だろうか。中々目を逸らさなかった五人のうちの一人だ。
緊張しているのか表情がこわばっていてさらに……。
「肉は俺がとる……肉は俺がとる……」
などと呟いている。精神統一の一環だろうか?
しかし、いい具合にマナが乱れている。人は魔力操作を嗜んでいないと感情や意志によって勝手にマナが動く事がある。
たとえば……そう、殺意などが分かりやすい。
魔物と相対した時魔物に対する殺意でマナが魔物に向かって動いていた人が冒険者や兵士の中にいたっけ。
そういう相手は次はどこを狙っているのか分かりやすい。
マナの動きを抑えるには魔力操作を鍛えるか意志を抑え込むしかない。だから目の前の相手は割合やりやすい相手と言えるだろう。
ちなみにアールスはどっちも上手なので魔力操作が上手の僕以上に感情や意志でマナを動かす事が無い。
試合は審判の合図と共に始まった。
審判は三人。赤と白の旗を左右に持っているがこれは得点が入った時に両選手の区別をつける為であり、今回僕は赤の旗が上がれば一点入る事になる。
初めての形式の試合だ。慎重に行こう。
僕も相手もまずは様子見で剣を構えたまま相手の隙を伺う。
構えを細かく変え攻撃を誘うと言うのが今日の僕の方針だ。上手く釣られてくれればいいのだけど。
「!?」
マナが動いた。右から来る。
左に避けて……いや、ここは一度受け止めて流す。
「くぅ!」
重い……けど行ける。
外側に流した後はそのまま胴を!
「技あり!」
審判の一人から声が上がる。審判三人のうち一人だけ僕側を示す赤色の旗を上げていて残りの二人は下ろしたままだ。
鎧の上からだったけれどそれでも一点入るのか。一人一人の採点基準は割と甘いのか?
得点を得た後は初期位置に戻り試合をやり直す。これやっぱ剣道っぽい気がする。
さて、先ほどの相手の攻撃は様子見の一撃だったのだろうか?
油断してくれていただけなのだろうか?
分からないが相手の顔つきは先ほどとは違う。緊張が多少は薄れたのか表情の強張りは緩和されて真剣な目つきで僕を真っ直ぐ見てくる。
マナの乱れも収まっているか。
とりあえず方針通り細かく構えを変えつつ相手の出方を伺う。
しかし、今度は中々攻めてこない。むしろ僕を誘っているような……試してみるか。
まずは軽く打って出て反撃してきたらそれを防ぐかかわすかしてからの反撃で行こう。
「ふっ」
息を抜くと同時に間合いを詰め仕掛ける。
胸部を狙った突きは軽くかわされるがそこからさらに一歩踏み込み左切り上げを行うが今度は防がれた。
硬直する前に僕の方が下がる。僕の剣が相手の剣より下にある体勢では力押しは難しい。
次はどう出るか。
互いに構えたまま。すり足で右へ動こうとすると相手もそれに合わせ身体の向きと構えを変えてくる。
上段からの一撃。駄目だ。かわされて胴を狙われる。
最速の突きを繰り出す……これだ。相手は構えを変える動作に少々ぎこちなさが見える。
構えを変える時にさっき加減した突きとは違う動作の少ない最速の突きを出せれば一点は取れるかもしれない。
勝負は次相手が構えを変えた瞬間……。
「……今!」
速く無駄なく!
「一本!」
赤い旗が三つ上がる。
僕の剣は相手の首元を捉えている。
行けた。僕でもやれたんだ。
これからだ。これから僕はどこまでいけるだろう。いつになく気分が高揚しているのが分かる。
行ける所まで行ってやる!




