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馬車

「じゃあアールス、心の準備はいい?」

「う、うん」


 怯えてる。普段のアールスからは考えられない姿だ。やっぱり幼い頃の嫌な思い出には恐怖が生じるのか。

 今日はアールスの馬車への苦手意識を確認するための計画を立てた。

 アールスには緊張をほぐす為前日も休んでもらっていた。

 そしてまずは大通りを通る馬車を眺めてもらい問題ない事を確認し、それから今まさに二人乗りの箱馬車に挑戦しようとしている所だ。

 路肩に停まっている馬車の御者に声をかけ行き先を伝える。


「繁華街のランタース劇場までお願いします」

「はいよ。ランタース劇場だね」


 ランタース劇場では今は午前と午後に演奏会が行われている。僕達は聞いた事のないがガルデ周辺ではそこそこ名前が通った演奏団が演奏しているらしい。

 アールスがなんともなかったらそのまま演奏会を聴く予定だ。

 先に僕が馬車に乗りアールスに手を差し伸べる。

 アールスはやはり乗りなれていないようで少し動きがぎこちなかった。

 アールスと並んで席に座るとアールスが僕の手を握って来る。


「じゃあ出しますぜ」


 動き出すと同時にアールスが手を強く握って来る。

 僕からも握り返してから話を切り出す。


「演奏会楽しみだね」

「うん。レナスちゃんも来ればよかったのにね」

「残念だよね。でも用事があるって言うなら無理強いは出来ないよ。でも、最近三人で出かけるって言う事がめっきり少なくなったよね」

「レナスちゃんが行きたがらないからね……嫌われたわけじゃないと思うけどどうしちゃったんだろうね」


 いつも親愛の情を向けてくるレナスさんが実は僕達の事が大嫌いだったとか人間不信になるぞ。


「多分僕達が誘う時って買い出しとか散歩程度の軽い用事だからじゃないかな」

「そうなのかなぁ」

「レナスさんの事だからきっといろんな勉強をしてるんじゃないかな」

「考古学とか?」

「そうそう。将来の為に勉強しているとしたら……邪魔は出来ないよね」

「うん……でもレナスちゃんが考古学者になったら会う機会が減っちゃうんだろうね」

「グライオンやイグニティ、東の国々を拠点にしたらもしかしたら二度と会う事も出来ないかもよ」

「それはやだなぁ……寂しいよ」

「まぁそうと決まったわけじゃないから」

「うん……そうだね。それにたとえそうなったとしてもレナスちゃんのしたい事応援しなくちゃだよね」

「そうだね」


 夢に向かって頑張ってる人の足かせになるような事はしちゃいけない。

 それにしても今の所アールスは調子がよさそうだな。

 とはいえそれを指摘したらかえって意識してしまって酔ってしまうかもしれない。触れない方がいいか。


「レナスちゃんだけじゃなくて皆休みなのに忙しそうだよね」

「ミサさんは古代ヴェレス語の翻訳の仕事、カナデさんは……何してるんだろ?」

「なんか忙しそうにしてるよね。訓練とかよく行くし」

「も、もしかして気になる人が出来たとか!?」

「そ、そうなのかな。でも男の気配とか感じないけど……」

「そう言うの分かるの?」

「恋人が出来れば大抵の人は態度や雰囲気が変わるからね。何となくは分かるよ。カナデさんなんかは特にわかりやすい性格してると思うよ。お化粧とか気合入ってたら大抵はあたりだと思っていいと思う」

「へぇ~。じゃあそういうんじゃないならなんなんだろう?」

「なんだろうね? 帰ったら聞いてみようか」

「聞かれたくない事じゃないかな?」

「大丈夫じゃないかなぁ……」


 やましい事が無ければカナデさんは自分の行動を隠すような人じゃないし。


「カナデさんって昔っから訓練良くする人だっけ?」

「弓が好きだからね。訓練でなくても良く弓で射に行ってたよ。それにしたって最近は頻度が多い気もするけど」

「何かあるのかな~」

「お客さん九月末に武術大会があるん知らないんで?」


 アールスが悩んでいる所に御者さんから話しかけられた。


「武術大会ですか? 二ヵ月くらい空けていたので知りませんね……」

「いやいや、告知なら昨日から出されてるはずや」


 昨日は組合に行ってないからな。


「まぁ情報自体は毎年やってるんでこの街のもんなら誰でも知っとるけどな」

「じゃあカナデさんも人から聞いたのかな? 参加条件とかはあるんですか?」

「成人しとれば誰でも出られるで。ドサイドの闘技場の熱気のおこぼれを貰おうって始まった大会でな、参加条件も闘技場に合わせてるんや」


 また成人以上か。アイネ悔しがるだろうな。


「まぁルールまでは同じやないんやけどな」

「どういうルールなんですか?」

「武器の種類ごとに分かれて競い合うんや。弓は的当てやな」

「的当てかぁ。カナデさんすごい腕前してたけどアールスはカナデさんがどれくらいの達人か分かる?」

「ナギ、カナデさん位の人なら沢山いるよ」

「……え?」

「弓使いはね、矢一本で大きな岩を破壊できるし風が強くなければ曲射でも遠く離れた相手に当てられるの。それが普通の世界なの。私達とは違う世界に生きてるの」

「えぇー……」

「まぁ武術系の固有能力持ちって大概そうなんだけどね」

「……そうなんだ」


 そう言えば周りに分かりやすい武術系の固有能力持ちってカナデさん以外いなかったな……。


「ってカナデさんの固有能力って確か目に関する物で弓に関する固有能力持ってなかったはずだよ」

「えっ、持ってないの?」

「……そういえば聞いた事ないな」

「聞きにくい事だもんね」

「ちなみに僕はまだ剣に関する固有能力は無いけどアールスはないの?」

「私のは大体統合しちゃうみたいだから……」

「えぇ……」


 僕の自動翻訳と魔獣の誓いの様に相性がいいと固有能力は統合される。

 勇気ある者はガンガン他の固有能力と統合しちゃうのか……それか統合された結果勇気ある者になったのか?


「じゃあアールスもその違う世界の人達と同じような事が出来るのか」

「弓はまだ出来ないけど訓練してればその内出来るかなって自信はあるかな。けど剣に関してはもう到達してるしまだ伸ばせるよ?」

「まあ勝ち抜けたくらいだしね……軍の兵士さんってみんなそんな感じなの?」

「そう……でもないかな? 軍は連携の方を重視してるから個人の練度で言ったら冒険者の方が上。兵士さんは大人でも大体ナギくらいの人が多いよ」

「それは、僕はそれ位強いって誇ってもいい事なのかな?」

「うん。いいと思うよ。それ以上となると固有能力持ってる人が比較になっちゃうから」

「固有能力持ってない人の上限には達してるって事か」

「ナギも武術大会に出てみる? 今の自分の強さを確かめるのって自信を持つ事に大切だと思うんだけど」

「どうしようかな……出てみようかな。アールスはどうするの?」

「私は出ないよ。ナギを応援しなくちゃね」

「応援か……かっこ悪い所見せられないな」


 ちょっと今まで以上に訓練に力入れてみるか。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ほほう。 今度はナギが参戦?  ……でもまた、回復魔法の要請とか来て参加不可能になるオチとか?
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