時間がもったいない
「じゃあ膝枕しようか」
「へ?」
一休みしようとした所でアールスがそんな事を言い出した。
「え、さっきの本気だったの?」
「うん。だって私もやりたいもん。ナギの次はレナスちゃんね」
「わ、私もですか?」
「そうだよ。だから待っててね?」
「私は別にしてくれなくていいのですが……」
「やだ。私がやりたいんだからやるの」
久しぶりにアールスの我儘が発揮されたな。
アールス以外誰も特にやりたいと思わないが強く拒否する事でもない案件に関してはごり押してくる子供っぽい押しの強さ。
ただの子供と違って誰かが本気で嫌がってたらすぐに諦めるからここは譲ってもいいかと思わせる所が質が悪いと言うべきか。
思えばレナスさんも似たような所があるしこのアールスの悪い所に影響受けてるかもしれないな。
「分かったよ」
「えへへ、ありがとう」
これだ。了承した時に見せる笑顔がすごくかわいいから余計許したくなってしまう。
かわいいは正義とかずるいと思う。
アールスは地面に座り早く早くと僕を急かしてくる。
いざとなると恥ずかしいな。レナスさんも見てるし……。
「あっ、お構いなく……ヒビキさんは私が預かりますね」
「きゅ?」
抱いていたヒビキをレナスさんがかっさらっていく。
「ゲイルさんもナギさんから降りてください。二人だけにしましょう」
「きー」
頭の上に乗っていたゲイルもレナスさんの方に移ってしまった。
「さあナスさん。今日は何をしましょうか」
「ぴー……まずはお花見たい!」
ああ、ナスまでレナスさんの元へ……。
「ではごゆるりと」
そう言ってレナスさんは何故か不敵な笑みを浮かべ皆と一緒に離れて行ってしまった。
皆行ってしまった。仕方がない。
「じゃあ膝借りるね」
服が汚れないようにソリッド・ウォールを地面に張りその上に寝て頭をアールスの膝の上に乗せる。
「おお……ナギ可愛い」
「何その感想」
「なんかこうしてると胸がキュンキュンしてきてかわいい! ってなるの」
「どんな感情だそれ」
「ナスと遊んでる時みたいな?」
「それ人間に向けてる感情じゃないよね?」
「ナギの髪手触りいいしほっぺも柔らかい……ナスと一緒だね!」
そう言って僕の頬を揉んでくるのは止めて欲しい。
「僕とナスにはそんな共通点があったのか」
「ナスがナギに似ちゃったのかナギがナスに似ちゃったのか」
「しいて言うならナスが僕に似たんじゃないかな。毛の手入れは欠かしてないからね」
「ナギって髪の事には熱心だもんね」
「まぁね」
「お化粧とかはあんまりしないよね?」
「かしこまった場に出る時はするよ。お肌の手入れもしてるし」
そっち方面は前世からあまり興味なかったのでカナデさんに教えてもらったが。
「ナギのほっぺがモチモチしてるのは日頃のお手入れの成果ですか」
「いや、モチモチ具合で言うならアールスも中々だよね?」
「えー? 私は無駄肉は無いと思うけど」
「それは僕にはあるとでも言いたいのか。ちょっと触らせてよ」
「やー。女の子にそんな事しちゃいけませんー」
手を伸ばそうとするがアールスは身体を逸らして届かないようにしてしまった。
「男にならしてもいいのですか?」
「いいのです」
「理不尽な。よくない。よくないですよそういうのは」
「何で変なしゃべり方してるの?」
「急に素に戻らないでよ」
「だってナギが急に……」
「やめて。追求しないで。恥ずかしくなるから」
「んも~。しょうがないにゃあ」
「なんで急に猫になったの?」
「かわいくない?」
「……かわいかったけどさ」
「ならそれが答えだよ」
本当ぶれないな。
「それで私の膝枕はどう?」
「ちょっと固いかな」
「私女の子なんですけどーもうちょっとさー配慮とか言葉ってものをねー」
「いや、でも結構筋肉あるよね。むしろ何でこんなに柔らかいの? 僕だってもっと固いよ?」
「だったらさー普通に柔らかいねでいいじゃん! 先に固いなんて言わなくていいじゃん!」
「あ……ご、ごめん。それは確かに僕が短慮だったよ。アールスの脚って意外と柔らかいね」
「変態っぽく聞こえる」
「どうしろと?」
「もっと情熱的に愛を囁くように言ってみて」
「それ余計に変態っぽく聞こえる奴だよね? アールスは僕をどうしたいの?」
「でもさ、女の子に囲まれて暮らしてさらに膝枕をさせてる女の子の身体をした成人を過ぎ去った男性ってどう思う?」
「変態だったわ」
「もう手遅れなんだから逆に突き抜けちゃっていいと思うんだ」
「そうかな……そうかも……」
「さあ、汝の欲望を解き放ってみせよ……」
「じ、じゃあ皆の髪の手入れをしてもいいんですか!?」
「えっ、なにそれは……」
「急に素に戻らないでよ」
「いや、だってちょっと意味わかんなくて……普通お酒を一杯飲んだりお肉が一杯食べたいとか強くなりたいとかそういうものじゃないの? 男の子の欲望って」
「アールスの中の男性像がちょっと心配だよ。それは子供の……いや、この世界の成人男性がどんな欲望持ってるかは僕も分からないや」
意外とアールスの思ってる通りなのかもしれない。
「ナギって本当髪弄るの好きだよね。髪結いになろうとかは考えないの?」
「髪弄りは僕のせ……趣味だからね。無責任にいじれるのならともかく責任が発生するのはちょっと……」
「趣味の前になんて言おうとしたのか気になるけどナギがどんな変態でも私はナギを嫌ったりしないよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると救われた気持ちになるよ」
「他の皆がどう思うかは分かんないけどね」
「……十分気を付けます」
いや、まぁアールス相手だったから乗っかったわけなんだけどね。
さすがに他の人が居たらもっとましな事を口走っただろう。
「……私の髪位なら自由にしていいんだよ?」
「そういう事を言うのは恋人相手位にしておきな」
「恋人じゃないと駄目?」
「髪結いや按摩師みたいな責任のある商売をやってる人達ならともかく自分の身体って言うのはそうやすやすと他人の好きにさせちゃ駄目だよ」
「むー……ナギなら別にいいのに。ナギにだったら何されたっていいんだよ?」
「こらこら、冗談でもそういう事言わないの」
「嬉しくない?」
「あんまり。自分を安く売るような事を言うのは冗談でも気持ちのいい物じゃないよ」
「んもー。真面目だなぁ。そんなんじゃ女の子にもてないよ?」
「僕は愛されるよりも愛したい方だから」
「今は誰を愛してるの?」
「それはもちろん僕の可愛い妹であるルゥだよ」
「ルイスちゃんかー。私も会ってみたいな」
「ちょっと生意気な所があるけどそこがまた可愛くて。あっ、でも素直でいい子なんだよ? お淑やかでお花が好きで……」
「ナギってさー」
「ん?」
「私の事妹みたいに思ってるって言ってるのにルイスちゃんとは扱い違うんだね」
「えっ、同じように扱ってほしい? 昔のアールスの可愛い出来事を並べようか?」
「……恥ずかしいからやだ」
「んふふ、昔は保護者目線で見てたけど今はもう大きくなったからね」
「保護者視線ではいたんだね」
「アールスも僕みたいに今の記憶を持ったまま生まれ変わればわかるよ」
「そこはまぁ納得してるから……」
アールスの魂もそのうちこの世界から飛び出すのかな。
それで新しい世界になって……でもその時には僕の知ってるアールスはいないか。
「アールス、ずっとこうしてて退屈にならない?」
「ならないよ」
「身体動かしたくなったりとか」
「動きたいの? じゃあレナスちゃんと交代する?」
「いや、アールスと一緒に何かしたいんだけど」
「えー? 私と? んー。まぁいっか。終わってからレナスちゃんに膝枕すればいいもんね」
「じゃあ決まりだ」
まったりと過ごす時間も悪くないけど魂の事を考えたらアールスといろんな事をして思い出を作りたくなった。
ずっと膝枕されているだけなんて時間がもったいない。




