北の遺跡でⅡ その5
「つ、疲れた……予想以上に疲れた……」
集中のし過ぎかエリアヒールで治せる怪我を治した後から頭がぼんやりする。
時間も時間なのでパーフェクトヒールを使うのは明日からだ。
寝床の上に身体を放り出した僕にウェイリィさんがねぎらいの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様ですナギさん。ナギさんほんますごいですね。あれだけの人数を一気に治してしまうんですから」
「魔獣達がいてくれたおかげですよ」
「たしか魔獣の誓い……でしたっけ? 魔獣とのマナの共有とか羨ましいです。あっ、お茶飲みます? 疲れ取れる奴」
「いえ、今日はもう休ませてもらいます。ウェイリィさんは討伐について行ったのに大丈夫なんですか?」
「今回みたいについて行ったの初めてですけど軍で鍛えられてますから」
「頼もしいなぁ」
さすがに十人以上を同時に治すのはやりすぎたな。
神経の使い過ぎか眠たくなってきた。明日はパーフェクトヒール使うし今日はもう寝よう。
翌朝、僕とウェイリィさんの連名で早速パーフェクトヒールが必要な兵士さんの所へ伝令兵を出してもらいこれから僕達が寝床にしている天幕で治療を行う為二人ずつ来て欲しい事を伝えてもらう。
足や腕を丸ごと欠損している人は少なく、指を欠損している人が多い。次点で肉がえぐれたり目を欠損した人だろうか。
両足を欠損した人は運が悪くティタンの攻撃を避けようとした所で転んでしまい避け切れずに両脚を失う結果になってしまったようだ。
指や目、えぐれた肉も小さい範囲ならそう時間はかからない。
治療の合間に昨日と同じように今回の戦いの話を聞く。
戦った魔物はティタンの他にもいたようで肩の肉がえぐれた兵士さんはこれは中級の大型の猫のような魔物との戦いで負った傷だと自慢げに話す。
男の戦傷は勲章というような言葉が前世の世界ではあったがヒールのお陰で傷跡の残らないこの世界でも変わりない様だ。
まぁそれも当然か。この人の傷は味方を守った時に負い、傷を負わせた相手に勝利した証なんだ。
僕にも気持ちは分かる。痛いのは嫌だけど傷ついても仲間を守れたのならそれは誇らしい事だろうから。
治療が終わるまで自慢の混じった話は続いた。
大変参考になる話ではあったが残念な事にティタンに関しては他の魔物の相手をしていた所為か話にあまり出てこずあまり分からなかった。
話をしてくれた事にお礼を言って次の人を呼ぶ。
次に治療しに来た人は指を無くした人だった。
話を聞くとこの人もティタンとは別の魔物と戦った人の様だ。
というか詳しい話を聞くとティタンと戦った人で治療士の治療が必要な怪我人は昨日腕がひしゃげていた人だけらしい。
ティタンの攻撃は強力過ぎてまともに当たったら即死する様なもので腕がひしゃげたぐらいで済んだのは運がいいんだとか。
夜までに五人治療した。
けれどパーフェクトヒールが必要な人はまだまだいる。
しばらくは遺跡見学に行けそうにないな。
けれどティタンについては割と話が聞けた。
一人一人は断片的で詳しく聞く事は出来なかったけれど情報を繋ぎ合わせれば分かる事もある。
サラサ達が言っていた対処法のように軍はティタンを転ばせようとしていたらしい。
ただしそれはティタンの周りにティタンにつられついてきたと思われる沢山の魔物がいたからすぐには実行に移せなかったようだ。
ティタンと共に周りの魔物を相手にしなければならなくなったわけだけど、そこでティタンを相手にする部隊とその他の魔物達を相手にする部隊と二つに分け対処したらしい。
ティタンを相手にした部隊は今回来ている中では精鋭と呼ばれる人達が集まった部隊だそうだ。
馬と精霊、そして大型の魔物用の武器を携え注意を引いてもらいその間に他の魔物達の対処をしながらティタンの体勢を崩す準備を進めたらしい。
やり方は魔法を使ったり丈夫な縄で足を絡めたりと色々方法があるらしいが今回使ったのは魔法で地面に穴を開けた様だ。
僕だったらどうするだろう。まずヘレンやアースの力を借りるだろう。
ヘレンの液体を硬化させる力で動きを封じ込めてもいいしアースのマナを固めるソリッド・ウォールを使うのもいいだろう。
ヒビキの力はどうだろう。ヒビキの力で焼くことは出来るだろうか?
ナスの力はどうだろうか。自然の電気や光、音を操る力は利くだろうか?
ゲイルの場合は何が出来るだろう。小回りの利く身体でかく乱させる?
僕自身は何が出来るだろう。地面に穴を掘るぐらいは出来る。その為の魔法だって開発したんだ。
地面を凍らせ相手の足を滑らせる目的の魔法もある。
泥をぶつけ相手の動きを封じる魔法もある。
砂嵐を起こして目くらましだって出来る。
巨大な魔物と戦う事は考えてきたが今ある手札で本当に大丈夫なんだろうか。通用するだろうか。
きっと僕一人じゃティタンには勝てないだろうな。そもそも僕だけのマナでティタンの魔素を貫けるかが怪しい。だからこそ魔獣達の力を借りる必要がある。
レナスさんやミサさん、それにアールスがいてくれれば精霊達の力を借りていろんな事が出来るはずだ。
さっき挙げた僕が開発した魔法だって大規模で再現できるはず。
カナデさんがいてくれればその正確無比な弓の腕で相手の弱い所を突けるかもしれない。
……アイネはどうだろう。ティタンを相手に出来るだろうか?
たとえば魔の平野の横断途中にティタンに会ったとしてアイネの役割は……。
普通の魔物相手なら戦えるとは思うけどさすがにティタン相手だと分が悪いか。
一応僕の開発した魔法は必要そうなものは全部皆に教えていてアイネももちろん使えるけれど……。
でも今回の様に他の魔物も一緒に襲ってきたらアイネにも働いてもらわないといけないか。
「アリスちゃん~」
巨大な魔物への対処法に考えを巡らしているとミサさんが情けない声をあげながら天幕の中へ入って来た。今日護衛の仕事は休みのはずだけれどどうしたんだろう。
「学者の人達どうにかしてくだサイー」
そう言いながらミサさんは僕の隣に座り何故か僕を持ち上げ自分の膝の上に乗せた。
「え、なんですか? なんなんですかいきなり?」
なぜ僕をいきなり膝の上に乗せたんだこの人。
「休みの日だと言うのに皆さんワタシにまで古文書の解読を頼んでくるんですヨー」
ミサさんの腕が僕を抱きしめてくる。
「そっちも気になりますが何で僕を膝の上に乗せたんですか? っていうか離してくださいよ」
「癒しが欲しいから嫌デス」
「ええ……ナ、ナスとかヒビキとかの方が抱き心地いいですよ?」
「魔獣達はもう先約がいマス。それにしてもアリスちゃん他の子を差し出すなんて悪い子ですネ」
「ぐっ……ほ、他の人もいるんですからやめてくださいよ恥ずかしい」
ウェイリィさんやレスコンシアの人達が困った顔してるじゃないか。
僕を抱きしめるミサさんの腕の力は強いが力を込めて振りほどこうとするとすぐに力を抜いてくれたのでミサさんの魔の手から抜け出した。
「癒しが欲しいデース」
「エクレアかアロエに頼んでくださいよ」
「アロエは学者達の相手をしていマス。エクレアはこういうの嫌がるので」
「僕も嫌がってるんですけどねぇ……まぁいいや。それで学者さん達に何かされたんですか?」
「いえ、頼んでくる時と報酬の交渉の時に向けてくる必死な目が怖かっただけデス」
「な、なるほど……とりあえず明日も様子見て護衛に支障がありそうなら僕の方から衛生部隊の隊長さんに相談してみますよ」
「お願いしマス」
「アロエはどうなんです? 嫌がってますか?」
「そっちは大丈夫デス。むしろ進んで調べてますネ。どうやらレナスちゃんとの会話の種にするつもりの様ですヨ」
「ああ、なるほど」
アロエは昔愛した契約者の子孫であるレナスさんをミサさんよりも大切に思っている。
けれどレナスさんは父親の事でアロエの事を信用できず会ったばかりの頃は仲がいいとは言えなかった。
レナスさんは幼い頃からサラサ達と契約していて勉強もしているから精霊達の性質については良く知っている。
他の精霊が同じような状況になった場合真っ先に契約者に会いに行くはずであり、アロエもその事に関しては肯定している。
理由があったとはいえレナスさんにはアロエが父親を裏切ったように感じてしまったのかもしれない。
でも頭が良く優しいレナスさんの事だ。きっとそれが間違いだと気づいているだろう。
今どのくらい仲を深められているのかは把握してはいないが表面上は仲が悪かったりレナスさんがわだかまりを抱いているようには見えないが。
「これでアロエと契約するくらい仲が良くなってくれたらよいのですガ」
ミサさんは二人に契約を結んで欲しいのか。詳しく聞きたい所だけれどウェイリィさん達がいる場所で聞くのもな。
「とりあえずアロエの方は問題ないって事ですね」
「ハイ」
「ならよかった。何か問題が起きたらすぐに言ってくださいね」
「了解デース」
アロエがいる事で何か重大な発見があったりとかするのだろうか?




