北の遺跡で その3
夜、眠りの浅い僕だが今日はいつになく寝つけない。
昼間の戦いとも言えない戦いが影響しているのか。それともいつ夜襲が来るか分からない恐ろしさに怯えているのか。自分でも理由は分からない。
夜の見張りは護衛であるハモラギの一団が担当なので僕達には出番はない。
夜の見張りの仕事がないのは明日の為に身体を休める為なのだけど……。
仕方なしに僕は抱きしめてきているレナスさんの腕をどかし起き出す事にした。
僕達の野営の宿は雪で作られた雪蔵だ。作ったのは整備隊の内の専門の業者の人だ。
雪蔵の外はサラサの気温操作がされていないので防寒具を着こみ魔法石を持って少し外へ出る。
外は風も雲もない星の光だけが頼りの暗い世界だ。
『ナギだーねれないのー?』
「ライチー……うん。なんだかね」
『そっかー。ヘレンといっしょだね』
「ヘレンは元々寝ないだけでしょ」
ヘレンは睡眠を必要としていないようで一日に三時間程度、その気になれば全く寝ずに行動し続ける事が出来る様だ。
「ヘレンの方はどう? 仲良くしてくれてる?」
『してるよー。あっ、でもサラサだけちがうー』
「サラサだけ?」
『うん。サラサね、さいきんレナスがねてるときはいつもそとふらふらしてるの』
「ふぅん? レナスさんは知ってるの?」
『おしえたよ。でね、ようすみをみましょうだって』
「そっか。何か悩みでもあるのかな」
『じぶんでもわかんないっていってた』
「わからないかー……」
ちょっと様子を見たいがマナで探ってみると少し遠い所にいる様だ。さすがに明かりもない夜の雪原を歩いて行くのは夜警をしてくれている人達に迷惑になるか。
「心配だね」
『しんぱいー』
神霊に至る予兆だったりしないだろうか?
「そうだ、他に何かサラサの事で変わった事や気づいた事ってない?」
『んー? マナがふえてるくらい?』
「マナが? 精霊ってマナの容量増えるの?」
『ちょっとずつふえるよ? でもね、サラサいっつもまほうつかってるでしょ?』
「うん」
『かいふくりょうがふつうよりふえてるみたいなの。ディアナがいってた』
「なるほど」
人間と同じようにマナの容量が増えれば回復するマナの量も増えるという訳か。
それで精霊はなにもしなくてもちょっとずつマナの容量が増えるけどその増えている量が普通よりも多いと。
そもそも精霊のマナの容量ってどこで決まるんだ? 生き物なら身体の大きさと魔素の馴染み具合で変わるのだけど。
「ライチー。精霊のマナの容量ってどこで決まるの?」
『んー? しらなーい』
「あはは……ライチーでも知らないか」
サラサやアロエ達なら分かるだろうか?
「さて、そろそろ戻るよ。ヘレンの事言葉はまだ通じないだろうけどお願いね」
『まかせてー』
雪蔵の中に入り服を脱ぎ魔法石を厳重に布で巻いてからしまい寝床に戻る。
その際レナスさんを起こしてしまった。
「ナギさん……?」
「何でもないよ。だから寝てていいよ」
「はい……」
そして再びがっちりと僕を拘束するとすぐに寝息が聞こえてきた。
寝ようと思うがやはり眠くない。
けれどこのまま眠るまでこの子の寝息を聞くのも悪くないか。
翌朝、僕はいつもより少し遅く起きた。具体的にはカナデさんと同じくらいの遅さだ。
いつもより起きるのが遅いという事でレナスさんを心配させてしまった。
体調は少し疲れが残っているか。
雪蔵から出てアースとヘレンの様子を見に行く。
ヘレンは寒さが平気みたいで外で待機していたがアースは凍った雪に穴を開け、そこから土を操り自分用の家を作っている。
魔法石は渡してあり、精霊達にも様子を見て貰っていたので大丈夫だろう。
ヘレンに挨拶をした後アースの元へ行くと確認するとまだ寝ていた。
アースを起こした後は朝食の準備をして移動の準備だ。
今日も最初に先行するのは僕達だ。宿にした雪蔵を魔法で破壊しアースが土人形を作ると出発の時間となった。
アースが昨日と同じように土人形を操り、土人形の後にヘレンが続く。
そして、しばらく歩くとまた魔物を発見した。中級の魔物が三体に初級の魔物が五体という大所帯だ。
もしかしたら魔物の拠点が近くにあるのかもしれない。念のためにエクレアに後方にいる人達に注意を促すよう頼む。
「レナスさん。どう思う?」
「数は多いですが退くには早すぎます。倒す他ないでしょう」
「他に魔物はいるかな?」
「……ディアナさんはいないと言っています」
「あのぉ、魔物の種類とかは分からないんですかぁ?」
「オークと……ゴブリンだそうです」
「ゴブリン……」
精霊に成長する前の妖精が魔素に侵され魔物となってしまった存在。
何でこんなところに妖精が? と一瞬考えたが、別におかしな事でもないのか。
マナの多い魔獣がいれば妖精は生まれる。もしも魔獣と魔物が協力し合っていたらいくらでもゴブリンを生み出せるんだ。
ゴブリンにフォースを当てても元の妖精に戻る事は無いだろうとシエル様から聞いている。
浄化の魔法でもゴブリンとなった妖精は助けられない。
どんな経緯でゴブリンになったかは分からないが、僕はゴブリンを殺さなきゃいけないのか。
確実に仕留めよう。精霊達の魔法で殺すのはこの手で殺す以上に気が引ける。
「倒そう。作戦は?」
「ミサさん。念の為アロエさんの力で音が伝わらないようにしてください」
「分かりましタ」
「そうだ、ミサさん。ハウルお願いできますか?」
ハウルはゼレ様の神聖魔法でカームと同時に授かる魔法であり、効果は精神を落ち着かせるカームとは違い闘争心を燃え上がらせる魔法で主に戦の前に使われる魔法だ。
今まですっかり存在を忘れていた。一応ハウルが封印された魔法石は持っているがここはハウルの効果を良く知っているであろうミサさんに頼んでみる事にした。
「『戦士の咆哮』ですか……イエ、今は止めておきまショウ。その魔法に頼るより今は何もない状態で戦いなれた方がいいデス」
「そうですか? 分かりました……」
ミサさんがそう言うのならきっとそうした方がいいのだろう。
使えない状況があるかもしれないし慣れておく事は悪くないだろう。
どうしても駄目そうな時は自分のを使えばいい
「ライチーさんの力を使いおびき寄せてそこを叩きましょう。おびき寄せる際の最初の攻撃はナギさん頼みます。なるべくならゴブリンは最初の攻撃で倒したいです」
「分かった。フォースでいいかな」
「はい。オークは精霊の魔法で倒しましょう。もしも倒しきれない場合はまずはカナデさんの矢で核を狙い、それでもなお倒せなくて接近された場合は土人形を盾にして戦います」
ほぼ前もって考えてあった作戦通りか。
皆がレナスさんの出した作戦に同意する。
そして、アロエの風の結界が出来上がりライチーの魔法で僕達の位置をごまかすと同時に作戦は始まる。
「オーク三匹か……オーガじゃないだけましかな」
フォースを三十個生み出しマナの感知を頼りに魔物達に向かって撃ち出す。
昨日とは違い対象に当たったという手応えがある。ときにオークに当たるとフォースは消えてしまう。
消えた際のフォースの位置でオークの陣形が分かる気がする。
一方でゴブリンの方はフォースの減衰具合で察知するしかない。
「レナスさん。ゴブリンは倒せた?」
「大丈夫です。倒せています」
「よかった。目で見える距離じゃないからちゃんと殺せたか不安で仕方ないよ」
「オークは予定通りフォースが飛んできた方向を探しているようです。もう一度お願いします。今度は分かりやすいように」
「分かった」
もう一度フォースを生み出しライチーの魔法で幻影がある場所を経由してからオークへと向かわせる。
「逃げる様子はありませんカ?」
「大丈夫です。残ったオークは全て幻影の方へ向かっています」
逃げられなくてよかった。逃げるそぶりを見せたら精霊に任せる事になっていた。
精霊自身に魔法を使わせると魔力操作の拙さから余計に消耗してしまう。
マナの消費を抑えるには精霊術士が目視できる距離で目標に外さないよう正確に集中して魔法を行使する必要がある。
これからどれだけ魔物と遭遇するか分からない以上なるべく消耗は減らしたいものだ。
オークが目視できる距離になり、ライチーの幻影につられある程度に距離まで来たところでディアナの精霊魔法がオークを水で包み拘束、さらにそこから圧縮しオークは消滅した。
……えぐい。
水の中で圧死するオークの姿を見て自分でも血の気が引いたのが分かった。
だけど折角倒したのに水を差すというのもいけない事だ。
「それにしても中級のオーク三匹をあっという間に倒せるなんてやっぱり精霊魔法ってすごいよね」
「そうですね。私達が強いと勘違いしてしまいそうです」
「私出番ありそうにないですねぇ……」
「正直僕もそうですよ。ただでさえ魔獣達におんぶされてるような物なのに……アイネが居たら文句言ってそうだな」
今までの訓練は何だったのかと思ってしまう。
「そういう考え方は駄目ですヨー。精霊達の力が使えない時が私達の出番デース」
「使えない時か……今回の仕事じゃなさそうだけど」
たとえ森の中でもディアナの力なら森に被害を出さずにやれそうだ。進路方向に森はない様だけど。
「いえ、そろそろ魔素が濃くなっていマス。今までのように精霊に頼った索敵がやりにくくなる頃合いデス」
「そうなんですか?」
精霊は妖精のように魔素の影響は受けないはずだが。
僕の疑問に答えてくれたのはミサさんではなくサラサだった。
「単純に魔素が濃くて私達が干渉しづらくなるだけよ。ほら、私達アースがマナを拡散してくれないと近づけないでしょ? それと同じ事。
マナを集めて固めれば魔素の中を進むことは出来るけど、マナは私達にとっての人間でいう所の五感だからマナを広げられなかったらその分感知できる範囲が狭まるのよ。いちおう人間でいう見る事は出来るけどマナが広げられない状態での精度はあまり期待しないで欲しいわね。人間風に言うとあんまり目良くないのよ」
「ああ、そういう事か」
僕の拡散も同じ理屈で効率が悪いか。蜘蛛の巣なら使えるだろうが、精霊が干渉しにくい位濃いとなると蜘蛛の巣も太く濃くしないといけない。けど精霊自身はそんな細かい魔力操作は出来ない。
しかし、太さと濃さ上げるとなると相手にも気づかれる危険があるか。やっぱりむやみやたらに伸ばすことは出来ないな。
「という事は精霊が索敵できなくなったら僕の蜘蛛の巣とカナデさんの目だよりですか……」
「その通りデス。いやぁお二人がいて本当によかったですヨ」
そして、ミサさんの言葉が正しいと分かったのは割とすぐだった。




