北の遺跡で その2
前線基地を抜けてからが僕達の出番だ。前線基地から目的の遺跡までは普通なら歩いて二日ほどの場所にある。
しかし、遺跡までの道は整備されておらず雪が積もったまま凍ってしまっている。
僕達の仕事は同じ仕事を請け負ったもう一つの冒険者達の一団と交代しながら先行しこの雪をどうにかする事と魔物を見つけ排除する事だ。
かならずしも雪を除去する必要はなく踏み固めるだけでもいい。要は後方にいる人達が通りやすいようにすればいいのだ。
ただし、魔物の襲撃を気を付けながらやらないといけない。
とりあえずマナを操りどうにかしようと試みるが雪が凍ってしまっていてマナでどかす事は無理だった。そもそも凍って巨大な塊となった雪の内部にマナを通すというのは時間がかかる。感知するのにも時間がかかってしまうのだ。
サラサに頼もうにもさすがに量の問題が立ちふさがる。溶けて出来た水はどう処分するのかとか、サラサのマナが持つのか、ということだ。
なので僕達は踏み固める事を選択した。
踏み固めると言っても実際に僕達が歩いて固める訳じゃあない。整備隊には馬車があるので歩くだけじゃ不安だ。
まずアースには足の大きな土人形を作ってもらい、さらに土人形に先行してもらい踏み均してもらうのだ。
他の皆には魔物の警戒を頼む。雪の中に紛れているかもしれないので油断はできないのだ。
レナスさんはディアナに広範囲の索敵をお願いし、さらにライチーに凍った雪から生じる光の乱反射を抑えてもらいカナデさんの目による索敵を補助してもらう。
同じ精霊であるアロエとエクレアは臨機応変に動けるように待機してもらっている。
索敵役であるレナスさんとカナデさんを守るのは僕とミサさんだ。
もちろん僕もマナをなるべく拡散させて周囲に注意する。
道の整備は順調に進み交代の時間となる。冒険者達がやって来て仕儀とを引き継ぎを行うのだが、その際アースの土人形を貸してほしいと言われた。
しかし、土人形の維持と操作は難しい。ためしに魔力操作が得意な人に動かしてもらったが動きは鈍い。
けれどそれでも何もないよりはましだと思ったのか改めて貸してほしいと頼まれたので銀貨一枚を提示してみた。
するとさすがに高いと思ったのか値下げ交渉をしてきた。
この人達が土人形を使って進ませれば後々楽になるので本心では別にタダでもよかったのだけどついつい欲が出てしまった。
結局土人形は銅貨八十枚で手を打った。
整備隊の元に戻ると予想以上の進み具合だと褒められた。
アースに褒められた事を伝えるとアースは当然と言わんばかりに偉そうに鼻を鳴らした。
しかし、褒められるばかりではなくきちんと魔物の警戒はしているのかと責任者である役人さんに釘を刺された。
予想以上に進むのが早いのなら警戒が怠ってしまっているのではと考えるのも当然か。
事前に精霊がいる事も知っているはずだが改めて僕は索敵方法を伝える。
雪の中に隠れられていたら当てもなく雪を調べるというのはさすがに非効率的なやり方だ。そもそも凍った雪の中にいてこちらの事を察知し、さらに身動きできるのか、という疑問もある。
必要以上に注意を向けて疲労してしまって索敵に影響が出てしまってはは本末転倒だ。
なのでカナデさんの目と精霊に頼る形にはなるが今の方法以上の方策はないと信じている。
説明を終えると役人さんは納得してくれたのか確認したかっただけなのかすぐに引き下がった。
それから何事もなくお昼となり、そしてお昼の休憩が終わった後にまた僕達が先行での移動が始まった。
次交代すれば僕達の今日の役割は終わりだ。そう思って進んでいるとディアナが進行方向に魔物がいるのを見つけた。
僕の目では距離もあって小さな陰にしか見えないが。
恐らくは下級の魔物である氷を固めて作ったような姿をした人型のガスターという魔物と、中級の魔物であるオークによく似た姿だが白い体毛をもった魔物。
後者は恐らくこの土地に適応したオークだろう。
僕達はすぐに戦闘態勢を取る。このまま進めばかち合う事になる。進路を変えた所で進んだ跡を見つけられたらすぐに僕達の存在に気づくだろう。ここで討ち取るのが正解なはずだ。
「ナギさん。魔物は感じ取れますか?」
「ん。いける」
共有化され豊富となったマナを伸ばせば魔物を僕も確認できた。
ディアナの報告通りガスターとオークの二匹だ。
「ならフォースでの先制はお願いできますか?」
「実戦で使うのは初めてだから心配だけど……いけるよ」
「撃ってください。アースさんはそのまま土人形を前に出していてください」
レナスさんの指揮の元動く。
複数のフォースを生み出し魔物に向かって撃ち出す。
フォースは二匹の魔物に命中する。核の場所が分からないから適当に当てたがどうだろうか。
「当たったよ」
少なくとも片方は存在を感知できなくなったが。
「……駄目だそうです。ガスターは消滅しましたがオークの方は身体の表面に当たっただけでほとんど効いた様子がないそうです」
「効かないか……」
フォースは所詮最初に覚えられる低階位魔法だ。威力もお察しなのかもしれない。
「ならこっちはどうかな」
豊富にあるマナを存分に使いサンライトを試してみる。
サンライトは円錐状に広がる指向性のある光で威力は据え置きで広さと距離と時間に比例してマナの消費量が変わる魔法だ。
なるべく広さは狭めているがやはり距離があるのでかなり消費が大きい。
魔物はサンライトの元を断とうと言うのか僕達の方へ雄たけびを上げながら移動を始めた。
「ナギさん。オークらしき魔物がちょっとずつ溶けているようです」
「溶けてる……」
なんだか嫌だな。
魔物の姿は徐々に大きくなり輪郭もはっきりしてきたが……同時に動きが鈍くなり、姿がはっきりと見えるようになる頃には地面に倒れてしまった。
しかしそれでも魔物は消える気配がない。
「ナギさん。光が外れた所から再生しているようです」
「中級相手には決定打に欠けるか……近距離ではちょっと使いづらいな」
「とりあえずとどめを刺しまショウ。レナスちゃん」
「分かりました。私がやってみます。サラサさん。『葬送の猛火』」
レナスさんがそう言うだけで魔物のいた所から二重螺旋を形作った炎が上がった。
そして、魔物が完全に消滅した事を確認できると僕は安どのため息をついた。
「……やっぱ魔法って便利だよね。こんな遠くからでも倒せるんだから」
「当然デース。精霊術士の基本は相手の手の届かない所からの一方的な攻撃ですカラ」
「ミサさんもいつもは遠距離からなんですか?」
「そうですヨ。数で迫られると辛いですガ、基本はアロエとエクレアの力を借りてイマス」
「そうなんですね……レナスさん。他に魔物は?」
「いないですね」
「そっか。よかった。雄たけびで仲間が寄ってくるかと思ったよ」
「ふふっ、精霊がいないのを確認していたとはいえ次からは気を付けないといけませんヨ?」
「そ、そうですね……ってあれ?」
ある事に気が付いた。アロエのマナがこの辺から魔物のいた辺りまでを囲む様に漂っているのだ。
「アロエ……ま、まさかミサさん」
「なんですカ?」
ミサさん素知らぬ風に返してくる。
もしかしてミサさんはアロエの力で魔物の声が漏れないようにしてくれていた?
「な、なんでもないです」
もしかしたら僕はミサさんに助けられたのかもしれない。
「それよりどうでしたカ? 初めての実戦は」
「遠かったので実感がわきませんね……」
「ワタシ達の目的は魔物を倒す事ではなく魔の平野を渡り東の国々を巡る事デス。気負う必要はないんですヨ?」
「……いえ、そういう訳にもいきません。僕は予言されているんですから」
「将来大きな魔物と対峙するというあれですカ。そんな相手ならそれこそ遠くから倒した方がいいと思いますガ」
「た、たしかにそうですけど……」
「アリスちゃんは妙に近くで倒す事に拘ってるように見えますガ、はっきり言いまショウ。それはアリスちゃんの気性にあっていまセン」
「えぇ……」
「その証拠に今も震えているじゃないですカ」
「寒さの所為です」
「さっきまでは震えていませんでしたヨ」
そう言ってミサさんは僕の頭に手を乗せてきた。
「先輩としての助言デス。あれこれこだわるより自分のやれる事をやってくだサイ。それが皆を守る事に繋がるのですカラ」
「!……そうですね。確かにその通りです」
僕は魔物との戦いに慣れる為に近づいた状態で倒さないといけないと、いつの間にか思い込んでいたようだ。
そんな事よりも重要な事があると言うのに。
「目が覚めた思いですミサさん。安全に危険を排除できるに越したことはないですね」
「その通りデス。それを踏まえた上で今回の反省点はなんですカ?」
「相手に増援を呼ぶ隙を与えてしまった事です」
試し打ちとはいえあれはまずかった。アロエの力がなければどうなっていた事か。
「ふふっ、わかっていますネ。ただ障害物のないあの距離ではアロエがいないと難しい事だと思いますヨ」
「そうですね。精霊がいない時の対処を考えておかないと」
考える事は沢山あるな。




