寂しがりの獣 その4
今日は二話投稿します
今話はその一話目です
僕の想いが届いたのか遠くから声が聞こえてきた。
「くぃーーーん」
その声はとても寂しそうな声だ。
声に僕はヒビキの時のように強く引っ張られそうになる。
けれど今はあの時のように無闇に走り出すわけにはいかない。
盾を強く握る事で今の状況を強く意識する。
「多分走ってこちらに来ています。このまま進みますか?」
小隊長さんに指示を仰ぐと少し考えるそぶりを見せてからレナスさんに周囲の状況を確認する。
今は魔物はおらず魔獣の姿は確認できているようで僕の言う通り魔獣は走ってこちらに向かっているとの事だ。
結果として僕達は待つ事になった。
下手に動くよりも魔獣に動いてもらって疲労して貰う事を選んだみたいだ。
敵対する事は無いと思うが慎重に事を進むに越したことはないか。
ちなみに残った二小隊はすでに魔物を倒してしまったらしい。
歩いている時間がそれなりに長かったとはいえ予想以上に早い決着だ。やはり軍隊は練度が違うのか。
少し待っているとカナデさんが声を上げた。
「あ、あれじゃないですかぁ?」
魔獣を感じる方を目を凝らしてみてみるとたしかに動くものがあるように見えた。
徐々に魔獣は近づいて来てその姿を露にする。
それは僕の前世の記憶の中にあるヘラジカという動物に似た生き物だった。
細長い脚に藍色の毛に覆われた尻尾のない大きな胴体。馬とは違い首は短いが縦長の顔は馬とは違い口先が鳥の嘴のように上あごが長く下を向いている。
恐らく雌なのかそれとも元々持っていない生き物なのかヘラジカの雄にある角は持っていない様だ。
たしか今の所ヘラジカのような生き物は見つかっていないから新種の動物という事になるかそれとも魔獣になって姿を変えただけか。
魔獣はある程度まで近づくとそこで立ち止まった。
「くーーーー」
「そうだよ。僕が呼んだんだ」
そう答えると魔獣は首を動かしアースを見て、そしてすぐにまた僕を見る。
「くーくぃーん」
魔獣はどうやら僕達が小さくて怪我させてしまうのを恐れている様だ。
この魔獣は身体が大きいから近寄る者を意図せず傷つけたか避けられていたのかもしれない。
僕が一歩前に踏み出すと魔獣は怯えたように下がった。
「待って。話をしよう。近づかれるのが嫌なら近づかない。だけど話は離れててもできるよね?」
「くー」
「ここじゃ落ち着けないから森の外まで行こう。森の外の少し離れた場所に僕達が落ち着ける場所があるんだ。そこで話をしよう」
魔獣は引いた足を戻した。
「自分の身体が大きいからって僕を遠ざける必要はないんだ。ここにいるアースだって君と同じ大きさだけど一緒に旅をしていろんな場所に行ってるんだ。その話をしよう。代わりに君の話も聞かせてほしい」
「くー……」
とりあえずついて来てはくれる様だ。
「ついて来てくれるみたいです。詳しい話は戻ってからにするとしてこれからどうしますか?」
そう小隊長さんに尋ねると他の小隊と合流してから決めると答えた。
合流するために精霊達の案内の元歩き出した。
「アース、君ならあの仔の傍によっても大丈夫かもしれないから面倒見てあげてくれないかな」
「ぼふ」
アースは頷き魔獣の傍へ寄る。
すると魔獣は僕の時のように逃げようとはせずむしろ興味深そうにアースの事を見ている。
「くー」
「ぼふ?」
魔獣が話しかけるがアースには魔獣の言葉の意味は分からない。
「ごめんね。僕は君の言葉は分かるけど他の皆は分からないんだ。だから話したい時は僕を通してでいいかな?」
「くーー」
魔獣はそれでいいと言ってアースに対していくつも質問を投げかけてきた。
それは結局他の小隊と合流し野営地に着くまで終わる事は無く、野営地で話す事が無くなってしまった。
なので野営地で主に行われたのは魔獣の名前の確認と話を聞く事だ。
しかし、名前の確認でちょっと困った事があった。
「レナスさん。これなんて書いてあると思う?」
兵士さん達がいない所でステータスを使ったのだが名前が僕には種族名が『ヘラジカ・ペネトレイトウォーター』に見えてしまったのだ。
そもそも神聖魔法のステータスのような情報が映し出される魔法は見た人間の慣れ親しんだ文字に見える。
僕の場合は未だに前世の世界の文字に見えてしまうあたり生まれ育った環境というのがどれだけ影響を与えるのかがうかがえる。
これの難点というのが今回のような現地での名称は分からないけど前世の世界と同じ物が出た場合前世の名称が表示される事だ。
たとえば犬はこの世界では違う呼び名だけれど、僕が調べると前世の呼び名である犬と表示されてしまうのだ。
アップルのように前世との呼び方に差異が無い場合もあるが僕には区別がつかない。
言葉でなら自動翻訳で問題なく理解できるんだけど……。
前世の呼び方が文字で出た場合は他の人に確認しなければいけないのだ。
「えと……へ、ヘラジカ・センガルウィタですね」
センガルウィタは穿つ水という意味だ。
「ああ……名付けされちゃったか」
「名付けですか? ということは前世の世界で似た生き物が?」
「うん。実物は見た事は無かったけどね。」
「ナギさんが名付け出来たという事は未発見の生き物なんですね」
シエル様によると基本的に種族名は知的生命体が最初に名付けされた名前がステータスに載るらしい。
この場合僕が魔獣をヘラジカと認識してしまった上でステータスを使ったからヘラジカで決定されてしまったようだ。
この場合僕は前世のヘラジカと同じヘラジカなのかは区別がつかない。名称が同じだけの別種の生き物という可能性も出来てしまったからだ。
ただ、蹄が偶数に見えるのと頭と首の付け根あたりの皮膚が垂れ下がってるから前世のヘラジカと大きく違うという事は無いと思う。
ちなみに種族名の後に付くセンガルウィタやナスのインパルスやアースのソリッドは魔獣のみに付けられる固有能力やその個体特有の性質を元に付けられているらしい。
「まぁ何も言わなきゃばれないよね」
「そうですね。それにしてもすごい能力ですね」
「あはは、魔獣だからね」
名前 なし 年齢 なし
種族 ヘラジカ・ペネトレイトウォーター 性別 無性
職業 なし
HP 3000/3000
MP 10000/10000
力 360
器用 30
敏捷 400
体力 500
知力 15
運 40
スキル
なし
特殊スキル
ペネトレイト・ホーン
固有能力
液体固定
能力値配分はアースに似ているがアースよりも体力が大分低く敏捷と器用が高い。
マナの量はアースに比べて圧倒的に少ないがヒビキよりも多い。アースが圧倒的すぎるだけとも言えるが。
スキルが無いのはスキルになるほど得意な事が無いという事だ。まぁ仲間になったらスキルが共有されるから何もないって事が無くなるのだけど。
固有能力の液体固定というのはその名の通り水等の液体を操り形を固定させることができる能力だ。
例えば水を剣の形で固定すれば剣として扱えるし強度も自由自在だ。
しかし、欠点として直接肌で触っている物しか固定化は出来ない。
たとえば手に持った水の剣でいうなら手袋越しだと固定化出来ないし手を離せばただの水になる。
範囲も無限という訳ではなく魔力操作に依存しているというのは聞いた事がある。
スキルで魔力操作がない以上今はたいして範囲を広げられないだろう。
「水属性ね。この仔仲間にしましょう」
ディアナが早速そんな事を言ってくる。水じゃなくて液体なのだがディアナ的には一緒なのだろうか?
「それは意思確認してからね。それよりも先に話を聞かないと」
脚を畳んで座っている魔獣に近寄ってみる。
出会った時は後ずさりしていたがアースの助言のお陰でか動かずに近寄らせてくれる。
きっと助言だけではなく僕を信じてくれているのも大きいのかもしれない。
魔物のいる森で今のように地面に座りゆっくりする事なんて出来ないだろう。もしかしたら魔獣になってから警戒しなかった事なんてないのかもしれない。
「君の話を聞かせて貰っていいかな?」
「くー」




