寂しがりの獣 その3
朝になり夜明けとともに野営地を発った。
二つある部隊のうち片方は僕達と共に森へ、もう片方の部隊は野営地の確保の為に残っている。
森の前まで行くと三十人の部隊はさらに分かれる。
十五人は後方支援と退路の確保の為に残り、もう十五人は五人ずつの小隊に分かれる。
三つの小隊は一つは部隊長がいる小隊で僕達と一緒に行動し、もう二つの小隊は先行し索敵と道の安全確保を担当する。
先に二つの小隊が森の中へ行っていく。
森と言っても木々の間隔は空いていて葉は枯れ落ちて日光を遮られているわけでもない。
雪が凍って光の反射が辛い以外は見通しのいい森だ。アースも通れるくらい木の間隔があいている。
辛い光の反射もライチーが抑制してくれるので周囲の目による索敵は問題ないと言っていいだろう。
森の中では真ん中にレナスさんとカナデさん。二人を挟むようにミサさんが前方で僕が後方につき、さらに三人の兵士さんがミサさんと同じ位置に、二人の兵士さんが僕と同じ位置にいる。
そしてゲイルはレナスさんの肩に乗り、アースはレナスさん達の横、カナデさんの反対側で歩いている。
ミサさんが前なのは僕以上に重装備なのと経験者だから。僕が後ろなのは感知力が高いから後方からの奇襲に備える為だ。
アースが真ん中横なのはレナスさんとカナデさんを守るためだ。ナスとヒビキがいればカナデさんの傍に二匹が配置され、さらにアールスとアイネがいる場合はミサさんとレナスさん達の間に配置される。
兵士さん達を除いたこの陣形が僕達が考えた基本の陣形だ。
ミサさんが前か僕が前かで議論にはなったのだけど結果精霊がいるから罠などの感知はミサさんでも問題ないが、見えない角度からの攻撃の対応力は自前の感知力がある僕の方が上だった為僕が後ろに配置されることになったのだ。
冒険者になったばかりの頃に思い描いていた役割とは違うが、適材適所という奴だ。
さて、森の様子だがとても静かで動物の気配はない。
木々は枝と幹が太く醜く歪んでいる。おそらく魔素の影響で魔樹のさらにその先、木の魔物トランティになっている樹も存在するだろう。
トランティは濃い魔素の中で育った木が長い年月を経て魔樹となり、さらに長い年月を経て魔素の核が出来た初級の魔物で、無数の枝を操り攻撃してくる魔物だ。
その成り立ちから数は少なく滅多に見る事が出来ない魔物だけれど対処は簡単で火の魔法で燃やせば倒せる……のだが、森の中だと火が広がる危険性がある。
森の中で遭遇した場合は周囲の木と見分けがつかない為その奇襲性も相まってとても危険で面倒な魔物になる。
しかも大抵核は太い幹の中にあるので弓での攻撃も普通は効果が薄い。
森の中で出会ったらとにかく距離を取って襲い掛かってくる枝を破壊していくのが学校で習った対処法だ。
……でもサラサとディアナがいるから火事とか心配しなくても大丈夫なんだよね。
なのでやはり注意すべきは中級以上の魔物、オークなどだ。
奇妙な形をした木々の隙間を通り抜け奥へ奥へと進んでいく。
時折雪に隠れた崖や狼の群れにあったりもしたが順調に進む事が出来た。
そして、とある場所で一旦先行していた二つの小隊と合流する事になった。
「今までにないくらい魔素が濃いな……」
「ここから先が魔物が住処にしている最奥部ですね」
事前に聞いていたがそこは今まで通ってきた森は雰囲気が違う。
木々の幹は魔素が濃いせいか赤く変色していて雪も心なしか赤くなっているように見える。
「今日はこの先は探索しないんですよね?」
同行している兵士さんにそう聞くと肯定された。
集まったのは魔物使いである僕に意見を聞きたいかららしい。
この場所は魔物がいない場所でなおかつ森の中心部に近い位置であり、この場所で僕が魔獣使いに備わっている共感能力で魔獣を感知出来ないか試してほしいというわけだ。
実はここで立ち止まってから北西の辺りから少し気になる感覚が続いている。
それはヒビキと会ったあの時に似た感覚だけどあの時よりはまだ弱く、身体が引かれている間隔があるが意志の力でどうにかなる範疇の物だ。
たぶん歩いている最中は警戒を強くしていたから気づかなかったんだろう。
指した方向を見て兵士さん達は異様に表情を暗くさせる。どうやら魔物の住処に入っているかもしれないようだ。
とりあえず魔物の住処に近寄らないように遠回りしつつ僕の感覚だよりに進む事となった。
そして、その道の途中ディアナが声を荒げた。
「魔物十匹。住処の方からこっちに近づいてる」
それを聞いて兵士さん達が身構える。
「どんな魔物ですか?」
レナスさんがそう聞くとディアナは姿を魔物の姿に変えた。
「こんな感じ」
ディアナが見せた姿は子供の落書きのようで分かりにくいが狼のような四本足の魔物だという事は分かった。
「これは……ディアンドゥか」
部隊長さんがそう口にする。
「ディアンドゥって聞いた事ないですけど……」
「今の所この周辺でしか確認されていない魔物です。感知力は高いんですが頭が弱くて直線的な動きしかできひんから初級に区分されておるんや。
けどその強さは中級に迫る強さで特攻ともいえる速さを生かした突進とかみつきには注意せんといかん。
姿は獣の骨を集め狼の姿を模しとる。動きが早いから盾持ちは抜かれないよう注意したってや」
それを聞き僕はすぐにミサさんのいる前衛に移る。
そして、先行していた二つの小隊も合流した。
「アースさんは下手に攻撃や援護は考えないで土人形を作って私達を守っていてください。慣れない連携は味方を危険にさらすかもしれません」
レナスさんは事前に決めた役割通り僕達に指示を出していく。
「ぼふっ」
「先手はミサさんの精霊エクレアさんからでいいでしょうか?」
レナスさんが部隊長さんに聞く。
「頼む。火事にはならないように気を付けてくれ」
「サラサさんとアロエさんは火事に備えて待機で。ライチーさんは他に魔物が来ないか警戒していてください」
『わかったー』
「最初に一撃は頼みます。ミサさん」
「了解デース!」
「レナス、私は?」
「相手の動きを見てから必要そうなら水の壁を作り動きを制限させましょう。なので待機です」
「分かった」
「カナデさん。魔物は見えますか?」
「ん~、あっ、いました~あそこですよ~」
僕の位置からではカナデさんが指さしている方向は分からないが、遠くの方に徐々に大きくなっている小さな影が見えた。
「部隊長さん。後の指示はお願いします」
「ああ。総員的に備え構え! 精霊の一撃を!」
「エクレア、『連鎖する雷足』!」
まだ豆粒にみるような位置の相手だが精霊にはその程度の距離は関係ない。
バヂィ! という破裂する様な音が聞こえてくる。
「駄目、ミサ。私の攻撃ろくに効いてない。多分電気に耐性があるからもっと威力を上げないと通用しない」
「なら『天の拳』!!」
ドゴン!! という今度は先ほどよりも大きな音がする。
「範囲が足りない! 二匹しか倒せなかった! あと八匹近づいてきたら皆を巻き込むから私じゃ攻撃できない!」
残った八匹の魔物は木を避けながらこちらに向かってくる。
僕だったらここでアースの力を借りるが部隊長さんはアースの力を知らない。
けれど、僕は兵士さん達の力を知らない。ここは下手に意見を出さない方がいいか。
「よし、弓兵撃て!」
弓兵はカナデさん含めて四人いる。その事をすっかり失念していた。今は弓で攻撃できる人が四人もいるんだ。
森の中だけれど木々の間隔が空いて見通しがいい事を考えるとアースに頼むよりもまずは弓で攻撃するのもありか。
四人の放った矢は見事全て魔物に命中したが動きを止めたのは一匹だけだった。
これは核に運よく当たっただけだろう。
矢は続けて何発も放たれ最終的に残ったのは三匹のみとなったが、しかしその魔物はミサさん兵士さん達によって切り伏せられた。
……僕は何もできなかった。他の人達の初動が早すぎたんだ。これは慣れの差だと思いたい。
「ふぅむ。中々硬い魔物ですネ。骨のように見えますが骨ではないようですネ」
核を破壊された魔物は魔素となって消える。
「精霊術士殿。他に魔物は?」
「……人型二、大型の獣型が一、こちらに向かっているようです。ただどちらもゆっくりとした速さのだそうです」
「魔獣使い殿、魔獣の反応は」
「あっ、えっと……少しずつ強くなっています。こっちに向かってきているのかもしれません」
魔獣は仲間になっていなくても僕の事を感じ取れるのだろうか?
「なら二小隊はここで魔物を迎え撃つ。雪で我々を追跡しやすいこの状況で下手に動いて魔獣と接触しとる間に魔物に襲われる可能性がある。
残りの一小隊は魔獣との接触を試みるんや」
部隊長さんの言葉に兵士さん達が敬礼をする。
「て、撤退はしないんですか?」
僕がそう聞くと隊長さんは無表情のまま肯定した。
「元々魔獣の居場所によってはこうなる事を想定しとる。せやから心配せず魔獣の方に行って欲しい」
「分かりました。ナギさん。ここは任せて急ぎましょう」
「う、うん。そうだね」
こういうことは初めてのはずなのにレナスさんは冷静だな。さっきの戦闘前の指示も的確にこなしていたしやっぱり指揮役はレナスさんで正解だな。
ただ僕もまとめ役としてしっかりしないと。
二つの小隊と別れた後森をひたすら北上していく。
方向に関しては精霊達が確認してくれるので問題は無い。
相手の魔獣から伝わってくる感情が少しずつ明らかになるにつれ走り出したくなるような焦燥感が強くなっていく。
寂しい。悲しい。誰かに会いたい。傍に居て欲しい。傷つけたくない。独りぼっちは嫌。
そんな感情が伝わってくる。
ならば僕は答えよう。
魔獣使いのこの能力は一方通行ではないはずだ。
ヒビキの時だって聞こえないはずの距離から僕に気づいて傍に来てくれた。
だから伝わるはずだ。
強く願おう。
僕の所に来い、と。




