寂しがりの獣 その1
年が明けたばかりのある日、依頼を受ける為に組合へ行くと受付の人に声をかけられた。
どうやら魔獣を所有している僕向けの依頼があるらしい。
詳しい事を聞くとまずその依頼は魔獣使い向けの依頼であり、魔獣使いの職に就いている人に募集をかけている様だ。
僕は今マナの量を増やす為に魔法使い系の職に就いているけれど、それでも声がかかったのは魔獣を連れているから魔獣使いの職に就く事が出来るのだろうと判断されたかららしい。
その説明に納得したので次に依頼の内容を聞く。
依頼内容は前線基地の向こう側にある森で巨大な魔獣を発見したので魔獣使いにその魔獣と接触を図って欲しいようだ。
最初に発見したのは森の調査をしていた軍の一部隊で、その時は魔獣使いが居なかったため発見と同時にすぐに撤退した様だ。
その後軍所属の魔獣使いを連れて何度か接触を試みたけれどすぐに逃げられ失敗に終わったらしい。
敵愾心は感じられなかったようなので在野の魔獣使いも集めて接触を試みたい様だ。
出来ればトラファルガーや大森林の主の一匹である森の賢者やバオウルフ様達のように友好関係を築きたいとの事。
ただし、トラファルガーほどのマナを保持していないと見られているためそれほど重要視はされていないらしい。
魔獣使いの数がいるのはそれだけ魔獣との相性が重要だからだろう。
たとえば僕は寂しさを感じている魔獣とは共感する事が出来る様だけれど、寂しさを感じていなければ魔獣にとってただ会話ができるだけの人間でしかない。
どんな感情と共感するかはきっと人によって違う。それが相性という形で魔獣との交渉で重要になるんだ。普通は。
ただ交渉するだけなら自動翻訳がある僕にうってつけの依頼だろう。なんにしても断る理由は無い。
依頼の二週間後までにここから西北西辺りに位置する前線基地に集合する事が書かれている。仲間がいるなら連れて来ていいとの事。
安全は雪の積もった森を行く事もあってか保証はされていない。
ただし募集に階級は特に指定されておらず、初級の場合は軍の部隊と一緒に行動し、中級以上でも希望があれば軍と共に行動出来る様だ。
位置的に雪がなければ多分五日間位で着く事が出来る。道は軍が整備してくれているはずだから問題ないだろう。
念のために受付の人にも今の時期に指定の前線基地までどれくらいかかるのかと今回の依頼で必要になりそうな物を確認しておく。
何せ初めての土地でやった事のない類の依頼だ。聞けることは聞いておかなければ。
受付の人への確認が終わると依頼を正式に受け、もう一つおまけに適当に一日で終わる依頼を受けた。
そして、今日の仕事が終わった後僕は行きつけの酒場へ向かった。
目的はお酒を飲む事じゃない。他の冒険者と交流を持つ事だ。
そのお店は冒険者の社交場ともいうべき場所で、客に取引を持ち掛ければ大体の情報は手に入る。
十一月の間は吹雪で近寄れなかったけれど、十二月になってお店が再開してからはちょくちょく通うようになった。
もっとも、僕はお酒は全く飲んでいないが。
酒場で見知った冒険者に声をかけお酒を奢り依頼にあった魔獣がいると思われる森の情報を仕入れる。
たいした情報ではないらしく一杯のお酒とお店で一番安いおつまみだけですんだ。
僕自身もお酒ではないが飲み物と軽くつまめる物を頼み話を聞く。
これを日を改め何回か繰り返せば情報の精度も上がるだろう。
家に帰り皆がそろうまで魔獣達に依頼の事を話してから時間つぶしの為に一緒に遊ぶ。
十一月から今日まで魔獣達……特にアースはろくに運動が出来ていないから出発の日まで散歩させ歩く事に慣れさせておきたい。
魔獣達との触れ合いの最中にアイネが帰って来たので早速依頼の事を伝える。
「あたしも行きたいなー」
「んふふ。ごめんね。一足先に壁の向こう側に行かせてもらうよ。留守番は頼んだよ」
「むー。サラサいなくなると夜寒くなるんだよなー」
「サラサとアールス契約してるから連絡係頼む必要もないんだよね。ヒビキにお留守番頼もうか?」
固有能力以外にもヒビキはナスとゲイルよりもマナの量が多いから魔法石を使った暖房にも一晩ならアールスとアイネがいれば持つはずだ。
「えー、寂しがらないかな」
「そこは大丈夫だと思うけど……ヒビキ、三週間くらいヒビキとアイネとアールスの三人だけで一緒に暮らす事になっても平気かな?」
「きゅー!」
平気よ! と力強く肯定する。昔は泣いていたのに強くなったものだ。
「ぴーぴー」
「ナスも残ってくれるの?」
「ぴー! ぴーぴ」
ナスはどうやら昼間ヒビキが一人ぼっちになるのを心配してくれているらしい。
アールスとアイネ交互に面倒を見て貰えれば、と思っていたがナスがいれば二人とも毎日依頼を受けられるか。
後一応ヒビキはアーク王国語を理解できるからアーク王国語を話せるナスなら意思の疎通をはかれるのが大きい。
「んふふ。じゃあナスにも留守番を頼もうかな」
「ぴー!」
「ナスも一緒かー。うれしーなー」
アイネは喜びを表現するかのようにナスをわしゃわしゃと撫でまわし始めた。
「でも壁の向こー側に行くって事は魔物とも会うかもしんないんだよね。訓練厳しくしなきゃ」
「えっ、まだ厳しくなるの」
ガルデに来てから訓練でのアイネは僕に対して厳しく当たるようになった。
最初はトラファルガーに勝ったアールスに当てられたのかとも思ったが、どうも僕を鍛え上げようとしているように思える。
「夜もやるよ! 森の中は暗いだろうから暗い所での訓練したほーがいーと思うんだ!」
「ライチーがいるから大丈夫じゃないかな」
「やるの!」
「ああ、うん……分かった」
アイネの勢いに押されて承諾してしまった。
夜は素振りや魔法関連の鍛錬に当てたいのだけど……仕方ない。付け焼刃にならないかは心配だけれど無駄にはならないだろう。
アールスやカナデさんが返ってきた所で二人にも依頼の事を伝えた後一旦家の方へ戻る。
家には調理中のいい匂いが漂っていた。いつのまにかレナスさんとミサさんが帰って来ていて夕食の準備をしていたようだ。
邪魔にならないように軽く声だけかけて自分の部屋へ戻り服を着替える。
着替え終わったら夕飯が出来るまで居間で精霊達に依頼の話を簡単にして、後は雑談をしながら待った。
そして、夕食が終わった後皆に改めて依頼の事を話し、一緒に行く人を募ると初級であるアールスとアイネ以外全員が一緒に行く事になった。




