お母さんの手
「今日も吹雪いてるね」
窓を閉め切っても外の風の音は途絶えない。
十一月に入ってから吹雪がよく発生するようになり外に出られる日が少なくなった。
雪は家よりも高く積もり吹雪の弱まる明け方と夕方のうちに家の出入り口の雪を処分しないと雪が降らなくなる十二月まで家の中に完全に閉じ込められる事になる。
雪かきの依頼が多かったのも頷ける。
食料は蓄えてあるから問題ないけれどさすがにこう外に出られない日が多いと退屈になってくる。
居間に全員集合して食卓に並んだ椅子に座っているがミサさん以外は浮かない表情をしている。
「外に出られないと気が滅入るものデス。こういう時は部屋の中で遊ぶのが一番なのですガ……無理そうですネ」
皆簡単なゲームで遊ぶ気力も無いようだ。
「きっと太陽の光を浴びてないからですよ。太陽の光って人間に必要な栄養を作るのに必要だって聞いた事があります」
「それも前世の話ですカ?」
「その通りです。この世界の人に当てはまるかは分からないけど、見てる限りじゃ当てはまりそうですね」
「ですネー」
「違うー私はお腹空いたのー」
「私もです~」
「あたしも~」
「空いた~」
「空きました~」
「お昼まだ~?」
食卓の上に頭を乗せてぐで~っと倒れている三人がまるでひな鳥のように泣き喚く。
「我慢して」
「うぇええ~」
食料の貯蓄はあれど余裕があるほどではない。だから最近は一回のおかずが減ってきている。それもこれも……。
「この吹雪の多さ、ちょっと舐めてましたね」
「そうですネ。こちらでは昼間でも吹雪くなんて予想外でしタ」
足りなくなったら晴れた日に買い足せばいい。十二月になれば吹雪く事は無いからそれまで持てばいい。そう思っていた。
本当に甘い見通しだった。
まさか十一月中はどこもお店が閉まっているとは思わなかった。
そして、まさかここにきてミサさんと僕、そしてレナスさん以外の三人が育ちざかりを発揮するとは思わなかった!
食事の量は実は一ヵ月前とさほど変わっていない。変わったのは三人の方で一回に食べる量がいつの間にか増えていたのだ。
どうやら前は街でおやつを買って間食していたらしい。
だから最初に吹雪が続いた時におやつを買いに行けず空腹を訴える三人の為に軽い気持ちでおかずの量を増やしてしまったのだ。
本当に甘かった。
「雪って食べられるかなー」
「食べたら身体が冷えて温めるのに体力使って余計にお腹減るよ」
本当にお腹が減るかどうかは分からないけど少なくともカロリーは減ると思うので止めておく。
「ひもじいです~」
「お腹空かしてる子達はひとまず置いといて……レナスさん。大丈夫? 顔色優れないけど」
隣に座るレナスさんはけだるそうにしていて精霊達も心配そうにくっついている。
「……駄目です。なんだか眠くて……やる気が出ません……」
レナスさんは本当に鬱になり始めてるみたいだな。
日照時間が少ない事に加えて栄養も足りていないのかもしれない。
レナスさんは元々食べる方じゃないので今もおかずの量は余り変わっていないのだけど減ってない訳じゃない。もしかしたらいつも食べている量がレナスさんに必要な必要最低限の量だったのかもしれない。
「やる気でないならナギに元気分けてもらいなよー。ナギ元気そうだし」
アールスが言ってるのはインパートヴァイタリティの事だろう。
「いえ、そういう訳には……」
「生命力分けてはいるんだけどね。効果無いみたいなんだよ」
やはり必要なのは栄養。生命力は栄養ではないのだ。……じゃあ生命力って一体何なんだろう。
「え……い、いつの間に」
「それって魔法のでしょ? そっちじゃなくて頭撫でたり抱きしめたりするの」
「あ、アールスさん!?」
「そんなのでいいの?」
そういえば最近はレナスさんがねだってこないから頭撫でていないな。
「だってナギにそうされると落ち着くもん。ねー? アイネちゃん」
「分かるー」
分かるのか。
「私にもやってもらえたら空腹がまぎれますかね~」
「……やってみる?」
そう聞くとレナスさんは顔を逸らしつつもうなずいた。
「……お、お願いします」
「じゃあ早速」
隣のレナスさんに手を伸ばし頭を撫でる。一年ぶりくらいだろうか? 相変わらずレナスさんの髪はすべすべしてて触り心地がいい。
強くすると髪が痛むし禿げる可能性があるから出来るだけ優しく柔らかく撫でなくては。
それにしてもレナスさんの顔が真っ赤だ。まぁ前は隠れてやってたから皆の前で撫でられるのは恥ずかしいのかもしれない。そうに違いない。大丈夫。僕は平気さ。可愛いなんて思ってないし他の所に手を伸ばそうとも考えてない。大丈夫大丈夫。
「ナ、ナギさん……そろそろ」
「ん。もういい?」
「は、はい……気分が大分落ち着きました」
「そっか。それはよかった」
「ナギー私にもー」
「あたしもー」
「はいはい」
そして、アールスとアイネも撫でるとカナデさんも自分もと求めてきたので撫でる事になり、撫で終わるとうるさかった三人は本当に満たされたようでお腹が空いたと喚かなくなった。次からはこうしよう。
「それにしてもすごい威力ですネ。ここまでのものを見るとちょっと試したくなりマース」
「やってみますか?」
「ではお願いしマス」
ミサさんの頭に触るのは初めてだ。
緊張しつつミサさんの髪に触れる。レナスさんとは違ってちょっと硬い。でも手触りは悪くない。
「んー。ほー。なるほどー」
「何かわかりました?」
「これはお母さんの手ですネ」
僕に頭を撫でられたまま決め顔をするミサさん。
「よく言われます」
「心は男性なのにお母さんみたいなのは本当に不思議ですネー」
「せめてお父さん見たいって言って欲しいですよ」
「お父さんにしては優しすぎマス。お父さんの撫で方は乱暴って決まってますヨ」
「……たしかに」
「んー。どうやら親離れしているワタシにはアリスちゃんの手はあまり効果無いみたいですネ。もう大丈夫ですヨ」
ミサさんの頭から手を離す。たしかに他の皆とは様子が違う。
「それって他の皆が親離れしてないって事になりますよ」
「間違っては無いでショウ。アリスちゃんが皆の母親みたいなものなんですカラ」
「えぇ……」
「否定できない」
否定してくれアールス。
「わ、私はそんなつもりは……」
レナスさんは僕の事どう思って……いや、何でもない、何でもないはずだ。
「あたしはかーちゃんってよりねーちゃんって感じだけどなー」
そこはにーちゃんって言って欲しいな。
「私親離れできていないんでしょうかぁ……」
カナデさんは親離れできてると思うんだけどなぁ。
「大人たるワタシを見習ってくだサーイ」
「いえ、それはちょっと……」
「レナスちゃん。どーいう意味ですカー?」
「そのままの意味です」
「大人って意味ならナギの方が大人っぽいと思うなー」
「えー? ねーちゃんけっこー子供っぽくない? まぁだからってミサねーちゃんが大人っぽいかって言われるとびみょーだけどさ」
「ミサさんは残念な大人ってかんじですね~」
「皆ひどいデース! というかカナデも人の事言えないですヨ!?」
「ふぇ!?」
「確かに」
「確かに」
「カ、カナデさんはのんびりしてるだけですから」
「レナスちゃん。それは助けになっていませんヨ!」
なんだか賑やかになって来たな。さっきまでは皆元気がなかったのに。これもミサさんの明るさのお陰かな?
皆がわいやわいや騒いでいるうちにお昼ご飯の支度でもしようか。




