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信頼の証

 トラファルガーの咆哮が何度も山に響く。

 戦いが始まってもう一時間が経った。

 アールスの状態はレナスさんとミサさんを通して逐一精霊達が報告してくれている。

 五人の精霊達は今アールスと契約をして、アールスは五人の力を借りて戦っているんだ。

 元々契約しているシェリルという精霊を含めて六人もの精霊と契約している事になる。

 普通精霊というのは気難しく人にやすやすと力を貸す事は無く、三人も契約していれば尊敬と同情を一身に受ける事になる。

 もちろん利害関係によって契約する精霊もいるがそれはあくまでも一時的な契約だ。

 アールスが五人の精霊とした契約も今回のトラファルガー戦限りの契約だと聞いている。

 ただしサラサだけはこの後も契約を続行してもいいと考えてる様だ。


「ナギさん。アールスさんがトラファルガーの尻尾を切り落とすのに成功したそうです」

「そうか……そこまで行けたんだね」

「一時間ちょっとで切るって速すぎ」


 アイネが僕が思った事を代弁してくれた。

 精霊達がついているとはいえ軍がてこずっていた相手に早すぎるのではないか?


「あっ、トラファルガーが負けを認めたようです」

「そ、それは本当ですか!?」


 大きな声を上げたのは役所から派遣された職員さんだった。


「尻尾を切ったのが認められたのかな?」

「アールスさんは尻尾の鱗をはぎ取ったら戻るそうです」

「それだったら僕達が二人の所に向かった方が早いよね」


 そうか、アールスついにやったのか。それなら、僕の方も覚悟を決めないとな。




 都市に戻るとアールスは職員さんに役所に連れていかれた。トラファルガーと戦い、その後アースに乗ってとはいえドサイドに戻って来て役所に連れていかれるとなったのでアールスの疲労を考慮し祝勝会はまた明日に、という事になった。

 祝勝会が明日になったのは僕にとって少し都合が悪い。……いや、かえって良かったのかもしれない。

 僕はアールスが戻ってくる前に話があると言ってレナスさんを宿の近くにある茶店へ誘った。

 そして今、レナスさんは僕の目の前で怪訝そうな顔をしながら僕が話すのを待っている。

 僕のしたい事を話したらきっとこの子は反対するかもしれない。

 だけど僕がなかなか言い出せないのはそれが理由じゃない。

 したい事をする事に恐怖を感じてるからだ。

 注文した飲み物を口に含み飲み込んでからさらに深呼吸をし自分の心を落ち着かせる。


「今晩僕は皆にシエル様の事を話そうと思う」

「本気ですか!?」


 大声を出したレナスさんはすぐに自分の声の大きさに気づいたようで頬を少し赤らめ身を小さくした。


「本気だよ。ルーグについて中級の依頼を受ける様になったら魔物とも戦うようになる。シエル様の神聖魔法は魔物と戦う時役に立つものばかりだ。使わないっていう選択肢はない。

 今まで言い出せなかったのは僕の臆病さゆえだ。いい加減皆に話さないといけない時が来たんだよ」

「でも……皆さん離れてしまうかもしれません」

「……元々僕はレナスさんと魔獣達とでフソウに渡ろうとしてたんだ。アールスは着いてくるだろうから最悪でも三人と精霊三人、魔獣四匹がいる。

 十分魔の平野を渡れるはずだ」


 そうなったら寂しいけれど。


「別れる事になったらカナデさんとミサさんにはここまで付き合わせてしまった謝罪に出来るだけの支援はしようと思ってる。

 でもアイネだけは嫌がってもグランエルに戻るまでは一緒にいてもらう。

 アイネはまだ未成年だし、僕はアイネの小母さんにアイネを任された責任があるからね」

「別れなくても空気が悪くなってしまうかもしれません」

「そうなった場合は話し合うしかないよ。それでどうしても折り合いがつかなかったらやっぱり別れるしかない」

「今じゃないと駄目ですか? 使う必要ないかもしれないじゃないですか」

「必要になったから使うじゃそれこそ印象が悪いよ。それに言っちゃシエル様に悪いけど……どれぐらい魔物に有効なのか分からないから余裕がある時に試したいんだ」

「えっ、分からないんですか?」

「う、うん。シエル様もね、自分の神聖魔法を実際に使われた事が無いからどれくらい魔物に効くか分からないんだって」

「……」


 レナスさんの顔から徐々に感情が無くなっていく。


「ナギさん。そんなよく分からない物ばかり授かっていたんですか?」

「た、試す機会がなかっただけだから。魔物には良く効くはずなんだよ」

「……まぁいいです。つまり気兼ねなく実験をしたいから皆さんに話すという事ですか?」

「それはあくまでも二の次三の次だよ。一番の理由はさっき言った通り使える物を隠しておくって言うのは得策じゃないと思うんだ。

 むしろ事前に知っておけば作戦に組み込む事が出来るよ」

「確かにそうかもしれませんが……今晩でないといけませんか?」

「本当なら祝勝会の後に言うつもりだったよ。だけど明日に延期になったからね。明後日には僕はルーグに向けて出発するくらいの気持ちでいたから明日の祝勝会の後じゃ遅い。伝えるのは今晩しかないと思う」

「……気持ちの整理をするのに一日でも少ない気がします」

「うん。でも、これ以上ドサイドに滞在するのは……」

「ナギさんの収入で資金面ではまだ余裕があります。ルーグに着くのに九月にずれ込むかもしれませんが皆さんの様子によってはやはり時間を取った方がいいかと」

「ううん……いや、そうだね。僕は九月までにルーグに着く事にちょっと拘ってたよ」

「もしも遅れたらナギさんが損失分を補填するという事にすれば遅れた事による責任は果たせると思います」


 責任を取る事前提で物事の予定を立てというのは無責任に感じるけれど、今回はしかたないか。


「うん。それで行こう」

「……ナギさんの言う理屈は分かります。けど私の感情としてはナギさんが傷つくような結果になりかねないので反対したいです」

「心配してくれてありがとう。でも僕は今晩皆に言うよ」

「止めたって聞かない事位わかります。ナギさんは今の目をしている時は頑固ですから……」


 レナスさんには伝えた。アールスはいないから次はシエル様に伝えよう。


「じゃあちょっとシエル様にも伝えるからゆっくりしてて」

「伝えていなかったんですね」

「うん。一番に伝えたかったのはレナスさんだから」

「わ、私ですか?」

「僕の傍に一番長くいてくれた君だから最初に伝えたかったんだ」


 これは信頼の証と言ってもいいだろう。今回の事を一番最初に誰を伝えようと考えた時自然と浮かび上がったのがレナスさんだった。

 一緒にいる時間が誰よりも長く、きっと一番僕の事を知っているレナスさん。

 他に選択肢はなかった。


「そ、それは……うれしい、です」


 レナスさんが顔を真っ赤に染め、それをごまかすかのようにまだ中身の残っている飲み物の容器を手に取って一気に飲み干した。

 照れてくれるのは嬉しいが勘違いしてしまいたくなる自分がいる。いかんいかん。

いいかげん早く話を進めたいけどどうしても話が細かくなってしまいます

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― 新着の感想 ―
[一言] メタ読みして、どうせ特殊な信仰(先)をカミングアウトした所で、メンバーの離脱なんて無いだろうなぁと楽観視。
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