閑話 唯一の事
夢を見た。昔から何度も見てきた夢。
家族にナギとレナスちゃんを加え楽しく暮らしている夢だ。
お母さんとお父さんがいるのはもちろんナギは私のお兄ちゃんでレナスちゃんは私の同じ年の妹になっているそんな夢。
最初はナギとレナスちゃんと一緒に草原を駆けまわったりお勉強をしてと日によって一緒に行っている事は違うけれど、共通しているのは楽しく幸せに暮らしてるっていう事。
けれどお父さんがある日突然姿を消す。私は家族と一緒にお父さんを探すのだけどどこを探しても全然見つからない。
それどころか一人一人姿が見えなくなって最後には私一人だけになってしまうそんな恐ろしい夢。
首都アークに行ってから仲良くなった友達も時々夢に出てくるようにはなったけれどこっちは家族としてではなく友達として出てきて、友達は誰も消えず最後まで私と一緒にいてくれる。
だけど私の家族が私だけを残して消えていくのは変わらなかった。
そんな悪夢から目を覚ました私がまず最初に行うのは夢の中の家族を探す事だった。
アークにいた時はお母さんを、旅に出てからはレナスちゃんやナギを。
一人でもいい。視界に入ればあれは夢なんだって安心する事が出来る。
そして、守らなくちゃっていう想いが強くなる。
守る。そう守るんだ。ナギ達を守らなくちゃ。
……でも私はナギ達とはまだ一緒に居られない。私はまだ冒険者として第一階位でしかないけどナギ達は第四階位。
ナギ達が危なそうな所に行く依頼を受けても私は一緒に行く事が出来ない。
離れていたら守る事が出来ない。だから私はトラファルガーに挑む事を決めた。
ナギ達が少しでも無事に帰ってくる可能性を上げる為に。
最低でもナギの盾に使える分。出来ればナギとミサさんの全ての防具の部位に使える位に。
私は今日トラファルガーの鱗をはぎ取る。勝ち負けとか私の身体がどうなろうと関係ない。全力で立ち向かう。
それだけがナギ達に今の私にできる唯一の事だから。
山には見届け人である役所の人の他に皆と一緒にやって来たけれど、実際に戦いの場に着きトラファルガーが来ると私とトラファルガー以外は戦いの場から離れていった。
さすがに危ないから人間の見学は許されていないみたい。
これなら私も思いっきり戦える。
戦いの合図は役所の人の話からトラファルガーが周りに人がいないのを確認してから行うと教えてもらってる。
待っている間にひたすらにトラファルガーの身体の観察をする。
トラファルガーを見たのはこれで三回目。
一回目と二回目はナギと一緒にトラファルガーに会いに行った。私が会いたいって言ってナギに無理を言ったんだ。
無理を言ったのは戦う相手を一度も見ないというのはなるべくなら避けたかったから。
最初にトラファルガーを見た時は黒い金属の山かと思ったっけ。
日を浴びて黒光りする鱗は本当に金属みたい。
一体どうやってはぎ取ろう。最初に会った時から考えているけれど答えはまだ見つからない。
魔法剣は通るかな? 多分炎の魔法剣は通らない。あれは焼き切る事を目的とした魔法剣だから炎に対する耐性がありそうなトラファルガーの鱗に武器の焼失と火傷覚悟で使うにはちょっと危険かなって思う。
土の魔法剣じゃきっと砕くことは出来ない。あれは武器に土を纏わせて重さで攻撃する魔法剣だから金属のような鱗に効くとは思えない。金属で作ったこん棒みたいな効果あるかな? でもそんな物振り回せるのは仲間内じゃ多分ミサさんかカナデさん位だと思う。私じゃ体重が足りてない。
重さで勝負できないなら切れ味でどうにかするしかないけど、炎の魔法剣は効かなそう。
風の魔法剣も無理だと思う。風を圧縮高速回転させて削る魔法剣は土の塊ならともかく金属には効果が薄い。鉄粉を混ぜて時間をかければ出来るだろうけど鱗をはぎ取るのには私のマナの量が不安。アースぐらいあればいいんだけど。
水の魔法剣は水を圧縮させて距離を伸ばすだけだから意味がない。
残るは純粋なマナを使った魔法剣だけ。切れ味で言えば炎の魔法剣を凌駕する可能性があるのはこれだけなんだけど、私の魔力操作の技量じゃ普通の鉄製の剣を切るのがやっと。
これじゃあ鱗を切るなんて無理かもしれない。だけど、隙間からならどうだろう? ……無理そうだな。鱗と鱗の隙間が狭すぎて突き立てるならともかく鱗を剥がすのに横にする事が出来なさそう。
それにトラファルガーがちょっと身じろぎするだけで鱗同士に挟まれて剣が折れるかもしれない。
鱗を破壊するだけならナギに教えてもらった方法がある。急激に熱した後すぐに冷ましてまた熱する。そうすると物はひびが入って簡単に壊れるってナギは言っていた。
だけどそれもちょっと考え物かな。私は硬い鱗が欲しいんであってひびの入った鱗が欲しいわけじゃない。
破壊を最小限にして多くの鱗を手に入れる。その条件を満たす方法を一回目に会った後さんざん考えた末に思いついたのが尻尾を切り落とす事だった。
尻尾なら先端部分だから胴体よりも近寄りやすい。
見た所良く動く部分だからか鱗同士の隙間も広く見える。
問題は尻尾を上手く捉えられるかって事かな。
鱗や尻尾の事は置いといて次に考えたのは戦い方。
どう戦うべきか。
露骨に尻尾を狙ったって目的がばれて対処されるだけ。なら私の目的を勘違いさせればいいんだ。
勘違いさせるとしたらやっぱりトラファルガーの身体で比較的柔らかいって言われてるお腹かな。
お腹を狙うためには……やっぱり脅威となる目か尻尾を先に狙うかな。
足ももちろん脅威だけど、尻尾は足よりも届く範囲が広い。絶対に近寄らせないために尻尾で攻撃してくるはずだ。
つまり胴体を狙えば私の目的により近づくわけだ。
尻尾による攻撃を誘うならやっぱり目を一番初めに狙うのがいいかな。
目を潰すのは片方だけでいい。片方さえ潰すか見えなく出来れば目の付き方からトラファルガーは片側が見えなくなる。そうなれば後はトラファルガーの感知力次第だ。
「ぐるぅ」
トラファルガーがまるで私に呼び掛けるように鳴いた。
「もしかして勝負開始?」
そう聞くとトラファルガーは首を横に振った。
「じゃあ開始するから教えてくれたの?」
「ぐる」
こういう気づかいが出来るってナス達もそうだけど魔獣ってやっぱり人間と同じくらいの知性があるよね。
数百年に知恵と経験を積み重ねた魔獣が相手。油断はできない。私の目論見もすぐに看破されるかもしれない。
「ぐるぉおおおおん!!」
勝負開始の雄たけびが上がった。
戦いの始まりだ。




