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決着

 アールスが攻勢に出ても少し優勢になったくらいでほぼ互角の勝負が続いた。

 それというのも相手の魔法を使った牽制に邪魔され動きを阻害されている所為だ。

 相手は魔法を最小限のマナで本当に上手く使っている。

 ファイアシールドを一瞬だけ発動させて目くらましに使ったり、アールスの足元にアースウォールを小さく発動させて転ばせようとしたりと小細工を仕掛けている。

 その小細工をかわし互角以上の勝負をしているアールスはさすがというべきなんだろう。

 僕だったら集中力が持たずひっかかるに違いない。

 アールスはよく集中力が続いている。


 集中力の問題もあるがやはり一番注目すべき点は体力だろう。

 運動量という点では今の所相手よりもアールスの方が多いように思える。けれど相手は息が荒くなってきているというのにアールスは息が切れる所か汗一つ流していないように見える。

 相変わらずの体力お化けっぷりだ。

 疲れる様子のないアールスを見て相手は平気でいられるだろうか?

 ……平気でいられるはずがない。徐々に相手の顔の焦りの色が強くなっていく。

 さらに僕の目でも分かるぐらいに相手の動きに乱れが生じてきている。

 精神的にも有利なのはアールスの方か。


 アールスの両手から繰り出される剣の連撃はいまだに相手に有効打を与えることは出来ていない。

 相手に焦りは見えれどまだ決定的に崩れてはいないのだ。


「相手も良く持ってるけどアールスはまだまだこれからなんだよね」


 これは誰に言うでもなく僕の心の平静を保つために出た言葉だ。

 けれど僕のつぶやきはアイネによって否定された。


「ねーちゃん。きょーのアールスねーちゃんは最初っから全開だよ」

「え? そうなの?」

「そーだよ。きょーってゆーか七試合目からねーちゃんの朝練はちょーしを上げる為の訓練変わってたんだけど気づかなかった?」

「全然。朝の訓練で調子を上げるって、それ試合まで持つものなの?」

「あたしもそー思ったんだけどさ、六試合目の時に最初から全力出せないとこの先勝てないって思ったみたいだよ。

 朝練である程度ちょーしあげてから控室で最後のちょーせーしてるみたい」

「そ、そうだったんだ……」


 全然気が付かなかった。最近の朝の訓練ではミサさんとアイネにアールスを任せていたからな。

 半日にも満たない時間で調整するのを四日間だけとはいえ良く出来る物だ。そもそも十日間戦い抜くのも体調の調整を考えたら難しいだろうに。

 アールスの身体は一体どうなっているのだろう。

 しかし……アイネの言う通りだとするとまだ安心するには早いという事か。


「大丈夫ですナギさん。アールスさんは絶対に無事で帰ってきます」

「レナスさん……」


 レナスさんが僕の手を取り握ってくれる。

 少し冷たい手のおかげで僕の不安が和らいだ。


「そうだね。今はアールスを応援する事を考えよう」


 そうこうしている間にアールスがさらに相手を押して優勢になり始めていた。

 どうやらアールスの動きについていけなくなっているみたいだ。

 これはもうすぐ勝負がつきそうだ。

 周りの観客達もその事が分かっているのか相手の闘士を応援する声が強くなっている。

 その所為でかアールスへの応援の声はもうほとんど聞こえない。

 だから僕達は応援の声を大きく上げた。

 あともう少し。あともうちょい。

 僕達の声が届いたかは分からない。……けれどアールスの剣は相手に届かせる事が出来た。

 アールスが弾くとすでに握力に限界が来ていたのか相手の剣が地面に落ちる。

 剣が地面に着くよりも早くアールスの左手の剣は相手の首筋に。右手の剣は相手の両腕を捉えていた。

 これで相手は短剣を使うことは出来ない。勝負がついた。

 しばらくの硬直の後、試合終了の鐘が鳴り響く。

 鐘の音が合図になったのか波が引いたかのように静寂が会場を包んだ。

 しかし、その静寂もすぐに闘技場が歓声の声が上がる事によって破られたのだった。




 試合が終わった後入場口から職員の人がやって来て相手の闘士が試合場から出て行った後簡単な表彰式のような物が行われた。

 もっと大々的に祝うのかと思ったのだけどそういう訳でもない様だ。

 表彰式が終わった後すぐに次の試合が始まったのと周りからも特に不満や疑問の声も上がらなかった事からこんなもんなんだろう。


 アールスとの合流は大分遅れる事になったけれど、それはアールスが控室とは別の部屋で表彰とトラファルガーへの挑戦権についての説明が行われたかららしい。

 その後はライチーの力を借りて姿を変えながら移動したので多少時間がかかってしまったんだ。

 アールスと合流した後はお祝いの言葉を送りながらもしっかりと休むようにと促しておいた。


 アールスが休んでいる間に僕はカナデさんと一緒に夜に行うお祝いの宴会の準備をする為に動いていた。

 準備と言っても料理の材料を買って料理を作るだけだ。場所は昇位試験のお祝いの時と同じように預かり施設に許可を取っている。

 お酒もきちんと昨日の内に買ってある。もしもアールスが負けていたらそのお酒で僕がヤケ酒する予定だった。

 そんな事にならなくて何よりだ。


 小屋の中に臭い消しのお香を焚いたり簡単な飾りつけを済ましてから小屋の外で料理を作り準備を終えたのは夕日が沈み切ろうとしている頃だった。

 皆を呼ぶにはちょうどいい頃合いだ。

 カナデさんには一緒に皆を呼んできてもらい、僕は小屋内の飾りつけを改めて確認してから小屋の地面の広い所に敷き布を敷いて食器を用意する。

 盛り付けは皆がやって来てからだ。

 皆を待っている間アースを除いた魔獣達がかまってほしそうにすり寄ってくる。

 愛い奴らめ。

 しかし小屋内で遊ぶとせっかくの飾りつけが駄目になってしまう可能性がある為小屋の外で目一杯構った。

 構い過ぎて皆がやって来たことに気づくのが遅れ、呼びに行かせておいて自分は遊んでいた事に頬を膨らませたカナデさんにずるいと怒られてしまった。

 僕の信用が下がった事は横に置いておいて、アールスがやって来たので祝賀会の始まりだ。


 お祝いの席という事で初めに一杯だけお酒を飲む事にした。

 お酒を飲まないと言っているミサさんも今回ばかりはお酒を飲む事に付き合ってくれる。

 ミサさんも飲みなれていないのかあまりおいしそうには見えない。


「ミサさんってお酒駄目なんですか?」

「いえ、国の物と味が違って驚いただけデス。この国のお酒は甘いのですネ」

「あらぁ、ミサさんは辛口の方がよかったですかぁ? 甘党なのでてっきりお酒も甘口の方がよいのかとぉ」

「そうですネ。故郷にいた頃は辛いお酒しかありませんでしたカラ、辛口の方が口には合うのはたしかですガ、東の国々で飲んだどのお酒よりも甘く感じマス」

「果実酒だからですかねぇ?」

「甘いと言えばフソウでもこれとはまた違った甘口のお酒がありますネ。

 透明でアールコールの度数も控え目ですがすっきりとしていて飲みやすいと評判のお酒でシタ。もっとも私は飲んだことは無いのですケド。

 どうやらフソウで主食として食べられているお米という穀物から作られたらしいお酒で……」


 ミサさんの長話が始まった。

 日本酒のようなお酒がある事は興味深く話を聞きたいのだけど今日の主賓はアールスだ。アールスを放っておくわけにはいかない。

 アールスの方はというとミサさんのお酒の話には興味が無いのか料理に目移りしている様子だ。

 今日はアールスの好きそうなものを中心に料理を作った。

 本当は好物も作りたかったのだけど、材料が無かったので用意する事が出来なかった。


「どうかな? アールスの好きなスープは材料が無くて作れなかったんだけど……」

「どれもおいしそう! どれから食べるか迷っちゃうよ」

「んふふ。今日の主役はアールスだからね。好きに食べていいんだよ」

「えへへ~。じゃあ早速いただきます」


 アールスが自分の取り皿に料理を載せるのを見てからアールスの隣に座っているアイネも料理を取る為に動き出した。


「きょーは肉少ないね」

「アールスは野菜や果物の方が好きだからね。アイネには物足りないかな?」

「んーん。そんなことないよー」


 そう言ってアイネは的確に味の濃い料理を選んでいく。


「アールスねーちゃん。トラファルガーにはいつ挑むの」

「んー?」


 アイネに質問されたアールスは口の中の物を飲み込んでから答えた。


「明日から戦う場所決める為に山を調べようと思ってるんだよね。一週間はかからないと思うけど、下見は十分しておきたいかな」

「明日から? さすがに休みいれた方じゃいいんじゃない?」

「大丈夫だよ」

「う、う~ん……まぁいいか。下見なら僕も一緒に行くよ。日帰り? それとも野宿するつもり?」


 役所からの依頼は今日まで。明日からは自由に動ける。

 役所に行って依頼の終了の確認をするのは明日の朝で大丈夫だろう。


「日帰りのつもりだよ」

「よかった。山で野宿するなんて言わなくて」

「あははっ、さすがに言わないよ」

「となると僕は朝役所まで行かないといけないからまたアースに頼むかな……」


 ちらりとアースを見る。

 ご飯を食べていたアースは食べるのを止めてぼふっと答えた。


「またお湯に浸かりたいみたいだから一緒に行くって」


 時間があれば僕も入りたい所だ。



 祝賀会が始まって一時間程が経った。

 アールスの祝賀会だというのにアールスの相手をアイネにずっと取られてしまっている。

 ミサさんはどうやら酔っぱらっているようでナスに対しいつも以上にしつこく絡み話を聞かせている。絡み酒という奴だろうか?

 カナデさんはヒビキとゲイルの面倒を見てくれている。

 本当なら僕がカナデさんの代わりにヒビキとゲイルの面倒を見ないといけないのだけど、今の僕にはそれが出来ない訳がある。

 そう、今の僕は……レナスさんに強く抱きしめられ身動きが出来ないのだ。


 事の発端はレナスさんが美味しいと言いながら僕の料理を食べつつお酒を何杯も飲んだ事から始まった。

 酔っ払ったレナスさんはどうもくっつき癖のような物があるらしく、最初は僕の右腕に自分の腕を絡ませてきた。

 僕がその事に対し料理が食べられないとやんわりと抗議するとレナスさんは頬を膨らませた後僕の後ろに回り込んで抱き着いてきたのだ。

 これなら料理を食べられるだろうとレナスさんは言ったがそんな事があるはずもなく、再び抗議をしようとした所耳元でレナスさんの寝息が聞こえてきてしまったのだ。

 何度も声をかけたのだけど僕を強く抱きしめたまた起きる気配はなかった。

 振り解こうにも起こしたらかわいそうなので強く出る事も出来ない。

 全く仕方ない子だ。しばらくレナスさんに抱きしめられているしかないじゃないか。

 全く。食べてる途中だったのに。幸い腹八分目に届きそうなくらいは食べられていたからいいものを。本当に仕方のない子だ。

 可愛らしい寝息を聞いたら全てを許してしまいそうになるじゃないか。全くもって仕方のない子だ。

 ……それにしても……お酒臭いな。

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― 新着の感想 ―
[一言] >……それにしても……お酒臭いな。 後ろから抱きつかれるのは嬉しくても、それじゃあ確かに嬉しさは半減以下ですわ。
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