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感覚と想像力が大事

 ドサイドに戻り預かり施設に行くとそこにはアールスとレナスさんが僕達を待っていた。

 聞きたい事は沢山あるけれどまずは組合に行って治療士の仕事の依頼の確認と魔獣達の毛の手入れをしなくては。

 魔獣達を預けた後まず最初に組合へ行き受付で依頼が来てないかを聞くと、パーフェクトヒールを必要とした依頼が来てはいるけれど役所の方で手続きの真っ最中で今日中に依頼が受けられる状態になると言われた。

 珍しい事だ。手続きの真っ最中というなら今日怪我をしたのだろう。普通は手続きが終わってから組合に話が来るはずなのだけど。

 それがその日のうちに受けられる状態になるという事は急ぎなのかもしれない。


 受付の人には詳しい話を聞くと今日闘技場で腕を切り落とされた人がいて、その人は大会に出る予定の闘士だったので急いで治してほしいとの事だ。

 その話を聞いてちらりとアールスの事が頭をよぎった。切り落とした相手とはもしかして?

 とりあえず手続きが終わっていないと依頼を受ける事も出来ない。

 また後で来る事を受付に告げて魔獣達のお世話をする為に預かり施設へと戻る。


 そしてみんなのいる小屋へ戻ると真っ先にアールスに詰めよって今日の試合の事を聞くと、アールスはバツが悪そうにしながら相手の腕を切り落としてしまった事を告白してくれた。


「負けなかったのが不思議なぐらいすごく強かったんだ」


 アールスはまるで自分がやった行いに対して叱られることを恐れる子供のように僕から目を逸らしながら続ける。


「私が勝つためには戦いの終わらせ方を選ぶ余裕なんてなかったの」

「アールス。怒らないから僕の目を見て話そう?」


 本当に怒るつもりも叱るつもりもない。真剣を使っている以上こういう事もあるだろう。

 正直アールスが怪我させた相手を治しに行くというのは自作自演みたいで非常に気まずいが、それはいい。


「ほんと?」

「うん。それより……そんな強い相手に本当に大きな傷を負わないで勝てたの?」


 またアールスが目を逸らした。

 レナスさんを見るとこちらも逸らされた。

 二人の様子に自然とため息が出る。

 嘘をついた理由は分かる。僕に心配をかけたくなかったんだろう。

 今回嘘をつかせてしまったのは僕の責任だろう。ここの所僕は情けない姿を見せてばかりだったからな。皆から信用されなくて当然か。

 いかんな。気を引き締めないとまとめ役を降りないといけなくなる。


「……パーフェクトヒール使った?」

「つ、使ってないよ。それは大丈夫」


 欠損する様な怪我は負っていないか。


「身体の調子は大丈夫? 違和感はない?」


 視線を合わせ確認するとアールスはそのエメラルドのようなきれいな瞳をまっすぐ僕に向けてくれた。


「うん。大丈夫」

「それならいいんだ……」

「そ、それよりさ。トラファルガーの事話してよ」

「いいけど、魔獣達のお世話しながらでいいかな」

「うん。いいよ」


 そんな訳で僕とミサさんはトラファルガーの事を魔獣達のお世話をしながら話した。

 レナスさんはトラファルガーの強さにアールスが戦う事に不安を強めた様だが、アールスの方はどうやって戦うかをナスの体毛を梳きながら悩ませている。


「どーしようかなー。ナスはどうしたらいいと思うー?」

「ぴー……ナギが魔法で落とし穴作ったらって言ってた!」

「それっていいのかなー。でもなー、人が一人で戦えるような強さでもなさそうだしなー。人の知恵を使い我を倒してみろーみたいな感じでいいのかなー」

「僕はいいと思う! アールスの本気見せるのがいいと思う!」

「本気……本気かー。うん。そうだね。私の本気を見せればいいんだ!」


 なんだかあっという間にナスに説得されてしまったがこれならアールスにあれを教えやすいか。その前にアイネと話さないといけないが。


「トラファルガーとの戦いの作戦考えるのもいいけど、その前に試合を勝ち抜かないといけないってこと忘れたら駄目だよ」

「分かってるって」


 そして、魔獣達のお世話が終わる頃にアイネがやってきた。

 どうやら仕事が終わった後僕達が帰って来たかどうかの確認とナス達に会うために小屋にやって来たらしい。

 気にはなるが僕にはこの後もまだやらないといけない事がある。

 魔獣達のお世話を終えるとミサさんを伴って組合へ戻る。

 その際ミサさんは完全武装をして僕の護衛に見える様にしている。

 正装は宿の方に置いてあるので僕はまだ普段着だ。とはいえ今日の依頼は急ぎになるだろうから正装に着替える事は無いだろう。


 組合の受付に行き依頼の確認をすると受けられるようになっていた。

 僕を呼びに行くほどではないがなるべく急いで欲しいという要望を受け付けの職員さんから聞いたが、 一応怪我をさせたのが身内なので受けるのは遠慮したいと告げた。

 けれどすぐに動けるのは僕だけのようでどうか受けて欲しいとお願いされてしまった。

 仕方なく共謀を疑われた際の対処の確認を受付の人に確認し、僕は手早く手続きを済ませ組合を出た。

 依頼書によると依頼人は僕が今いる商業区にある宿に泊まっていてそこで待っているようだ。

 僕達の泊まっている宿とは別の宿なのは幸いと言った所か。

 目的の宿に着き受付の治療士の証と依頼書を見せて宿内の立ち入りを許可してもらう。その際に非常にかしこまられたがいつもの事でもう慣れてしまった。




 治療は夜遅くまでかかってしまった。

 依頼人の闘士は苛立っていてあまり話は出来なかったがその矛先はアールスに向かってというよりも大会までにどこまで機能を回復させられるかを気にし焦っているようだった。

 アールスにどのような感情を抱いているか確かめたかったけれど藪蛇になる可能性を考え話題に出す事すらできなかった。

 今は大会に意識が向いている事が分かっただけで良しとしよう。


 宿に戻り自分の部屋に戻るとアイネはまだ起きていた。


「アイネまだ起きてたんだ」

「ねーちゃん待ってたんだよ」

「何か用でもあった?」

「トラファルガーの話聞きたいの」

「僕は今から身体拭きたいし……」

「拭きながらでも話くらいは出来るでしょ」

「んー……いや、やっぱりその話は明日にしよう。カナデさんも聞きたいかもしれないし」

「ぶー」

「それよりもアイネに話しておきたい事があるんだ」

「話したい事?」

「うん。アイネってさ、魔法か固有能力で時間を遅く出来るよね」

「……どーして知ってるの」

「偶然だったんだけどね。研修期間の時僕が疫病を治すのに村に滞在した時あったでしょ」

「もしかしてアースの土人形と訓練してた時?」

「うん。アイネが魔法剣使ったあたりでこれからどうするのかって思って魔眼を使ってマナの動きを見ようとしたんだ。

 そしたら身体が重く感じてね。土人形の動きも遅くなってたからもしかしたらって思ってね」

「ふ、ふーん……魔眼ってそーゆーのも分かるんだ」

「本当偶然だったけどね……ナスはずっと昔から知ってたみたいだよ?」

「そーなの?」

「うん。ナスは僕と違って常時魔眼を発動させてるからね」


 魔眼というのは常にマナや魔素を見る事が出来る固有能力だ。

 それは一見便利なように思えるけれど長時間使っていると目が疲れてしまう。

 元々人の目と脳はマナや魔素を見る様には出来ていないからその弊害だとシエル様は教えてくれた。

 だけどナスは違う。元々魔眼を持っていて魔獣になった際に負担が無いように目が変化したか、魔獣になって見えるよう変化したから魔眼を授かったのか、どちらなのかは定かではないがナスは常時魔眼を発動させていても負担にならないのだ。


「それで、いきなりどーしたの? こんな話持ちだして」


 アイネは何やら警戒しているようで僕を睨んできている。


「時を遅くする魔法をアールスに教えようと思ってる。アイネがきっかけで僕も使えるようになったからきちんと話しておきたかったんだ」

「……ねーちゃん使えるようになったの?」

「うん」

「全部知ってて黙ってたんだ」


 アイネの口元が笑う。この雰囲気、アイネは戦闘欲がかなり高まってるな。

 さらにアイネは距離を詰めてきてさらに顔を近づけてきた。


「ねーちゃん模擬戦であたしが使ったら逆に利用しようとしてたんじゃない?」

「正解」


 人の特技は言いふらす物ではないがアイネに確認しなかったのはアイネの言う通りだ。

 ただ驚かせようと思っていただけだけど。


「ん。しょーじきでよろしい。ねーちゃんのそーゆー所好きだよ。あたしの秘密をりよーしよーとする所もね」


 アイネはにっこりと笑って僕から離れる。


「んー……あたしのはさ、ねーちゃんだからゆーけど『時間遅延』ってゆーこゆーのーりょくのスキルなんだよね。

 だからまほーで出来るってゆーのはあたし知らなかった。

 まほーで出来るよーにしたのがねーちゃんなら、ねーちゃんがアールスねーちゃんに教える分にはあたしがとやかく言える立場じゃないと思うんだ」

「そっか。うん。分かった。じゃあ勝ち抜けたらアールスに教えるね」

「すぐに教えるんじゃないの?」

「闘技場では使えない魔法だから念の為にね」

「ばれないと思うけど。たしかこゆーのーりょくのスキルのしよーのせーげんは無かったはずだよね?」

「使って疑われてライアー使われたらばれるでしょ」

「あっ、そっか」

「アールスが不正するとは考えないけどさ、使える手札があるって考えちゃうとやっぱり迷っちゃうものだと思うんだよね。それが特にばれにくい手段だったらなおさらね。

 それに慣れてないと上手く隠して使えないかもしれないからね。それだったら最初から知らない方がいい。今教える方が危ないと思うんだ」

「ふぅん。そっかぁ」

「さて、僕はそろそろ身体拭くから話はここまでね。アイネももう遅いんだから寝ないと駄目だよ」

「はぁい」


 アイネに背を向けて上半身の服と下着を脱いでから荷袋の中にある身体を拭くための布を取り出し魔法を使い濡らす。


「ねぇねーちゃん」

「何?」

「あたしに魔眼習得のために魔力操作と感知を教えてよ」

「教えてって言ってもどっちも自分の感覚が重要だからなぁ。他人が教えてどうにかできる物なのかどうか」

「それでもいいからさ、あたしねーちゃんに教えて欲しいんだ」

「うーん。いいけど……」

「やたっ。一応さ、修行方法は考えてあんだ。ねーちゃんってマナの濃さ自由に変えられるんだよね?

 それでさ、あたしがねーちゃんのマナに繋げてからねーちゃんのマナの濃さを変えるの。あたしが感じ取れるぎりぎりの濃さを維持して貰って、あたしはそれを感じ取って感知を鍛えるのって出来るかな?」

「なるほど……って、言いたいけどその方法はレナスさん相手にやった事あるんだよね」

「えっ」

「結果は感知力とかは確かに上がったけど操作の方はあんまり上がらなかったんだよね」

「そうなの?」

「うん。レナスさん曰くマナを操作する感覚がある一定に達すると壁にぶつかったみたいに感覚が途切れて理解できなくなるみたい。

 多分魔力操作の方は理屈で考えるよりも本当に自分の感覚と想像力が大事なんだ。

 でも感知力を上げる手助けにはなるから手伝ってもいいけど、魔眼は取れないかもしれない。それでもいい?」

「そんなのやってみなくちゃわかんないじゃん。とーぜんやる!」

「アイネならそう言うよね……今日はもう遅いから明日からね」

「うん!」

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