優先すべき人
レナスさんと買い物をした後魔獣達の元へ行き、買った物を一旦小屋に置いて散歩へ出かけた。
そして散歩から帰って来て皆が揃うのを待ってから夕食を宿の食堂で取る。
夕食の後の食休みの時間に僕は皆に軍の演習を見に行ける事とすでに申し込みを済ませた事を伝えた。
するとアイネが抗議の声を上げてきた。
「えー、ねーちゃん一人で決めちゃったの?」
「あー、相談しなくてごめんね。役所で用事済ませた後締め切りが怖くてすぐに手続きしちゃったんだよ。
まぁその心配もまだまだ空きがあったから杞憂で終わったんだけど。
演習は五日後だけど皆はどうかな? トラファルガー見に行きたい人はいる?」
僕の問いに難色を示したのはアールスだった。
「んー。見に行きたいけど試合がね。早く十連勝しないといけないから行けない」
アールスの答えは予想した通りの物だった。
「アリスちゃんが行けるという事は時間が取れるのですカ?」
「重傷人が出ても手続きに半日はかかるので見に行ってすぐに戻ってくるなら大丈夫だそうです」
「でもそれは緊急の事態があった場合間に合わないのではないですカ?」
「パーフェクトヒールって欠損は治せますけどすぐに怪我を治せるものではないんですよ。
すぐに手当てしないとまずい場合はヒールの出番で、こちらは別に治療士じゃなくても使えますからね」
「ああ、なるほド。即効性ではヒールの方が上なんですよネ」
出血のようなすぐに治療しなくてはならない場合でヒールで助からない命はパーフェクトヒールでも助けられない可能性が高いのだ。
「まぁそれでも緊急ではないけどパーフェクトヒールが必要な場合もあるんですけど、ここの場合は僕よりも慣れている治療士がいますからね。その人たちに任せた方がいいんです」
僕が役所から頼まれたのは欠損患者の治療と大事故が起こった時の助力要員としてだ。大事故が起こった場合は演習を行っている部隊にも非常招集がかかるからすぐに分かるだろう。
「なら問題は無いのですネ?」
「問題が無くは無いですが……僕は見知らぬ人よりアールスの方が大事なんです。
アールスが僕達の為にトラファルガーに挑むのなら僕はその為にできる事をしたいんです」
「ナギさん……」
演習を見に行っている間に問題が起こった場合に僕に浴びせられる誹謗を心配しているのかレナスさんが僕の名を不安そうに呼ぶ。
「レナスさん。何事も無ければ問題ないから大丈夫だよ」
「もしも何かが起こった場合は走って戻るのですカ?」
「アースに乗って戻る事になります。というか行きも帰りもアースに頼んで時間短縮をしようと思っているんです」
アースの脚なら恐らく一時間程でティオ山に着くはずだ。
「それにアールスもいるから実はそこまで心配していなんですけど」
ちらりとアールスを見るとアールスは自信満々に笑みを浮かべる。
「任せて! ナギがいなくてもしっかり治すんだから」
「危険なのはアールスも一緒だってこと忘れないでよ?」
「分かってるって」
アールスのあっけらかんとした様子に本当に分かっているのかと疑問に思いもするが固有能力の影響なのかもしれないと思うと強く言いにくい。
レナスさんはそんなアールスが心配なのか異を決したような表情で口を開いた。
「私は残ります。何かあった時私はこっちにいた方がいいでしょう。精霊は……」
「私が行く」
僕達について行く精霊をレナスさんが指名する前にディアナが立候補をした。
「相手が魔獣なら仲間になろうとするかもしれない。水の魔法使わなかったら追い返す」
「やめてね? そんな事」
しかし、トラファルガーも何百年もティオ山に住んでいていまさら誰かについて行くとも思えないが。
レナスさんが駄目ですよ、と注意するとディアナは仏頂面になって小さくなってしまった。
「私も残りますね~」
「ワタシは行きマース。アースさんより巨大な魔獣見てみたいデース」
カナデさんとミサさんも自分の意思を伝える。
はて? 真っ先に行きたいと言いそうなアイネがまだ黙ったまま。一体どうしたのだろう、と思い見てみると何やら悩んでいる様子だ。
「アイネはどうする?」
「うー……行きたいけど、やめとく。今は仕事してお金ほしー」
「そっか……」
一緒に行かないのは意外ではあるけど理由を聞けば頷くしかない。
「じゃあ行くのはミサさんとディアナだけか。精霊は申し込みしなくていいから問題はミサさんか。明日一緒に申し込みしに行きましょうか」
「そうですネ。アリスちゃんが一緒にやってくれるのなら安心デス」
「行くのはアールスの試合が終わってからでもいいですか」
「あまり遅くならないならそれでいいですヨ」
「じゃあ試合順を見てあまりにも遅い時間だったら先に行きましょう」
明日の予定は決まった。後は今日会えなかったガーベラにも伝えておきたいな。
用事を全て済ませて後は寝るだけの時間。僕はベッドの上に座禅を組みマナを全て使い切る。座禅する事にとくに意味は無い。ただ単にこうした方が何となく集中できるからだ。
マナを適当に空気に変えてしまえばあっという間だ。
僕が姿勢を崩すとアイネが僕のベッドに飛び込んできた。
「寒いから一緒に寝よー」
「んふふ。いいよ」
アイネはグライオンに来てから夜眠る時寒いと言って僕の布団の中に潜り込んでくるようになった。
レナスさんがいればサラサに室温を温かいまま維持して貰うのだけど別々の部屋だから仕方がない。
それにしても一緒に寝たいだなんてアイネはまだまだ子供っぽい所はある。
しかし、アイネが一緒に寝るのはどうやら僕だけらしい。
他の皆にはまだまだ心を開いていないのかそれとも僕の事を特別信頼してくれているのか。後者なら嬉しいのだけど。
そして、一緒に寝ると言ってもレナスさんのように抱き着いてきたりはしない。ただ身を寄せ合って寝るだけだ。
「ルーグに着いたらアイネの服も新調しないとね」
「あたしの服じゅーぶんあるよ?」
「あるのはグランエルで買った冬服だけでしょ? それじゃ全然駄目だよ。
この辺りはグランエルの冬よりももっと寒くなって今着ているようなのじゃ効果がないんだ」
「そーなんだ」
「そーなの。ここら辺は十月の終わり頃には雪が降るらしいからね。早めに準備しないと」
ルーグは緯度的にはティマイオスとほぼ同じ緯度にある。
だというのに雪が降るのはティマイオスよりも早く、降雪量は少ないらしい。さらに気温もこちらの方が低くなるようだ。不思議な物だ。一体ティマイオスとこの周辺は何が違うのだろう。
「雪かぁ。ねーちゃん。雪ってどんなの?」
「とっても小さな氷の結晶だよ。それが空から降ってきて積もるんだ。そうなると世界が白くなるんだよ」
「えー、ほんとーに白くなるのー?」
「んふふ。そこは見てからのお楽しみだよ」
「嘘だったら許さないからねー」
許さないという言葉とは裏腹にアイネの口ぶりは楽しげなものだ。
「はいはい。アイネ、そろそろ光消してもらえる?」
「はーい」
アイネが魔法の光を消すと部屋の中は真っ暗になる。
「ねぇねーちゃん」
「何?」
「一緒に雪見よーね」
「うん」
懐かしいな。レナスさんともそう約束して雪を見に行ったんだ。
今でもあの子のあの時の驚いた顔を思い出せる。
アイネとアールスは初めて雪を見たらどんな顔をするだろう。雪景色を見たらどんな事をするだろう。今から楽しみだ。
翌日、昨日一昨日と同じく預かり施設の前でガーベラと合流すると僕とミサさんが演習を見に行く事を伝えた。
するとガーベラは驚いた表情を見せつつも喜んでくれた。
「そや、アールスに伝えたい事があるんや」
「伝えたい事?」
「ああ。あんな、昨日偶然聞いてうちも初めて知ったんやけどあんたは知っとる? 闘技場で五連勝した闘士はその次の試合から指名が入るようになるって」
「うん。知ってるよ」
「何それ? 初耳なんだけど」
レナスさんにも視線を向けて問うてみるけれど彼女も知らない様だ。
「いやな、なんかそういうもんがあるんやって。ほんまなんか?」
「本当だよ。闘士になる時の説明で聞かされたから」
「どういうルールなの?」
「えと……まずね、闘士は勝つと賞金がもらえるんだけどね、その額は相手が連勝してる数で変わっていくんだ。
それでね、五連勝すると賞金の額が一気に跳ね上がるの。当然そうなると連勝中の闘士を狙うために試合順を調整しようとする人が出るようになる。
例えば極端な話だけど私が登録するまで誰も登録しなくなるとかね そう言うのを抑制するために指名を入れて予約できるようになるんだけど……指名できる人には条件があって、連勝数と同じ数以上過去に勝ち抜いた事がある人しか指名できないの。
五連勝してたら五連勝以上して、六連勝なら六連勝以上してる人ね」
「それって賞金目当てに格上の人が狙ってくるかもって事?」
「そうだけど、格上の人は賞金が吊り上がるのを待つ人もいるかもしれないけど同格の人は一つ勝ちあがられると指名できなくなるから指名は同格の人が多いんじゃないかな?
でも大会が近いから指名が来るかどうか私には分からないかな」
「なんにしても楽に十連勝させる気はないっちゅう事やな。十連勝の方が挑戦権もぎ取るのに楽そう思うとったけど、そんな仕組みがあったんやな」
「ガーベラちゃんが知らなかったって言うのが意外だったけど」
「うち闘技場にはあんま興味ないし、九の時に離れて半年前帰ってきたうちが知っとる訳ないやろ」
「それもそっか」
指名か……指名をする以上相手を調べてくるだろうな。
僕達も出来る限りの情報は集めておいた方がいいのかもしれない。
闘士全員は無理でも連勝している闘士だけでも分かれば……。
演習は四日後だけど皆はどうかな?
から
演習は五日後だけど皆はどうかな?
に改編しました




