甘え
新年あけましておめでとうございます。
今年一年もどうかよろしくお願いします。
アイネとガーベラの試合は冒険者組合の訓練場で行われることになった。
アイネは槍を、ガーベラは大剣をそれぞれ持って相対している。
お互いに使用する武器は一個。魔法は禁止での一本勝負。魔法に関しては僕が魔眼で監視するので問題ない。
試合の始まりは意外にも静かな物だった。
アイネはいつものように飛び込むような事はせずに慎重にガーベラの隙を伺っているようだ。
そしてガーベラの方はというと、隙の見えない構えに僕は思わず感嘆の声が出そうになった。
前に見た時よりも明らかに腕前が上がっているようだ。去年までよく手合わせしていたというアールスなら今のガーベラから隙を見出す事はできるのだろうか?
最初に動いたのはやはりアイネだ。こらえ性がないというよりは隙が無いなら自分でこじ開けていくのがアイネだ。そこはガーベラもあまり変わらないはずなのだけど、先に動かなかったのは年長者の余裕かそれとも……。
訝しんでいるとガーベラが大剣の刃を寝かせ突きを繰り出し先手を取った。自分で動くよりも迎撃する事を取ったのか。
アイネは槍を地面に突き立てその反動で大剣を避ける。間一髪と言ったところだけどアイネは上手く着地できなかったようで体勢が崩れた。
「むむぅ。いい突きですネ。あの歳で自分の背丈ほどもある大剣であれほど鋭い突きを出せるトハ、良く鍛錬をしている証拠ですネ」
「ミサさんから見てもそう思いますか?」
「ええ、私があの域まで行けたのは二十歳位の頃ですヨ」
「ミサさんも大剣を使った事が?」
ミサさんの武器は普通の長剣のはずだが。
「盾ですヨ。盾を使って相手に攻撃する時もありますカラ」
「ああ、なるほど。ミサさんの盾大きいですもんね」
持っているのが片手と両腕の差はあれど同じ重量物だ。ミサさんに思う事があるのかもしれない。
体勢を崩したアイネに対してガーベラが攻め立てる。
振り抜くのではなく途中で止めて動きを最小限にしている。
それでも大剣は大きい為動きに無駄は出てきてそこをアイネは上手く利用して体勢を直していく。
そして体勢が整った時アイネの反撃が始まった。
ガーベラの殺人的ともいえる攻撃を物怖じせず避け反撃に出始めた。
間合いは体格差からガーベラの方が若干長い。だけど大剣は槍とは違って短く持つという事が出来ないから間合いの中に入られたら動きにくくなってしまう。
だからガーベラは間合いを詰められないように手足を使う。
時には蹴りでアイネを牽制したり、後ろに回り込まれそうになれば身体をひねらせ殴りにかかる。
そして、アイネは致命的な隙を晒す事になった。
ガーベラの顔を狙った攻撃を避けられたばかりか柄の部分を掴まれてしまった。
槍は柄の部分さえ掴んでしまえば相手の動きを止める事が出来る。
特にガーベラは力が強く力比べでアイネが勝つ事は無理だ。
アイネはガーベラが動く前に槍から手を離しその場から後方に飛んでガーベラの間合いから逃げた。
間合いから逃げられたアイネに向かってガーベラは槍を放り投げる。
確保しておいた方が有利だろうけどガーベラの武器は大剣。槍を持っていたら邪魔なんだろう。
それに対してアイネは徒手空拳のままガーベラに向かって構えを取る。
アイネもまだ諦めていない様だ。
「ナギさん。大丈夫ですか?」
「え?」
気が付くとレナスさんが僕の肩に手を置いていた。
「大丈夫って……ああ」
レナスさんが心配しているのは僕の身体が震えている事だろう。
「うん。大丈夫。大丈夫だよ」
素手でガーベラに対して構えているアイネを見てると闘技場での数々の試合の事を思い出してしまう。
戦い傷を負った闘士達の事を思い浮かべてしまう。アイネも同じように怪我をしないかと心配になってしまう。
けれど心配だからって今試合を止める事は出来ない。
アイネはまだ戦える事を僕は知っている。今ここで止めたら怒られてしまう。
「ナギ、無理しちゃ駄目だよ?」
少し離れた場所にいたはずのアールスがいつの間にか僕の隣に来ていて僕の腕を掴み心配してくれる。
「二人とも心配してくれてありがとう」
二人のお陰で震えが収まってきた。
しばらくの間向かい合っていたアイネとガーベラだが、今度はガーベラが先に動いた。
いや、正確にはアイネが動かずに先に仕掛けたのだけどそれは誘導でガーベラはそれに乗せられて大きく動いてしまったんだ。
誘導され動かされたガーベラは致命的な隙を作ってしまいアイネに槍を回収させてしまった。
「アイネはどうやってガーベラを動かしたんだろう?」
アイネが仕掛けガーベラがそれに対応しようとして動いたのは分かるのだけど肝心の仕掛けの内容が分からない。
僕の疑問に答えたのはまだ僕の腕を掴んでるアールスだった。
「視線と構えだよ。よそ見をせずに真っ直ぐガーベラちゃんを見て今にも飛び込んできそうな構えを見せつけて今から飛び込むぞって言う圧をかけて今にも飛び込んできそうだって錯覚させたんだよ」
「へぇ。アイネそんな事まで出来るようになったんだ」
「前からやってるよ? ナギは待ちが基本だから引っかからないみたいだけど、私の時は良く仕掛けてくるよ」
「そうだったんだ……」
なんだか自分がすごく鈍感な人間に思えてくるな。
それにしても……。
「やっぱりアイネの動き精彩に欠けてるね」
いつもよりも動きが鈍い。やはりまだ本調子ではないか。
「でも楽しそうだよ」
「だね」
アイネは今いつものように凶悪な笑みを浮かべている。
怖いけどアイネの笑みを見ると残っていた心配も収まっていく。
楽しそうで何よりだ。
槍を取り戻したアイネは果敢に攻めていく。
今度のアイネは取られないようにするためか槍を短く持ち、先ほどよりも速い突きを連続で繰り出している。
ガーベラはそれを大剣ではなく左手を使いさばいている。
アイネとは違いガーベラは調子がよさそうだ。危なげなく避けて全く当たる気配がない。
「ガーベラ腕上げたね」
「うん。今のガーベラちゃんなら普段のアイネちゃん相手でもいい試合しそう」
「いい試合止まりなんですか?」
「そもそもガーベラちゃんは武器がアイネちゃんとは相性が悪いよ。
普通の剣ならともかくガーベラちゃんがいつも使ってる大きさの大剣って大きな魔物や魔獣相手に使う物なんだ。
それに手加減とか難しい武器だから人間相手の訓練で使うような武器じゃないんだよ」
「つまり人間相手では本領を発揮できないという事ですね」
「うん。アイネちゃんの使う槍は逆に手加減しやすいよね。間合いの長さも調整できるから大剣よりもはるかに使いやすい」
そう考えるとやっぱりガーベラもすごく強いんだな。他人に超人だのなんだと言っていたくせに自分だって変わりないじゃないか。
「アールスさんと一緒にいると感覚が麻痺してきますが、実際皆さんの強さってどれくらいなんでしょう?」
「僕は前に組合で雇った教官から中級の冒険者位の実力はあるって言われた事があるよ。……魔法を含めてだけど」
「んー。私は上級位はあるって言われたなー」
「中級や上級と言われてもいまいち分かりにくいですね」
「他の冒険者とあんまり交流ないもんね。あっても実力を見る事なんてないし」
一応ミサさんからは僕達は落ち着いて力を合わせられればごく少数のオークなら問題なく相手にできる位の実力はあると言われている。
実戦を経験した事が無いからまだ実感は無いけれど、ミサさん監修のアースによる土人形を使った演習で結果は残せているから信じていいだろう。
アイネとガーベラの勝負は佳境に入りつつあった。
アイネの息が乱れ始めてガーベラは息こそ乱してはいないけれど大剣を重たそうに持っている。
互いに体力の限界が近づいているみたいだ。
アイネが走る。
ガーベラは向かい打とうと構えるけれどアイネは上半身を左右に揺らし、間合い間近という所でガーベラがアイネの動きに釣られたところでアイネが一気にガーベラの横を抜き背後を取った。
ガーベラは一瞬遅れたけど背後に反応する。アイネは背後を取りに行く事が多いという前もって教えていた情報が生きたのだろうか?
身体を回転させ背後に大剣を振るがそれを予測していたかのようにアイネはしゃがんで避けてそのままガーベラの軸足の膝裏を槍の石突で強打。
軸足を打たれたガーベラは膝をついてしまい、アイネはそんなガーベラに穂先を突き付ける。
勝負は決まった。
ガーベラは手に握ったまま大剣を地面に降ろし負けを宣言する。
「久々に決まりましたね。アイネさんお得意の背後取り」
「僕達相手だと対策取られちゃうからね」
ガーベラにも対策教えておいたのだけどさすがにいきなりじゃ実践できないか。
アイネとガーベラはお互いに健闘を称え合ってから僕達の元へ帰ってくる。
アイネは勝利に興奮しているようで鼻を膨らませている。
「むふー。もっと戦いたい」
アイネの戦闘意欲はまだまだ萎えていない様だ。
「僕はこの後ナス達の所に行くから相手できないよ」
「えー。じゃーあー」
「アールスさんは駄目です。試合を行ったので今日はゆっくりと休んでいただかなくては」
「私は大丈夫だけど……」
「駄目です」
レナスさんの鉄壁の守りにアイネはアールスを誘うのを諦めミサさんを誘った。
ミサさんはアイネの誘いを受け試合を行う様だ。
他の皆はどうするのかと聞くと皆とりあえずアイネの試合を見る様だ。
僕も見た方がいいのだろうけど、ナス達の散歩の時間を考えるともう見る時間は無い。
後ろ髪を引かれる思いだけれど僕は皆と別れて預かり施設へと急いだ。
魔獣達のいる小屋の中に入るとゲイルがいの一番に迎えてくれた。散歩の時間が待ち遠しかったんだろう。尻尾を大きく振っている。
アースも今は起きているようで目を開けて僕に視線を向けている。
ヒビキはナスと遊んでいたのかナスと一緒に僕が来た事を喜んでくれている。
そして……僕はナスの元へ行き正面からナスに抱き着いた。
「ぴー?」
不思議そうにどうしたの? と聞いてくるナス。
「うん。ちょっと今日疲れちゃって」
今日あった事を伝える。
試合の熱気のような物に当てられ怖かった事。
アールスが傷つきながらも戦う姿に泣いた事。
自分がこんなにも傷つきやすく弱い事に気が付いた事。
僕は皆に話した。
ナスの体温と毛の柔らかさが僕の心を癒していく。
「ごめんねナス。少し……甘えさせて」
「ぴー」
ナスの声はいつもよりも優しく聞こえた。




