試合
食事休憩を挟んで午後の試合二試合目。
ついにアールスの試合がやって来た。
入場口から姿を現したアールスを見てから僕の心臓は激しく鼓動している。
いつもはシエル様に捧げる祈りを今日この時ばかりはアールスが信仰する豊穣神ルゥネイト様に祈る。
どうかアールスを無事に帰してください。
アールスの相手は動きやすそうな革製の軽鎧を来た青年だ。
両手剣をきちんと両手で持ち隙なく構えアールスと対峙している。
一方アールスも二本の剣を抜き構え、さらに魔法陣をすでに構築して待機させている。
魔法は使ってもいいが第一階魔法のファイアアローのような階位認定された魔法とヒール系の神聖魔法しか使えず、さらに使える階位は第六階位まで。当然精霊魔法は使用禁止となっている。
それと視認の出来ない、もしくは難しい風魔法の使用も禁止されている。これは階位魔法かどうか分かりにくいからだろう。
試合が始まる前だけど青年はすでにアールスのマナに自分のマナを繋いでいる。
試合開始の鐘がなる寸前に青年は魔法陣を構築し自分の真後ろにアイスウォールを生み出し、鐘の音と同時にアールスに向かって走り出した。
そしてアールスの方はというと、試合前から構築してあった魔法陣を崩し相手よりも早い構築速度で十本分のファイアアローの魔法陣を構築し青年に向けて放った。
「あのアイスウォール何だろ?」
アイネが首をかしげる。
「あれは相手が作った物だよ。アールスは試合前から時間をかけて相手の後方にファイアアローの魔法陣を作ってたんだ。
相手はマナを繋げてその事を把握していてアイスウォールを後ろに作ったんだよ。
で、アールスは相手の動きを読んで試合が始まったと同時に魔法陣を別の場所に作り直したんだよ」
「おー、なるほどー。相手を騙したって事かー」
僕が説明している間に青年はファイアアローを全て避けてアールスに接近していた。
アールスはそれを許さずアースウォールを使い青年と自分との間に壁を作った。
壁に阻まれた青年は立ち止まる事はせずにすぐに迂回する。まるで自分の後ろからファイアアローが来るのが分かっていたようだ。
アールスは最初に放ち避けられたファイアアローを操り壁が出来て立ち止まった青年を狙っていたようだ。
ただまだ魔力操作は上手くないようで他の事をしながらの細かい操作は出来ないみたいですべて壁と地面に当たって消えてしまった。
壁を回り込んできた青年に対してアールスが先手を打った。
両手に持った剣を二本まとめて上段から振り下ろす。
青年はアールスの先制攻撃を両手剣を横にして受け止め払いのける。
払われたアールスは青年の足元にアースウォールを使い青年を持ち上げた。
上手い使い方だ。あらかじめ地面に魔法陣を構築した上で自分のマナで隠し、攻撃が失敗して体勢が崩れた所で追撃を受けないように相手をアースウォールで持ち上げたんだ。
おかげでアールスが見えなくなってしまった。
「あれがこーげきまほーだったらもー終わってるよね」
「そうだね。そうじゃなかったのはさすがのアールスも加減が分からなかったんだろうね」
アイネの言う通り攻撃魔法だったらそれだけで勝負はついている。もちろんこれをやった場合相手の命の保障は難しい。
普通、魔法はマナや魔素にぶつかる事で威力が減衰するのだけど、足元に魔法陣を構築するという事は至近距離から生まれたてほやほやの魔法を脚にほぼ減衰なしで食らう事になる。
アイシクルアローだったら串刺しだしファイアアローだったら服に燃え移って全身火傷を負っているだろう。軽傷で済むのはストーンレイン位か。
もっとも地面を見る限りストーンレインで使える石があるようには見えないけど。
対策は簡単。相手に張り付くような近距離で戦う事だ。そうすれば相手は自分の魔法に巻き込まれないようにと魔法を使いにくくなる。
青年は土の壁の向こう側へ降りてしまいアールス同様姿が見えなくなった。
そして金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。
一体何が起こっているんだろう。二人の姿が見られる観客席からは歓声の声が上がっている。
内容からするとアールスが頑張っているみたいだけれど……。
「相手はなんでまほー使わないのかな」
見えない状況に退屈したのかアイネがそんな事を聞いてきた。
「相手のマナはアールスの半分も無いからね。考えて使わないとアールスよりも先にマナが無くなって不利になるからだと思うよ」
「ふぅん。ちゃんとマナ増やせばいーのにね」
「普段からの積み重ねが大事だからね」
その点アイネはすごい。マナを使い切ると面倒が多いというのに僕がアイネと同じ年齢の時よりも確実にマナの量が多いのだ。
一際大きな歓声が上がった。それと同時にアールスが青年と共に剣を打ち合わせながら見える場所に出てきた。
「あっ……」
遠くてはっきりとは分からないけれど防具で守られていない袖の二の腕の部分が切られているように見える。
血が出ているかは分からない。
「押されてるのかな……」
「少なくとも力では負けてるみたいだね。アールスねーちゃんが離れよーとしてる。まともに打ちあったら勝てないって思ってるんだと思う。
足さばきは負けてないけど、一歩の長さが違うから引き離せてないのかな?」
アイネの言う通りアールスは軽やかな足さばきで青年から離れようとしているようだけど、青年の踏み込みから逃げ切る事が出来ていない。
おまけに武器の長さが相手に負けているから思うように反撃ないみたいだ。
「良くも悪くもねーちゃんらしさが出てるね」
「アールスらしさ?」
「相手を見極めるのに時間をかけてるってこと」
「ああ、そっか。たしかにそうだね」
「しんちょーなのはいーけど、相手強いし試合長引きそーだよね」
「うん……」
「だ、大丈夫ですよ。試合が長引いたとしてもアールスさんなら絶対に勝ちます」
レナスさんが励ますように言ってくれる。駄目だな僕は。この子にこんなにも心配させてしまうなんて。
しかも今気づいたけど僕ってばレナスさんの腕を胸に抱きしめているではないか。
たしかアールスの試合が始まった時は手を握っていただけだったと思うけど。
「ごめん。ずっと腕抱いてたんだね。痛くなってない?」
「いえ、大丈夫です。むしろ柔らかかったですから」
柔らかいというのは胸の事だろうか。自慢だけれど僕の腕は筋肉のお陰で結構堅いのだ。
「そう? 無理な体勢取らせてたみたいだけど……」
「大丈夫です。それよりもアールスさんの事を見ましょう」
「あっ、そうだね」
アールスの試合に集中しなくては。
アールスの攻防はアイネの予想通り長引いている。
お互いに少しずつ相手の身体を削ってアールスの服は所々が破れ血に汚れている。
魔法を使い傷を癒してはいるけど武器の長さの差かアールスの方が傷が多いように見える。
僕はいつまでアールスが傷つく姿を見なければならないのだろう。早く終わって欲しい。
だけど目を逸らすわけにはいかない。アールスは僕達の為に戦っているのだから。
ああ、だけど……だけど涙で視界がぼやけてしまう。何度も何度も拭っているのに涙が何度も出てきてしまう。
「アールスぅーーーー! がんばれーーーー!!」
今の僕には喉にヒールをかけながら精一杯の声援を送る事しかできない。
何がきっかけだったのかは僕には分からない。
だけどそれまで防戦一方だったアールスは突然動きを変えて攻めに転じたのだ。
青年の両手剣での攻撃を掻い潜り右手に持った剣で突きを繰り出す。
青年は攻撃の動作が終わり切っていないにもかかわらず身をよじりアールスの突きを交わした。
しかしアールスの武器は右手の剣だけではない。
続けて左の剣で突きを繰り出す。
首を狙ったであろうその突きは、しかし、空を突くに留まった。
青年の右腕を覆っている籠手でそらされてしまったんだ。
けれどアールスは止まらない。左で駄目なら右。右で駄目なら左。交互に襲い掛かってくる攻撃を青年はかわし続けるが、限界は意外と早くやって来た。
青年の動きが急に悪くなったのだ。
「そっか、ねーちゃん相手が疲れるの待ってたんだ!」
「あーーーーるすぅーーーー!!」
勝てる。勝てる。アールスが無事に試合を終えられる。
動きが鈍った所をアールスが狙うが青年は最後の一撃と言わんばかりの威圧感の籠った声を上げながら両手剣を横に振るった。
僕の目にはそれが相打ち覚悟の絶対に避けられない攻撃に見えた。実際僕だったら腹部を大きく斬られていたかもしれない。
だけどもアールスはまるで青年の攻撃が分かっていたかのように後ろに下がり避け、そしてすぐに青年の懐に潜り込み右手の剣を腹部に、左手の剣を首筋に当てた。
少しの硬直の後青年はまだ握っていた両手剣を放し地面に落とした。
そして試合終了の鐘が鳴った。
「勝った……アールスが勝った……うっ……よかった……本当によかったぁ」
涙を拭おうとして気づいた。
レナスさんの腕を放してなかったのだ。
「ご、ごめんねレナスさん。ずっと抱きしめちゃって」
「気にしないでください。それよりもアールスさんが勝った事を喜びましょう」
「レナスさん……」
この子はどうしてこうも優しいんだ。駄目だ。今の僕の涙腺がひどくもろくなってる。涙が止まらない。
「そうです。アールスさんを迎えに行きましょう。どうせこの後はもう用はないんですし」
「そうだね……アールスの事労わなくちゃ」
僕は涙を拭いさり、アールスが試合場を出る前に席を立った。




