面談 その四
面談三人目はレナスさんだ。
レナスさんはカナデさん相手に面談は一度済ませているはずだが何故かそわそわとしていて落ち着かない様子だ。
「レナスさん緊張してる?」
「はい。少し……ナギさんに何を聞かれるのかと考えるとどうにも落ち着かなくて」
「んふふ。そうか。変な事は聞かないから安心していいよ」
「はい……」
「じゃあ早速だけど……カナデさんからも同じような事聞かれたと思うけど何か困ってる事や悩んでる事、僕達に対する要望みたいなものはあるかな」
「えと……この前のカナデさんの時は思いつきませんでしたけれど、そろそろアールスさん達に仕事をやらせた方がいいと思います」
「アールス達に? どうして?」
「はい。あの、ナギさんも知っての通り第一階位で得られる賃金は多くても一週間程度の食費にするだけで精一杯の額です。
共有資金から食費や服の買い替えなど生活必需品のお金は出ますけど遊興費は自分で出さないといけません」
「ああ、そのお金が無くなって来たって事か。そうだね、首都はあんまり滞在しなかったからあんまりお金稼げなかっただろうね」
「はい。特にアイネさんは魔獣達に食べ物をよく買ってあげているのでどれくらい手持ちがあるか……」
「なるほど。それは確かに盲点だったな」
自分で自由に使えるお金はある程度持っていなければ旅先で一人になったとしても仕事を探してお金を稼げればいいが仕事が全く無いという状況になったら困るのは節約してこなかった自分だ。
「うん。よく気づいたねレナスさん」
「いえ、アイネさんが魔獣達にご飯を与える度に疑問に思ってはいたんです。ちゃんとお金残ってるのか、と。
そう考えているうちにミサさんからアイネさんがお金が無くなって来たと言っていたと聞いたので。
お金の使用目的が魔獣達なのでまずはナギさんに相談してからと思いまして」
「なるほどねぇ。うん。教えてくれたありがとう。確かにアイネって都市に着く度に魔獣達に何かしら買い与えていたよね。
さすがはレナスさんだ。他の人が何にお金を使っているのかを把握していたとは」
「あっ、いえ……その、アイネさんについてはたまたまなんです
「たまたま?」
「ミサさんから話を聞いたというのもありますが、アイネさんが悪戯をしないようにといつも注意をしていまして……」
「なるほどね」
アイネのレナスさんからの信用の低さが原因だったか。
「仕事の件は考えるけど多分すぐには無理じゃないかな」
「これから先に何かありましたか?」
「いや、ちゃんと把握しているわけじゃないからカナデさんを交えての相談次第なんだけど、アイネってもうそろそろだと思うんだよね。その……月のものが」
「ああ……」
「今年始まったばかりだからね。どうなるか……もしかしたらドサイドで足止めを食らうかもね」
「ドサイドですか。予定では四日後には着きますね」
「うん。いっその事ドサイドで皆のあれが終わるまで資金稼ぎに回ってもいいかもね。あそこは治療士向けの仕事がよくあるようだし」
ドサイドには闘技場という物がある。その名の通り人が武器を持ち戦い競い合う場所だ。
競技性が強く前世で言えば総合格闘技やボクシングのようなきちんとルールがあってある程度の安全も確保されている。
安全が確保されてると聞いて安心してはいけない。この世界の怪我に対する認識は非常に緩い。ある程度の安全というのは腕が切り落とされようと脚がもがれようと死んでいなければいいという程度の物だ。
パーフェクトヒールがあるとはいえひどい話だ。
とはいえ治療士にかかるのもお金がかかる訳で治療士が必要になるほどの怪我人が出るのは一週間に二、三人程らしい。
そんな都市だから常在の治療士も多いのだが、この国にいるピュアルミナの使い手はグライオン中を回っているはずなのでピュアルミナを使える人間はいないはずだ。
パーフェクトヒールで怪我を直してもその際に体内に残ったばい菌や武器の欠片は消える事が無く取り除くかピュアルミナで消さない限り長く苦しめる事になる。僕が治療士としての需要があると思ったのはそこだ。
パーフェクトヒールを使える治療士は求めていないだろうがピュアルミナなら違うだろう。
ただこの国にいるピュアルミナの使い手の仕事を奪ってしまう事になるのが少し気がかりだ。
「闘技場に出たいとアイネさんが駄々をこねなければいいのですが」
「成人にならないと出られないらしいし大丈夫じゃないかな」
「そうだといいですが……」
「とりあえずドサイドに滞在するかは皆の体調を見つつの要相談だね」
滞在する事になったらトラファルガーの姿を見に行く機会があるだろうか?
」
「そうですね……これは依頼があるという前提の話ですが、共有資金は旅をするのにまだ余裕あるのですが目標金額の事を考えるとそろそろ何かしらから収入を得た方が後々楽になると思います。
特に治療士のお仕事があるのならそれを逃したくはないのですが……」
「つまり治療士としての仕事があったらドサイドに滞在したいって事?」
「はい……ナギさんに負担がかかりますが……」
「それ位なら大丈夫だよ。依頼があるかどうか分からないけどね」
「その時は通過していいと思います」
「うん。カナデさんとも相談してみるよ。じゃあ他には何かあるかな?」
「いえ、特には」
「じゃあ次ね。最近ミサさんにヴェレスの事を聞いてるんだって? ミサさんから聞いたよ。仲良く出来てるみたいだね」
「そ、それはアロエさんからヴェレスの歴史を聞いたのがきっかけで国自体に興味が出たのでミサさんに話を聞くようになってだから別に仲良くなったとかそういう訳では」
頬をうっすらと赤く染め早口で必死に否定するレナスさん。
「そんなに照れなくていいのに」
「照れてません」
「んふふ」
そう言えばアロエとエクレアとのわだかまりは少しは解けたのだろうか?
「アロエやエクレアとはどう? わだかまりは少しは解けたかな」
「わ、わだかまりってなんですか? そんな物最初からありません」
語気を強めながらもレナスさんは僕から視線を逸らした。まだわだかまりがあるのだろうか。
「じゃあ仲良く出来てるんだね」
じっとレナスさんを見つめるがレナスさんは僕と目を合わせてくれない。
「出来てないなら出来てないでいいんだよ? 人には性格が合う合わないがあるし事情があって仲良くすることができない人だっている。いろんな人と仲良くっていうのは難しい事なんだ。
でもね問題を起こるほど仲が険悪だったら話は別だ。大きな喧嘩になって解散なんて話はよく聞くでしょ?
だからレナスさんにはなるべく正直に答えて欲しい。アロエとエクレアとの間に問題が起きそう?」
レナスさんは視線を僕と合わせた後気恥ずかしそうにしてみせた。
「そ、そういう意味でしたら問題は無いと思います。それほど交流がありませんから……特にエクレアさんとはあまり話をしていません」
「そっか……でもアロエとは話するようにはなったんだよね?」
「はい……」
「うん。いい兆候だと思うよ。じゃあこのまま聞いちゃうけどアイネとはどう? 前に険悪な感じになっていたけど」
「あれは……もういいんです。たしかに傷つきましたけどアイネさんに悪意があったわけではない事は理解していますし、よくよく考えてみれば……あ、あれぐらいの事で怒るというのも大人気ないですからね」
後半少し言い淀んだのが気になるが。
「レナスさんがそういうのなら信じるよ。アイネにはもう思う事はないんだね?」
「それとこれとは話は別です」
「それは、お風呂の件とはまた別に理由があるの?」
「……私アイネさんに負けたくないんです」
「負けたくない?」
二人の得意分野は全くかぶっていないと思うが一体どういう事だろうか?
疑問をレナスさんにぶつけてみるが彼女は自分の胸に手を当て表情を硬くして答えてくれそうにはなかった。
自分でも少し考えてみるがレナスさんがアイネと張り合っている所なんて見た事が無いので思い当たる節がない。
「レナスさんにも譲れない物があるんだよね。うん。分かった。アイネの話はここまでにしよう」
「よろしいのですか?」
「答えたくない事を無理に聞く気は無いからね。それにレナスさんの事信じてるから」
「ありがとうございます」
「うん。じゃあ次はカナデさんについて聞こうかな」
そうしてカナデさんの話、アールスの話、魔獣達の話が終わると僕は最後の話題へと移る。
最後の話題は僕が相手に対して思っている事感じている事を話す事だ。
レナスさん相手だと他の三人よりも緊張してしまうのはきっとレナスさんに対して築いた心の壁がまた崩れてしまわないかが心配だからだろう。
慎重に言葉を選ぶ。
「レナスさんはいつも正しい助言をして僕達を助けてくれるよね。でも少し自分の事を後回しにする傾向がみられるかな?
ひかえめなレナスさんらしいけど僕としては少し寂しいかな。もう少しわがまま言ってほしいと思うよ」
「わがままなんてそんな子供っぽい事出来ません」
「あーいや、言葉が悪かったかな。もっと自分を大切にして前に出してほしいんだ。
レナスさんは自分の事を後回しにする傾向があるって言ったよね?
僕にはレナスさんが自分を低い所に置いて我慢しているように見えるんだ」
「……な、ナギさんだってそうじゃないですか」
「え」
「ナギさんは人の事が言えません。私に言った事そっくりそのまま返します。
ナギさんは昔からいつも周りの人の事を優先させて自分の事は後回し。困っている人を見つけたらすぐに話しかけ大変な事を自分から進んで引き受けていたではないですか」
「そ、それは寮に住んでた頃の話だよね? 今はそんな事してないよ」
「いいえしています。道で困っている人を見つけたらとりあえず声をかけるじゃないですか」
「うっ」
「都市に着いたら一回はそういう事をしているんです。
首都アークに滞在していた時なんて公園に女性が一人で泣いていたからって夜遅くまで相手をしていたじゃないですか」
「あ、あれは一人にしたら危ないと思ったからで……」
「それをナギさんがする必要がありましたか? 私の事を言うならナギさんも改善するべきです」
「ん。でもねレナスさん。僕は別に我慢してるわけじゃないんだよ? たしかに僕は良く困っている人を助けているかもしれないけど、それを放っておく方が苦痛に感じるんだ。
レナスさんはどう? 自分は我慢はしていない。自分の思うようにやってるって言える?」
「それは……」
「確かに自分が選んだ事で大変な事や苦痛を感じる事はあるよ? 数で言ったらそっちの方が多いよ。
でも我慢して得る苦痛よりも僕はましだと思ってる。だから僕は今のやり方を変えるつもりはない。
レナスさんはどう?」
「私は……私も変えるつもりはありません」
「そっか……それなら今の所僕からいえる事は無いよ」
ああ、なんてひどい嘘をついてしまったんだろう。我慢するよりもましだなんて。
将来への恐怖に怯え自分をごまかしている僕が言える言葉じゃないじゃないか。
どうかこの子には自分の思うように生きて欲しい。僕の様にはなって欲しくない。輝くような人生を送って欲しい。
けど、そう願うのは僕のわがままか。




