面談 その二
「最後にカナデさん自身に対する話をしますね」
「わ、私ですかぁ? 緊張しますねぇ」
「まぁ僕からの評価……というとちょっと偉そうですけど感じている事ですね。そういうのを話そうと思っています」
「分かりましたぁ」
「さて……」
カナデさんはおっとりとしている見た目からは考えられないほど力が強く、アースに重い荷物を括りつける時はいつも助かっている。
力だけではなく植物の知識が豊富で簡単な薬なら自作できるし食べられる植物を見つける事もあってとても頼れる女性だ。
冒険者として僕よりも経験があるが最近はミサさんがいる事と僕達にもう教えられるものが無くなってしまった事で先輩としての威厳を見せる機会がめっきり減ってしまって色々教えてもらった身としてはそれが少し寂しい。
しかし、お世話になったのはそれだけじゃない。
カナデさんは常に僕とレナスさんの事を守ろうとしていた。仕事の交渉で困ったときはすぐに助けてくれたしガラの悪い人に絡まれた時も身を挺して助けてくれた。
仕事先で起こった人間関係の問題にも嫌な顔せずに相談に乗ってくれた。
だけど僕達は少しカナデさんに甘え頼りすぎてしまっていたのかもしれないと気が付いた。
きっかけは忘れもしないミサさんを加えてからの大森林での初仕事の時だ。
あの時にまとめ役が決まっていない事に気づきカナデさんに無理をさせていたという事に向き合う事が出来た。
それまでもカナデさんが無理をしていた事に気づいてはいたが切り出すきっかけを見つけられなかった。
出来なかった理由は対等な立場じゃなかったからだ。カナデさんは年上で先輩であり師匠でもあった。
こちらから教える事もあるにはあったがそれはほんの些細な恩返しにしか過ぎない。
僕はカナデさんを目上の人として接していたからどう踏み込んでいけばいいのか迷っていたんだ。
「ミサさんが来る前のカナデさんは問題を自分だけで抱え込んでしまう所がありましたね。
それはカナデさんが年長者で年下の僕達を守ろうとしてくれていた責任感の表れだと思っています。
僕はカナデさんが助けてくれた事を忘れません。
カナデさんと出会えた幸運に本当に感謝してるんですよ。それはレナスさんだって同じ気持ちだと思います」
レナスさんがカナデさんに対して敬意を抱いている事位は僕から見ても分かる。
「は、はうぅ~……私もアリスさん達に会えてよかったですよぉ」
カナデさんは頬を赤く染め身をよじらせる。本当にかわいいなこの人は。
「僕からはこんなもんですかね。ちょっと休憩してから交代しましょうか」
「は、はい~」
休憩を取ると僕は一度トイレに行くと言って部屋の外へ出た。
今はカナデさんを一人にしておいた方がいいと思ったからだ。
しばらく時間をつぶしてから部屋んも中に戻るとカナデさんの顔は普段通りの色に戻っていた。
面談をする前にお茶を用意しておく。話過ぎて喉が乾いてしまったんだ。
「カナデさんお茶飲みます?」
「あっ、お願いします~」
「はい。……今日はハラシオの茶葉にしようかな」
ハラシオというのはグライオン産の茶葉で、少し苦いけど喉に優しいお茶でグライオンでは風邪の引き始め等によく飲まれるお茶らしい。
昨日体調を崩したから念の為に喉を潤しといたほうがいいだろう。
お茶を用意して一口飲んでからカナデさんと向かい合う。
「じゃあ始めましょうか」
「はい~」
「カナデさんはどんな話をするつもりですか?」
「アリスさんと同じ話をしても仕方ないですよねぇ。ん~。どうしましょう~」
話す内容が思いつかないのかカナデさんはこめかみに人差し指を当て悩んでいる様子だ。
「僕が最初に聞いた事なら共有してもいいかもしれませんね。カナデさんがお昼言っていたように僕に言いにくい事があるかもしれませんし」
「そうですねぇ。それは聞く事にしましょうかぁ……。
アリスさんは何か困った事、悩んでいる事ありますかぁ?」
「ありますね」
「おっ、なんですかなんですかぁ? 聞かせてください~」
「……さっきも少し出た話ですが、レナスさん少し僕に対して依存心が強いですよね」
「あ~、甘えているという事ですか~?」
「はい。僕達の関係はこのままでいいんでしょうか……もう少しレナスさんの自立心を養った方がいいのでは無いかと……」
「う~ん……本気の悩み相談がきましたねぇ。アリスさんはレナスさんに甘えられたくないんですかぁ?」
「そういう訳じゃないですけど、やはりいつまでもこのままじゃ……と思うんです」
「んん~……こういうのは少し気が引けるんですけどぉ、アリスさんの態度にも問題はあると思いますよぉ?」
「やっぱりそう見えますか……?」
「やっぱりって事は気づいているんですかぁ?」
「何となくは……もっと彼女に対して強く出られればいいんですよね。
例えば次からもう一緒のベッドでは寝ないと伝えるとか」
「それはやめておいた方がいいと思いますよぉ。嫌われたと感じてしまうかもしれません。
それにその原因はアリスさんがレナスさんの事大切にし過ぎているからではないかと思いますぅ」
「大切にし過ぎてる……」
自覚は……もちろんある。それが彼女に対して強く出られない理由の一つなのだから認識できないはずがない。
「レナスさんの願いを自分の気持ちを抑えてなるべく叶えようとしていませんかぁ?」
「うっ」
思い当たる節しかない。
「まぁそれはレナスさんに限った話ではないんでしょうが……でも今の関係でもいいと私は思いますよぉ?」
「いいんですか?」
「私はそれほど問題あるとは思っていませんからねぇ」
「でも僕はレナスさんに自立した大人の女性になって欲しいんです」
「そういう事ならまだ気が早いのではないでしょうか~。まだお二人とも十五歳じゃないですかぁ」
「でもカナデさんは十五の時には一人で活動していたじゃないですか」
「それは別にしたくてしていた訳では……」
「あっ、すみません。失言でした……」
そうだ。カナデさんが一人で活動していたのは友人と喧嘩別れしたから。
今でこそ仲直りをしているけど当時は辛かったはずだ。
「あの、でも世間一般では十五歳は成人で大人扱いされています。だから……」
「ん~、こだわらなくてもいいと思いますけどねぇ。それにアリスさんが思っているよりもレナスさんは自立できていると思いますよぉ?」
「そうなんですか?」
「アールスさんが加わった影響か最近はアリスさんに甘える事も少なくなっているように見えますけどぉ」
「ん……言われてみれば確かに」
頭を撫でる頻度は減ったし一緒に寝る時も胸を揉まれる事が無くなった。
僕の名前を呼ぶ時も前は子供っぽく甘えた感じの声を出す事があったけどそれも最近は聞いていないような。
「ちゃんとレナスさんの事見れていなかったんですね。僕」
「そんな事は無いですよぉ。ただお二人の場合は距離が近いから気づきにくくなっていただけですよぅ」
「レナスさんは今自立しようとしているんですね」
「それがレナスさん自身意識してやっている事なのかは分かりませんでけどぉ、今は見守りましょう~」
「そうですね」
「でも不思議ですねぇ。アリスさんはレナスさんと同じ年なのにこういう話をしてもあまり違和感がありません~」
「え、そ、そうですか?」
「きっとアリスさんの人柄がそうさせているんでしょうねぇ」
なんと返せばいいのか。
僕が答えに窮しているとカナデさんの方ももう話す事が無くなったのか口を閉ざしている。
少しの沈黙の後カナデさんはお茶を飲んだ後カップを置きパンッと手を叩いた。
「思いつきましたぁ! アリスさん。グライオンに来て大分経ちましたが体調に変化とかはありますかぁ?」
なるほど。グライオンは荒野ばかりで砂ぼこりが多くアークとは環境が違う。
初めての土地だから食べ物が合わなくて体調を崩すという事もあるかもしれない。
これは確かに聞いておいた方がいい質問かも知れない。
「そうですね。昨日倒れた僕が言うのもなんですが体調面では変わった所はないと思います。
昨日倒れたのは山という特殊な環境のせいだったからではないでしょうか。
実際山を登る前も特に身体に違和感はなかったです」
「なるほどなるほど~。昨日倒れたのはあくまでも寝不足と山の環境の為ですねぇ」
「倒れる前の記憶はないので確かな事は言えませんがそうだと思います」
「今は食欲がないとかそういうのはありませんかぁ?」
「無いです」
「ふぅん……えとぉ、この辺りに違和感とかはありますかぁ?」
カナデさんは自分の下腹部の辺りに手を当てて見せてきた。
「ないですね」
「そうですかぁ……」
カナデさんが何を心配しているのかわかる。
きっと僕にまだ月のものが来ていない事が気がかりなんだろう。
たしかに成人してまだ来てないというのは世間一般では遅い方と言われているが、それでも二十歳までは猶予があると言われている。
二十歳を過ぎたらもう絶望的だと言っていいが僕はまだ十五だ。まだ可能性はある。
けれどカナデさんが気にしているのは来ない事より戦闘中のような悪い状況の時に突然やって来て僕の調子が悪くなる事を心配してるんだろう。
来る事に恐怖は感じているけど来なかったら来なかったらで不安になるとは困ったものだ。
ちなみに予定を組む時に参考にはしているが僕が皆の周期を把握しているわけじゃない。
管理把握しているのはカナデさんだ。
僕が管理したくないというのもあるが、大部分の理由は僕がまだ来ていない為相談に乗れないからだ。
月のものに関する事はまだ来ていない僕よりカナデさんの方が適任だろう。
「あー……それといえば予定では三日後にカズーラ山ですけど、皆の体調は大丈夫ですかね」
もうそろそろ月末。誰かが始まってもおかしくない時期だ。
「カズーラ山なら大丈夫だとは思いますけどぉ、グラード山は厳しいと思いますねぇ」
「そうですか。じゃあやっぱり素通りになるのかな」
グラード山に寄らない理由がこれだ。トラファルガーに一度会ってみたいとは思うが皆の体調を考えると断念せざる負えない。
下手をしたら僕のように倒れる事があるかもしれない。
そして、僕の体調は問題ないという事で話は終わり次の話に移ろうかと言ったところでカナデさんは次の話が思いつかなかった。
とりあえず今回はカナデさんはあくまでも僕の補佐役という事で話の内容は体調と悩み事の確認の二種類だけにするという事で落ち着いた。




