面談 その一
村に着いて宿を取り朝食を取った後、宿の部屋でカナデさんと話し合いをした。
そして、その結果面談は僕とカナデさんが分かれて行う事になった。
手分けをするという訳ではなく、僕とカナデさん別々に全員と面談するという事だ。皆には面倒だろうが二回面談を受けてもらう事になる。
そういう事になったのはカナデさんから懸念が出たからだ。
僕相手では話しにくい事があるのではないか、という事だ。
たしかに僕に対する不平不満、悩みは僕には話しにくいだろう。僕に関する相談は僕以外の人が行った方がいい。
そんなカナデさんの助言に僕はやはり相談してよかったと思えた。
それに面談をカナデさんと分かれてやる事には利点がある。僕とカナデさんは料理当番で組んでいるので当番の人達が料理している間に当番じゃない人達と面談をすれば効率的だ。
アールスやレナスさんとアイネの仲に気を取られて視野が狭くなっていた僕一人ではそんな発想に至らなかっただろう。
さらにカナデさんの提案で面談をする前に僕とカナデさんとで面談の練習をしようという話になった。
たしかに僕は人の相談に乗った事ならあるが面談となると別だ。
話す事は一応考えてあるけど確認の為にも一度練習するのはいい事だと思う。
これも相談しなかったら考えもしなかった事だ。
幸いこの相談の為に部屋を取る際にカナデさんと同じ部屋にしてもらったので時間はたっぷりとある。
早速練習を始める事にした。
僕とカナデさんは向かい合って椅子に座る。
カナデさんも僕と同じで緊張しているようで少し表情が硬い。
仕方ないのだ。練習とはいえ改まって面談となるとなんかこう気恥ずかしい物があるのだ。
「え、えと。じゃあ始めましょうか」
「は、はい~」
お互いに照れが隠せていない。
最初は言い出しっぺの僕からだ。
「ではカナデさん。一緒に旅を続けてもう四年目になりましたがどうですか? 現状困っている事や悩んでいる事、僕達に対してして欲しい事はありますか?」
「そうですねぇ……」
「あー……例えば物が足りないとか、欲しい物があるとかでもいいんですけど」
「ああ、それならありますよ~。グライオンの最新の植物図鑑が欲しいかな~って思ってるんですよぉ。
植物図鑑があれば採取の依頼があった時に便利ですしぃ、食べられる植物の種類だって分かるからもしもの時に役に立つと思うんですよぉ。
でも図鑑って高いですしぃ、かさばるからどうしようかな~って思ってるんですぅ。アリスさんはどう思いますかぁ?」
「僕は良いと思いますよ。依頼でも役に立つかもしれないなら共有資金での購入も検討できるでしょうからレナスさんと相談したらどうでしょう?」
「そうですねぇ。気になるのは今は開拓の時期ですから更新が早いんじゃないかって事なんですよぉ」
「ああ、確かにそれは気になりますよね」
買ってすぐ後日に新版が出て新しい植物や旧版に乗っていた情報が間違っていて訂正されたとかそういう事があっても不思議じゃない
「かと言って新版を待っていたらいつまで経っても出ない……なんて事も」
「ありそうですね~。ん~、そうですねぇ、レナスさんとの面談の時に相談してみます~」
「それがいいかと。他には何かありますか?」
「ん~、ないと思います~」
「そうですか。でしたら後で何か思い至ったらいつでもいいので僕に言ってください」
「はい~」
「じゃあ次の質問に移りますね。カナデさんは他の皆との仲はどうですか? 特に新しく入ったアールスやアイネ。この二人との仲は問題ありませんか?」
「二人とも好奇心旺盛でとてもいい子ですよぉ。しいて言うならアイネさんの方が押しが強いでしょうかぁ」
「押しが強いですか。迷惑かけてませんか?」
「いえいえ~。迷惑だなんて全然そんな事ないですよぉ。むしろ話してみると普通の女の子で最初はびっくりしましたよぉ」
「あー……」
カナデさんは合流するまでアイネとはまともに話した事が無かったか。
「やっぱり試合の時のアイネの印象が強かったですか?」
「そうですねぇ」
カナデさんは苦笑しながら肯定する。
試合の時のアイネは怖いから仕方ない。
「アイネって戦ってる時の印象が強くて直接戦った相手からは怖がられるけど根は友達想いのやさしい子なんです。
僕達についてきたのだって僕の事が心配だからっていう理由ですし」
「そうでしたねぇ。今更聞くのもなんですけどぉ、アリスさんはアイネさんが同行する事よく認めましたね~」
「それについては僕自身もその判断が正しいのか自信が持てないんです。
アイネの性格を考えたら下手に断ったら後から追ってきそうだったというのは当時の僕の本心でした。
でもそれって逆に言ってしまえば上手く説得できれば諦めてくれたんじゃないかって思うんです。アイネは無茶をするような子じゃないからきっと僕の後を追うのを諦めてくれたんじゃないかって。
そうなれば魔の平野を渡るような危険な真似をさせずに済んだんじゃないかって後悔する時があります」
「アイネさんは魔の平野を渡る目的が私達とは目的が違いますからねぇ……」
「そうなんです。きちんとした目的を持って渡ると決めたなら何も言う事はないんですけど……」
「そこら辺はミサさんやアールスさんも同じですよねぇ」
「そうですね。でもミサさんは一度魔の平野を超えていますし異国の道に通じているというのは頼りになります」
「問題はアールスさんとアイネさんですかぁ。二人に共通しているのは守りたい人がいるという事ですかね~。アールスさんの方は観光も兼ねているようですけどぉ、主目的はやっぱりアリスさんとレナスさんを守る事でしょうねぇ。
アイネさんの場合は旅の目的はアリスさんにしかなさそうですぅ」
「アイネ自身が決めた事とは言えアイネの人生を僕を助ける事に費やさせていいんでしょうか……」
「アリスさんはアイネさんの想いが迷惑だと感じていますかぁ?」
「いえ……むしろ嬉しいんです」
きっとレナスさんがいなかったら年下の女の子に心配される事に情けなさを感じつつもアイネに恋をしたと思う。
それ位僕の事が心配だと言ってくれたアイネの言葉が嬉しくて照れ臭かった。
僕がアイネに対して恋に落ちなかったのはただ単に先約がいたからだ。
「嬉しいからこそあの子の身に何かあったらと思うと……」
この思いをアイネに対して口にしたらきっと自尊心の強いアイネは怒るだろう。
「でも今更帰れ、なんて言えませんねぇ」
「言うつもりなんてありませんよ。さすがにここまで一緒に来ておいて無責任すぎます」
「うふふぅ。アリスさんの言う通りですねぇ。責任を果たすまでは気が抜けません」
「はい……っと、話が脱線してきましたね。えと、とりあえずアールスとアイネとは仲良く出来ているという事で大丈夫ですか?」
「はい~」
「じゃあ次にミサさん。ミサさんとはどうですか……というか二人は歳は近いですけど普段どんな話をしているんですか?」
「ん~、近いと言ってもアリスさん達と同じくらい離れていますからねぇ」
「たしか……今は二十二でしたっけ。けど数え方がこっちとは違うんですよね」
ミサさんの国の年齢の数え方は数え歳に似ている。
生まれた年はこちらと同じく零歳と数えられるが誕生日という考え方は無く、春の訪れとともに歳を一つ重ねるのだ。
ヴェレスの冬は厳しく生まれて初めての冬を越せない子は多く、春を迎えられた子に冬を一つ越した証として歳を重ねるのだという。
年を一つ重ねる日の事を春迎の日と呼ばれている様だが、その春迎の日というのが空に巨大な緑光のカーテンが現れた次の日らしい。
しかし、緑光のカーテンが現れない年もあるらしくその時は春迎の日を後からあの日が春迎の日だったと決めるようだ。
冬の間に生まれた子はどうするのかと聞いたらその場合も春になったら歳を一つ重ねる事になって生後一日で一歳になる子もいるのだとか。
そもそも冬の妊娠出産はとても危険なので無事に生まれただけでも一つ歳を重ねるのに相応しいとされている様だ。
「故郷から離れてどうやって年齢を確認しているんでしょうね」
神聖魔法を使えば自分の年齢は確認できるが、それはあくまでも自分が自分の今の認識している年齢を映し出すだけだ。
これは多分文化によって歳の重ねる方法が違うから神様はわざとあいまいにしているんだろう。
「夏前に生まれたらしいのでこちらの数え方でももう二十二歳だと思いますよぉ」
「それでどうです? ミサさんとは」
「お肌の手入れやお化粧品の話とかよくしますねぇ」
「ミサさんってそういう話するんですか? 職業柄あまり興味なさそうですけど」
「そんな事ないらしいですよ~。説法を聞いてもらうにはやっぱりきれいにした方が聞いてくれるらしいですぅ」
「ああ、たしかに泥まみれの人よりかは小ぎれいにしている人の方が印象いいですもんね」
「はい~。でもぉ、それだけが理由じゃないんですよぉ?
故郷のご家族にお土産にしたいらしいです~。
ヴェレスは寒さが厳しくて乾燥しているので肌がひび割れやすくて肌を保護する乳液や化粧品を探しているんですってぇ。
ヒールで治すほどのマナの余裕が無いって言ってましたよぅ」
マナの量が少ないと一日に使えるマナの量も減ってしまう。ライターのような魔法で暖を取ったり飲料水を作ったりで余裕が無いんだろう。
「なるほどなぁ。それでいい物は見つかったんですか?」
「アーク王国では見つからなかったようですぅ。あまり必要とされてないからかもしれませんねぇ」
「そうですか……グライオンでなら見つかるかな……」
「どうでしょうねぇ。お肌の荒れはヒールで治せちゃいますからあまり需要がないんですよねぇ。あってもお金持ち向けで高いですしぃ」
「そうですよね……化粧品の方はどうなんですか? というか肌を保護する化粧品なんてあるんですか?」
「ありますよぉ。寒冷地用の口紅は乾燥対策に保温保湿効果があるんですぅ。口紅はミサさんも気にしていましたよぉ。高くて買えなかったですけどぉ」
「やっぱ問題なのは値段なんですねぇ」
「そうですねぇ。特別な物はやはり高くなってしまいますねぇ」
僕も香油を買う時にいい物がないか気にしておこうか。
しかし、面談というより雑談っぽくなってきたがこれでいいのだろうか?
こほんと一回咳払いをして話を一旦区切る。
「ミサさんの事は分かりました。レナスさんとはどうですか?」
「ん~、特に変わりはないと思いますよぉ」
「何かレナスさんに関して気づいた事とか」
「んん~……気づいた事と言えばアールスさんがいるからか前よりも伸び伸びとしている時間が増えているように見えますねぇ」
「え? そうですか?」
「多分年上だからでしょうねぇ。私やミサさんを相手する時は張りつめている感じがしますぅ。
アリスさんが相手だと伸び伸びというよりは落ち着きが無くなりますねぇ。なんというかぁ……そう、お母さんに甘えている子供のような~」
「……お母さん」
「アリスさんの接し方が何となくお母さんに見えるんですよね~」
お母さんという言葉には引っかかるが、恐らくは保護者的な意味合いだろう。そうに決まってる。
カナデさんの言った事に心当たりがないわけじゃない。
レナスさんは僕と二人きりになるとすぐにそばに寄ってくるのだ。前世で幼かった頃僕はお母さんっ子で周りに誰もいない時はよくお母さんの傍に近寄っていたっけ。
僕が保護者として振舞っているように見えるのは僕が大人だからそう見えてしまうのだろう。中身は大人だからミサさんが僕の大人の男らしさを感じてしまっても仕方ないのだ。うん。
そしてレナスさんは頭を撫でられるのも好きだしまだまだ親離れが出来ていないんだろう。
僕は親じゃないけど中身は大人の男だからね。レナスさんは前世の事も知っているし僕に父性を見出してしまってもおかしくないだろう。
「それだけ頼られていると思っておきます」
「うふふ~。レナスさんが一番頼りにしているのはアリスさんですよぉ。
でもぉアールスさんといる時は心を落ち着かせているように見えますねぇ。甘えすぎず緊張し過ぎず……精霊さん達と接している時と近いんじゃないでしょうか~」
「素のレナスさんか……レナスさんの事は分かりました。じゃあ次は魔獣達との間で問題はありますか」
「ナスさんを一度抱いたまま寝たいです」
それはいつものんびりとした喋り方のカナデさんらしからぬとてもはっきりとした言葉だった。一点の曇りもない瞳は力強く真っ直ぐに僕を見ている。
「……次野宿する機会があったら頼みましょう」
野宿する機会なんてそうそうないのだけど。
カナデからの皆の印象は
アリス 自分と似ている所があるけど自分と違って大人
アイネ 怖いけど話してみると意外といい子
アールス すごく強いけどそれ以外は可も不可もなく普通の良い子
ミサ 話はするけどペースが合わない為あまり相性は良くない
レナス いつもすまし顔をしているけど甘えん坊の可愛らしい女の子
という感じです




