これからの予定
一階にあるトイレから自分の部屋へ戻る途中、魔法の光で照らされた先にまだ眠たそうに眼をこすっている寝間着姿のアイネの姿を見つけた。
ちょうど向かい合う形。アイネもトイレへ行こうとしているんだろう。
「あっ、ねーちゃんだ……」
「おはようアイネ」
アイネは挨拶を返さずふらふらと僕の方へ寄ってきて抱き着いてきた。
「アイネ? どうしたの?」
「ん~……心配したんだかんね~」
アイネが僕の胸に顔を埋めて左右に振ってくる。
「あー……ごめんね」
「ん」
僕が謝るとまだ眠そうな顔を上げて僕から離れた。
「おしっこ……」
「あはは……また後でね」
トイレへ向かうアイネを見送って二階に上がると今度は丁度部屋から出てきたアールスを見つけた。
アールスはアイネとは違って寝間着から着替えている。
「おはようアールス」
「あっ、ナギ。おはよー。具合はどう?」
「すっかり良くなったよ」
「よかった。じゃあ今日出発出来るのかな」
「うん」
「あっ、そうそう。ミサさんすっごく怒ってたよ」
「え」
ミサさんが怒ってた? あのミサさんが?
「まとめ役なのに山を甘く見過ぎてる。色々準備しても体調が悪かったら意味がないってさ」
「うん……今回は自分の事過信し過ぎたよ」
ミサさんは冒険者としての経験は仲間内では一番豊富な人だ。
皆の安全に対して責任ある立場であるまとめ役をしている僕がこんな体たらくでは怒りたくもなるだろう。
「そう言えばアールスはこれからどこに行こうとしてたの?」
「ん? ナギ達の部屋だよ。ナギの様子を見に行こうと思ってたの」
「そうだったんだ。じゃあここに居続けるのもなんだから……レナスさんがまだ寝てるかもしれないけど僕の部屋に来る?」
「うん。行く」
アールスと一緒に部屋に戻るとレナスさんはまだ眠っていたようだったけど、扉の閉開音の所為かレナスさんが起きてしまった。
起こしてしまった事を謝るがレナスさんは気にしていないと言ってベッドから出て両手を上にあげて身体を伸ばした。
ナスもレナスさんが起きた際の物音で起きたようで動き出した。
ちなみにヒビキはまだ寝ているようで寝息が聞こえている。
「ぴー」
ナスは小さな声でおはようと挨拶してきたので僕もそれに応える。
そしてナスは僕に寄ってきて身体をくっつけてきた。
どことなくいつもよりも圧が強いように感じる。それだけ心配させてしまったという事だろうか。
ナスの相手をしつつ着替えを始めたレナスさんの方を見ないようにしながらアールスと今日の予定について話す。
予定と言っても今日は訓練禁止を言い渡され今日一日は無理をしないように言われただけだ。
僕自身はもう大丈夫だとは思うが倒れた身できちんと訓練をしたいなどと言えるはずもなかった。
とりあえず柔軟運動だけは許してもらえた。
レナスさんの着替えの音が無くなったので前もってディアナに頼まれていた事を確認する為声をかける。
「レナスさん。昨日はお風呂入ってないみたいだけど、これから僕と一緒に入る?」
「こ、これからですか?」
「あー、いや訓練の後かな。もちろん目隠しはするからさ。どう?」
早く髪を洗いたくてつい気が急いてしまったようだ。
「わ、分かりました。ナギさんからそう仰られることに驚きましたが、ナギさんが望むのなら私はつ、謹んでお受けいたします」
「なんか固くない?」
この固さは恥ずかしさから来るものだろうか? レナスさんの様子に失笑を禁じえなかった。
嫌がっていると、嫌われてるとはさすがに考えたくない。
しかし、考えてみればレナスさんの言う通りだ。僕の方からお風呂に誘ったのはたしか四年生までだったように思える。
卒業したばかりの頃も魔力感知の精度はそこまで高くなかったから一緒に銭湯に行く事はあっても直接誘った事はない……と思う。まぁあったとしても本当にたまにだろう。
そう考えればレナスさんが驚くのも無理はないか。
お風呂に入った後僕は少し疲れていた。身体的にではなく精神的に。
それというのも訓練の後皆と一緒にお風呂に入る事になってしまったのだ。
今回は幸い訓練と称して目隠しは出来たのだけど、湯船に浸かったらミサさんのお説教が待っていたのだ。
お風呂の最中という事もあって長いお説教ではなかったし、手加減してくれたのかきつい言い方もしてはこなかったけど、それでもミサさんの言葉の端々から怒りのような物を感じる事は出来た。
普段は陽気なミサさんを怒らせるほどの失態をしてしまったと考えると申し訳ないという気持ちが僕の小さな心臓を締め付けた。
お風呂に入ってさっぱりした後は宿に戻り荷物を持ち魔獣達と一緒に宿の料金の精算を済ませてアースの元へ向かう。
馬車の駐車場で寝ていたアースを起こす。するとアースは僕をじっと見つめてきた。
「ぼふっ」
心配した、と一言だけ告げた。
「ごめん」
謝るとアースは地面の土を操り僕を自分の首の上に置いた。
「ぼふぼふ」
どうやら今日はアースが僕を運んでくれるらしい。
自分で歩けると言ってもアールスは降りる事を許してくれなかった。
他の皆に助けて貰おうとしても、病み上がりなのだからと皆から今日はこのままアースに乗って移動してほしいと言われてしまった。
大丈夫だとは思うが倒れた本人に反論が許されるはずもなく今日は一日アースの背で揺られる事が決定してしまったのだった。
グラード山の西側は東側よりも傾斜が緩く遠くまで続いていて、その分森の広さも東側に比べて広くなっている。
丘のように盛り上がった地形もあるらしいので高原と言っていいだろう。
その高原の途中に昨日の麓の村のように香辛料の栽培に牧畜を行っている村がある。
距離はそう遠くないのだけど僕の体調も鑑みて今日はその村までという事になっている。
大丈夫だというのに皆は心配症だ。
予定的には別に切羽詰まっているわけじゃないから問題ないのだけど、次の村にはお昼までには着くだろうから時間がもったいなく感じてしまう。
これからの予定はとにかく西へ向かう事。
グラード山から西に三日の所に二つ目の山でありアトラ山脈に連なる山、カズーラ山がある。
カズーラ山も鉱山としては役目は終わっているのだけどグラード山とは違い魔素が濃い山で天然の洞窟から魔物が出てくる事があるようだ。
一応山を横切る為の街道に出てこないように結界が張られているようだけど、洞窟という管理のしにくい所なため定期的に軍による洞窟内の魔物の駆除が行われているらしい。
カズーラ山を抜けたらさらに西へ五日の所にアトラ山脈に連なるティオ山がある。
こちらも採掘がおこなわれていない元鉱山だ。
だけどティオ山の北にある山々は一つ一つが規模の大きい現役の鉱山が存在していている。
しかし、ティオ山から北には毒の大沼地がありティオ山を経由していくしか北の山々にはたどり着けなくなっている。
そのためティオ山は他の鉱山へ行く為の中継地点になっているんだ。
そして、ティオ山にはもう一つ特徴があり、それはガーベラが昔語っていたトラファルガーという魔獣が住んでいる山でもある。
トラファルガーは聞く所によると虎と同じような模様をした巨大なトカゲの魔獣らしい。
巨体を覆う鱗はとても大きく鉄よりも頑丈で軽い為最高品質の鎧を作るのに用いられているとか。
ただしその鱗を手に入れる為にはトラファルガーと戦い認められ鱗を取る許可を貰わないといけない。
そんな由来の為かトラファルガーの鱗を使った武具は一流の証とされいてガーベラがそれを身に付けている父親の事を誇っていたのをよく覚えている。
アイネが聞いたら会いたがるだろうが今の所会いに行く予定はない。
僕も一度トラファルガーという魔獣を見てみたいのだけど、ティオ山は位置的に僕達の進路よりも北にあって重ならないんだ。
ティオ山の近くにある都市ドサイドを経由して行く予定だけど美味しい依頼があったらどうなるかは分からないな。
ドサイドを通り過ぎればあとは開拓地までは特に何もなかったはずだ。早ければ九月になる前にたどり着ける。
グラード山を降りた後は特別な予定は今の所はないのだけど、僕個人ではやりたい事が一つある。面談だ。
さて、面談は都市について落ち着いてからにするかそれとも早めにやった方がいいか。それが問題だ。
最近はレナスさんとアイネとの関係は落ち着いているからこちらは急ぐ必要はなさそうだけど、今はアールスが気になる。
一昨日の夜のアールスの羨ましいという言葉。昨日の思い出をたくさん作りたいという思い。
寂しい思いをさせてしまっていたのだろうか? やっぱり一度きちんと話をしたい。
別に面談という手段を取らなくてもいいから分けて考えてもいいかもしれない。
面談を早めにやるのなら面談をついでにやるという風にしていいし、すぐ面談をやらないのならアールスと面談とは関係なしに話をしてもいい。はてさてどうするか。
面談の仕方だって決めないといけない。一対一でやるのか手伝いを含めて二対一でやるのか、それとも僕と誰かに手伝ってもらい手分けしてやるのか、僕だけでやるのか。手伝ってもらう場合はカナデさんに手伝ってもらう事になるだろう。
カナデさんなのは副まとめ役だという理由もあるが消去法でもある。面談で話を聞きたいのはアールスに仲が微妙なレナスさんとアイネ、遠くの国からやって来たミサさんだ。
カナデさんにも話は聞きたいのだけど現状では他の皆の方が優先度が高くなってしまっている。
とりあえず村に着いたらカナデさんに相談しよう。




