頂上へ
僕の心配はあっさりと覆されてしまった。
アースは道を小一時間ほど歩いた後溜息をついた。
疲れたかと聞くとまだ大丈夫と答える。
『まだ大丈夫はもう危ない』という言葉を聞いた事があったので休憩しようかと持ち掛けようとした時、アースはすぃーっと横に動いた。
その光景を見た時僕は思わず口がへの字になった。
地面を動かしたのだ。まるで水面に浮かぶ小島のように地面を水平になるように盛り上げそのまままるでエスカレーターのように。
「アース……楽そうだねそれ」
「ぼふ」
思えばアースは大量の土を操り高台を作り、そして元に戻す事が出来るのだ。土を動かして自分を運ぶ位出来て当然か。
心配して損した気分だ!
思わずそう言いたくなるのを頭を振りなんとか気持ちを落ちつかせ我慢する。
アースが楽になったのはいい事じゃないか。まだ高山病が心配だけど他を見る余裕が出来たという物だ。
改めて皆を見渡してみるとレナスさんは昨日よりも疲れが早く来ているようで息が乱れているように見える。
ヒビキを抱いたアールスも今は風景を楽しむよりもレナスさんの心配をしている。
カナデさんはなにやらこめかみの辺りにに人差し指を当てている。もしかしたら頭が痛くなってきたのかもしれない。
アイネも昨日よりも元気がないように見える。
元気そうに見えるのはアールスとミサさん、それと魔獣達だけだ。
休憩場は見えないが一度休憩をした方がいいかもしれない。
「一度ここらへんで休憩にしよう。アース、道の端に寄ってくれる?」
「ぼふぼふ」
アースはすぃーっと水平移動をして僕の言う通りに道の端へ動いてくれた。僕も真似してみようかな。
「レナスさん。疲れてるみたいだけど大丈夫? 頭痛くなったりとかはない?」
「はい……少し休めばまた歩けます。頭は今の所異常は無いです」
念のためにレナスさんのおでこに手を当てて熱を測りつつ生命力を分け与えておく。
「うん。大丈夫そうだね。カナデさんはどうですか? さっきから頭に指を当ててますけど痛くなったりとかは」
「ん~、痛くはないですけど違和感がありますねぇ」
「そうですか……とりあえず十分ほど休む事にしますから水分をよく取ってゆっくりと深呼吸をしてください。
それでも痛くなったら言ってくださいね」
「はい~」
カナデさんは返事をした後すぐに深呼吸を始めた。
頭が痛みだしても痛みを紛らわせる為の飴は用意してある。
「アイネは昨日よりも元気ないみたいだけどどう? 疲れてる?」
「んー。だいじょーぶ。へーきだよ」
声色が明らかに元気がない。
念のためにアイネにもレナスさんと同じようにおでこに手を当てて生命力を分けておく事にした。
「熱とかは無いみたいだけど……頭痛いとかない?」
「ないよー」
「……」
やはり少し反応がぼんやりしているように見える。
「アイネ、一応水飲んでおきな」
そう言って僕は魔法を使い水の球を生み出しアイネに近づける。
「へーきだよ」
「駄目。少しでいいから」
「うー……」
唸りつつも水に口をつけるとアイネは出した水を飲み干してしまった。
「じゃあつぎはこれね」
腰につけた小袋から紙に包んである飴を取り出し、包んでる紙を開いてアイネに見せる。
「んー? 何それ?」
「飴だよ。お砂糖を溶かして丸く固めたお菓子。甘いから元気が出るよ」
「おー」
甘いと聞いて興味を持ったのか元気のなかった表情に少し元気が戻ったようだ。
飴にかかっているプリザベーションを解くとアイネは飴を摘まみ上げ興味深げに眺めた後口の中に放り込んだ。
「噛んじゃ駄目だよ。舌の上で転がして溶かして食べてね」
「ん」
「おいしい?」
「んー」
今回の飴は柑橘類の酸っぱい果物を使っている。
作る際には酸っぱくなり過ぎないように気を付けたのだけど、口に合ったのかアイネは頷いてくれた。
小一時間くらい歩いてこれとは、空気が薄いって言うのは厄介だな。
……いや、村も五合目の高さにあって空気が薄いのだから朝お風呂に入ってその後観光をしたらその分疲れがたまっていてもおかしくはないか。
カナデさんも朝はつらそうにしていたっけ。
空気を生活魔法で作ればいいんだろうけど、酸素って確か多すぎると人体に有害だったはずだ。具体的にどれぐらいの量が有害になるのか分からないから間違って作りすぎた時の事が怖くて実験もしたくないくらいだ。
鉱山で使っていた空気を生み出す魔法陣を見る事が出来ればいいんだけどな。
「じ~」
「ん?」
妙な声に気づき聞こえてきた方を見ると、ミサさんが僕に対して何か物欲しそうに見てきていた。
「……ミサさん体調悪いんですか?」
「ワルイデスヨー」
喋りがいつも以上に怪しくなってる。絶対に嘘だ。
「ミサさん。嘘をついたらその分神様の御心から遠ざかるかもしれませんよ?」
「ワタシも飴ちゃん食べたいデース」
変わり身は早いが反省の色は見られない。真面目な時はすごく真面目なのになぁ。
「山降りた時に残っていたらあげますよ」
本当は次の山脈を抜ける時の為に取っておきたいけれど、お砂糖はまだあるし新しいのを作ればいいだろう。
「ん~。残念デース」
十分ほど休憩し各々の体調を確認してから歩き出す……が、アースは相変わらず地面を動かしての移動だ。レナスさんにはアースに乗ってもらってもいいかもしれない。
「レナスさん。アースに乗ってもいいんだけど」
「いえ、頑張ります。私皆さんと一緒に歩いて頂上まで行きたいんです」
「レナスさん……。うん。分かったよ。でも無理しちゃ駄目だからね。駄目そうだったら無理やりにでも乗せるから」
「は、はい」
「アースも、もしもの時レナスさんを乗せてくれるかな?」
僕の横を足を折り曲げ休憩の体勢で滑るように移動しているアースに確認を取ると力強く頷いてくれた。
「ぼふっ」
「ありがとう。アース」
そうして休憩を挟みつつ登山道を歩く事約三時間。
はっきりとした疲れを感じつつもくぼ地のある九合目にたどり着く事が出来た。
時間は丁度お昼時。僕達以外の観光客も多くいて二つある食事処はどちらも満席になっていた。
幸いくぼ地はとても広く野営を問題なく行える。特にくぼ地の中心にある岩の周辺では食事処からあぶれた人達が自分で料理をしている光景が見られた。
僕達もその光景に倣い自分達でご飯を用意し、食べ、食休みを取った。
その休みの間に僕は皆に向けて頂上には行けない事を告げた。
「ど、どうしてですか?」
最初に声を上げたのはレナスさんだった。
「来る前にも話したでしょ? 頂上まで行く道にアースが通れる道がないんだよ」
ここに来た時に人に聞いて確認をしたが、頂上までの道は急で全て人用の階段になっていてアースでは上る事が出来ない。
地面を操り上るというのは却下だ。均され整備された道ならともかく、何の手入れもされていない急斜面の地面を操ったら地滑りが起きてしまうかもしれない。
それに何より一応この山は国が所有している山だ。勝手に木を倒したり植物を排除して道を作ったら逮捕されてしまう。
「さすがにここにアースだけを置いていくのは心配だからね。僕は魔獣達と一緒にここに残るよ」
「そんな……」
アールスは今にも泣きだしそうな顔をしている。
「ごめんねアールス。一緒の思い出作れなくて。僕の分も皆と一緒に楽しんできて」
「うー……」
「残念だなー。アースも登れる道作ればいーのに」
アールスと違ってアイネはあっけらかんとした様子だ。
アイネの場合は僕と思い出を作りたいのではなく自分が頂上からの景色を見たいから僕にこだわらないのだろう。
「未開拓の場所じゃないんだからさすがに勝手に道を作るわけにはいかないよ」
「そーなの?」
「そーなの」
僕としては未開拓の土地でも自然破壊をするのは避けたいところだけれどね
「そういう訳で僕はついて行けないのでカナデさん、ミサさん。三人の事はよろしくお願いします。」
「はい~。まかせてください~」
「アリスちゃんはゆっくりと待っていてくださいネ」
「はい。気をつけて行ってくださいね」
手を小さく振り皆を見送る。レナスさんとアールスは最後まで未練がましく僕の方を見ていたが僕は笑顔で見送った。
そして、皆の姿が見えなくなった頃に突然疲れがどっと押し寄せてきた。
よろめき倒れそうになったが足で地面を強く踏みしめて倒れるのを防ぐ。
大丈夫。まだ意識ははっきりとしている。
「ききっ」
「きゅー?」
頭の上に乗っているゲイルと胸に抱いているヒビキが僕を心配する声を上げる。
「ぴー?」
ナスも僕の異変に気付いたのか顔を近づけてきた。
「あははっ、ちょっと疲れちゃったみたい。ヒビキとゲイル降りて貰ってもいいかな?」
そう頼むとゲイルは真っ先に僕から降りて正面に立ち僕を見上げてくる。
ヒビキも僕の腕から抜け出し地面に飛び降りるとゲイルの横に立ち僕を見上げてきた。
心配させてしまったようだ。思えば僕はこの仔達の前で体調を崩した事が無かったような気がする。
頭は痛くないけれど吐き気が少しする。これも高山病なのだろうか?
それとも別の要因か。寝不足か朝お風呂に入った事による疲れかそれとも重い鎧を背負って空気の薄い道を登ってきた事か。心当たりがありすぎる。
皆と別れて気が抜けて疲れを認識したのかもしれない。
それに風が強いせいか五合目よりも寒い。サラサがいないからヒビキに温めて貰おうか。
「ヒビキ。寒いから温めてくれるかな?」
「きゅっ!」
ヒビキは短く高い声で返事をするとマナを広げ周囲を温めてくれる。
暖かくなると自然とため息が出た。少し気分が良くなった気がする。
「じゃあ景色を見に行こうか」
「ぴーぴー」
ナスはそんな事いいから休んでいてと言ってくれる。けど……。
「皆と一緒に景色を見たいんだよ」
「ぴぃー……」
「ぼふぅーん」
アースが仕方ないわね、と言うと突如として僕の足元が動き出した。
「うわっ」
突然の揺れに体勢を崩しそうになると硬い物が僕の腰の辺りを支えてくれた。
地面が盛り上がりアースの背の高さで止まる。
「乗れって事?」
「ぼふぼふ」
「ありがとうアース」
アースに乗って移動しろという事らしい。
その言葉に甘えて僕はアースに乗らせてもらう事にした。
アースの背に乗り移り僕はアースの背のこぶにしがみつく。
「ナス、ヒビキの事お願いね」
「ぴー……」
僕に対して心配そうにしながらもナスはヒビキを自分の背に乗せる。
ゲイルは空中を駆け上がってこぶの上に乗って僕に鼻先をこすりつけてきた。
「大丈夫だよ~ゲイル~」
心配させてしまった事は心苦しいけど、こうして心配してもらえると嬉しいな。




