楽しい時間はあっという間
本日二回目の投稿です。
前話を読んでいない方はぜひそちらからお読みください。
やっとの気持ちでお風呂から出て感じたのは疲れだった。
気持ちの良かったお風呂だったけど皆の身体を見まいと気が張ってしまって少し疲れてしまったのだ。
のびのびと景色を堪能したかったけど、まぁアールスは喜んでくれていたようだからよかった。
お風呂から出た後は朝食を取り予定通りレナスさんが見たがっていた史跡を見に向かった。
残っている民家の作りは素人目には今の物と大差がないように見えた。
レナスさんによると家の作りは間取りのような一見して分かるような所はあまり進化しておらず、進化しているのは柱や梁との繋ぎ目や組み方のような見えにくい部分だそうだ。
僕が目を引かれたのは飾られている当時の服だった。
服はボタンを一切使っていない厚手の貫頭衣と紐で締めて留めるズボン、それに厚手の羽織ばかりだった。
ボタンはたしか魔物の大攻勢以前からあるのでグライオンが出来た時には既に存在しているはず。
にもかかわらず一切使われていないというのは珍しいように思える。
これもまたレナスさんに聞いてみるとすぐに答えが返ってきた。
ただ単に流行っていたから、らしい。
えっ、それだけの理由なの? と思うが当時の軍服にはボタンが使われていたからボタンが当時のグライオンには無かったという事は絶対に無いそうだ。
ではなぜボタンを使わない服装が流行ったのかというと、酔っ払って身体が火照って暑くなった時に素早く脱げられるように羽織物が愛用されていたらしい。
これは酒を多く飲む国民性が良く出た流行りだとレナスさんは称した。
そして、逆にボタンのせいで脱ぐのが面倒な軍服を着ている時はあまりお酒を飲まないようになり、やがて酔っ払って軍服を着崩し始めたらそれは職務を真面目にこなしていない不良軍人といて見られるようになったのだとか。
家を出ると次は採掘現場跡へ向かった。
残念ながら坑道内部への立ち入りは禁止されていて外から眺める事しか出来なかったけれど、近くには資料館があり入場料はかかるが見学する事が出来た。
資料館は規模は小さいけれど当時の様子を描かれた絵と共に簡単な解説が書かれた羊皮紙が置かれていた。
この国の鉱物の採掘はつるはしを振るうのではなく魔法を使って採掘される。
精霊術士が土の精霊の力を借りて道を作り、第五階位の神聖魔法『セイクリッドバリア』で人体に有害な気体を防ぎ、魔法を使って空気を生み出す。
精霊術士と神官、魔法使いが協力し合って採掘していたんだ。
史料によるとここの鉱山は元々千年前に採掘途中に魔物の大攻勢が起こり放置されていた場所らしく、残った鉱物資源は少なくなっていたようでほんの数年で掘り進められる場所の鉱物は取りつくしてしまったようだ。
「採掘期間意外と短いんだね」
「本当ですね。何世代も鉱山村が存続していたような話ばかり聞きましたが」
レナスさんも知らなかったようで僕の疑問に頷いて応えた。
「うん。でも考えてみれば当然なのかな。精霊達が手伝ってるんだからそう何十年とかからないか」
「ここを当時のアークの軍が見つけた時には上から下までそうとう深い所まで掘られていたみたいですね。ここの山頂が三つに分かれているのは掘り過ぎによる落盤が原因ではないかと書かれています」
「そうなんだ」
「あくまでも仮説の一つらしいですけど、中心辺りの土を掘り過ぎた所為だと書かれています」
「ふぅん。なるほどねぇ。でもこの仮説聞いた事ないけどどうしてなんだろ?」
「聞いていて面白い方が受け入れられやすいからではないでしょうか。魔物や神様、すごい力を持った英雄などが原因の方が物語性もあって楽しいじゃないですか」
「たしかにそうかもしれないね。レナスさん的にはどういう説を支持したい?」
「私はやはり空から降ってきた流星がぶつかって出来たという説ですね。
天上世界からの落とし物なんて素敵じゃないですか。神様の落とし物かはたまた太陽か月のかけらが落ちてきたのか。
実際くぼみの中心には大きな岩があるようですよ?」
「空からの落とし物か。そういうのもいいかもね」
大きな岩はただ単に頂上から転がり落ちて来たものなのかそれとも本当に隕石なのか。つい浪漫のない事を考えてしまう僕とは大違いだ。
空に思いをはせるレナスさんの表情はきらめいていてすごく魅力的だ。
空だけじゃない。当時の光景を移した絵には熱い視線を注ぎ、説明文を読み上げる声はよく弾んでいる。
レナスさんの楽しげな姿を沢山見たかったのだけど、資料館は小さいのであっという間に見終わってしまった。
楽しい時間というのは本当にあっという間なんだ。
観光を終えた僕達はまずは宿に戻り置いてある荷物を取りに戻る。その際今日は鎧を着るかどうか迷ったが、やめておく事にした。さすがに重装備で初心者がこれ以上山を登るのはやめておいた方がいいと考えたからだ。
だけどすぐに使えるようにアースに運んでもらうのではなく自分で運ぶ事にする。
準備を整えた後宿の鍵を返しに向い、鍵を返したら今度はナス達を引き取り次にアースの所へ。
アースに運んでもらう荷物を括りつけた後倉庫を出て、そしてついに僕達は登山道の入口へやって来た。
「昨日よりも斜面が急だね」
五合目までの道は緩やかな斜面でその分歩く距離は長くなった。
しかしここから九合目までは多分五合目までの直線距離の半分にも満たないだろう。しかし、その分斜面は昨日歩いてきた道よりも角度がきつくなっている。
地図によると道は斜面が緩くなるようにジグザグに曲がっているようなので直進するよりかはましだろう。
「アース。ここから先は空気が薄くなって昨日よりも辛くなると思うけど、体調が悪くなったらすぐに言うんだよ? 頭が痛くなったらすぐに言うようにね。休憩場じゃなくてもすぐに休憩するからね」
「ぼふ」
「他の皆もそのつもりで。ヒールで痛みを抑えるから大丈夫なんて考えちゃ駄目だからね。空気が少ないから頭が痛むんだ。ヒールじゃ根本的な解決にはならないんだよ」
「空気が少ないんならアロエに作ってもらえばいーんじゃないの?」
「アロエは空気は作れないんですヨ。出来るのは空気を操る事だけデス」
「そーだったの? でもさでもさ、なんで空気が無いと頭痛くなるの?」
「ご飯食べないとお腹が空くでしょ? それと同じで頭が空気を必要としてるから空気が足らなくなると『空気が足らないよ』っていう合図を痛みで知らせてるんだよ」
「おー、そーなんだー」
この説明で合っているかどうかは分からないけど。
「こちらの医学はそこまで分かるほど進んでいるのですカ。すごいものですネ。故郷では頭の痛みは神からの警告だと言われていますヨ」
「あははっ、違いますよ。医学ではなくて神聖魔法のアナライズのお陰です」
「神の警告を神から授かる神聖魔法で解明してしまったのですカ。さすがというかなんというカ……」
「ふふっ……じゃあそろそろ行こうか」
ここで長居しても他の人達の邪魔になるだけだ。
アースの頬を撫でで歩く事を促す。
重い荷物を背負ったアースは最後まで歩いていられるだろうか?




