露天風呂
「ナギ……」
「はっ」
アールスがジト目で僕の事を見ている。
いかんいかん。もっと余裕を持たないとアールスに軽蔑されてしまう。
「どうしのですカ? さっさと入りまショウ?」
「きっとミサさんの身体がすごいから驚いてるんですよ」
アールスの言葉は僕を助けようとするものだけれどきれいな緑の瞳から僕を鋭く射貫くような視線を感じたのは僕の気のせいなのだろうか。
「あ、あはは。じかに見るとすごい迫力だったので」
そういいつつ何とかミサさんから顔を逸らす事が出来た。
カナデさんとアイネの二人は一緒に入り口で僕達を待っているのが視界に入った。
カナデさんの身体は布とアイネの身体で隠れている。
助かった。ミサさんの後心臓を落ち着かせる暇もなくにカナデさんの裸体を見ていたら僕の心臓はおかしくなっていたかもしれない。
少し落ち着きを取り戻して姿の見えないレナスさんを探す。すると……。
「レナスさんはどうして僕の死角に隠れてるのかな?」
レナスさんは何故か僕が向く反対方向に常にいる。僕としてはそれはありがたいのだけど不審と言えば不審だ。
「いえ、その……改めて見られるのはやはり恥ずかしいな、と」
「昔裸で抱き着いていたのにいまさらですカ?」
「裸!?」
アールスがミサさんの爆弾発言に大きな声を上げた
「お風呂! お風呂での話だからねアールス! って言うかいい加減お風呂入ろう!」
「そーだよ。はやくはいろーよ」
「うふふ~。みなさんのんびり屋さんですねぇ」
「ほ、ほらあの二人も急かしてるよ。さぁ行こう」
「オゥ。そうですネ。さっさと行きまショー」
くるりとミサさんが反転する。
お尻!
「ナギ」
「あっ、はい」
アールスの冷たい声にすぐさまミサさんから目を離した。
「……ナギは私の後ろからついてきて」
「それだとアールスの……」
「いいから」
「分かりました!」
怒らせてしまった。仕方ない、当然の事だ。
仲間をスケベな目で見られて不快に思わない人はいないだろう。それが仲間内から出たとなればなおさらか。
これ以上アールスを失望させないように気を引き締めて行こう。
アールスの後ろについて行き更衣室を出る。
ようやく拝見が叶ったお風呂場は一般的な銭湯に比べて狭かった。多分同時に湯船につかれるのは十人位が限界じゃないだろうか。
更衣室に休憩場があったのはお風呂に入った後に休むためだけではなく空くのを待つ人の為でもあるのかもしれない。
しかし、入り口の反対側、湯舟の奥の方はアイネの胸元までの高さの柵があるだけで外の景色を遮る物は何もない。
「皆はやくっこっち来なよー」
アイネはカナデさんと並んで柵の近くまで行って景色を堪能しているようだ。手を振って急かしてきている。
とりあえずアイネの誘いに従って柵の近くまで行くとグライオンの大地が遠くによく見えた。
残念ながら太陽は地平線から完全に出てきてしまっているけど曙色の空はとても美しい。
どうやら建物は崖の近くに建てられているようで眼下には太陽光に薄靄と共に照らされている山の森が広がっている。
森の木は太陽に照らされ葉の密度が薄い上部に行くほど明るく、密度の高い地面に近づくほど影が濃くなっており、さらに靄が加わりとても幻想的な光景になっている。
昨日約四時間かけて登った道がある森だ。こちらからでは道は見えないけど、向こうからは果たしてこちらは見えるのだろうか? そう考えると胸元を隠したくなる。
「これ覗かれたりとかしないのかな」
「うふふ~。大丈夫ですよぉ。私が見た限りでは人はいませんからぁ」
今の話をしたわけではなかったのだけど、まぁいいか。
改めてしっかりと景色に目を凝らしてみる。
「今日は晴れてよかったね。地平線の辺りまではっきりと見えるよ」
「ききゅーに乗った時とどっちが高いかな」
「どっちだろうね。カナデさん分かります?」
「多分ですけどぉ、私が乗った時はここよりも高い所まで行ったと思いますよぉ」
「そうですか……でもこういう所の方が足場が安定しているので安心して景色を眺められますね」
「そうですねぇ~。ゆっくりとお湯につかりながら見るというのもいいのかもしれませんねぇ」
「夜空を見ながらのんびりするのも良かったかもしれませんね」
天井はマス目状に穴が開いているので星を見る事も可能だ。
とりあえず景色を楽しむのはそこまでにして身体を洗う事にした。
するとアールスは突然僕の手を引っ張って洗い場に連れていかれた。突然どうしたのかと聞くとアールスは口をまるで富士山のような形のへの口をした後答えてくれた。
「ナギがミサさんとかカナデさんを見ないようにするため」
「あっ、分かりましたー」
そう言われたら反論できるはずがない。
「……ところで、ナギは私の身体見てもミサさん見た時みたいに顔変わんないけどどうして?」
「小さい頃を知ってるとどうもね……」
劣情よりもここまで大きくなったんだという感動の方が大きい。
「大きくなったなぁ」
「えっ、ちょ、なんで泣いてるの?」
「だってあんなに小さかったアールスが今じゃこんなに大きくなって……」
「ナギとは身長変わらなかったと思うんだけど……」
違うのだ。身長の問題ではないのだ。
僕と手を繋ぎ歩いた手足はすらりと伸び、子供らしくぽっこりお腹だったのに今ではくびれが出来て腹筋が盛り上がっている。
アールスの身体は筋肉質だけれど全体的に均整がとれた身体でとても美しいと思う。
本当にこんなに立派になって……。
「あははっ、ナギねーちゃんてばおーげさだなー」
隣に座ったアイネが僕の湿っぽさを吹き消すかのように笑う。
「大げさなもんか。僕にとっては一大事だよ」
「ねーちゃんって昔っからだけどさ、同い年相手でもなんか周りを自分より小さい子として扱ってるよね。なんか理由あんの?」
それは鋭くとても答えにくい質問だ。
昔ガーベラに僕は自分達の事を下に見ていると指摘された事がある。
僕に下に見ているようなつもりはなかったが子ども扱いしていたのは事実だ。
その事について突かれたら反論できるはずもない。ただただ認めるしかない。
でもこうして理由を聞かれるとどう答えていいのか迷う。
理由は明らかだけれどその理由を言えるはずもない。
「そうしてるつもりはないんだけど……」
「ナギってしっかりしてるから皆頼っちゃうんだよ。それで自然と大人っぽくふるまうようになっちゃったんじゃないかな」
「なるほどねー」
アールスが助けてくれたおかげでアイネは納得してくれたようだ。アールスに仕草でお礼をする。こういう時事情を知っている人がいると本当に助かる。
身体を洗い終えると湯舟へと入るため立ち上がる。
相変わらずレナスさんの姿は僕の視界に入らない。そんなレナスさんをアールスが呼んだ。
「レナスちゃんこっちおいでよ」
「う……で、でも」
「いいからいいから。ナギから隠れてたらいつまでたってもお風呂入れないでしょ」
「は、はい」
レナスさんはアールスに手を引かれようやく姿を見せた。
とてもきれいだった。前は布で隠れていたが隠れきれてていない肌はどこも白くきめ細やかな肌をしている。
昔の病気の痕……全身の肌がガサガサに荒れ赤黒く腫れた痕なんか残っていない。
本当に、本当に美しく育ったんだ。
駄目だ。涙が出そうになる。彼女の身体を見ただけでこんな風になってしまうなんて予想外だ。
泣くな。泣いたら皆を心配させてしまう。
「と、とりあえず早く湯船の中に入っちゃおう。身体が冷めちゃうよ」
僕はレナスさんから湯船の方に視線を逸らし足早に湯舟へと向かい入った。
目を濡れた手で拭い気持ちを落ち着かせるために遠くの景色を見る。
誰にも僕が泣きそうになった事に気づいていないだろうか?
「うぇーい」
僕の隣にアイネが入ってくる。
「レナスちゃん早く早く」
「ゆっくり歩かないと転んでしまいますよ」
アールスもあわただしく僕の隣に着き、レナスさんはアールスを挟んだ僕の反対側に腰を下ろした。
そしてアールスは僕の腕を自分の腕と絡ませる。反対側を見てみるとレナスさんにもやっているようだ。
ほぼ密着状態。腕にアールスの胸が当たる……どころか僕の胸がアールスの胸にあたってなんとも妙な気持ちになる。
湯舟は四人が密着しても六人全員が横に並んで座れるほど広くはないからカナデさんはレナスさんの左前、ミサさんはアイネの右前に腰を下ろした。
とりあえず誰も僕が泣きそうになった事には気づいていない様だ。
「良い風吹いてるねー」
アールスが気持ちよさそうに言った。
アールスの言う通り涼やかな風がこのお風呂場に吹き込んでいる。
そう言えば前世で受験合格祝いに家族三人で温泉旅行に行ったっけ。
その時の旅行先の温泉も露天風呂で今みたいに冷たい風が吹いていたような気がする。どんな景色だったろう。たしか山で雪が解け始めてたような気がする。
この露天風呂も雪景色が見られるのだろうか。ただお風呂に入っていると空以外の風景を見る事が出来ないのだけど。
もう少し建てる場所を工夫してほしい気もするが、景色を眺める露天風呂はここ以外なくて現状に満足しているのかもしれない。
「サラサが温度を保ってくれてるから昨日はあんまり気にならなかったけど、グライオンでの冬と同じ位の寒さだね」
「そだねー。もう六月になるのになんでこんなに寒いんだろ」
「それはここが北の方だからですヨ。北の方は寒いと相場が決まっていマース」
「なんで北の方だと寒いって決まってんの?」
「それはですネー。ツヴァイス様がそうお創りになられたからですヨー」
「グライオンと比べて太陽が少し遠いからだよ。火に近づくと暑いけど離れれば暑くなくなるでしょ? それと一緒」
「おー……神様が太陽が遠くなるように作ったって事?」
「まぁそんな所だよ」
「太陽複数作れば寒い所なんて無くなるのに」
「寒い所にも何かしらの意味があるんだよ。きっと」
「あたしは暖かいほーがいーなー」
「あははっ、そうだね」
そう言えばアイネは寒さはどれぐらい耐性があるんだろう。
グライオンの冬はグランエルでの冬とは比べ物にならないほど厳しくなるはずだ。
拠点を決めたら早めにアイネ用の防寒具を準備した方がいいだろうな。




