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看病

 朝、髪を梳いていると一緒の部屋で寝ていたアールスも起き出した。

 そして、アールスは続きは私がやると言って僕の髪を梳いてくれる。

 今日の髪型はどうしようかと相談していると突然ディアナの声が聞こえてきた。


「ナギ、レナスが病気かも知れない。早く来て」

「レナスさんが? 分かったすぐに行くよ」


 ディアナの姿は見えないが扉の外から続くマナは見る事が出来た。

 髪を手早く紐で一括りにして僕は席を立つ。


「私も行くよ」

「いや、移る可能性がある病気かも知れないからアールスはここで待ってて」


 部屋の隅に置かれた荷物からアナライズの入った魔石を取り出し部屋を出る。

 そしてすぐ隣のレナスさんとカナデさんの泊まっている部屋の扉を煩くない程度に叩いた。

 すると中からカナデさんの返事が聞こえてくる。


「僕です。ナギです。レナスさんが病気になったと聞いて来ました」

「入っていいですよ~」


 その言葉を聞き扉をあけ中に入る。

 部屋の中ではカナデさんがレナスさんが寝ているベッドの横に椅子を持ってきて座り看病をしているようだった。

 そして、精霊達は心配そうにレナスさんの周囲に浮かんでいる。

 レナスさんの表情を見てみると眉間を辛そうにゆがめている。

 僕はベッドのカナデさんが座っている反対側に立ち、レナスさんのおでこに手の平を当て同時に魔法を使い生命力を送り込んでおく。

 たしかに熱がある。

 おでこから手を離しレナスさんの手を握る。


「レナスさん。アナライズ使うよ」

「はい……」


 空いている方の手で魔法石をレナスさんに向け魔法を使うと半透明の青い板が出てきてレナスさんの今の状態を映し出した。

 映し出された症状は僕には典型的な風邪の症状に見える。


「うーん。風邪かなぁ。とりあえず今日の所は休んで、明日になっても治らなかったら治療院に行こうか」

「すみません……」

「んふふ。昨日はしゃぎすぎちゃって疲れちゃったのかもね。大丈夫。元々この街にはしばらく滞在する予定だったんだ。宿だって一週間分を取ってるからね。

 今はゆっくり休んで、身体を元気にして改めて山に行こう。

 レナスさん楽しみにしてたもんね山に登るの。

 焦る事はないよ。山は逃げたりなんかしないんだ」

「はい……」

 そうだ、カナデさんにも一応アナライズを使ってもいいですか?」

「いいですよぉ」


 カナデさんは椅子から立ち上がり、僕の傍に来る前に別の椅子を持ってきてくれた。


「あっ、わざわざすみません」

「いえいえ~」


 お礼を言ってからアナライズを使いカナデさんの情報を見るがいたって健康そのものだった。


「カナデさんは健康みたいですね」

「そうみたいですねぇ」

「ディアナ、この事はアイネとミサさん達には伝えた?」

「まだ」

「じゃあ伝えてくれるかな? 今日は出発出来そうもないって事と一緒にね。

 ああ、あとアールスにもお願い」

「ん。分かった」

「ありがとうね。カナデさん。この後の訓練は僕が行くので戻ってくるまでの間レナスさんの事願いしてもいいですか?」

「いいですよ~。交代で看病ですねぇ」

「はい。ただ、今日の所はアールスとアイネの二人には仕事をしてもらおうと思うんですけど」

「それで大丈夫だと思います~。さすがに昨日は遊びましたからねぇ。そろそろ下級のお仕事をしないと後々大変ですよぉ」

「じゃあお願いしますね」


 話が落ち着くと僕は椅子に座りレナスさんの手を両手で包み込むように握る。

 こうしているとレナスさんの苦しそうな表情が和らぐのだ。

 カナデさんも僕の向かい側に戻り椅子に座り、ベッド横の棚に置かれた水の入ったたらいに浸かった布を持って水を切る為に絞り、そしてレナスさんの汗を拭っていく。

 いつぶりだろうか、レナスさんをこうして看病するのは。

 寮にいた頃はよく病気になっていたっけ。

 こうして手を握るようになったのはたしか僕がピュアルミナを使えるようになったあの伝染病の後からだった。


 トントンと扉を叩く音がした。

 どうやらアールスが様子を見にやって来たようだ。

 カナデさんが僕を見てくる。入れてもいいかというのだろう。

 僕は頷いて返した。

 カナデさんが声をかけると心配そうな顔をしたアールスが入って来た。


「レナスちゃん苦しい?」


 煩くしないようにしているのかアールスは静かに音を殺してレナスさんの近くにより小さな声でそう聞いた。


「いえ、大丈夫ですよ」


 さっきは苦しそうな表情を見せていたけれどアールスに対しては笑みを見せている。


「無理しないでね? ゆっくり休むんだよ?」

「はい」

「んふふ。じゃあアールス、あんまり長居しても邪魔になるし僕はそろそろ出るよ。アールスはどうする?」

「ん。私はもうちょっとここにいるよ。下に降りる時呼んで」

「分かった。じゃあレナスさん。僕行くね」

「はい……」


 レナスさんは頷くが寂しそうに眉を下げる。

 そんなレナスさんに対して僕は後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。




 朝の訓練を終えると僕は一度魔獣達のいる小屋へ戻った。

 魔獣達を一撫でした後食料袋からレナスさんが大好きなアップルを三つ取り出す。

 このアップルはレナスさんの故郷であるルルカ村産だ。

 アイネの研修の旅で寄った時にレナスさんへのお土産として購入しておいたものだ。

 購入した時は僕の体位の大きさの袋一杯に入っていたアップルはまだ半分残っていた。

 今回取って残りも少なくなってしまった。残りも大切にしよう。


 アップルと盛り付ける為のお皿、それに食器を持って駆け足で宿に戻る。

 他の皆はもう仕事や教会へ説法を聞きに行っているはずなので真っ直ぐレナスさんのいる部屋へ向かう。

 そして扉を軽く叩き僕が戻って来た事を告げると中のカナデさんが返事をして中に入る事を許可してくれる。

 中に入るとレナスさんは今は眠っているようだった。おでこには濡れた布が畳んで置かれている。

 カナデさんと看病役を交代する。


「朝ごはんはもう食べたんですか?」

「私は食べましたけどぉ、レナスさんはずっと寝ていたのでまだですねぇ」

「そうですか……」


 アップルを持ってきてよかった。


「ん……ナギさん……?」

「あっ、起こしちゃった? ごめんねうるさくしちゃって」

「いえ……」

「ご飯まだ食べてないって聞いたけどお腹空いてない? アップル持ってきたよ」

「あ……じゃあ一ついただきます」


 アップルと聞いた途端レナスさんの表情が綻んだ。どうやら喜んでもらえたみたいだ。


「んふふ。じゃあすぐにアップルを洗ってくるからね。待っててね」

「はい」


 食器を乗せたお皿とまだ食べない残りのアップル二つを近くの机の上に置いて部屋を出る。

 そして僕の泊まっている部屋に入って荷物袋の中からきれいな布を取り出しアップルにかかっているブリザベーションを解いてから魔法で水を出し濡らしながら磨く。

 磨き終わると荷物袋から今度はサヤの付いた果物ナイフを取り出す。

 そして、布とアップルとナイフを持ったままレナスさん達の部屋へ戻る。

 僕が戻ってくるとカナデさんが立ち上がった。


「それでは私は訓練しに行ってきますね~。アリスさん後はお願いしますぅ」

「分かりました。後は任せてください」


 カナデさんが僕と看病を交代して弓を持って部屋を出ていく。

 残されたのは僕とレナスさんと精霊達。

 精霊達は相も変わらずレナスさんの上を浮いている。


「今アップル切るからね」


 用意したお皿にアップルを乗せそのままお皿の上で六等分に切り分ける。

 くぼみの部分だった個所と真ん中の子房を切り取ってから皮を剥く。今回はナビィカットだ。

 切り分けたすべてのアップルを加工したらカナデさんの座っていた椅子に座りお皿をレナスさんに差し出す。

 レナスさんは身体が重そうにしながらもおでこの布を取って上半身を起こしお皿を受け取った。


「ありがとうございます。ナギさん」

「具合はどう?」

「あまり変わりません」


 眉を八の字にして申し訳なさそうに応えるレナスさん。


「そっか。じゃあゆっくり治そうね」

「はい……」

「……ところで精霊達はずっとレナスさんの上で浮いてるの?」

「え? どうでしょう」


 レナスさんの視線が精霊達の方へ移る。

 するとサラサが代表して答えた。


「ずっとここにいるわよ」

「いつもはもっとそばにいるのに珍しいね」


 いつもはレナスさんの真横だったり胸の上に浮いていたりするのだけど。


「エクレアが言っていたのよ。人間はずっとそばで見られていると落ち着かなくなるって。だから病気が治るまで私達はこうして離れる事にしたの」


 サラサの言葉にディアナとライチーが頷く。

 僕からしたら横や胸の上で浮いているのも天井に近い所で浮いてずっと自分を見られているのも大差がないように感じる。


「そ、そうなんだ」

「気にしなくていいのに……」


 レナスさんはやはり四六時中精霊に見られても平気のようだ。慣れなのだろうか?

 昔から疑問に思っていたのだが精霊術士というのは精霊と四六時中一緒にいて疲れないのだろうか?


 レナスさんはアップルを三切れだけ食べてもう一度横になった。

 その際に片手を僕の方に伸ばしてきたので、残ったアップルにブリザベーションをかけてから両手で包むように優しく手を握る。

 

「ナギさん……」

「なぁに?」

「我儘を……少し言ってもいいですか……?」

「いいよ。言ってごらん」

「アイネさんに時々やるように……頬を両手で挟んでくれますか?」

「え」

「駄目……ですか?」

「駄目じゃないけど」


 あれは昔アイネが悪戯して叱る時にそっぽを向こうとするので無理やり顔を僕の方に向かせるためにやってた行為だ。レナスさんはなぜそんな事をして欲しいのだろうか。


「分かった。じゃあこっち向いて」


 手を放し椅子から立ち上がりレナスさんの頭の近くに寄る。

 レナスさんは僕の方を見ている。

 アイネにやるようにってどれぐらいの強さにすればいいんだろう?

 アイネは抵抗するから結構強いんだけど。

 とりあえず優しくピタッとレナスさんの両頬を僕の両手で挟んでみる。

 レナスさんの肌すべすべしているな。張艶はいいのだけどさすがに小さな子供のようなもちもちとした触感では無くなっている。


「どう?」

「……は、恥ずかしいですね」


 レナスさんは照れ臭そうに視線を僕から逸らした。


「あははっ、そりゃそうだよ」


 どうして急にこんなことをして欲しいと言い出したのだろうか。


「でも……悪くないです」

「そう?」

「はい……」


 レナスさんは満足したようで自分の手で頬を挟んでいる僕の両手を掴み離させた。

 そして、僕の手を胸元まで誘導させ、レナスさんは瞼を閉じた。


「ナギさん……少し疲れたので寝ますね」

「うん。おやすみ」

「おやすみなさい……ナギさん」


 僕の手を掴んでるレナスさんの手の力が緩んだ。

 レナスさんの手から自分の手を離し掛け布団をしっかりと彼女の首元まで掛け直しておく。

 そして椅子に座り直し、僕は改めてレナスさんの顔を見た。

 レナスさんは病気とは思えないほど安らいだ表情をしている。

 念のため熱を確かめてみるとまだ体温が高いのが分かる。

 おでこに乗っていた布はもう温くなっていたのでたらいの水にもう一度つけて水をよく絞ってからレナスさんのおでこに乗せる。

 こうして看病できるというのは早く治って欲しいと心配する反面、僕が傍にいる時でよかったと安堵の気持ちが湧き上がってくる。

 遠く離れた場所で病気になったと聞いたら僕は落ち着いてなんていられなくなるだろう。

 だから、不謹慎かもしれないけれどこうしてこの子の看病を出来るのは僕にとって嬉しい事だ。

 後は早く治ってくれたら文句なしなのだけど。

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