武具選び
教会へ説法を聞きに行くミサさんを見送った後、残った皆と一緒に街に繰り出した。
鍛冶屋や武具を売っているお店に行きたいのだけどあいにくと場所が分からない。なのでまず最初に組合へ行って職員の人に話を聞く事にした。
店を見て回るのはアールスとアイネも一緒だ。
本当なら依頼をこなしてほしいんだけど、武具に興味があるようで今日だけは一緒に行くと言って聞かなかったのだ。
組合でお勧めのお店を聞き早速そのお店へ向かう。
お店の場所はなんと組合の近くだった。やはり冒険者が多く来る場所だからだろうか。
ただ近くにあるのは武具屋だけで鍛冶屋は近くにはないそうだ。
鎧などの細かい調整は武具屋で購入した後お店に頼めば提携している鍛冶屋を紹介して無料でおこなってくれるそうだ。
まず最初の武具屋に入ると金属の防具の関節部分に塗る潤滑油の臭いがした。
店内は明るく魔法の光が天井の近くでいくつも輝いている。
明るすぎず暗すぎないちょうどいい光量だ。
品物はきれいに整頓され陳列棚には汚れは見受けられない。
壁や床には硬い物をぶつけてしまった後のようなものが見れる。重い物を扱っていればそういう事もあるだろう。ミサさんのように重鎧を来て来店する人もいるだろうから多少の傷跡は客が来ている証になるのかもしれない。
「あたし武器見てくるねー」
アイネが武器の置いてある陳列棚の方へ駆けていく。
「私は矢じりを~」
カナデさんはゆったりとした歩みで弓関連の陳列棚へ向かう。
「では私はローブを見てきますね」
レナスさんは足早にローブがまとめておかれている場所へ向かった。
「アールスは見たい物とかないの?」
「私はナギが選ぶの手伝おうかなって」
「別にいいのに」
「レナスちゃんがね、ナギが今回買う物は数が多いし命に係わる物ばかりだから複数の目で見て判断した方がいいって。
レナスちゃんってすごいよね。私そんな風に全く考えられなかった。
ただナギならいい物選べるんだろうなーって考えてただけだったの。それをレナスちゃんはそれは間違ってる、ナギでも見落とす事があるかもしれないって忠告してくれたんだ。
まだまだ駄目だよね私。危機感が足りないよ」
「そっか……レナスさんがそんな事を。自分のローブだって命にかかわる物なのに……」
なんて優しい子なんだろう。
「それだったらさ、僕達もレナスさんのローブを選ぼうよ。彼女の選ぶ物だって命にかかわるものなんだから」
そういうとアールスは笑顔になり勢いよく頷いてくれた。
「うんうん。それがいいよね」
効率が悪いが自分の身を守る物だ。レナスさんの言う通り一人の目だけで判断するのは危ないかもしれない。
「レナスさんはいつも正しい助言をくれるよ。ただいつも自分の事を後回しにしちゃうのが玉に瑕だけれど」
「そうなんだ……レナスちゃんったら」
僕達はレナスさんの所へ向かい手伝いを申し出る。
するとレナスさんは何故か目を見開き戸惑った顔を見せた。
「私は別に一人でも大丈夫です」
「レナスちゃんが言ったんだよ? 複数の目で判断した方がいいって」
「それは、確かに言いましたが、私は購入するのはローブだけです。すぐに終わりますよ」
「三人でやればもっと早く終わるよ。ナギのを選ぶのもね」
そう言ってアールスが並べられているローブの内の一着を手に取った。
僕も同じようにアールスの隣に立ちローブを一着手に取り確かめる。
これでも僕は手芸は得意だから縫い目の良し悪しの判断をする自信は多少ある。
僕が手に取ったローブは表はアライサスとは違う動物の薄い革で、裏地は丈夫そうな布に硬い金属の糸のようなものが斜め格子状に縫い付けられている。
アライサスの革を使ったローブよりも薄く軽いが丈夫さという点ではアライサスの革製の方に分がありそうだ。
丈夫さと言えば今アールスが調べている太く薄い金属のテープのような物で編まれたローブも丈夫そうに見えるが。
「アールス。そのローブはどんな感じ?」
「駄目。レナスちゃんには重いよこれ。一日中着続けるのはつらいと思う」
「アライサスの革製のローブより重いの?」
「うん。表は薄い金属だけど裏は鎖帷子になってるの」
「なんて贅沢な装備なんだ」
値札を見てみると金貨が必要な値段だと分かる。僕なら買えるけど他の皆だと手が出せない値段だ。
「ないね」
いくら買えてもレナスさんが着たら潰れてしまいそうな物を買う訳にはいかない。
「うん。ないない」
アールスは見ていたローブを元の場所に戻し次のローブを調べ始めた。
レナスさんはというと、他のローブには一切興味ないのかアライサスの革製の物だけを見ている。
「買うのはアライサスの革製の物で決まりかな」
「はい。アライサスの革は値段の割に丈夫さにかけては金属以外の物で勝るものはありません」
「そうなると……」
僕が気にするべきは裁縫の出来の良さと糸の種類か。それと出来れば動きやすさや見た目の良さも考慮しておきたい。
とりあえず値段の高い物から見ていくが、さすが組合おすすめの店だけあって裁縫技術はどれも僕よりも格段に上できれいにかつ丈夫になるように縫い付けられている。レベルが違い過ぎて所詮趣味レベルの僕では判断がつかない。
値段が一番の安い物で真似が出来るか分からないほどなのだ。これが職人の技という物なのかと唸るしかない。
「すごいね。縫い目が上手すぎて僕には差が判別できないよ」
「ナギさんでもですか?」
「うん。さすがは職人の技だよ。これだともし修復が必要になっても僕じゃ再現できないね」
「値段も高いですしまさに高級品という事ですね」
「お金大丈夫?」
「一着なら買えます。ただもっと安い物にして数をそろえた方がいいのかな、と」
「うん。たしかにそうだね。防具って消耗品だしもしもの事を考えたら数をそろえた方がいいかも」
「でもそれだとアースさんの負担が増えてしまいます」
「うん……馬車があればもっと楽が出来るんだろうけど……今はちょっと買えないからね」
値段の問題というよりは馬車を引かせると街道を外れて歩く事が難しくなり臭い消し用のお香の消費量が増えてしまうのだ。
今は貯蓄の最中なのでなるべく節約したい。
「でもローブくらいは複数あった方がいいかもよ。もしもナギやミサさんの鎧が壊れた時の事を考えると……」
アールスが手に持っていたローブを元の場所に戻しながら話に加わる。
「たしかに金属の鎧を複数持ち運ぶよりも楽ですね」
アールスの考えはとてもいい案だと思う。
僕も防具を二つずつ揃えるか迷っていたのだ。
ミサさんは一人旅だったので予備の防具を持ち歩いていないが、アースがいる僕達ならアースの負担が増えてしまうが一応何とかなるのだ。
けど鎧というのは身に着ける人間に合わせた物にする場合が多い。僕やミサさんが今身に着けてる鎧はもちろんの事、これから購入する鎧も合わせるつもりだ。
だから似た体形の人じゃないと予備の鎧も身に着けられないのだ。
そしてうちの人達は見事に体形がばらばらだ。辛うじて僕とアールスが似ているが、胸の大きさが違うのでアールスが僕の鎧を着るのは無理だ。
そういう問題を解決するのがローブだ。
「うん。問題は身体の大きさの差が大きいっていう事だよね」
「そうですね。ミサさんを基準に考えてしまうとアイネさんは絶対に着る事が出来ませんね。肩幅も身体の厚みも身長も何もかもが違いすぎます」
「僕でも怪しいよ。でも大は小を兼ねるっていうし予備のはミサさんを基準にした方がいいかな?」
「なんですか? その大は小を兼ねるって」
「ん? ああ、つまり大きい物は小さい物の代用になるって事だよ。
例えば包丁を剣の代用品として使うのは難しいけど、剣を包丁の代用品にするのはそう難しくないでしょ?
もちろん限度はあるけどさ、ローブなら詰めたりすれば何とかなるでしょ」
これが鎧とローブの大きな違いだ。ローブの方が手を加えて形を変えやすい。例えばミサさんに合わせた物だとアイネが着ると袖と裾は確実に余るが、余った部分は切り取るなり紐で縛るなりすればいい。
襟首辺りが部分がぶかぶかなら詰めてしまえばいい。アライサスの革製ならレナスさんの着ていた物を何度も直した経験がある。
「なるほど、さすがナギさんですね。いい言葉を知っています」
「これも前世の知識だよ。なんにしても予備のローブは皆と相談してからかな」
「そうですね」
結局このお店でローブを購入しないで他の店も見て決めようという事になった。
そう結論着く頃にはカナデさんは買い物を終えて僕達と合流した。
カナデさんも選ぶのを手伝ってくれるらしい。心強い事だ。
次は僕の買い物だ。
まず最初に見るのは盾だ。
何をおいてもまずは盾。
仲間を守る重要な防具だ。しっかりと見極めたい。
冗談でも何でもいいなんて覇気のない事は言えないほど僕にとっては大切で優先順位の高い物だ。
だから最高級品でもそれが僕にふさわしい物なのか見極めなければならない。
前もってミサさんから助言は貰っている。
僕が今回購入予定の盾はミサさんの巨大な盾のような物ではなくもっと小さく動きやすい物にしようと思っている。
具体的に言うと丸盾だ。
ミサさんのお勧めで丸盾は携帯性が良く森の中で角に引っかかって動きにくくなるという事が無く、形状のお陰で相手の攻撃を受け流しやすいという長所がある。
もちろん四角い盾よりも面積で劣るが、僕の相手の攻撃を受け流す戦い方なら丸盾の方がよいとミサさんから助言をもらった。
さらに重さは長時間手で持っていても疲れない程度の重さである事。理想は一日中持っていられる事だけれど、そこまで力のある人間は怪力のような力強くなりやすい固有能力を持っているか職業や固有能力で重騎士のような重さに耐性のある人間だけだ。
一日中手で持つ事を基準にしてしまうと盾の耐久力を妥協しなくてはならない。
耐久性と重さの釣り合いを考えると長時間……三、四時間程度持ち続けられる重さの盾が限度ではないかとミサさんが教えてくれた。
ただ良い物を選ぶのではなく、自分に合った良い物を選ばないといけない訳だ。
これが中々難しい。
見極めようと思えば思うほどどれも素晴らしい物に思えたと思いきや一つ欠点を見つけると他の物も一気に欠点が見えてきてしまう。
持ち手の具合が悪いだとか、厚みが心もとないだとか、小さすぎる気がするだとかいまいちこれだと思えるものが見つからない。
店内の盾を見た後鎧も見たが同じようなものだった。
しかし、武器だけは違った。武器の剣だけはすんなりと決まったのだ。
その理由というのが武器を見ていたアイネが僕が望む物を見つけて教えてくれたからだ。
僕が望んだ剣はある程度厚みがあり丈夫である事。切れ味は魔法剣を使えばいいので二の次三の次だ。
そして長さは大体僕の片腕の長さと同じ位の物がいい。
アイネの選んでくれた剣は全てを満たしていた。
刀身には厚みがあり幅広だけどそれが程よい重さにしてくれているようだ。
握りは短く細いが溝のお陰で握りやすく滑りにくくなっている。
何よりもいいのは重心だ。柄には手を保護するための鍔と一体化された保護具が付いていて重心が柄の方に偏っている。
正直一回手にしただけで気に入ってしまった。これが自分に合った道具を手にした時の感触なのだと理解できた。
一応他のも試しに手にしてみたがアイネが選んでくれた剣よりしっくりと来るものはなかった。
「ありがとうアイネ。これすごく気に入ったよ。よくこれだって分かったね」
「ふふん。いつもねーちゃんの剣を受け止めてるし、どーゆーのが欲しいのかも聞いてたからこれくらいよゆーだし」
ドヤ顔をしつつアイネは胸を張ってそう言った。相変わらずほっぺをむにむにと引っ張りたくなるようなかわいらしい表情だ。




