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閑話 奇跡の国

 ヴェレスはとても寒い国だった。

 大昔に遠くからやってきたワタシの先祖は雪が吹きすさぶ山の側面に家を建て国を作った。

 精霊がいなければ生きる事すら難しいその土地を選んだのはとても悲しい理由からだった。

 ヴェレスの地にやってきたばかりの頃の先祖は当初そのまま南下しようとした。

 けれども今は亡きレグリスという国がヴェレス人を受け入れず争いに発展してしまった。

 元々ヴェレスの地は魔物が支配していた土地で、ヴェレス人はその魔物を精霊と共に排除しながら移動していた。

 そしてようやく人の建物らしき物を見つけた先祖は先遣隊を送り様子を見る事にした。

 しかし、魔物の土地からやってきたヴェレス人の事をレグリスの人間は魔人だと勘違いしてしまった。


 姿がレグリスの人間と全く違うのもいけなかった。

 ヴェレス人は身体が太く大きい。髪の色は薄く肌は雪焼けで赤くなっているが元は白い。

 たいしてレグリスの人間はヴェレス人に比べ身体は細く肌の色は黄褐色。

 レグリスの人間にはヴェレス人は雪に適応した魔人に見えていたそうだ。

 淡い髪の色と肌の白さは雪景色から発見されにくくするため。肌の赤い部分は魔素の影響。

 身体が大きいのは魔物と同じく人を殺す為力強く進化したため。

 言葉が全く通じなかったのも不味かった。ヴェレス人の使っていた言葉とレグリスの言葉は全く違う物で、ヴェレス人の言葉をレグリスの人達は魔物の言葉と捉えてしまった。

 精霊の使う妖精語だけは不思議と通じたのだけど、それが分かったのが遅すぎた。

 最初の接触で殺されたヴェレス人の契約していた精霊が暴走しレグリスの人間に多大な被害を出してしまった。

 先祖はこのままでは争いになると暴走した精霊を鎮めた後来た道を引き返した。

 ヴェレスの人達にとって自分達が受け入れられなかったのは悲しい事だったけれどようやく出会えた自分達以外の人間と争う事はしたくなかったからだったらしい。

 本体と合流した先遣隊は争いになり一人の精霊が暴走を起こし相手に多大な被害を与えてしまった事を伝えた。

 そこで一つの疑問が浮かび上がった。。

 相手は魔人だったのではないか? という物だった。

 その疑いは長い旅に疲れ切った人達の間にあっという間に広がった。

 ずっと苦難の旅を共にしていた同胞を殺された怒りもあったのかもしれない

 先遣隊も否定をしようにも否定しきれなかった。なにせレグリスの人間は自分達とはあまりにも違う姿だったから。

 闇の魔法を使ってこなかったのは疑問だったけれどそれもこの土地特有の事情があるのかもしれない、と遠くの地からやってきた先祖達は疑心暗鬼に陥り勝手に結論を出し納得してしまった。

 そして、そうこう議論し恐れ怯えている間にレグリスは魔人の討伐の為に軍を派遣してしまった。

 そして、その事に気づいた先祖達は戦う覚悟を決めた。


 互いに人間だと気づいた頃にはもう遅かった。

 争いを止めるには血を流し過ぎた。

 結局ヴェレスがレグリスを滅ぼすまで戦争は終わらなかった。

 もっともその戦争は長く続いたという訳じゃない。

 多くの精霊と共にあったヴェレスと違ってレグリスには精霊が少なかった。

 レグルスの使う武器の種類や性能はヴェレスの物と比べ物になら無いほど性能が高くろくな防具を持たないヴェレス人の命を奪った。しかし、それでも精霊の力は圧倒的でヴェレスの人間にレグリスの人間は勝つ事が出来なかった。

 そもそも精霊魔法は多勢相手に相性が良すぎる。

 手加減する事無く放たれる精霊魔法は万の人間を吹き飛ばしても余りあるほどだ。

 レグリスは兵力を分散させたうえでの人海戦術で精霊の力に耐えていたがそう長くは持たずすぐに瓦解してしまい王都までの侵攻を許してしまった。

 特に苛烈だったのは最初に契約者を殺された精霊だった。

 怒りに狂った精霊を止める者はヴェレスにはおらずレグリス側にも止められる者はいなかった。


 そして、精霊の暴走は結局レグリスの王都を破壊し尽くし……限界まで力を使った精霊が消える事によって収まった。

 王都の惨劇を見ていた先祖は自分達の行いを反省し怒りのままに動いた自分達への罰と戒めとして今のヴェレスのある山の中で暮らし始めた、とされている。

 実際の所は分からない。

 相手が人間だと気づいても引くに引けなくなり王都を破壊したはいいが周辺の国から警戒され自分達が駆逐される事を恐れ天然の要塞である山に引きこもった、とも考えられる。

 しかし、当時から生きている精霊(アロエ等)に話を聞こうにも精霊が自分が好きな人間に不利になるような事を話すはずがなく、ヴェレスの人間もわざわざ貶めるような真実を知りたいはずがない。

 結局は歴史の真実は誰にも分からない。


 歴史に関して好奇心の強いレナスちゃんだったらもしかしたらアロエから聞き出すかもしれない。

 今を生きるワタシには関係のない事だ、と言いたいけれどそうはいかないのが現実の理不尽さだ。

 フソウ辺りまで行けばそうでもないのだけど、ヴェレスに近い国からは過去の所業の所為で偏見と差別の視線にさらされることが多い。

 その大きな身体とほとんどの人間が精霊と契約しているという事で恐れられているので危害を加えられるという事はめったにないのだけど、やはり忌避の目で見られるのは気分が良くない。

 

 そんな暗い過去のある国から遠い国であるグライオンまでよくやって来たものだと自画自賛したくなる。

 フソウが人類圏最西国と言われていたのも今は昔。魔の平野で隔てられているけどさらに西に、魔物達の巣窟と思われていた地に人類が栄え国を三つも作っていると誰が想像していただろう。

 今ワタシは奇跡の国にいる!

 ……実際千年近く魔物の巣窟に囲まれ滅ぼされる事なく生存圏を広げながら繁栄を遂げているというのは奇跡と言っていい。

 ヴェレスは厳しい環境の上に魔物の脅威もあるけどいまだに存続しているのはひとえに精霊の力があるからだ。

 東の国家群の最西に位置するフソウもそう。フソウには精霊がヴェレス以上に沢山いるお陰で魔物達の千年にも及ぶ侵攻を防いでこれた。


 だけど、三ヶ国同盟は違う。レナスちゃんにも確認を取ったのだけどアーク王国には元々精霊は両手の指で数えられるほどしかいなかったらしい。

 精霊が増えたのはグライオンが建国された時期と重なる頃で、アーク王国が南の大森林のカワイアという魔獣が支配している領域に辿り着いた時らしい。

 それまでの間三ヶ国同盟の人間は精霊の力に頼るのではなく自分達の力で魔物を撃退していたというのだから驚きだ。

 東の人間は魔法は一応使うが主に道具を発達、洗練させ魔物達に対抗していた。それでも国が魔物によって滅ぼされるというのは歴史を学べば珍しい事ではない事が分かる。

 魔物の生息域に囲まれ現在に至るまで滅ぼされる事なく存在しているというのは尊敬にあたいするのだ。三ヶ国同盟は。

 東の国々では人によっては神の加護を与えられし国とも言っている人もいる。

 何度でも言おう。千年もの間魔物を退け発展を遂げてきた三ヶ国同盟は奇跡の国々なのだと。


 そんな国だからこそワタシは来てみたかった。

 千年もの間魔物から人を守り続けた国なら軍神ゼレ様の加護を強く受けているのだろうとワタシはずっと思っていた。

 だけど現実はワタシの想像をはるかに上を行っていた。

 ゼレ様だけではないのだ。首都アークには全ての神様の考察が高水準にまとめられ、外国から来たワタシでも分かりやすい資料が沢山あった。

 今いる首都グライオンは三ヶ国同盟の中でも特に軍神ゼレ様への信仰が盛んで総本山と言ってもよいくらい信者が集まっているらしい。

 ワタシが一番来たかった場所だ。

 今まで調べてきた話によると第五階位の神聖魔法を授かっている神官様達が毎日ゼレ様の話を教会でなさっているらしい。

 アリスちゃんは高位の神官はあまり自分の意見を述べないとは言っていたけれど、一体どのような説法なのか拝聴したい。

 自分でもこの首都グライオンに来てから落ち着きがなく気分が高揚している事を自覚している。

 聖書に書かれているような事実の羅列でもいいのだ。人は話すだけで感情という物を零れ落とす事がある。

 高位の神官様達も説法をする中で何かしらの感情を見せてくれるかもしれない。

 それがゼレ様を理解するのに少しでも役に立つといいのだけど。




 塔に登った次の日の朝。

 時間にして九時頃に今いる商業区内の西にある教会で説法が始まる事を事前に調べていたので日課の訓練を終えた後身体をきちんと清めてから教会へ向かう。

 教会の前には信者と思わしき沢山の人がいた。

 皆普段着なので教会関係者かどうかは分からないけど皆教会の扉が開くのを待っているようだ。

 どうやら間に合ったらしい。

 それにしても私への視線が多い。どれも好奇の目だけれど悪感情は感じられない。どちらかと言えば驚きに近い物に見える。

 やっぱりこの辺りでも私のような大きな女性は見かけないんだろうな。

 何にしても敵意や害意がないのなら問題ない。むしろもっと見るがいいですよ。ゼレ様に憧れ鍛え上げたこの身体を!


「なんや姉ちゃんいい身体しとるやないけ。あんたもゼレ様の神官様か? この辺りじゃ見へん形式の服やけど」


 声をかけてきたのは男性用の神官服を来たよく鍛えられた身体を持つ男性だった。

 グライオンの言葉は慣れてきたとはいえやっぱりまだ上手く聞き取れない。

  一応男性の言葉は純粋に誉めているように感じられたのだけど、アリスちゃんについてきてもらった方が良かったかな。

 でもアリスちゃんは今日は武具を新調するために鍛冶屋を回る予定だ。

 新しくする武具の調整に慣らしにどれぐらいかかるか分からない以上動くのは早ければ早いほどいい。

 だから今日は別行動ということになった。


「ハイ。ワタシはこの三ヶ国同盟では神様達の研究が進んでいると聞き魔の平野の向こうの国から来ましタ」

「おおっ、そりゃえらい遠い所からわざわざ来たもんや。そんなら明後日も来た方がええで。明後日は司祭様が説法なさってくれるんや」

「司祭様ですか?」

「ああ、毎週ツバイアスに来てくださるんや」

「ツバイアス……休みの日ですネ」


 ワタシの国では一週間の始まりの日だけれど三ヶ国同盟では週の終わりであり休息日である日。

 国によって週の始まりと終わりの日が違うというのは三ヶ国同盟を含めて二度経験がある。

 東の方ではヴェレスともう一国が独自の暦を使っているから起きるずれみたいなもの。

 最初は休息日なのに働いていたり平日なのに皆休んでいたりと混乱し中々慣れなかったけれど今はそんな事はない。


「そうそう。その司祭様はなんと第七階位まで授かっている方なんや!」


 男性はまるで自分の事のように手を広げ大げさに言った。


「第七階位! さすがは司祭様ですネ」

「いやいや、司祭様でも第七階位まで行っている人はめったにおらんよ」

「そうなのですカ? 階位が高いから司祭様になれたのではないのですカ?」

「第七階位を授かれるような方はもっと上の司教様がほとんどや。

 でも今の司祭様は二十代前半でまだ若いからなぁ。経験を積むためにまだ司祭様をやってるって訳や。

 本人的には複雑かも知らんけど、俺らにとっては高位の神官様のお話を聞ける絶好の機会や。ありがたい事やで」

「本当その通りですネ」


 身近に第七階位以上の神聖魔法を使える人間がいると感覚が麻痺するけど、第七階位の神聖魔法を授かるというのはやはりすごい事なのだ。

 突然カランカランという鐘の音が鳴り響いた。

 音は頭上から聞こえてきてる。

 顔を上げて音の出所を探ってみると教会の屋上にある鐘つき堂の鐘が揺れている。


「時間や。教会の扉が開くで」


 男性の言う通り教会の扉が開き周囲の人達が中へと入っていく。

 一体どんな話が聞けるだろう。今から楽しみで仕方がない。

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