一緒にこの夜景を
宿を決めて荷物を置いた後僕達はアールスとアイネ達がどうしても行きたいという塔へ上る事になった。
宿を出た所で僕は気になっていた事をアールスに聞く。
「もう日が暮れるけど夜になっても登れるの?」
「うん。夜の九時まで解放されてるんだって」
「結構遅い時間までやってるんだ」
酒場みたいな大人にも人気のあるお店は徹夜で営業している事が多いけれど、普通のお店は暗くなったら店じまいする所が多いし、普通の食事処でも遅くても九時までに閉まってしまう。
観光用の建物が遅くまでやっているというのは本当に珍しい事だ。
「夜塔の上から眺める光景がきれいなんだって。なんでかはあんまり詳しくは教えてくれなかったけど」
「ふぅん。じゃあどうせだから暗くなってから塔に登ってみない?」
今は日が長くなって来ていているから夕飯を食べてからがちょうどいい時間だろう。
「それはいいけどそれまでの間どうするの?」
「お店見て回ろうよ。ついでに夕飯を食べる場所を探すのもいいかもね」
「いいですね~。夜までには時間がりますしぃ、久しぶりにゆっくりと観光しましょう~」
「最近は少し急ぎ足でしたからネ。ここいらで足と心を休めるのもよい事だと思いますヨ」
年長者二人が僕の提案に真っ先に賛成してくれた。
「それではどうしますか? ここからは別々に行動しますか? それともまとまって行動しますか?」
「食事もするんだしまとまってでいいんじゃないかな?」
「それではそういう事で」
話がまとまると僕達はぶらぶらと街を歩き始めた。
街中を歩き回った後塔の近くで見つけた食事処で食事を取った。
相変わらずこの国の味付けは濃いけれどもう慣れたものだ。
その後は少し急ぎ足で塔へ向かった。
塔の中を登る時間を考慮するのを忘れて食事処で少しゆっくりしすぎてしまったからだ。
食事をする前に少し塔の様子を見たのだけれど人が多く登るのに時間がかかりそうだった。
アールスとアイネはよほど楽しみなのか食事処を出てすぐに塔の方へ駆け出してしまった。
残された僕達は苦笑しつつ後を追いかける。
塔は今の時間になっても、あるいは今の時間だからか混雑というほどではないが人が多い。
特に今から塔の中に入る人の方が多いようだ。きっと僕達と同じように考えて食事を終わらせてから見に来た人達なんだろう。
塔は頂点にとんがり帽子の屋根があり塔部分の形は下は広く上は細い曲線を描いた円錐の形をしている。
入り口のある地上部分は半径は長く村での一般的な広さの家が三軒は入るかもしれない。
壁や床には魔法石が埋め込まれていて塔の内部全体が明るくなっている。
階段は二つあり職員らしき人が説明してくれていた。片方が上り専用でもう片方が下り専用のようだ。
階段の幅は二人が余裕をもって並んで上っていけるほどあり手すりまでついている。
アールスとアイネは二人並んで階段を上がっていく。
二人に続いてカナデさんとミサさんも上がり始める。
「ふふっ、皆さんはしゃいで子供みたいですね」
「あははっ、確かにそうだね」
僕とレナスさんは皆に少し遅れ階段に足を乗せる。すると一段が少し高く感じた。
「ちょっと傾斜がきついみたいだね。レナスさん気を付けてね」
「はい」
手を繋いだ方がいいだろうか? いや、手すりがあるから大丈夫だろう。むしろ手を繋いだら登りにくくなるかもしれない。
レナスさんの動きを注意するだけでいいだろう。
幸い僕の感知能力は今この瞬間も周囲にいる人間の動きを完全に把握できている。
しかし、いつも足首の辺りまで隠すほど裾の長いローブを着ているため分かりにくいけれど、こうして注意してみてみると彼女の脚は僕の脚よりも長い。
「どうしました?」
脚を見ていた僕に気が付いたようでレナスさんが聞いて来たのに対し僕は素直に感想を口にした。
「レナスさんって脚長いよね」
「そうですか? あまり気にしたことがないですが」
「僕ももうちょっと足伸びてくれないかなぁ」
「ナギさんは別に脚短くないですよ?」
「長ければ長いほどいいんだよ。長さが違えば一歩の幅も違うし蹴りの間合いだって変わるんだから」
身長の割合で見れば僕も足は長い方だ。だけれどそれでも僕はもう少し足の長さが欲しい。
そもそも身長が低いからいくら割合が良くても身長が高い相手よりも短い事には変わりないのだ。隣のレナスさんがいい例である。
時折階段の脇に設置されている休憩所で休憩をこまめに取りながら二十分ほどかけて階段を上っていると上の方からアールスとアイネの歓声が聞こえてきた。
どうやら展望台に出れたようだ。
上っているうちに前のカナデさん達といつの間にか開いていた距離を詰める為に階段を上がる速度を少し早める。
しかし、それがいけなかったのか僕は上げた右足のつま先を段差に当ててしまった。
勢いの付いた身体はつまづき程度では止まらず倒れそうになった。
「危ない!」
隣から二本の腕が伸びてくる。レナスさんの腕だ。服の袖がめくれて白い肌が露出する。
手だけ少し日に焼けてるな、としょうもない事が頭をよぎった。
レナスさんは倒れそうになる僕の身体をしっかりと支えてくれた。
「あ、ありがとう」
「いえ、気を付けてくださいね」
「うん」
かっこ悪い所を見せてしまった。恥ずかしくて顔がほんのりと熱くなるのを感じる。
だけど、支えられて彼女にたいして頼もしさも感じた。
昔は身体が弱く病気しがちだったレナスさん。今では長い階段を上っても息を切らすことなく転倒しそうになった僕を助けられるほど余裕がある。
大きくなったな。本当に大きくなった。
寂しいけれどもう僕がいなくても大丈夫だろうな。
残る階段を上りきり展望台に着くとそこでは涼しい風が吹いていた。
展望台は真ん中にある大きな支柱とその支柱を囲むように存在する沢山の柱が屋根を支えている。
壁は存在せず落下防止に存在しているのは植物のツタのような装飾がされた石材の柵だけだ。
先にこの展望台に出ていた四人はわいわいと騒がしく外を見ていた。
僕はレナスさんと一緒に皆の所へ向かう。
「あっ、ナギー! すごいきれいだよー!」
はしゃいでいるアールスの横に着き眼下にある街を見下ろすと様々な色が僕達を迎えていた。
「うわぁ」
「すごいですね」
昼間に見たネオンのような看板が暗くなった今はっきりと見える。
この光景、僕には見覚えがある。
いや、見覚えがあるというよりは知識として覚えがあると言った方が正しいのか。
もうよく覚えていないが前世の世界でテレビで見た繁華街の夜景にそっくりなのだと思う。
家族で電波塔の展望台に登った事はあるがあれは明るいうちであって大都会の光あふれる夜景というのを僕は自分の目で見た事がない。
あくまでもテレビや写真で見て覚えた光景に過ぎないのだ。
「まるでお星さまが地上にあるようですね、ナギさん」
「んふふっ、その通りだね」
レナスさんの言葉に思わずにやけてしまった。
前世でも同じような決まり文句を聞いたような覚えがある。
こういうのがあると世界が違っても人の感性というのは似る所があるのだと再認識させられる。
もっとも、この世界の人間の感性が全く違う物だったら僕はこの世界で今も生きていられるか分からないが。ストレスで早死にしていたかもしれない。
「……ナス達にも見せてあげたいなぁ」
下で案内をしていた職員さんに聞いたのだがこの塔は動物の立ち入りは禁止されている。
「それでしたらライチーさんにこの光景を再現して貰ったらどうでしょう?」
「そんな事できるの?」
レナスさんに引っ付いているライチーと視線を合わせると、ライチーは得意気に頷いた。
『よゆーだもん』
力に関しては疑っていないのだけど。
「この夜景覚えられる?」
『……よゆーだもん』
得意気な顔は変わらずだが声は自信なさげだ。
「大丈夫ですよ。ここまでマナを伸ばしてこの光景を見ながら再現すればいいんです」
「ああ、そっか」
『ふふん』
「やっぱり精霊って一緒にいると頼もしいよね」
「はい。いつも助かっていますね」
ナス達には直に見せる事は出来ないけれどライチーの力で僕達が見た物を少しでも共有できるのならそれに越したことはないだろう。
でも、やっぱりナス達と一緒にこの夜景を見たいな。




