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普通の女の子

「むー……」

「ねぇ、アイネ。も、もういいんじゃないかな……?」


 レナスさん達が選んでくれたグライオン最初の都市ガリアスの宿。

 その宿の一室で僕はベッドの上で僕の胸を鷲掴みしてくるアイネにもうやめて欲しいと懇願する。

 固さを確かめる様に何度も揉んでくるので気持ち悪くなってきた。


「んー……じゃあ次はミサねーちゃん!」

「ワタシですか?」


 アイネは僕の胸から手を放しミサさんの方へ向かった。

 やっと解放された事でため息が出る。

 アイネが僕の胸を揉んでいたのは別にいやらしい目的ではない。

 どうやらアイネもいろいろ思う所があるらしく、レナスさん達と別れて宿の部屋に入るとレナスさんへの苦手意識をどうにかしたいと相談を持ち掛けられたのだ。

 アイネはまずレナスさんを怒らせた原因である胸の悩みについて理解したいそうだ。

 アイネ曰く、自分は胸の大きさについて悩んだ事がない。むしろない方がいいとまで思っている。だからレナスさんが胸の大きさに悩む事が理解できないそうなのだ。

 なぜ胸が大きくなって欲しいのか。それは僕には答えられなかった。

 前世でもそうだったが、僕はそういう性の象徴の大きさについてあまり頓着しなかった。

 なぜって? 髪の方が重要だからに決まっている。

 髪は良い。

 艶のある美しい髪は人の視線をくぎ付けにする。

 柔らかい手触りの良い髪は少し触れるだけで心地よさを与えてくれる。

 すれ違った時に香る女性特有の少し甘い香りは心を躍らせる。

 少し弄れば様々な姿を見せる髪型の多種多様さは見る人を楽しませてくれるだけではなく、人の知恵と創意工夫を思い知らせてくれる非常に高度な文化活動と言えるだろう。未来に残すべき遺産だ。

 ああ、素晴らしき髪。


 そんなわけで僕は胸に対する執着は薄い。むしろ今はアイネと同じように自分の胸が邪魔だと思っている。

 ミサさんもきちんと固定しないと激しい運動をすると千切れそうな痛みを覚えるので切り落としたくなると答えた。

 だけどもしも将来子供が出来た時の事を考えると母乳を与える事が出来なくなるので切り落とすのはやめておいたそうだ。

 パーフェクトヒールを授かったら本当に切り落としそうで怖い。


 結局僕達の話を聞いてもレナスさんの事を理解できなかったアイネはならばと僕達の胸を揉んでみる事にしたのだ。

 今アイネはいたって真面目な顔をしてミサさんの胸を鷲掴みにしている。


「どうですカ? レナスさんの気持ちわかりましたカ?」

「うーん。わかんない。やっぱ重そーでやだなーって感じ」


 アイネは胸から手を離すと今度は考える様に手を顎先に当てる。


「やっぱ男にもてたいから胸大きくしたいのかな。でもあんま男にきょーみもってるよーには見えないんだよね」

「そうですネー。レナスちゃんが男性に興味を持った所って見たことがないですネ。

 アリスちゃん。レナスちゃんの好みの男性ってどんな人なんですカ?」

「え? えと、優しい人がいいって言ってましたね」


 この前聞いた時は『ナギさんのように』というのがついていたがさすがに僕から口にするのは気恥ずかしい。


「なんか曖昧な条件だね」

「あまり深く考えてないのかもしれませんネ~。ちょっと将来が心配デス」

「あはは……たしかに」

「ナギねーちゃん笑ってるけど、ねーちゃんは考えてんの?」


 僕にとってはそれは少し答えにくい質問だった。


「僕? 僕は手に職があるしナス達もいるからなぁ」


 わざととぼけてみるがアイネはジト目で僕を見てきて下手な言い訳を許してはくれなかった。


「そーじゃなくて、結婚する気はあるのかって事」

「お父さん達には悪いけど……結婚する気はないな。男の人とそういう関係になるって想像できなくて」


 結婚の事を考えるとすぐに両親の事が頭をよぎる。

 そして、孫を見せられない事について罪悪感が沸き上がってくる。


「意外ですネ? アリスちゃんって子供が好きだと思っていましたが、子供を作る気はないんですカ?」

「それは……」

「あっ、もしかして買うの?」

「買う?」

「いや、今の所そのつもりもないよ」

「あの、買うってなんですカ? この国では子供を売っているのですカ?」


 ミサさんは人聞きの悪い事を嫌悪感を滲ませながら聞いてきた。

 もっともこれはアイネの言い方が悪いのだけど、本当の意味でも僕からしたらちょっとあり得ない事だからミサさんがどういう反応を示すかは分からない。


「いえ、違います。三ヶ国同盟では人身売買は行われていません。アイネが言った買うっていうのは……んんっ、その、娼館で子種を貰うっていう意味です」

「娼館で? この国では普通の事なんですカ?」


 娼館と聞いてやはりミサさんはあまり良い顔を見せなかった。


「普通……なのかな? そういう制度があるというだけで買う人は少ないとは聞いていますね」


 少なくとも娼館で子種を買ったからと言って忌避されるような風潮は存在しない。

 僕の同級生にも娼館で子種を買って生まれた子供が一人いたが特にいじめにつながるような事はなかった。

 そもそもこの制度は歴史が古く三英雄の一人であるイグニティが生まれる前まで遡ると言われている。

 元々は国が主導で推し進めていた国家事業で、魔物との戦いで男女比の割合が女性側に傾いて出生率が低くなることを恐れた国が生活の保障を餌に女性に子供を産んでもらう為に出来た『人口保全制度』と呼ばれる制度だ。


 制度を利用して産まれた子供は専用の施設で育てられる事になる。

 今でこそ別々に分かれてしまっているが、元を辿れば今の学校の仕組みの根幹とも言える制度なのだ。

 そして、子供を産んだ女性は専用の施設で働き暮らしていたという。

 だけど施設で働くのは何も制度を利用して子供を産んだ人だけではない。

 魔物との戦いで夫を亡くし未亡人となった女性の働き口にもなったのだ。 

 この制度が国から民間に移ったのは土地が広がり人々の暮らしが楽になってきた頃、大体六百年前だ。

 六百年前はグライオンが建国される百年前。第一次開拓期と言われる時期で魔法国イグニティとの連携で国土が一気に広がった時代の終わり頃だ。

 国土が広がった反動であちこちで人手が足りなくなった時代なのだが、魔物による被害が減り安定した暮らしを送れるようになった時代でもある。

 大勢の人が職に就く事が出来てなおかつ未亡人となる女性が減った事によって制度を利用する人が激減し、国は制度の廃止を決定した。

 しかし、そこで完全廃止を踏みとどまらせる出来事が起こった。

 子供を預ける施設が欲しいほしいという声が多く上がったのだ。

 人手不足という事は仕事がたくさんあるという事で、夫婦共働きの家庭が増えてしまい子育てをする余裕がなくなってしまったのだ。

 お金はあっても子供を育てる手が足りなくなる。その声に国は応えるために今まで制度で利用していた施設を完全に子供を預かり育てる為の施設にしたのだ。

 そして、ついでにと言わんばかりに教育機関も組み込み今の学校の基盤となった。


 しかし、続ける上でやはり問題となったのが人手不足だ。

 施設の人材は今まで働いていた人達を引き続き採用しさらに教師役として学者を登用したので何とか形だけでも整える事は出来た。

 しかしそれは施設での話。そもそもの話の発端は人手不足である事。

 この世界の人間は八十まで働けるので働き手の問題は死亡者が増えなければ子供が育つ事で解決できる。

 だけれど国はただ傍観するという事はしなかった。人口減少の対策をいくつか打ち出しそのうちの一つが……今回の話の発端で人口保全制度から別れ生み出された子種の売買……またの名を『独身子作り支援』と呼ばれる仕組みだ。

 発足当初は娼館として行ってはおらず国が主導していたそうだが、人口の増加に寄与したと呼べるほどの成果はなかったらしい。

 しかし、子供は欲しいけれど特定の相手と懇意になる気はない、後継ぎ問題で子供は欲しいけれど伴侶は欲しくない等特殊な事情を持った人達にとっては好評だったようだ。

 だけどいくら好評とはいえ採算が取れなかった所為で国の手から離れることになった。

 民間に完全に委託される際に儲けを出す為に娼館として再出発する事になったのだ。

 そして時は流れ今に至る。


「ちなみに提供側に親権は認められていません。これが特殊な事情を持ってる人達から好評だった理由ですね」

「なんというカ……変わった文化ですネ」

「僕もそう思います」


 ちなみにこれらの知識は学校で男女別れた性教育の授業で教わる事だ。

 習った時僕はミサさんと同じような感想を抱いた。少し引き気味な所も含めて。

 僕が話したのは女性側の話。男性側の話ももちろんある。

 男性側の独身子作り支援は女性側に比べると歴史は浅いがきちんと存在する。

 女性が子種を貰うよりも妊娠させるのは高額となっている。何せ最低でも十ヵ月は相手の女性を拘束してしまうから生活の保障としてそれなりの額が必要なのだ。しかも確実に子供を孕む保証がないので利用する男性はおらずほぼ形骸となっている。


「で、結局ねーちゃんは子供作る気あるの?」

「う、ううん……ほ、欲しいとは思うけど……色々怖いんだよ」

「何が?」

「何がって……色々だよ」

「んもー。はっきりしないなー」

「そういうアイネの方こそどうなのさ。学校で好きな男の子とかいなかったの?」

「いないよそんなの」

「じゃあどういう人が好きなのですカ?」

「んー? ナギねーちゃんみたいな人!」

「アリスちゃんですか? 女性ですヨ?」

「性格だよ性格。優しくて気が利いて意外と努力家で……おくびょーな所はない方がいいかな?

 あと不潔なのは駄目だよねーって冒険者のあたしが言えた事でもないけどさ、ねーちゃんってけっこー身だしなみ気を付けてるよね。そーゆーとこ気を付けられる人っていーと思わない?」

「それはわかりますネー」


 アイネは僕を話のタネにしてミサさんと会話を弾ませていく。

 誉めてくれるのは嬉しいのだがいちいち僕を引き合いに出さなくてもいいだろうに。

 少し居心地の悪い話題なだけに僕は話についていけない。

 そして、僕の気持ちを無視して盛り上がっていく話の横で居心地の悪さを覚えると同時に僕は少し意外に思った。

 アイネって普通の女の子らしい話もできるんだ、と。

補足

 ナギは知らない事ですがこの世界の人間は魔素の影響で寿命が長くなった反面前世の世界の人間よりも受精率が低くなっていて、さらに性欲も男女ともに薄くなっています。

 そして、魔法のお陰で出産の年齢は三十代前半までは比較的安全ですが三十代後半になると魔法があっても危険度が跳ねあがります。

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