シンレイ
僕達が入った食事処はグライオンの料理が中心のお店だ。
これから行く国の料理に少しでも慣れようという考えから選ばれた。
席は六人掛けの丸いテーブルで右隣にアイネ、左にはアールスが座った。
リュート村出身者が固まっている形になった。
フェアチャイルドさんはアールスの隣でアイネの隣がカナデさん。僕の向かい側がミサさんだ。
メニューを見て料理を選ぼうとした時向かいのミサさんが隣のフェアチャイルドさんに声をかけた。
「レナスちゃん。これどういう料理か分かる?」
「恐らく野菜炒めだと思いますけど……それ以上の事は」
「ん~。文字は大分慣れたと思うんですケド、まだまだ読みづらいですネ~」
「グライオン語ですからね。アーク語に慣れていたら分かりにくくても仕方ないと思いますよ」
「ええっ? これってグライオン語なのですカ?」
「はい。よく見てください。アークで使われている文字よりも形が崩れていますよね。これがグライオン語の特徴です。
元々グライオンはアーク王国の軍部から派生し出来た国で、その軍部で使われていた文字を素早く書き記すために使われていた筆記文字が広まり主流になったそうですよ」
「なるほど。それを聞いてよく見てみれば確かに書きやすそうな文字デース」
「文法とかは変わらないんですけど、省略されている単語や文字も多いんです。この点は接続詞の……」
「レ、レナスちゃん。これからご飯なんだからそういう話は後にしよう」
話が長くなりそうだった所をアールスが止める。
「あっ、そ、そうですね。すみません」
フェアチャイルドさんは顔を赤らめ謝りミサさんは残念そうにメニューに視線を戻す。
「アイネは読める?」
そう聞きつつ隣のアイネの方を向いてみるとアイネはメニューに対してにらみつける様に目を細めていた。
「読みにくいけど何とか」
「僕もおんなじ。何とかって感じだよ」
頼む料理を決め、給仕さんに注文を伝え一息つく。
僕が頼んだ料理は鶏肉料理でガーベラから名前は聞いた事はあるが食べた事のない料理だ。
聞いた所によると辛い調味料をまぶし油で揚げたものでピリリッと舌が痺れる位の辛さでガーベラの好物らしい。機会があったら絶対に食べてみろとガーベラから進められていたものだ。
「ねーちゃん。この後は宿探しに行くんだよね?」
「そうだね。他の皆とは違う宿になるだろうね」
四人が泊まっている宿は前もって空きがあるかどうかを確認している。確認のためにフェアチャイルドさんに視線を向ける。
「私達が泊まっている宿は残念ですが空きが無いようでした」
「そっか。じゃーみんなとは別々かー。
ところで組合ときょかしょー? の手続きってどれくらいかかんの?」
アイネの問いに今度はアールスが答える。
「どっちも二三時間で終わるよ。ただ許可証の受付は役所がやってる午後の五時までだから午前中に済ませた方がいいと思う」
「じゃあ明日早速僕と一緒に朝訓練が終わったらすぐに役所に行こうか?」
「そだね。あっ、ねーねーミサねーちゃん。ねーちゃんの住んでた場所の話聞かせてよ!
あたし東の国の事よく知らないんだよね」
「オゥ。いいですヨー」
「ミサさん。お願いですからきちんと頭を使って話をしてくださいね」
「レナスちゃんひどいデース」
「間違った知識を教えられても困るんです」
「うっ、気を付けマス」
フェアチャイルドさん、ミサさんに対してはっきりと物を言うようになったものだ。会ったばかりの頃はどことなく遠慮というか壁があったように見受けられたのだけど。
でもたしかにミサさんの口から流れ出てくるような長話によってアイネに間違った知識を植えられるのも困る。
「ナギねーちゃん。ミサねーちゃんっててきとーなこと言う人なの?」
「真面目な時はすごく頼りになるんだよ。ただ……まぁ……ねぇ」
「ね、ねーちゃんが言い淀むなんて……」
本人も長話をする時は頭を使わないで喋っている事を自覚している。
だけどどうやら長話をしないとストレスが溜まるようなので適度に吐き出させた方がいいのだ。
料理が来るまでの間僕達はミサさんの話に耳を傾けた。
そして、やってきた料理を口に運ぶ。口の中に入れた瞬間僕は眉をひそめた。
周りを見てみるとアールスとアイネ、フェアチャイルドさんも僕と同じような表情をしている。
眉をひそめた理由は不味いからではない。味が濃いのだ。
アース王国で出される料理の何倍も味が濃い。
昔は料理の味の薄さに嘆いていたけど僕の舌はすっかりアーク王国の味になじんでしまっていたようだ。
「しょっぱいです」
そう言って舌を出すフェアチャイルドさん。彼女の頼んだ料理は野菜のスープだ。
「これは何と言うか……ガーベラちゃんから話には聞いてたけどここまでとは思わなかった」
「あたしもちょっときついかも」
アールスとアイネが頼んだのはグライオンの国土で発見されグライオンの代表料理として知られる鹿によく似た動物の肉料理だ。
「カナデさんとミサさんは平気ですか?」
「うふふ~。私は味の薄い料理選びましたからぁ」
「あっ、ずるい」
カナデさんの頼んだ料理はお好み焼きのような粉物の料理だ。
カナデさんは前にグライオンに行った事があるので味に関しては分かっていたはずなのに秘密にしていたのだ。おっとりとした外見に似合わず意外と意地悪なのだこの人は。
「ワタシは平気ですネ~。東でいろんな料理を食べたから慣れましタ」
「ミサねーちゃんの故郷の料理ってこれくらい味濃いの?」
「ヴェレスの料理の味の濃さはアーク王国の料理に近いですネ。アーク王国の料理よりかは濃いですケド」
「へ~」
「寒い所だと味が濃くなりそうですけど、そうでもないんですね」
実際アーク王国内でも北方の方が味付けは濃いし、国土の三分の二以上が豪雪地帯であるグライオンの料理も今食べたとおり味が濃い。
「ヴェレスはそもそも調味料が貴重なんですヨ。ですから一般家庭の料理では調味料をあまり使えなくて味が薄くなってしまうんデス」
「……ああ、アーク王国と同じ事情なんですね」
「はい。でもその代わりお菓子などの甘いものは濃い物が多いですネ」
甘いものと聞いてカナデさんが反応を見せた。
「はわ~。ヴェレスのお菓子食べてみたいですね~」
「フフッ、ヴェレスに行ったら一緒に食べまショウ」
味の濃い料理を時間をかけ残らず平らげた後食休みの時間を取り雑談をする。
主に研修中から話を進める。
話ははずみそこそこの時間が過ぎた所でサラサからそろそろ会計をした方がいいと助言が入った。時間を聞くと食べ終わってから一時間近くが経っていた。この後僕達は宿を探さなくてはいけないから慌てて席を立った。
そして、会計を済ませる前に僕はサラサに言っておかなければいけないことを思い出した。
「そうだサラサ。この後二人で話したいんだけど大丈夫かな?」
「ナギと? 二人? レナスはいいの?」
「うん。ひとまずサラサと話をしたいんだ」
「私は構いません。ついでですし連絡係として一緒について行ったらどうですか?」
「ん。まぁ今の時期なら大丈夫かな。いいわよナギ。ついて行ってあげる」
「ありがとう」
会計を済ませ店を出ると僕達はいったん別れ僕とアイネが泊まる宿を探す事にした。
そして、別れた後僕はサラサに話しかけた。
「これはサラサと二人で話したい事とは違うんだけど……フェアチャイルドさんなんだか僕と距離取ってない?」
前は何の用事も無かったら僕のそばにいたというのに、再会してからは彼女はずっと僕から距離を取っていた。
「アールスに気を使ってるのよ。自分はナギとずっと一緒にいたから今度はアールスの番ってな風にね」
「アールスの事を思っての事だろうけど……それで距離を取られたら嫌われたのかと不安になっちゃうよ」
「ん。たしかにそうね。伝えておくわ」
「頼むね」
頷いてくれたサラサにお礼を言って僕達は歩き出す。
それにしてもこの街は相変わらず風が強く砂が舞い上がっている。
僕とアイネは魔法を使っているから砂の被害は受けていない。
受けてはいないのだが、風の影響はばっちりと受けていてすごく歩きにくい。
フェアチャイルドさん達と連絡を取り合いながら僕達は宿を探し、一室だけ空いている宿を見つける事が出来た。
格は少々高い宿だが僕はお金持ちなので問題はない。
宿を決めた後荷物を置いて一息ついてから荷物番をアイネに頼みサラサと話をする為にもう一度外へ出た。
適当に街中を歩き砂の少ない場所を探し出しそこで話を切り出した。
「サラサ。これから話す事はサラサの判断でフェアチャイルドさんに話すかどうかを決めて欲しい」
「それだけ重要な話って事かしら?」
「それもあるけど、今から話す事が君たち精霊にとっていい事なのか悪い事なのか僕には判断がつかないんだ。
フェアチャイルドさんに下手な話し方をしてしまって彼女と精霊達の間に誤解を生むような事をしたくないんだ」
「その配慮は嬉しいけれど、その話しぶりじゃ精霊に関する事の様ね」
「そう。シエル様から直接聞いた事でアロエにも話していない事なんだ」
「……そういう事。たしかにそれは私達にしか話せそうもないけど、他の二人を呼ばなかったのは反応が予測できなかったから?」
「それだけじゃないけどね。サラサは神霊って知ってる?」
「シンレイ? 聞いた事ないわね」
神霊をわざと日本語で発音したが翻訳されていない。これは神霊という存在どころか対応する概念すらサラサは知らないという事だ。
「神霊っていうのは自分の核を魂まで昇華させる事ができた精霊の事らしい。
神霊に至る事が出来れば神聖魔法を授かる事が可能になるんだ」
僕の説明にサラサは手を挙げて聞き返してきた。
「……待って、核って魂じゃないの?」
「違うらしいよ」
精霊というのは多分前世の世界で言う所の限りなく人間に近い思考能力を持った高性能なAIのような存在なんだと思う。
「……ごめん。ちょっと混乱してる。核が魂じゃないという事は私達は死んでも転生はできないという事?」
「……残念だけどそういう事になる」
サラサは愁いを帯びた表情を見せ首を横に振った。
「そう……じゃあ私達は死んでも生まれ変わって契約者には会えないのね」
「だけど神霊に至ればそれが可能になる」
「それが分からないわね。どうやってシンレイになるの?」
「それは最後で。まずは話を聞いて方法を聞くかどうか決めて欲しい」
「分かったわ」
「まずは良い点から。さっきも言った通り神霊になると神聖魔法を授かる事ができる。
そして都市の結界も自由に通り抜ける事ができるようになる。都市の結界は結界内で死んだ人の魂が通り抜けられるように出来ているからね。核が魂に変化した神霊なら通り抜けることができるんだ」
「ふぅん。なるほどね。わざわざ家を用意しなくていいって事。
それに神聖魔法を授かれるって事はレナスの怪我を治す事もできるのね。いいじゃない」
「次に悪い点だけど……」
続きを口にする前に大きく深呼吸をする。
あの事を知ったらおそらく神霊になりたい精霊はいなくなるだろう。少なくともライチーは聞く耳を持ってくれない可能性がある。
「契約者との契約が消えて繋がりが消える。そして、二度と契約はできない」
サラサはしばらく僕の目をじっと見つめた後瞼を閉じた。
「……そう」
意外な反応だった。僕はこの話をすると精霊の怒りを買うと思っていた。
精霊の事を理解しているとは口が裂けても言えないが、自分で決めた契約者というのは精霊にとって何よりも大切な存在であろうという事は察せる。
神霊になりたければその大切な存在との繋がりを捨てろと言っているのだ。
それだけじゃない。繋がりが無くなるという事はフェアチャイルドさんが精霊魔法を使えなくなるという事でもある。それは自衛力を下げるという事で精霊が許容できるとも思えない。
怒りを見せても仕方のない事だと思う。
「ナギ、もう一度聞くわ。どうして私だけを話す相手に選んだの?」
「仲間の精霊の中では一番神霊に近い存在だからだよ」
「私が一番……それで、シンレイに至る方法は? どうやってなるの?」
「……それは神霊になりたいという事?」
「そういう訳ではないけど……方法を話しただけでシンレイになってしまうの?」
「それくらいあやふやな条件なんだ。これ以上はきちんと考えてから聞いた方がいいと思う」
自己を確立するといういまいち基準がはっきりとしないあやふやな条件をそのまますんなりと教える訳にはいかない。教えただけで神霊になってしまうかもしれないのだから。
「……僕はこの話をしたらサラサを怒らせるんじゃないかと思ってた。
だって神霊になったらフェアチャイルドさんの力を削ぐことになるからね。そういう危険にさらすような真似を精霊は許せないと思ったんだけど」
「そうね。多分ライチーだったら怒るわね。ディアナも不快に思うかもしれない。多分ナギと会う前の私もとんでもない事だって怒っていたと思う。でもなんでしかしら? 今はそれほど重要な事だと思えないのよ。
レナスの事が好きじゃなくなった? ううん。違う。レナスへの想いは変わってない。じゃあ何が変わったのかしら? 私? うん。私も変わってる……気がする。だけどそれだけじゃない……そう、そうよ。周りが変わった……ナギがいるしカナデもいる……アロエ達はちょっと信用できないけど……でも……」
サラサの視線は宙をさまよい人の形を取ったマナの輪郭が徐々に乱れていく。
何が起こっているのか分からないけど、放っておいたらまずそうだ。
「サラサ、サラサ」
僕が名前を呼ぶと輪郭の乱れが弱まっていく。
「あら? 何?」
「そろそろ戻ろうと思うんだ。そうだ、フェアチャイルドさんに晩御飯どうするか聞いてもらってもいいかな?」
「ええ、いいわよ」
「晩御飯の後に今の事を話すなら話した方がいいと思うよ」
「そうね。どうするにせよ早く話しておいた方がいいわね」
「うん……」
もしも今のサラサの変調が自己を確立している最中の証明だとしたら答えの出ていない今はこれ以上考えさせるのはまずい。
自問自答は自分を探し確立させる行いだ。そして、それを促したのは間違いなく僕が話した事だろう。
これからはうかつな事は話せないな。




