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どうか健やかに

「おねえちゃんおそい!」


 グランエルでの用事を全て済ませた後僕達はリュート村に戻ってきた。

 アイネとはいったん別れ実家へ戻ってきたのだが、そこで僕はルゥに帰ってくるのが遅いと怒られている。

 もともと一か月ほどで戻ってくるはずだったのに一か月半近くも経ってしまっているのだからルゥが怒るのも無理はない。


「ごめんなさい」

「むー」


 頬を膨らませて自分の怒りをあらわにするルゥ。

 そんなルゥにお母さんがなだめる様に話しかけた。

 

「ルイス、そこら辺にしておきなさい。お姉ちゃんと一杯遊びたかったんでしょう? 時間が無くなっちゃうわよ」


 ルゥが僕と遊びたい? 僕はお母さんの言葉に自分の耳を疑った。

 ルゥが僕に対して一緒に遊びたいというのは大変珍しい事だ。とくにナスがいたらナスの方に行ってしまい僕なんて気にも留めなくなってしまう。


「そうだった! おねえちゃんあそぼ!」

「うん。もちろんいいよ」


 本当だ。ルゥが僕と遊びたがっている。いったいどういう心境の変化があったんだろう。

 いや、理由なんてなんでもいい。この機会を逃したら一生後悔してしまう。


「何して遊ぶの?」

「あのねあのね、おはなみにいくの!」

「お花か。いいよ。でも森の中に入っちゃダメなんだよね?」

「そうだよ! もりのなかにはいっちゃだめなの。おかあさんにおこられちゃうの。だからおねえちゃんもはいっちゃだめなんだよ」

「んふふ。じゃあルゥの言う通り森はやめておこうか」

「もりだけじゃないの! むらのね、さくのむこうがわにもいっちゃだめなの!」

「うんうん。じゃあ柵の向こう側に行くのもやめておこうか。ルゥはえらいな。ちゃんとお母さんの言いつけを守ってるんだね」

「えっへん!」


 ルゥは得意気にうなずいた後僕の手を取って早く行こうと催促し始めた。

 僕はルゥに引っ張られながら外に出て最初に魔獣達の元に向かう。

 そして、くつろいでいた魔獣達とアロエを誘いルゥを先頭にして村の中を移動する。

 道中で子供達に出会い一緒について来たがったので同行することになった。

 ルゥが先導した先は村の隅。村を囲う柵の近くだった。

 柵のすぐそばは見張りの人間が巡回するため地面が踏み固められているけれど、柵から少し離れれば柔らかい土となって草花が生えている。

 どうやらそこが目的らしくルゥは途中で合流した女の子の友達と一緒に花を探し始めた。

 ナスとヒビキもルゥについていく。


「おはなどこかなー」


 今の時期だとまだ咲き始めたばかりで数は少ないだろうが白く小さな花が地面を這うように生えているはずだ。

 ゲイルとアースはアロエと一緒に残った子達の相手をしてくれる。

 アースは自分が動いて子供達が危なくないように座り込み不動の構えを取っている。そして花が見つかったら教えてと言ってきた。動きたくないだけかもしれない。

 僕もルゥと一緒にお花を探しに行きたいのだけど、ゲイルやアースと遊んでいる子供たちのそばから離れるわけにはいかない。

 特にアースは身体が大きいからちょっとした事で大けがにつながりかねない。

 ここに留まると伝えるためにルゥが遠くに行く前に呼び止める。


「ルゥ、僕は他の子達を見なきゃいけないからお花探すのはルゥ達だけでやってくれるかな?」

「おねえちゃんいっしょにこないの?」


 ルゥのきれいな紫の瞳が僕をじっと見つめてくる。


「う、うん」


 肯定するとすぐにルゥは眉をひそめた。


「おねえちゃんはルゥよりみんなのほうがだいじなんだ。ルゥのおねえちゃんなのに」

「え」

「いいもん。ルゥにはナスがいるから」


 なにかが……決定的な何かが今ルゥの中から消え去ろうとしている。今と言う瞬間を逃すと二度と元には戻らないものだ……そんな気がする。

 どうしよう。このままではルゥに嫌われてしまう。だけど子供達のことを放っておけない。

 どうしたらいい。どうしたら……。


「いたー! もー! ねーちゃん達だけ遊びに出かけてずるい!」


 その声は僕にとってはまさしく天の助けだった。これほど来てくれた事に感謝したことはないだろう。

 ありがとうアイネ。いいタイミングだよアイネ。アイネがいてくれて本当に助かった。


「ル、ルゥ。ちょっと待っててね」


 僕はすぐにアイネの元へ向かう。

 アイネは頬を膨らませて不機嫌そうな顔を見せている。


「アイネ、来たんだね」

「なんであたしの事誘ってくれなかったのさ!」

「ご、ごめん。家でゆっくりしてると思ったんだ」

「むー」

「ごめんね? 謝っておいてお願いするのもどうかとは思うんだけど、ゲイルとアースと遊んでる子達の事見ててくれないかな?」

「あたしが? なんで?」

「ルゥがナスとヒビキを連れて花を探しに行くんだ。アースは動く気がないみたいで分かれる事になるからアイネにアース達の傍にいて子供達が危ない事をしないか見ていてほしいんだ」

「ふーん……別にいーけど」

「本当? ありがとうアイネ。花見つけたら呼びに来るからね」

「ん。後で訓練付き合ってよね」

「もちろん」


 これでルゥと一緒に行ける。

 ルゥの所に戻り一緒に行ける事になったと伝えるがルゥは中々機嫌を直してくれず僕とは目を合わせてはくれなかった。

 すぐには機嫌は直りそうもないからまずは外堀から埋めていこう、そう思い僕はルゥの友達の女の子に話しかけた。

 女の子の名前はたしかセルシーちゃんだ。外で遊ぶ時はいつもルゥと一緒にいる子。

 ルゥの話からも名前が出る回数が多くとても仲がいい事がうかがえる。

 花を探しながらセルシーちゃんから普段のルゥの様子を聞くことにした。

 セルシーちゃんの話すルゥはとても元気がよくそして言いつけを守るいい子だった。

 どうやらお母さんがいい子にしないとナスに嫌われる的な事を言っているらしい。ナスをだしに使われるのはあまりいい気はしないがそれでルゥが言いつけを守って村の外や森などに行かないのなら乗っておいた方がいいか。

 ナスはその話を聞いて耳を折り戸惑った様子だったがとりあえず何も言わないように合図を送っておく。

 ルゥの話を中心に話している間ルゥはちらちらとこちらを気にした様子で見てくるが声をかけてはこない。

 ここで焦って僕の方から声をかけてはだめだ。ルゥの方から声をかけて来るのを待たなくては。我慢我慢。


 それにしても中々咲いている花が見つからない。見つかったとしてもまだつぼみの段階だ。

 セルシーちゃんの話では昨日偶然咲いている花を見つけたという。そしてルゥと今日一緒にお花を探しに行こうと約束していたらしい。

 僕達が一緒に探す事になるとは思わなかったようだけど、僕やナス達と一緒に探せてうれしいと言ってくれた。なんていい子なのだろう。


「あった!」


 突然ルゥが声を上げる。

 どうやら咲いている花が見つかったようだ。

 僕はどれどれとルゥの肩越しに覗くとたしかに小さな白い花が咲いていた。


「すごいじゃないかルゥ。よく見つけたね」

「えへへ」

「もっと探す?」

「うん!」

「んふふ。じゃあ頑張ろうね。あっ、でもお花見つかったからアース連れてくるね。アースも見たがってたから」

「アースなんでいっしょにこないの?」

「アースは足が大きいでしょ? お花を探してる途中にお花を踏んじゃうのが嫌だったんじゃないかな」

「そっかー。アースおっきいもんね」

「うん。だからここで待っててくれる?」

「うん!」


 アースの所へ戻るとアースは子供達に引っ付かれていた。

 子供達を見ていたアイネに話を聞くとどうやらアースが温かく毛がつやつやしてて気持ちがよく離れなくなってしまったようだ。

 気持ちがよくわかる僕は申し訳なさを感じつつ子供達にアースから離れるようにお願いした。

 子供達は最初は嫌がったが理由を話せば素直に離れてくれた。

 ゲイル達にも声をかけてから僕はアースを案内する。

 そして、小さな花を見たアースの目はとても優しく、満足したようにぼふっと一鳴きした。




 ルゥのお花探しは飽きるまで続き、ルゥ達がお花探しに満足した後は追いかけっこをして思いっきり遊んだ。

 空が暗くなり始めると遊びをやめ子供達を家に送り届ける。

 その後にアイネとの約束の訓練を行い晩御飯の時間になると家に戻って夕飯を食べた。

 そして、今日もルゥと一緒にお風呂に入る。

 体と頭を洗い湯船に入った僕はルゥを膝の上に乗せルゥとお喋りを始めた。

 話の内容は主に僕達の旅の話だ。

 夕飯の時にも話したのだけどルゥは分からなかった所をどんどんと聞いてきた。

 夕飯の時は主にお父さんに向けて話していたからルゥは遠慮してしまったのかもしれない。


「ねぇルゥ。ルゥは旅に出たいと思う?」


 話をしているうちに僕はルゥは旅についてどう思っているのだろうと思った。僕としてはあまり旅には出て欲しくないのだけど……。


「んー? あんまり」

「そっか。あんまりか。旅に興味ない?」

「うん。おねえちゃんがきかせてくれるからいい」


 話を聞くだけで十分か。旅に出さないようにするには僕が話せばいいわけだ。


「じゃあさ、大きくなったらルゥは何をしたい?」

「おっきくなったら?」

「そう。おっきくなったら」

「ん~……ナスにのっていろんなとこいきたい!」

「……それは旅に出たいって事?」

「う? ちがうよ。ナスといっしょにいろんなとこにいくの。たびじゃないよ」


 どうやら僕とルゥの旅に対する認識は違うようだ。


「それってナスと一緒にいろんな所に遊びに行きたいって事?」

「うん!」


 あくまでも遊びの延長という事か。


「んー。でもなー、そうなると僕も一緒について行く事になっちゃうよ」

「おねえちゃんもいきたいの?」

「そうじゃなくてね。ナスみたいな魔獣は魔獣使いのそばにいないといけないんだ」

「じゃあわたしまじゅうつかいになる!」


 ルゥが勢いよく両手を振り上げたせいで湯船のお湯が跳ね僕の顔にかかった。元気がいい事だ。


「んふふ。ルゥになれるかなぁ?」

「なれるもん!」

「楽しみに待ってるよ」


 本当に楽しみだ。将来ルゥはどんな子になるだろう。出来れば真っ直ぐ健やかに育ってほしいけれど、生きていてくれればそれでいい。

 ルゥの笑顔が見られなくなるなんて嫌だ。生きてこそ、生きてこそなのだ。

 もっとルゥと話がしたいし大人になったルゥにも会いたい。

 ルゥと一緒に美味しい物を食べに行ったり服を選んであげたりお勧めの本を共有したりやりたい事がたくさんある。

 ルゥには前世でそういう事を出来なくしてしまった僕のようにはなって欲しくないんだ。

 だから僕はルゥに伝えよう。ルゥと一緒にいっぱいやりたい事があるから自分を大切にしてほしいと。


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